【論文】

第33回愛知自治研集会
第1分科会 自治体の「かたち」を考える

 年間3万人以上の自殺者が発生する日本において、自治体職員のメンタルヘルスに関する状況は、継続的な人員削減や個人あたりの業務量の増加等に伴い、全国的にみても悪化していると考えられる。
 本稿では、福島県庁を事例にし、県庁の内部の実態をもとに、問題点は何であるのかを整理する。その結果、精神疾患者の増加や自殺者の発生は職員個人の問題として処理されているという現実を指摘する。



自治体職員のメンタルヘルス対策に関する問題点
―― 福島県庁の事例から ――

福島県本部/自治労福島県職員連合労働組合・福島県教育庁 立岩 信明

1. はじめに

 うつ病を代表とする労働者の精神疾患やそれを起因とした自殺は、自治体行政で働く職員にとっても極めて注意すべきリスクとなっている。
 その原因とされる理由には、人員削減や退職者不補充、慢性的な超過勤務といった自治体職員の労働上の諸問題が見え隠れしているが、しかしながら、それに対する自治体行政の施策は、「職員のメンタルヘルス対策の充実」といった漠然とした内容で済ませている場合が少なくない。
 本稿では、自治体職員のメンタルヘルスに関する問題を整理することで、抜本的なメンタルヘルス対策とは何であるか、について提言することを目的としたい。
 なお、筆者は現在、県から派遣の公立学校共済組合職員として県教職員(市町村立学校教職員を含む)のメンタルヘルスに関する事業にも関わっているため、そこから得られた知見を活用していることも付記しておく。 

2. 福島県庁におけるメンタルヘルス問題

(1) 職員の自殺と精神疾患の職員について
  表1のとおり、福島県庁では2006年度から2009年度の3年間で82人の現職死亡者(県警職員を除く)が確認されている。うち、死因が自殺であると確認できている人数は19人であり、現職死亡者の4分の1が自殺によるものであると言える。(なお、このほかに死因不明者が6人いる。)
 なお、自殺者の死亡日が月曜に集中している(全体の約半分)ことが読み取れることから、従来言われてきていた「ブルーマンデー症候群(月曜日に心身の不調を訴える症状)」には一定の根拠が存在すると考えることができよう。
 また、自殺者を年代層別に区分すると、30代・40代・50代ともにほぼ同じ数であり、若年層であるからと言って自殺率が低いというわけではないことも読み取れる。
 さらには、自殺者の職種も多岐にわたっており、「事務職であるから」、「技術職であるから」といった固有の原因等があるわけではないことにも注意したい。
 一方、精神疾患を理由にした休職者については、教育庁(市町村立学校教職員を含む)では1999年に22人であったが、その後増加し、2008年度では75人であった。筆者はデータを得ていないが、知事部局の職員においても同様の傾向であることが推測される。
 このような事態に対し、県庁内部での問題にとどまらず、県議会でも議員から質問されるなど、その深刻さは放置できない状況となっている。
 ところが、自殺者の何割が精神疾患にかかっていたのか、などの自殺者や休職者に関する重要なデータは県庁内部の担当セクションにおいてさえ把握しておらず、また、自殺した職員の勤務状況と自殺の因果関係について調査することも皆無である。 
 よって、県庁内の担当セクションがメンタルヘルス対策を講じるにあたっては、このような基本的かつ重要なデータが無いままに対策をしているということになる。それが現実なのである。

 
表1 2006年度から3年間における福島県職員自殺者 (ただし市町村立学校教職員を含む)

死亡年月日

年齢

死因

2006年4月17日 (月)

教 諭

43

自殺

2006年4月21日 (金)

参 事

56

自殺

2006年5月15日 (月)

副主査

30

自殺

2006年5月22日 (月)

副主査

34

自殺

2006年12月4日 (月)

副主査

38

自殺

2007年3月17日 (土)

事務長

55

自殺

2007年4月23日 (月)

主任主査

48

自殺

2008年9月7日 (日)

教 諭

48

自殺

2008年9月8日 (月)

主 査

39

自殺(一酸化炭素中毒)

2009年1月30日 (金)

主 査

44

県庁舎11階からの飛び降り自殺

2009年3月16日 (月)

主 査

48

自殺

2009年4月1日 (水)

建築技師

31

自殺(硫化水素中毒)

2009年5月16日 (土)

主 幹

56

自殺

2009年6月18日 (木)

