アベノミクスと地方創生のゆくえ(後編)

輻輳する思惑

 ─「経済再生」「財政健全化」「人口減少の抑制」

 

こうして誕生した地方創生策は、さまざまな思惑、さまざまな利害が輻輳する中で、当初想定されたものとは大きく異なるものへと変貌しつつある。それは、「ローカル・アベノミクス」を提唱した自民党議員の意図も大きく裏切るものであろう。

 

制度改革の方向性を決める軸は複数あるが、次の三つが主軸となる。経済再生、財政健全化、人口減少の抑制である。このことは、昨年の6月に公表された『骨太の方針2015』に、財政健全化目標【注2】を堅持すると同時に、「人口減少と地域経済の縮小の悪循環の連鎖に歯止めをかけ、好循環を確立する」観点から地方創生策を実施していくとの記述から明らかである。問題は、これら相互に矛盾する三つの目標を同時に達成しようとしたことで、地方行財政制度がグロテスクなものへと改革されようとしていることである。

 

財政健全化を推進しつつ、経済再生や人口減少の抑制という目標を達成しようすれば、財源を「効果的に活用する」「一部の」自治体に振りむける仕組みが当然必要となってくる。現に同文書は、国と地方の財政関係の根幹ともいえる地方交付税を、経済再生や財政再建などに積極的に取り組む自治体に重点的に配分するものへと改革することを謳う。こうした地方交付税改革には、先進的な自治体が達成した経費水準の内容を地方交付税の単位費用の積算に反映させる、いわゆる「トップランナー方式」と呼ばれるものも含まれている。

 

注意すべきは、現時点では制度改正の詳細が明らかではないものの、場合によっては、財政調整機能と財源保障機能を有し、「地方自治の本旨の実現」の要である地方交付税制度を根本的に変革することにもなりかねない点である。実際に、『骨太の方針』を具体化するために設置された「経済・財政一体改革推進委員会」の議論には、いくつも気になる論点が散見される。 例として、地方創生策の目玉の一つである「まち・ひと・しごと創生事業費」について述べているところをみてみよう。この費目は、2015年度の地方財政計画から新たに1兆円盛り込まれることになったものであり、地方交付税制度を通じて各自治体に配分されることになる。重要なのは、従来とは違って、財政ニーズが多いところに財源が多く配分されるのみではなく、事業の成果をも勘案して按分されることである。将来的に成果分は5割以上となる予定である。「ニーズ」ではなく「効果」の強調は、地方交付税のこれまでの役割からすると大きく逸脱した要素を含んでいるといえよう。

 

成果指標の中身としては、若年者就業率、女性就業率、事業所数、従業者数、転入者人口比率、一人当たり県民所得等が具体的にあげられている【注3】。現実的には、短期間でこれらの成果を着実にあげられるのは、ある程度拠点性を持った都市に限られてこよう。その結果、現在議論されている「連携中枢都市圏」が主たる事業費の受け皿として機能していくことも考えられる。そうなれば、地方交付税が「選択と集中」を促進する手段と化す可能性も大いにある。

 

加えて、これら政策効果を図る指標(KPI、Key Performance Indicator)は、制度設計如何によっては地方自治の本旨をも侵害するおそれがある。このことがとりわけ顕著に表れるのが、「トップランナー方式」を活用し、基準財政需要額を「合理化」する場合である。現に一体改革推進委員会は、トップランナー方式について、歳出への効果・金額などを含んだ「もう少し踏み込んだKPIを設定」することで「地方財政の健全化」に強制的につなげていきたいようである【注4】。これに対して総務省は、「地方自治、地方分権を踏まえれば、各地方団体に対して、具体的な歳出削減数値のようなKPIを設定せよということはできない」と、地方自治の観点から反論を加えている。地方創生が中央集権的なものに転化する側面を持ち合わせている点には注意が必要であろう。

 

根源に立ち返る改革を

 

これまでみてきたように、地方創生策には「経済再生」「財政健全化」「人口減少の抑制」という相互に矛盾する論点を含んでおり、これらを同時に成立させようとしたことで、地方交付税制度は極めて面妖なものに変わりつつある。財政調整と財源保障の観点は後退し、中央集権的な要素を備えつつあるからである。現在のところ「まち・ひと・しごと創生事業費」を中心とする一部の財源配分に関連するのみとはいえ、「国家債務の抑制」という重しがある以上、徐々に交付税本体を侵食していくことにもなりかねない。

 

事実、一体改革推進委員会の委員は、国から地方への「巨額の財政トランスファー」が歴史的に「高水準」であること、そのため自治体のみプライマリー・バランスが黒字となっている状態を問題にし、自治体側にもさらなる努力を求めている【注5】。要は、国側の「犠牲」によって自治体のみが「得をしている」ことは許されず、国家債務の圧縮に協力せよということであろう。こうした認識には、地方交付税の一部を臨財債に振りかえられた結果、国の債務の肩代わりをさせられている地方の現実は反映されていない。

 

おそらく今後、財政再建を脅しに地域のニーズは後回しにされ、中央集権的な手法で「選択と集中」が進められていくなかで国のカタチは徐々に変えられていくことになろう。しかし、諸外国による分権的福祉政府の形成の事例を見るまでもなく、基礎自治体は生活を身近なところで支えるうえで極めて肝要な存在である。われわれにとって、どのような国と地方との関係がありえるべきか。国と地方をつなぐ地方交付税制度が危機に陥りつつあるいま、その問題を根源に立ち返って考えてみる必要がある。

 

「地方のため」を打ち出しつつ、地域生活を破壊してきたのがこれまでの日本の地域政策の歴史である。今般の参院選では、地方創生を巡っていかなる議論がたたかわされるのか、注視しなければならない。

 

【注2】「国・地方を合わせた基礎的財政収支について、2020年度までに黒字化」するというもの。

【注3】総務省(2015)『経済・財政一体改革委員会 制度・地方行財政WG(第3回)御説明資料』、3頁。

【注4】経済・財政一体改革推進委員会(2015)『第3 回制度・地方行財政ワーキング・グループ議事要旨』。

【注5】同上。


東北学院大学 准教授 佐藤 滋 (さとう しげる)東北学院大学 准教授 佐藤 滋 (さとう しげる)
東北学院大学経済学部共生社会経済学科(専門:財政学、地方財政論)。横浜国立大学大学院国際社会科学研究科博士課程後期卒業。経済学博士。著書に『租税抵抗の財政学』岩波書店、2014年(古市将人との共著)がある。