「痴漢冤罪」を言い立てる前に知るべきこと

(トップ写真)「男が痴漢になる理由」の出版を機に、

10月25日に東京都内で、痴漢をめぐるトークイベントが開かれた。

 

痴漢による被害を減らすには

 

「痴漢と間違われるのが怖いから満員電車では両手でつり革をつかむ」「ラッシュ時の女性専用車両は女性を優遇しすぎだ」……。男性が多い飲み会にいくと、そんな話題で盛り上がることが結構ある。私が口をはさもうとすると、「もし誤解されてもやってない証拠がないから言い訳できない」「示談金目当ての美人局って実際にいるっていうでしょ」などと言い返される。

 

半年ほど前には、痴漢を疑われた男性が線路に降りて逃げ出す事件が相次ぎ、死亡した人もいた。この時、テレビには「痴漢冤罪を防ぐには」という番組があふれた。

 

……ちがうだろう。まず考えるべきことは、「痴漢を減らすにはどうしたらいいか」ではないのか。痴漢に遭っても声を出せず凍り付いている女性たちが日々大勢いる。過去の被害の傷を抱え続ける人も少なくない。女性専用車両は、そんな女性たちが安心して通勤通学できるようにするためのものだ。冤罪がゼロとは言わないが、被害を受けた女性たち(男性もいるだろう)のことを語らずに、男性たちはなぜあたかも自分たちが被害者であるかのように「冤罪」を言い立てるのだろう。

 

そんな疑問に正面から答える本が最近出た。「男が痴漢になる理由」(イースト・プレス)。筆者の斉藤章佳さんは、12年間にわたって痴漢常習者の再犯防止プログラムに取り組んできた精神保健福祉士・社会福祉士である。ここには、痴漢に関する世間の「常識」をくつがえすようなことがたくさん書かれている。かいつまんで書くと、次の通りである。

 

 

痴漢の多くは「四大卒の会社員既婚男性」

 

・痴漢のリアルな実態は「四大卒で会社勤めをする、働き盛りの既婚男性」である。

・共通する特徴の一つとして「共感性の低さ」があり、被害者への想像力が欠如している。

・半数は行為中に勃起していない。彼らの目的は性的欲求を満たすことではないので、性風俗店の利用は痴漢行為の抑止とならない。

・長時間労働や人生における仕事のウエイトの大きさがトリガーにつながるケースが非常に多い。

・何らかの劣等感を頂いていたり、自己肯定感が低かったりする特徴がある。

・そういう人ほど、人間関係で優位性を獲得することで「心の安定」を得られやすい。痴漢行為の本質は支配欲にある。

・「露出の多い服を着ている女性は痴漢されても仕方ない」といった「認知の歪み」を持っている。

・認知の歪みの奥底には、その人が培ってきた女性観がある。男尊女卑的な考え方が土壌にある社会では「認知の歪み」の芽が出やすい。

・ほぼすべての痴漢が「痴漢モノ」といわれるAVを見ている。

・治療は「再発防止」「薬物療法」「性加害行動に責任を取る」の三本柱で進める。

・性暴力は一回でも許さないという認識を、社会全体が持たなければならない。

 

どうでしょう。痴漢という加害者の実態と、社会との関係がよくわかると思いませんか。

 

斉藤章佳著「男が痴漢になる理由」

 

 

被害者の視点を重視する

 

なお、斉藤さんは「痴漢は性依存症という病気である」という言い方には注意を促している。「自分が悪いのではなく病気が悪い」という発想につながりかねないからだ。しかも、痴漢など性暴力加害者には「加害したことを忘れる」という特徴があるという。だから、再犯防止プログラムでは被害者の視点を取り入れることを重視しており、加害者が男尊女卑的な思考パターンを見直し、女性や性に対する考え方を変えることが必要だと強調する。

 

また、「痴漢冤罪」を心配する声に対しては、「偶然の接触はよくあることで、それ自体は咎められることではありません。もし女性が不快に感じたことを察知したら、謝罪すればいいだけです」という。私も全くその通りだと思う。そもそも、痴漢を駅員や警察に突き出すのは女性にとって時間的にも精神的にも非常にコストの高い行動である。だからこそ、多くの被害者が我慢を重ねているのである。

 

ところが、そのような主張は、必ずといっていいほど「美人局」論で反撃される。なぜ男性は「示談目的の痴漢冤罪」に過剰反応するのだろうか。斉藤さんによると、それは「自分より下だと思っていた存在から『騙される』という形で反撃される」ことへの恐怖だという。「相手が誰であれ対等な関係を築くには自分の弱いところを認めることが必須。その弱いところと向き合うこと自体が恐怖」なのだ。

 

 

男女の間にある深い溝に橋をかける

 

だから、斉藤さんの視線は、痴漢の常習者だけでなく、自分自身を含む男性や、男女を問わずすべての人の中に潜む「加害者性」にも向けられている。私の中にも「加害者性」があることは、否定できないと思う。だからといって痴漢の加害者性に免罪符を与えるわけではない。「だれにでも加害者性はある」ことと、「実際に加害行為に及ぶ」ことは全く別だからである。

 

10月25日には、斉藤さんらによるトークイベントが東京・下北沢であった。出演者の一人のフリーライター、小川たまかさんは「私が同じタイトルで本を書いたら大変なことになったと思う。男性の斉藤さんがこの本を書いてくれて、すごくうれしい」と率直に語っていた。この社会では、男性と女性の間に深い溝がある。このような本がそこに橋をかけてくれることを、私も心からうれしく思う。

ジャーナリスト 林 美子(はやし よしこ)

2016年まで朝日新聞記者。労働やジェンダーの分野を中心に取材、執筆活動を続ける。早稲田大学ジャーナリズム研究所招聘研究員。