主 幹

55

自殺

2009年9月15日 (火)

主 査

49

自殺(窒息)

2009年9月26日 (土)

用務員

38

自殺

2009年10月5日頃(月)

教 諭

57

自殺

2010年1月18日 (月)

教 諭

53

自殺

2010年2月23日 (火)

教 諭

43

自殺(練炭)

(2) 庁内の対応動向
 もちろん、県議会で質問されるといった状況に対し、知事部局や教育庁の担当セクションでは、メンタルヘルスに関するいくつかの対策を講じていることは事実である。
 しかしながら、知事部局や教育庁では、管理職を対象とした産業医の講演会や職員向けの各種相談を中心とした事業を行っており、あくまでも職員自身がメンタルヘルスに関する知識を習得し、適切な対応をとることを期待しているといった状態であることに注目すべきである。
 例えば、2010年2月の福島県議会で、議員から「県職員の自殺防止対策」について県の考えを問われた際に、下記のような総務部長答弁がなされたことが象徴的である。
 「県職員の自殺防止対策につきましては、自殺の背景には、仕事や家庭の問題、さらには健康への不安など、様々な要因が関与していることから、これらの問題を抱えている職員に対する相談体制の充実・強化と、同僚や管理職員による周囲の気づきが重要であると考えております。
 このため、職員相談員による相談や、メンタルヘルス対策として臨床心理士、精神科医師などによる相談、契約医療機関での直接相談など相談体制の充実を図るとともに、各所属における職員面談等による風通しの良い職場環境づくりと、具体的な気づき方を学ぶメンタルヘルスサポート研修会の開催など、様々な対策に取り組んでいるところであり、今後とも職員の自殺防止に努めてまいりたいと考えております。(2010年3月4日 福島県議会定例会における一般質問の答弁より引用)」

 上記のように、自殺の起こる原因を曖昧にし、既存のメンタルヘルス事業の紹介に終始してしまうのも、担当セクションでは「精神疾患や自殺は職員個人の問題であり、個人が解決すべきものである」といった認識が根底にあることが推測されるのである。

3. 担当セクションの利害関係による問題の不明瞭化

(1) なぜ自殺と精神疾患の分析がなされないのか
 それではなぜ、自殺や精神疾患、該当職員の勤務状況といったメンタルヘルスに関する問題が、担当セクションで深い分析がなされないのだろうか。
 筆者はその原因を県庁内の担当セクション(担当部署)に起因するものと考える。それは、都道府県庁レベルによるセクションでは、市町村レベルと違ってセクションが細分化されているという点である。
 実際の都道府県庁では、人事セクションと福利厚生セクションが分離され、メンタルヘルスに関する担当は人事セクションではなく、福利厚生セクションで全般的に対応しているというのが現状である(表2)。

 
表2 都道府県庁の知事部局による人事セクションと福利厚生セクションの関係の例

都道府県庁

人事セクション名

福利厚生セクション名

メンタルヘルス担当セクション

北海道

人事課

職員厚生課

職員厚生課

茨城県

人事課

職員課

職員課

富山県

人事課人事係

人事課厚生係

人事課厚生係

大阪府

人事課人事グループ

企画厚生課

企画厚生課

高知県

人事課

職員厚生課

職員厚生課

福岡県

人事課

総合事務センター

総合事務センター

※インターネットによる都道府県庁のHPより作成

 例えば、本稿で題材としている福島県庁では、知事部局における人事セクションは「人事課」であるのに対し、メンタルヘルスの担当は、同じ人事課内ではあるものの、人事セクションとは別に区分される「福利厚生室」というセクションである。また、同県教育庁における人事セクションは「教育総務課(事務系職員)」または「職員課(教員系職員)」であるのに対し、メンタルヘルスの担当は「福利課」という完全に人事セクションと分離されているセクションである。
 ゆえに、業務量の多寡や自殺した職員の人員配置状況などに精通しない、福利厚生セクション(給付事業・年金事業・福祉事業など)においてメンタルヘルス対策を講じるという現状が生まれ、やむなくメンタルヘルス相談業務の充実という、当たり障りのない一般論的な対応で済まされてしまうものと推測できる。
 そして、このような人事セクションとメンタルヘルスを担当するセクションの分離は決して偶然ではなく、必然的なのではないかということを仮説として筆者は主張したい。

