【自主レポート】

第34回兵庫自治研集会
第8分科会 都市(まち)と地方の再生とまちづくり

 遠軽町(えんがるちょう)は、2005年に旧遠軽町、生田原町、丸瀬布町、白滝村が合併し7年となりますが、人口減少や地域経済の疲弊は進む一方です。そのような中、昨年、大震災が発生し、被災地の惨状を見た私たち職員は、改めて自分たちの町の現状を振り返りました。合併後、地域をみつめてきただろうか? 今、私たち職員が地域にできることはなんだろう? 震災後立ち上がった職員グループのまちづくり活動をレポートします。



ガンダム遠軽(だいち)に立て!!
〜町職員から広がるまちづくり〜

北海道本部/自治労遠軽町職員労働組合連合会・自治研推進委員会

1. はじめに

 遠軽町は、2005年10月1日に旧遠軽町、生田原町、丸瀬布町、白滝村の4か町村が合併し今年で7年となります。合併当時、23,965人いた人口も2012年4月末現在で21,963人と約2,000人の減少となっており、遠軽中心部以外の過疎化、限界集落化が懸念されています。さらに、長引く景気低迷による中心市街地の衰退や少子高齢化により地域の活力も低下しています。このように、人口減少や地域経済疲弊が進む中、新たな地域振興策や魅力ある地域資源の発掘など「まちづくり」への期待は大きなものとなっています。
 そのような中、まちづくりを考える2つの職員有志のグループが自発的に誕生したのは震災後まもなくのことでした。グループに参加した職員の中には、大震災がもたらした多くの課題と教訓を胸に、改めて郷土のことや地方自治、行政について見つめなおした者も多数いたのではないかと思われます。
 これら2つのグループは、単にまちづくりを期待されているだけではなく、自発的にグループを形成したという点で行政内部の意識改革や旧町村職員、管理職、組合などの垣根を越えて組織されている点は、合併時に求められていた職員の一体感の醸成という面でも期待されています。
 この2つのグループは、それぞれ特色のあるまちづくり活動を行っていますので紹介したいと思います。


図表 遠軽町職員まちづくり組織の概略
組織名称
構成員数
取り組み内容
設立経過等
G−club
(じーくらぶ)
19人
(ガンダム世代の
30〜40代中心)
○アニメ等コンテンツを活用したまちづくり
 アニメ「機動戦士ガンダム」のキャラクターデザインをした漫画家・安彦良和氏(遠軽町出身)などとのゆかりを活かしたまちづくりの取り組み。
2011年4月15日設立
2008年頃からガンプラ製作を主体としたサブカルチャー職員グループとして水面下で活動。
北海道市町村振興協会「自主調査研究事業」応募を機に正式設立。
代表1人、幹事3人、事務局2人

まちKEN
(けん)

33人
(管理職16人、係
長12人、係5人)
○食とイベントを考える
 旧町村地域の食・観光を再発見し、資源の洗い出しを通じて得た課題の協議、職員の一体感の醸成及び地域取り組みの機運を高める活動を行い、職員から町長へ政策提言を目指す。
2011年7月22日設立
2011年3月23日職員の声かけから始動。その後、賛同した職員有志による準備会を経て設立総会にて設立。
会則有、会費月500円
代表1人、副代表1人、事務局2人、会計1人、監査2人、部会長若干

2. 職員が考えるそれぞれのまちづくり

(1) G−club 〜もしオタク職員がまちづくりに取り組んだら〜
 G−clubは、2008年頃からガンダムのプラモデルが好きな職員(通称ガンオタ)が集まって飲み会を行う趣味のグループでしたが、震災後に遠軽町出身の漫画家・安彦良和氏が北海道新聞夕刊(2011年3月24日掲載)に寄せた「被災地や故郷のためになにか手伝いたい。」という記事を見つけ、あの“ガンダム”の安彦氏が協力してくれれば、まちおこしの起爆剤になるのではないかとの思いから北海道市町村振興協会の自主調査研究事業(補助上限50万円)に応募し、アニメ・マンガを活用したまちづくりの調査研究に取り組んだのが始まりです。
 もとより1990年から1995年には、「えんがぁるまんがフェスティバル」として、安彦氏を中心に多くの漫画家を遠軽町に招きイベントを開催していたという実績のほか、「宇宙戦艦ヤマト」「イデオン」のアニメ作画監督を務めた湖川友謙氏や「機動戦士Zガンダム」「ベルセルク」のアニメ作画監督を務めている恩田尚之氏と有名アニメーターを輩出していることは知る人ぞ知る隠れた遠軽町の地域資源です。
 このような経験と地域資源を活用すべくG−clubは、調査研究とは別に以下のモデル事業を自賄い(予算0円)で実施しています。
@ モデル事業第1弾「安彦良和作品展@図書館」
  本格的なまちおこしのためには地域全体の盛り上がりが欠かせませんが、安彦氏らの作品に直接触れている層は限られていると考え、まずは町民が作品に触れる機会を作り、価値共有を図る企画として「安彦良和作品展@図書館(以下、作品展)」を図書館の協力のもと開催しています。
  開催期間は、子どもたちの夏休み期間に合わせ2011年7月23日から8月7日までの16日間とし、主な展示内容として、安彦良和作品コーナー、安彦氏経歴紹介、安彦作品年表、G−clubメンバー作製プラモデルなどを設置していますが、予算のない中でのスタートだったため、すべてが手作業で行われG−clubメンバー個々の思い入れが伝わるものとなっています。
  また、開催期間中には遠軽町に帰省していた安彦氏が作品展を訪れ、マンガ下絵原稿や作画用筆、サイン色紙、安彦作品90冊の図書館寄贈、モデル事業第2弾となるサイン本99冊の提供という協力をしていただき、作品展に厚みが増したことや安彦氏が作品展を喜んでくれたことは今後のG−clubの活動に弾みがつく結果となっています。
  作品展の成果については、年配の方から子どもまで幅広い年代の方の来場やインターネットで作品展の開催を知り札幌から訪れた方もいるなど、図書館利用者が前年同期を上回り利用促進にもつながっています。また、来場者からは子どもの頃に見た作品に触れてなつかしいなど好意的な評価も多数あり、安彦氏の作品の認知度向上や価値共有に一定の効果があったものと思われます。


