アメリカ社会に蔓延する不満と新たな希望(後編)

 

オバマ時代の新しさ

結局、今回の選挙が低調だった背景には、いずれの候補も新しい時代の幕開けを感じさせる政策提案や社会ビジョン、ひいては世界のありようを語れなかったことがあるだろう。これは、オバマ大統領の一期目の選挙を思い出せば明らかである。あの時は、米国民ならず、おおげさにいえば人類が、彼の登場とその言葉に新しい時代の到来を予感し、そこに希望を託した。

確かにその夢は、次第にしぼみ、いまや多くの米国民は彼に対して失望感を抱いている。けれどもそれはやはりメインストリームといわれる、これまで社会の中軸を担い、いわば生活のスタンダードを保ってきた中間層の思いであろう。実際彼らはこの間、そうし続けることが難しくなり、少なからぬ部分が「下流化」したのだから。その最たる層が「白人男性労働者」であったことはいうまでもない。

けれどもオバマ大統領の施策は、すべての人びとを失望させたわけではない。完全とはいえないにせよ新たな健康保険制度の導入は、加入が困難だった人びとに健康な生活の機会を与え、まがりなりにも米国史上初めて、事実上の国民皆保険を実現した。

また性的マイノリティの権利拡張は、それらの人びとの生活の質を向上させただけでなく、米国社会のダイバーシティとその包摂の度合いを高め、この国における生き方の多様性をさらに広げた。

さらにオバマ外交は、たとえ現実において大きな進展がなかったとはいえ、「核なき世界」の実現にむけ、日本を含め世界の多くの人びとにそれがなお夢ではないことを忘れさせないでいる。さらに戦争や関係断絶が、世界平和と安定に決して有効ではないことを訴え、イランやキューバなどこれまで排除された国々に門戸を開くことで、世界を大きくした。

 

先にある不安

ただ米国民は、なお多くの人びとが、これらの新しい萌芽の先に、新しい時代が花開くとまでの確信には至っていない。実際、眼を社会にむければ、黒人差別はこの間むしろ激化しており、「国内産」のテロの不安はいずれの地域にも広がり、社会の分断と不信はこれまでにないレベルに達しているかに見える。また貧困や格差も止まることを知らず、その深刻さは19世紀後半の米国史上最も貧富の差が広がった時代の呼び名をもじり、「第二金ぴか時代」といわれるようになった。

また世界を見れば、米国の圧倒的な政治経済的優位の時代は明らかに終わっており、今後は中国やロシアなど対抗心を燃やす勢力との神経戦が続くことは間違いない。その一方で中東をはじめとする地域紛争とそれに伴う難民の群れや、経済のグローバル化と移民の波が世界を排外的にする動きもしばらく続きそうである。

そうした世界が対立と混迷を深める中、人類の協力なしには解決しえない環境、衛生、貧困の問題は、待ったなしの状況に至っている。

 

将来の希望

こう考えると、今回の大統領選挙の混迷は、そのまま米国民の先行きへの不安とそれを乗り越えるビジョンや自信のなさからくる右往左往をそのまま反映しているともいえる。それはまた形は違えど同様の不安と動揺にさらされる、欧州やアジアを含む人類のそれであるともいえる。

とはいえ米国社会には、将来の夢が確実に育っている。ひとつはミレニアル世代と呼ばれる若者世代の台頭だ。10代後半から30代前半にまたがる彼ら彼女らは、人口のおよそ3分の1を占める一方、この世代はオバマ時代を生き、またポスト冷戦の、イデオロギーではなく柔軟かつ実践的、すなわち米国的な言い方をすればプラグマティックに、コミュニティから世界まで、さまざまな問題の解決に貢献することに関心がある。

この世代がサンダース支持にむかったのは理解できる。確かに彼の主張や政策は現実離れしていたかもしれないが、それがいままでの世界に飽き足りないこの世代には新しかったし、またこれまでの標準的な生き方の破綻が明らかになったことを見せつけられた彼ら彼女らに、別の生き方という夢を託すだけの根本さ(言葉の本来の意味でのラディカル)があった。

そう考えると、暗いニュースや悲しい話の陰に隠れた米国社会の新たな胎動というものも聞こえてくるかもしれない。それは、この音を最も身近に耳にしたサンダース候補が、選挙戦を終えるにあたって、これからは民主党を改革し、進歩主義の再興に力を尽くすとこれからの希望を語ったことにもうかがえる。

大統領選を「今世の終わり」というか、「来世の始まり」というか、それはわたしたちの心の持ちよう、そしてまなざしのむけ方と耳の傾けかたにかかっている。

 


早稲田大学社会科学総合学術院教授 篠田 徹(しのだ とおる)早稲田大学社会科学総合学術院教授 篠田 徹(しのだ とおる)
早稲田大学第一文学部中国文学科卒業。早稲田大学政治学研究科博士課程、北九州大学法学部専任講師を経て、97年から現職。専門は比較労働政治。主要著書に『世紀末の労働運動』『2025年 日本の構想』(共著)、『ポスト福祉国家とソーシャル・ガヴァナンス』(共著)などがある。