憲法解釈とメディア(前編)

はじめに

法解釈を報じる難しさ

2015年安保法制については、安全保障などの政策面だけでなく、その合憲性をめぐる憲法解釈にも大きな注目が集まった。各種メディアでも、安保法制の合憲性、とくに、集団的自衛権の行使の可否について議論がなされた。ただ、安保法制をめぐる報道には、一般メディアで憲法解釈を議論することの難しさも現れている。

法解釈の結論を出すには、検討すべき論点が複数あるのが通常である。それぞれの分岐点ごとに、一つ一つ理論的な検討を積み重ねることで、ようやく結論に至る。それゆえ、「適法/違法」あるいは「合憲/違憲」の結論が同じでも、議論の内容がまるで異なっていることもある。他方、結論が違っても、ほとんどの点で合意があることも多い。したがって、法解釈が問題となる場面で、「適法/違法」「合憲/違憲」という結論だけに着目したり、論者に対し「合憲ですか、違憲ですか」という単純な問いを投げかけたりするだけでは、適切な報道にならない。 本稿では、五百旗頭真さんのWEBRONZAでのインタビュー【注1】を素材に、メディアで憲法解釈をどう報じるべきかを検討してみたい。

 

一 五百旗頭真さんのインタビュー

 

このインタビューは、2015年安保法制制定の施行にむけ、朝日新聞論説委員の豊秀一さんが、「民主主義をつくる」という企画で行ったものだ。豊さんが、2015年安保法制による集団的自衛権の行使容認について、「元最高裁長官や元内閣法制局長官、憲法学者ら法律家の専門集団から『憲法違反だ』という批判が出ています」と質問したのに対し、五百旗頭さんは、次のように回答した。

「そういうふうにおっしゃるのは、それがその方々の専門分野ですからね。視野が狭いのです。自分たちのつくった法体系の中では、おかしいという議論です。これまでのやり方が国際環境の中で成り立たなくなっているという認識の下で、憲法を作り直す、修正するという広い観点に立って、日本国民の安全が守るために何をしたらいいかと、広い視野で考えなければなりません」

五百旗頭さんは、これまでの法体系に基づく「やり方」は「国際環境の中で成り立たなくなっている」から、「憲法を作り直す」必要があるとの認識を示している。要するに、「安保法制は違憲だ(が、違憲にしておくとまずいから、改憲した方が良い)」と答えているように見える。

そこで、豊さんは、「そうであれば、集団的自衛権が認められるように憲法改正案を出して、国民に信を問うのが筋ではないでしょうか」と問う。これに対し、五百旗頭さんは、次のように回答した。

「憲法には集団的自衛権うんぬんは何も書いていません。自衛については必要最小限であり、国際的な文脈の中でも戦争に引きずり込まれるようなことがないようにという思いの中で、集団的自衛権は権利としてはあるが行使はしないという、複雑な議論を政府は作ってきたわけです。ですから、それを変えることは、違憲とかいう問題とは全然関係ない」

つまり、憲法には、集団的自衛権の行使を禁ずる条項はないから、合憲だという理屈である。しかし、この回答に首をひねった人も多いだろう。

 

【注1】「安保法制への異議申し立てはややピントがずれている 五百旗頭真氏に聞く(上)」2016年3月9日。
http://www.huffingtonpost.jp/webronza/interview-with-iokibe_b_9315752.html

 

(後編に続く…10/3更新予定)


test首都大学東京 教授 木村 草太 (きむら そうた)
1980年、横浜市生まれ。東京大学法学部卒業、同助手を経て、現在、首都大学東京法学系教授。専攻は憲法学。著書の「憲法の急所(羽鳥書店)」は「東大生協で最も売れている本」「全法科大学院生必読の書」と話題に。