 
ガンダムTHE ORIGIN原稿と先生愛用筆
 
作品展に訪れた安彦良和先生(右)

A モデル事業第2弾「東北復興支援作戦★安彦良和サイン本チャリティー販売会」
  安彦氏が作品展に訪れた際に、「サイン本を提供するので被災地復興支援のために活用してほしい。」との提案があり、被災地のために何か活動がしたいG−clubメンバーの想いが合致した「東北復興支援作戦★安彦良和サイン本チャリティー販売会(以下、販売会)」を企画実施しています。
  販売会は、義援金を多く募ることと、G−clubの活動を広く周知するため、集客の見込める遠軽町の夏のイベント「コスモス開花宣言花火大会(2011年8月27日開催)」イベント会場にて行いました。
  販売会の開始時にはすでに20人ほどの列が出来ており、先頭に並んだ方は、インターネットで販売会の情報を知った岩手県花巻市から来た方だったことは、安彦(ガンダム)ファンの行動力とインターネットの情報拡散力を認識する結果となっています。
  なお、サイン本売上金94,774円は、安彦氏の意向を踏まえ全額、東日本大震災復興支援の義援金としてG−clubから日本赤十字社に引き継がれています。
B モデル事業第3弾「受験生ガンバラナイト2012」への雪像製作協力
  2012年3月2日に実施した「受験生ガンバラナイト」は、高校入試直前にアイスキャンドルなどを飾り受験生を激励するため、町内の協賛する事業者が各々取り組むイベントで、G−clubは市街地中部に約1/1ガンダム頭部の雪像造りの設計・製作協力をしています。
  ガンダム雪像は、1週間ほど交通量の多い市街地の交差点角に設置されており、歩行者や通行車両など不特定多数の町民の目に触れることになり、結果、ガンダムを知らない人にも作品を知ってもらう機会となりました。


 
サイン本チャリティー販売会の様子
 
約1/1ガンダムヘッドの雪像

 以上、3つのモデル事業はすべて新聞各紙などのメディアで取り上げられ、予算0円で広く安彦氏やG−clubの活動が認知されるきっかけになっており、同時に遠軽町のPRにもなっています。
 また、これら取り組みの影響で、町民の中からG−clubの活動に参画したいという声やイベントを望む声なども聞こえ始めています。
 なお、G−clubは、2012年1月23日に「アニメ等コンテンツを活用した地域振興策の調査研究報告及び政策提言書」をまとめ、遠軽町長に提出しています。

(2) まちKEN 〜Mission:地域の魅力を再発見せよ〜
 まちKENは、震災後の2011年3月23日に一人の職員の声かけをきっかけに「まちづくり研究会(仮称)準備会(以下、準備会)」として始まりました。
 準備会では賛同した職員から、様々なまちづくりに対する意見交換が行われ、まちづくり研究会(仮称)の目的として、まずは地域を知ること、職員の一体感を醸成するため交流を深めること、その中から見つかった課題ごとに部会を分けて協議・提案をしていき遠軽町の活性化を図ることとしています。
 また、若い職員の積極的な意見を尊重するため話し合いのスタイルは、ブレーンストーミングにするなど配慮されています。
 準備会ではその他、会員の募集(臨時職員含む)や会の名称の募集などを行い、2011年7月22日の設立総会で、会の名称を「まちKEN」とすることで決定し、会員34人(現在33人)でスタートしています。
 まちKENは、2か月に1回程度「例会」を開催しており、今後の活動の意見交換や情報交換、交流活動を行っています。
 その中から、以下のような取り組みが生まれています。
@ 遠軽を知ろう 「マチペディア」
  遠軽町は、4か町村で合併した町ということもあり、職員の中でも、旧町村地域の施設、場所、イベントやグルメスポットなど知らない情報が多くあることが意見交換の中から見えてきました。町内をよく知ることはまちづくりや政策の基本であるとの原点にかえり、町内情報をデータ化する取り組み「ウィキペディア」のまち版「マチペディア」を行っています。
  「マチペディア」は、現在、まちKEN会員内だけで編集作成と閲覧がされていますが、情報を共有することで新たなまちの発見があったことや、会員間のコミュニケーションが活発になるなどの効果があったものと思われます。
  また、作成に当たっては堅苦しくならないようユーモアのある文書表現がされており興味を引く内容になっています。今後、蓄積された「マチペディア」をどのように活用していくかが課題となっています。

