震災、そのとき自治体の女性職員は

(トップ写真) シンポジウム「震災から6年『人間の復興』は進んでいるか?」

 

「被災時だからこそ男女共同参画を」

東日本大震災から6年になる3月11日と12日、仙台市で、女性の視点から震災とその後を振り返るシンポジウムが開かれた。

タイトルは「震災から6年『人間の復興』は進んでいるか?」震災の翌2012年に出版された、女性支援の記録集「女たちが動く」(みやぎの女性支援を記録する会編著)の執筆者たちも登壇した。その一人が、自治労宮城県本部・執行委員長の伊藤利花さんである。今回は、伊藤さんの話を紹介したい。

 

自治労宮城県本部・伊藤利花執行委員長

自治労宮城県本部・伊藤利花執行委員長

 

伊藤さんは宮城県栗原市の職員である。栗原市は大震災の3年前、2008年4月に震度6強の岩手・宮城内陸地震に襲われた。伊藤さんはこのとき、以前から希望していた男女共同参画推進係に異動したばかりだった。「被災時だからこそ男女共同参画を」と訴えたが「そんなことを言っている場合ではない」と返されて、思うに任せなかったという。

だからその後、仙台から共同参画の専門家を招いて講座を開くなど、震災と女性の問題について学習と普及に努めていた。

 

 

災害対応で疲弊する職員たち

東日本大震災で、栗原市は最大震度7を記録した。市庁舎にいた伊藤さんは、長く激しい揺れに「ここで死ぬんだな」と思ったという。だが、3年前の地震を受けて建物の補強を進めていた市内に死者は出なかったこともあり、職員たちは津波被害が大きかった沿岸部の支援に入った。

 

やがて、災害対応に奔走する職員の中に、体調を崩し、精神にダメージを受ける人が急増した。大災害が起きると、避難所の設営やインフラ復旧などに携わる行政職員は、過酷な負担を背負うことになる。様々な課題が次々と起きるなか、住民優先で自分の家族や健康のことは後回しになり、住民からフラストレーションをぶつけられても反発もできないなど、行政職員の心身の疲弊が大きな問題となる。「女たちが動く」で伊藤さんは、自治労宮城県本部が震災2か月後に行った緊急健康調査の結果を記している。「うつ傾向」の人が中程度以上と軽度を合わせて46.8%と、半数近くに達していた。

 

中でも女性職員には特有の困難があるようだ。同著で伊藤さんは、災害対応と家庭責任の両方を背負うことになった女性職員に、「家事を放ってまで仕事に行くのか」と家族にとがめられながら出勤した人が少なくなかったことを記している。職員による炊き出しの担当者が、伊藤さん自身を含めて全員女性だったことも。

社会的な性別役割分業が、震災時にも顔を出してしまうのだ。

 

 

闘病、復帰、県本部委員長に

シンポジウムでの発言に戻る。

伊藤さん自身は、過酷な業務が続くうちに脳梗塞で倒れ、2か月休職した。視点が合わず字も書けなくなったため退職を決意したが、上司に引き止められたという。復職し、栗原市職労の執行委員長をしていた2015年、「県本部の委員長に」と声がかかった。断ったが「病気をしたし、女性でもある。あなたなら弱い人の気持ちがわかるでしょう」と説得され、引き受けたという。

 

自治労の全国の都道府県本部で女性の委員長は3人、女性の書記長は1人にすぎない。「ふだんの話し相手は9割が男性だけれど、この会場は女性が多い。若い女性もいて大変うれしい」と会場を笑わせた伊藤さん。

一方で、「男だからがんばらなければ」と、感情を自分の中に押し込めて働く男性も何人も見てきた。伊藤さんを前に、「本当はつらいんだ」と言って涙を流した男性は「一人や二人ではない」という。

 

災害対応や防災、減災といえば、「男の仕事」のイメージがつきまとう。

だが、女性に限らず高齢者や障害者など、社会的に脆弱とされる人たちの視点を大切にし、そういった人たちも力を出し合って活動していくことが、個々人の尊厳を守るだけでなく、災害後の地域づくりに大きな意味をもつ。

それは自治体職員にも当然あてはまる。伊藤さんのような立場の女性が増えることの重要性を、多くの人に理解してほしいと願っている。

 

東日本大震災を女性の視点からとらえた書籍

東日本大震災を女性の視点からとらえた書籍

 


kimura-150x150ジャーナリスト 林 美子(はやし よしこ)
2016年まで朝日新聞記者。労働やジェンダーの分野を中心に取材、執筆活動を続ける。早稲田大学ジャーナリズム研究所招聘研究員。