天皇の生前退位に関する憲法論(後編)

一代限りの特別法の是非

もっとも、旧皇室典範制定時に懸念されたように、皇位継承が政治利用される危険は防がなければならない。そうだとすれば、一代限りの特別法によって、現在の天皇陛下だけを生前退位させるのは好ましくないだろう。特別法には、「〇〇天皇は〇年〇月〇日で退位する」という内容しか書かれないから、どのような基準に照らして、その天皇が退位するのかが、全く不明確なままとなってしまう。明確な基準なしに退位を認めた前例を作れば、今後も特別法によって恣意的に退位を強制したり、皇位継承順位を変えてしまったりする危険を生む。

また、一代限りの特別法の是非については、憲法2条の文言との関係も問題となる。

憲法には、この事項は「法律」で定めよと規定した条文が幾つかある。例えば、第10条は「日本国民たる要件」つまり国籍配分基準は「法律でこれを定める」と規定しており、第92条は「地方公共団体の組織及び運営に関する事項」を「法律で」定めるとしている。これらの条文は、国籍法や地方自治法といった法律の名称を明記していない。

「法律」には、あらゆる場合に適用される基準・原則を定めた一般法と、特定の対象にしか適用されない特別法とがある。憲法が「法律」で定めよと規定している場合は、その事項について、一般法のほかに、特別法が制定される可能性を想定している、と考えられる。例えば、「地方公共団体の組織及び運営に関する事項」については、「地方自治法」という一般法があるが、大都市地域のみを対象とする「大都市地域における特別区の設置に関する法律」などの特別法も制定されている。

これに対し、憲法2条は、皇位継承について単に「法律」ではなく、「皇室典範」で定めよとわざわざ規定している。これは、皇位継承が政治利用される危険を防ぐために、そのルールは一般法の形で明確に定めておくべきであり、特定の皇位継承にしか適用されない特別法の制定は好ましくない、との趣旨を表明するものと読める。そうすると、一代限りの特別法には、違憲の疑いがある。

また、今上天皇を退位させる条項を、皇室典範の一条項や附則として制定すれば、形式的には違憲の批判を免れる。しかし、その方法でも、実質的に見れば憲法2条の趣旨に反するとの強い批判にさらされるだろう。

もちろん、一代限りの特別法も、皇室典範と同等の効力を持つ法律であり、違憲ではないとの議論もあり得る。しかし、皇位継承は極めて重要な問題であり、万が一にも違憲の疑いをかけられてはならない。

とすれば、生前退位を認めるのであれば、皇室典範を改正し、「高齢又は病気により執務を行うことが困難になった場合」に、「国会の承認を経て退位をする」といった内容を規定し、その基準や手続きを明確にしておくべきだろう。今上天皇の退位も、拙速に特別法で対応するのではなく、あくまで皇室典範で定められた一般的な基準・手続きの適用によってなされるべきだろう。

 

おわりに

以上をまとめると、次のようになる。まず、生前退位を認めるために、憲法の改正は必要なく、皇室典範を改正すれば足りる(一)。次に、天皇の地位に伴う負担の軽減の必要を考えると、生前退位の制度化は積極的に評価できる(二)。ただし、一代限りの特別法は、退位の基準や手続きを曖昧にしてしまうし、憲法2条の文言・趣旨とも整合しない(三)。 以上が、生前退位に関する法的検討である。

 

ここで、象徴天皇制について、若干のコメントを付加しておきたい。

今回の天皇陛下のお言葉を聞いて、国民統合の象徴として、「人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うこと」を大切にしてきたという天皇陛下の高い倫理観に、尊敬の念を覚えた。しかし同時に、不安も感じた。国民の側から、後代の天皇にそうした高い倫理観を期待するようなことになれば、天皇にとってあまりにも過大な負担となるだろう。天皇が国民の過度な期待に応えることができず、批判の目をむけられることになれば、象徴天皇制の維持は困難になる。

本文で指摘したように、政治家等が恣意的に生前退位制度を運用するなど、天皇を政治利用することは決して許してはならない。また、天皇に過大な負担をかけないためには、国民も過度な期待を押し付けてはいけない。現在のような象徴天皇制を維持したいのであれば、政治家も国民も、そうした慎みが不可欠だろう。

 

 


kimura-150x150首都大学東京 教授 木村 草太 (きむら そうた)
1980年、横浜市生まれ。東京大学法学部卒業、同助手を経て、現在、首都大学東京法学系教授。専攻は憲法学。国民の力で「憲法を活かす」をテーマに活動中。著書の『憲法の急所』(羽鳥書店)は「東大生協で最も売れている本」「全法科大学院生必読の書」と話題に。新刊に『憲法という希望』(講談社現代新書、共著)がある。