まちの隠れた情報を編集した「マチペディア」

A “秘密?”の町民食材を食べてみよう
  まちKENでは、「マチペディア」の実践編として隠れた地域食材や名産品の発見とそれらを実際に持ち寄り食べて交流を深めることをテーマに、2011年10月14日第1回例会を開催しています。
  この例会では、参加者は参加費用として1,000円分の食材を持ち寄ることがルールとなっており、17人の参加会員は地域ごとの特産品や珍品などを持ち寄り、それを酒の肴に交流を図っています。
  具体的には、鹿肉ジンギスカン(丸瀬布)や林冷菓のアイスもなか(生田原)(昨年惜しまれつつ林冷菓閉店)、fu-soraのパン(白滝)、赤胴焼き(遠軽)などが集まり、参加会員の中には初めて鹿肉を食べたという人や、初めて顔を合わせた職員がいたなど、当初の目的である「食」の発見、職員の親睦交流を図ることに成功しています。
  また、第1回例会の中では、まちの将来を語る場が出来たことへの評価や地域の新たな魅力を発見したいなどの積極的な意見も出されており、参加会員のまちづくりへのモチベーションを上げることにも繋がっています。
B 「イベント」と「食」を研究しよう
  マチペディアや例会の中で見えてきた「まちづくり」をより具体化するために、特に意見の多かった「食」と「イベント」というテーマで部会を作り、それぞれ部会長を選出し調査研究を進めることになりました。
  今のところ取り組みが始まったばかりで具体的な活動には繋がってはいませんが、「食」部会については、近年B級ご当地グルメブームなど「食」で地域活性化という取り組みも広く浸透しており、その経済効果を狙った活動も全国各地で多く見られるようになっています。このことから、地元食材の発掘や地元食材を使用した新メニューの開発、町内飲食店情報のデータ化、HP開設による情報の発信などの案が出ており、地元商工関係者からの期待の声も出始めています。
  また、「イベント」部会については、地域のイベントに積極的に参加し、インターネットで隠れた町の魅力発信やイベントのマンネリ化、集客力の低下などの問題を検討、新イベントの開発などアイデアブレーンとして期待されています。

3. おわりに 〜The Times They Are A-Changin'〜

 今回報告したグループはどちらも組合加入の有無、管理職や一般職といった立場にとらわれない取り組みとなっていますが、仕事の関係などで調査活動や例会に参加できないメンバーも出てきており、住んでいる地域や立場の違いなどによりそれぞれが思い描くまちづくりのビジョンや方向性にも違いがあることが見えてきました。また、G−clubやまちKENの取り組みをすべてのメンバーが十分理解している訳でもなければ、グループに参加していない職員や地域住民がこれら活動に対し必ずしも協力的という訳でもありません。改めてまちづくりの難しさに直面しているのが伺えます。
 しかし、2つのグループの「まちづくり」はまだ始まったばかりです。今は“たのしむことからまちづくりへ”をモットーに活動を行っていますが、多くの職員が日々の業務や生活などに追われ、ほんの少しの将来さえ語ろうとしない中、これらの活動が刺激となり「何か」をやりたいという意欲が少しずつ形となって周囲に現れ始め、職場内部が変わろうとしています。
 今後、私たち遠軽町自治研推進委員会は、両グループの活動に期待するばかりでなく、自らもできることから着手し行動することによって「まちづくり」を実践し、色々な角度から研究していきたいと思っています。
 また、合併後進んでいなかった町の一体感の醸成についても、各地域が持っているすばらしい歴史や財産を「融合」することで「まちづくり」を盛り上げていければ、子どもたちが大人になるころには、4町村が合併した「遠軽町」は歴史的事実のみとなり、地域が一つになっているはずです。
 震災後、転がり始めた職員の小さな取り組みは今も転がり続けています。“Like A Rolling Stone”
 そして、「職員」も「遠軽町」も「時代」も変わり始めています。“The Times They Are A-Changin'…”