【自主レポート】

第33回愛知自治研集会
第1分科会 自治体の「かたち」を変える

 財政状況の悪化や住民の行政需要の多様化等により、公共サービスの全てを行政だけで提供できなくなり、その代わりに、市民の参加や協働によって公共サービスを提供する領域が増えてきている。しかし、従来の市民参加手続(注1)には、参加者の固定化・特定化や成熟した議論の難しさといった課題も指摘されている。この課題を克服する無作為抽出という新たな市民参加手続の可能性と課題について、日進市での実践をふまえて考察する。



市民参加手続における無作為抽出の可能性と課題
「Cafe 語らッテ」の試みから

愛知県本部/日進市職員連帯会議 野村 圭一

はじめに

 阪神淡路大震災を契機に1998年に特定非営利活動促進法(いわゆるNPO法)が施行され、行政だけでなく住民やNPO・ボランティアなども公共サービスを提供するようになってきた。
 現在では、財政状況の悪化や住民の行政需要の多様化等により、公共サービスの全てを行政だけで提供できなくなり、その代わりに、市民の参加や協働によって公共サービスを提供する領域が増えてきている。
 このように住民と行政の関係が変化するなか、その変化に対応した住民と行政との新しいルールとして、日進市では(仮称)日進市市民参加及び市民自治活動条例(以下「条例」という。)の検討が進んでいる。

1. 条例の必要性、目的と課題

(1) 日進市自治基本条例の委任・具体化
 日進市は地方分権の進展による国や県との適切な役割分担のもと、市民参加、協働を柱とする「市民主体の自治」の実現を目指すため、2007年3月に「日進市自治基本条例」を制定した(施行は2007年10月)。
 条例は、日進市自治基本条例第15条及び第16条の規定に基づく委任条例であり、自治基本条例を単なる理念条例で終わらせることなく、その理念を具体化し実効性のあるものとするために必要なものとして位置づけている。

(2) 市民参加の継続的・安定的な実施
 現在、日進市でも附属機関等への公募委員の登用やパブリックコメント、各種アンケートの実施などにより、市民が行政に参加する手段が数多く用意されている。しかし、どのような場合にどのような市民参加の手段を実施するかについては、各課の裁量によって決められており、統一的な基準は定められていない。
 そこで、市民参加を継続的・安定的に実施するために、ある一定の行政活動(条例の制定や計画づくりなど)を行う場合には、ある一定の市民参加手続を実施することを義務づける統一的な基準として条例を必要としている。

(3) 条例制定にあたって考えられる課題
 日進市では、これまでも市民参加による基本条例や基本計画の検討を行ってきた。そこからは、次のような課題も指摘されており、今回の条例の検討にあたって、次のことに留意しながら作業を進めている。
① 条例制定の必要性や目的の、市民や行政(職員)へのPR
② 検討委員会の準備段階として、委員の知識や認識を一定にするための勉強会や研究会の開催
③ 条例制定後の実効性の確保(事業の実施方針、進行管理、条例の担い手の育成)
④ 日進市の市民参加の取り組みや市民自治活動のこれまでとこれからを見据えた条例
⑤ 条例の見直し時期の想定
⑥ 検討委員会以外のPI(:パブリック・インボルブメント)の実施
⑦ 条例制定過程での行政(職員)の直接的な関わり

2. 条例検討における取り組み:職員アンケート

(1) 「『市民参加』および『協働』に関する職員アンケート」の実施
 条例の検討作業は、「(仮称)日進市市民参加及び市民自治活動条例」検討委員会(注2)での議論が中心となる。しかし、この条例は、職員の仕事の進め方にも直接影響するものであり、先に条例制定にあたって考えられる課題で触れたように、職員への条例の必要性についてのPRは欠かせない。
 そこで、市民参加手続に対する職員の意識を把握するために、条例検討のPRも兼ねた「『市民参加』および『協働』に関する職員アンケート」(以下「アンケート」という。)を実施した。
 アンケートの概要は次の通り。
① 目  的   市民参加手続や、市民自治活動に取り組むコミュニティ等との協働などに対する考え方について職員に尋ね、本市における今後の市民参加や協働のルールづくりの参考にするもの
② 対  象   正職員(事務職及び技術職)484人
③ 実施期間   2009年12月7日(月)から12月28日(月)まで