(2) メンタルヘルス問題不明瞭化の仮説モデル
 セクションの分離によるメンタルヘルス対策の効果は、第一に、精神疾患の職員の増加や自殺者の発生に関して、定数削減や人員配置といった人事業務との関連性を遮断させるという点を持つことにある。
 「メンタルヘルス対策は福利厚生の担当セクションが担うべきものである」といったセクショナリズムの存続によって、人事管理ではなく、福利厚生の一環としてのメンタルヘルス対策が確立され、職員個人に対する一種の給付的事業を行うことで、担当セクションの責任が果たされたものとされているのである。
 そのため、継続的な人員削減により、それにより仮に職員のメンタルヘルスに影響を与えたとしても、人員削減という現象そのものが批判されにくい構造となっていると考えられよう。
 ゆえにメンタルヘルス担当セクションの分離は、第二に、人事セクションによる職員の定数削減といった行政組織の合理化を遂行するのに極めて都合がよいということに帰結する。
 上記の仮説をモデル化したのが図1である。各自治体で行われてきた、いわゆる「集中改革プラン」がメンタルヘルス問題とそれほど関連性を問われずに進められていったことも、担当セクションの分離によるメンタルヘルス問題の所在の曖昧さに起因すると言えるのではないだろうか。  
 特に、都道府県という広域自治体においては、そのような傾向が顕著であり、一つの組織の中において人員削減を行う一方でメンタルヘルスの問題の対策を講ずるという、本質的には相反する両者の性質を絶妙に両立させるシステムが確固として構築されていると言えよう。
 なお、事例として取り上げた福島県庁においては、2005年4月1日の職員数と比べ、2010年4月1日の職員数は、実に2,500人余りの削減(うち行政職員は353人)を達成している。 
 (詳細は福島県庁HP参照。 http://www.pref.fukushima.jp/jinji/omg/g~taiko/H18~H22/syutyu~p.pdf )

図1 メンタルヘルス問題不明瞭化の仮説モデル

4. まとめと提言

 2005年の3月29日に、総務省が「地方公共団体における行政改革の推進のための新たな指針の策定について」という文書を自治体に向けて通知し、地方自治法252条17の5に基づく助言を行った。これに基づく自治体の改革プランがいわゆる「集中改革プラン」である。
 行政法学上は「技術的助言」とされているものの、それにより自治体は大幅な人員削減・給与抑制を迫られることとなり、既存の自治体職員にとっては多くの負担を強いられることとなったと言えよう(技術的助言の運用実態の研究については参考文献にある筆者の修士論文を参照)。
 筆者には、この集中改革プランの影響と自治体職員の精神疾患や自殺の増加の因果関係を、明確にかつ客観的に解明するだけの分析力とデータを持ち合わせていないが、自治体職員として勤務する中で経験的に、少なからず因果関係はあるものと認識している。
 はっきりと言おう。メンタルヘルスの問題は個人の問題が主となるものではない。確かに、精神疾患や自殺はそれぞれ「個人的な問題」であるが、その原因となるものは人員削減といった「組織の問題」が主である。しかしながら各自治体の各職場においてそのことをはっきりと指摘できているであろうか。
 確かに、メンタルヘルス対策として、最近では各自治体による相談支援体制の強化や、休職者の復職支援の仕組みづくりが脚光を浴びはじめているといえよう。
 だが、これらの対応は主としてうつ病等に罹患してしまった職員への対応策であり、それだけでは決して精神疾患の職員が減少するとは限らないということも認識する必要があろう。
 自治体職員は「精神疾患の原因となる要素は組織に存在するのではないのか」、「個人問題とされているから福利厚生の担当者が対応するのか」、という視点を常に持ちながら、メンタルヘルスというデリケートな問題にきちんと対応していく必要があるのではなかろうか。
 自治体職員にとって、メンタルヘルスの問題は今後も重要な論点となり得よう。そこで何が問題なのか、なぜ問題が解決されないままなのか、といった視点を持ち続けながら自治体行政の仕事をすることは、間接的には住民サービスの向上につながるものと考える。
 住民サービスの担い手である自治体職員のメンタルヘルス問題は、地方自治の問題なのである。 
 
参考文献 
 自治研中央推進委員会編『月刊自治研』第49巻571号 特集「職場を襲うストレス」(2007年)
 自治体労働安全衛生研究会『職場改善アドバイザー通信』10号(2010年)
 立岩信明『第一次地方分権改革の検証―通達の廃止と技術的助言―』
 (2009年度福島大学大学院地域政策科学研究科修士論文:2010年)