アメリカ社会に蔓延する不満と新たな希望(前編)

はじめに

アメリカ大統領選挙は、民主党のクリントン、共和党のトランプによる一騎打ちとなっている。これまで世界をリードしてきたアメリカだが、今や国内の格差や貧困は広がり、差別問題も深刻である。混迷を極めるアメリカの次のリーダーを誰に託すのか、世界が注目する選挙について論じる。

 

積極支持なき選挙戦

この原稿をお読みいただいている読者のみなさんは、選挙結果をご存知なのだろうか。これを書いているのが、10月の下旬なので、結果は定かではないが、これまでのところヒラリー・クリントン候補の勝利は、多くの人びとに想定されている。

ただその勝利は、いまだかつてないほど態度決定を保留しているたくさんの人が、トランプやその他の候補に大挙して投票しなかった結果である。それくらいクリントンへの積極的な支持はなお多数を占めるに至っていない。選挙当日に何が起こるかわからないとまだいわれるのは、こうしたきわめて不気味に流動的な状況を踏まえてのことである。

 

マイナスのみの闘い

この、ぜひ投票したい候補がいない状況について、これまでクリントン、トランプの「問題」、すなわち前者については、「不信」、後者については「差別主義」が指摘されてきた。

確かにクリントンほど長く花々しい経歴を持ち、しかも民主党の予備選挙の過程で、急進派のサンダースに引っ張られて、いろいろと態度変更を余儀なくされた彼女にとって、「ぶれない」ことはきわめて困難であったろう。

またトランプの場合、最初はことの良し悪しや思想信条以上に、注目されるために打ち出し、それなりに功を奏した排外主義的な政策提案が、次第に人格的問題と関連づけられるようになり、結局提案内容をめぐる政策論議よりも、そういう提案をする彼の大統領としての資質や資格を疑われる原因となり、結局足を引っぱるようになったのは、そもそも発言にどこまで覚悟があったか定かではないが、皮肉である。

ただ両者に共通していたのは、これらの「マイナス」にもかかわらず、それでも多くの人びとが支持できる、あるいは支持したいと思うプラスの提案がなかったことである。

 

どこかで聞いたような人たち

このことはクリントンが、とくに若者に「昔」の人と思われたこととも関係する。実際彼女は夫のビル・クリントンがホワイトハウス入りした1992年から、健康保険改革など政治の最前線にいた。つまり米国政治はむろん、世界政治の檜舞台で四半世紀も活躍してきた。プロ野球選手ならもう引退の時期であり、話題になるのは「殿堂入り」がいつかであろう。いまさらプラスの提案といっても、それは無理な話かもしれない。実際クリントンの政策綱領は、これまでの政策の総動員にも見える。

またトランプも、評価は別にして、これまでにないタイプの候補といわれてきたが、途中から彼がねらった「白人男性労働者」の支持をねらうポピュリスト(米国の場合、必ずしもネガティブではない)戦略は、必ずしも新しいものではない。例えば本来ならば民主党が票田だったはずの白人労働者の支持を大きく奪った共和党の先輩には、あのレーガン大統領がいるし、その前のニクソン大統領も彼らの支持に依存した。ただ、そのいずれも白人男性労働者は、これらの候補のプラスな提案にひきつけられたのではなく、民主党が彼らを見捨てたからというマイナス思考による。

 

(後編に続く…11/14更新予定)

 

 


早稲田大学社会科学総合学術院教授 篠田 徹(しのだ とおる)早稲田大学社会科学総合学術院教授 篠田 徹(しのだ とおる)
早稲田大学第一文学部中国文学科卒業。早稲田大学政治学研究科博士課程、北九州大学法学部専任講師を経て、97年から現職。専門は比較労働政治。主要著書に『世紀末の労働運動』『2025年 日本の構想』(共著)、『ポスト福祉国家とソーシャル・ガヴァナンス』(共著)などがある。