(2) アンケートの結果
 アンケートは全部で16の設問から構成されている。その中で、従来の市民参加手続のメリットとデメリットについての設問への回答結果は次の通り。
① 問6 「市民参加手続」に関わって感じた効果・メリットは何ですか。(複数回答可)
  市民参加手続の効果・メリットとして挙げられたトップ3を見ると、第1位が「市民の考え・思いを知ることができた」で、これは問4で「ある」と答えた市民参加手続経験者の8割以上にあたる。第2位が「職員自身の考え方の幅や視野が広がった」で、これは経験者の約半数にあたる。第3位が「市民の声を政策決定に反映できた」となっている。
② 問7 「市民参加手続」に関わって感じた問題点・デメリットは何ですか。(複数回答可)



  市民参加手続の問題点・デメリットとして挙げられたトップ3を見ると、第1位が「参加市民の固定化」で、これは問4で「ある」と答えた市民参加手続経験者の7割近くにあたる。第2位が「時間・手間・コストがかかる」、第3位が「市民の代表性に対する疑問(一部の市民)」となっている。

(3) 市民参加手続における課題
 以上のようなアンケート結果や筆者のこれまでの経験から、従来の市民参加手続には、次のような課題があることが指摘できる。
① 参加者の固定化・特定化
  限られた市民の参加にとどまり、広く市民の意見が集約されているとはいえない状況にある。大多数の市民の「声なき声」をいかに吸い上げることができるかが課題となっている。
② 効率性
  より多くの市民の参加や丁寧な情報提供や議論を求めるほど、市民参加手続に要する時間や手間、コストがかかる。(ただし、アンケートの自由記述において、民主主義は時間と手間がかかって当たり前である、という指摘があったことにも留意が必要である)
③ 成熟した議論の難しさ
  従来の市民参加手続においては、行政への批判や要望が中心となり、参加者同士による成熟した議論から提案型の結論を導くに至らないまま議論が終了してしまう、という課題もある。

3. 「Cafe 語らッテ」の試み

 現在検討を進めている条例は、これらの課題の解決に結びつかなければならない。そこで、条例の検討作業の一環として、日進市では初めてとなる無作為抽出された市民による意見交換の機会として、「Cafe 語らッテ」を開催した。

(1) 「Cafe 語らッテ」開催のヒント
 「Cafe 語らッテ」は「プラーヌンクスツェレ」と「ワールドカフェ」という二つの手法を組み合わせて行われた。「プラーヌンクスツェレ」とは、ドイツ由来の制度で、無作為抽出で選ばれた市民が、一定期間有償で、そのまちの課題について討議し解決策を提案する方式である(注3)。また、「ワールドカフェ」とは、カフェの中で、または会議室をカフェのように装飾し直して対話を進める手法で、他人の意見を聴きながら、自分の意見を変えていくことに主眼が置かれている(注4)
 この二つの手法を組み合わせたねらいは、まず、無作為抽出による参加者の募集は、①参加者の固定化や特定化を防ぎ、新たな参加者を掘り起こすこと、②参加者の年齢構成が市全体の年齢構成と類似することで市全体を代表する意見の集約が期待できる。また、カフェのようなリラックスした雰囲気の中で議論を行うことで、③参加者同士が落ち着いて意見交換できる、など先にあげた課題を克服できる可能性を有している、からである。

(2) 「Cafe 語らッテ」の概要
 「Cafe 語らッテ」の概要は次の通り。(当日の詳しい内容は日進市役所ホームページをご覧いただきたい。)
① 日 時  2010年3月22日(月・祝)13:00~16:05
② 場 所  日進市スポーツセンター 会議室
③ 出 席  市民 11人(注5)、アドバイザー 1人、事務局(日進市) 6人、ファシリテーター 2人
④ プログラム
 ア あいさつ
 イ はじめの一歩 プチ講座
 ウ アイスブレーク(ときほぐし)
 エ ルールの説明~テーブル選び 
 オ 語らッテ  おしゃべりタイム ① (30分)
         テーブル選び     (5分)
         おしゃべりタイム ② (35分)
 カ 発表~共感シール投票

おしゃべりのテーマ

グループ名
テーマ
「地」
ご近所プロブレム お住まいの地域の困りごと
(ウチはスゴイよ ご近所自慢プロジェクトも…)
「知る」+「技」
わたし、こんなことで、みなさんのお役にたてます
(ワタクシ発 公益に役立つ特技や活動の情報交換)
市民にとって、市役所ってどんなところ?
(これからの時代に、市役所の果たすべき役割って?)
「夢」
未来のこどもたち~次世代への贈り物ってなあに?
(子どもがずっと住み続けたいまちって、どんなまち?)

4. 市民参加手続における無作為抽出の可能性と課題

 さて、上述のような狙いを持って実施した「Cafe 語らッテ」は、市民参加手続における量から質への転換という意味で一定の成果があったと考えている。一方で、1,000人を対象に案内を送付して11人の参加という結果からも、今回の実施において課題があったことも否定できない。本稿の締めくくりとして、「Cafe 語らッテ」に見られた3つの課題を指摘し、無作為抽出という新しい市民参加手続の発展の一助としたい。

(1) テーマ性
 「Cafe 語らッテ」は、「自分のまちについて、お茶を飲みながら、みんなで楽しく語り合う」ことを目的としていた。特定の課題解決を目指した、明確なテーマを設定しなかったことが、かえって参加者に「何をするのか分からない」という印象を与えたのではないだろうか。案内を受け取った市民がこれなら自分も議論に参加できる、と思わせるテーマ設定が必要であろう。

(2) 有償性
 「プラーヌンクスツェレ」においては、拘束時間に見合う謝礼が重要な要素となっているが、「Cafe 語らッテ」の参加者への謝礼はなく、終了後、参加賞として、木曽ひのきを利用したお箸と消費生活相談啓発のボールペンとシャープペンのセットを手渡した。謝礼の有無や金額が参加者数にどの程度の影響を及ぼすか検証の必要性はあるものの参加するインセンティブとなっている可能性は高い。
 金銭という直接的な謝礼のほかに、特定の地域のみで使える商品券や公共交通の乗車券など、様々なアイディアや工夫が考えられる部分でもある。

(3) 効率性
 1,000人の市民に案内を送付し、参加申込を受け付け、会場を用意する。これまでの会議にはない、多くの時間や人手と細やかな心配りが必要な「Cafe 語らッテ」のようなやり方を、市役所すべての分野で、すべての会議に応用することはできない。どのような会議にこそこの手法が有効なのか見極めることが大切である。

おわりに

 日進市の市民自治は、「日進市自治基本条例」の制定により、ひとつの結実を迎えたと思う。一方で、自治基本条例によって具体的に何か市民の生活が変わったか、と問われれば、その実感はない、というのも正直な感想である。
 現在検討を進めている、(仮称)日進市市民参加及び市民自治活動条例が、自治基本条例の理念を具体化し、市民が市役所を変えるためのツールとして有効に機能すること、また、無作為抽出という新たな手法が市民参加をより豊かにするであろうことを願ってやまない。




(注1) 本稿でいう「市民参加手続」とは、主に施策・事業の企画立案段階で、市民の意見を聴くために行う手続きのことをいう。
(注2) 検討委員会は委員15人以内で構成し、その内訳は、①市民活動団体の関係者、②行政区・自治会役員を経験した者、③市民公募による者、がそれぞれ5人ずつとなっている。また、検討委員会にアドバイザーを置き、小林慶太郎氏(四日市大学総合政策学科長)に依頼している。
(注3) 2006年、三鷹青年会議所と三鷹市が「みたかまちづくりディスカッション」として実施したのが日本で最初の実施例といわれている。
(注4) 近くでは、高浜市が「タカハマ・カフェ」と題して市民約140人による大規模なワールドカフェを行っている。詳しくは「ガバナンス4月号(2010年)」(35頁~)を参照のこと。
(注5) 「Cafe 語らッテ」の「招待状」は、無作為に抽出した満18歳以上の市民1,000人に送っている。