【自主レポート】

第33回愛知自治研集会
第3分科会 わがまちの財政から、地方財政改革を展望する

 県都金沢市から最も離れ、少子高齢化、過疎化に歯止めがかからない人口1万7千人弱の珠洲市においても、近代化した市民生活の負の産物である生活排水対策が喫緊の問題となっている。珠洲市は1991年度に公共下水道を供用して以来、現在まで整備してきたが、市内の景気の低迷の影響もあり、多額の工事資金が必要となる下水道への接続については市民から理解されにくい状況にある。豊かな自然を後世に伝えるため、財政面など珠洲市を取り巻く状況が厳しい中であっても巨額の投資を行う当市の下水道事業の現状について述べたいと思う。



珠洲市の下水道事業について


石川県本部/珠洲市職員組合 坂尻 寛志

1. 下水道の意義と珠洲市の整備状況

 昨今の生活様式の急激な変化により、川や海、排水路などの環境汚染問題が騒がれ、水質や環境保全対策として下水道事業は地方公共団体の重点事業と位置付けられた。下水道事業の役割は、悪臭や蚊・ハエの発生の防止対策、ゲリラ豪雨等からの浸水対策、珠洲市においてはバイオマスメタンとしての資源の有効活用など、多様化する時代の都市基盤整備においても不可欠な事業である。
 珠洲市の下水道事業は、公共下水道事業(1976年2月建設事業開始、1991年11月供用開始)、農業集落排水事業(1994年4月建設事業開始、2001年10月供用開始)、合併浄化槽事業(2005年7月建設事業・供用開始)の3事業にて実施してきた。公共下水道事業についてはいまだ計画面積の55%の供用であり、2010年度より新エリアの着工を開始したが、供用区域における水洗化率も66.7%と低く、事業が完了し、独立採算できるには程遠い状況である。農業集落排水事業については計画面積の整備が完了し、今後の事業拡張予定もないため、今後は施設の維持管理と建設改良に係る市債の償還、水洗化率の向上と料金収入の確保のための啓発活動が主となる。合併浄化槽については、公共下水道及び農業集落排水の整備計画エリア外の市全体の21.5%(処理計画人口3,358人)を目標としており、2010年度から2015年度までに300基の整備を計画している。

下水道整備状況(2009年度末)

 
公共下水道事業
農業集落排水事業
合併浄化槽事業
事業開始年度
1976年2月17日
1994年4月1日
2005年7月1日
供用開始年度
1991年11月1日
2001年10月1日
2005年7月1日
全体計画面積
525ha
86ha
23,933ha
全体計画人口
13,000人
1,300人
3,358人
処理区域面積
289ha
86ha
40ha
処理区域人口
5,858人
936人
694人
設置済人口
3,866人
719人
694人
水洗化率
66.60%
77.40%
100.0%

2. 公債費の状況

 下水道整備事業は巨額の建設資金が必要であり、費用対効果から人口5万人以下の自治体では民間企業による経営は困難といわれていることから、珠洲市においては公営企業として実施している。
 これまでの下水道事業における財源は国庫補助金、起債(借入金)、受益者負担金及び一般財源となっている。公共下水道建設を進めていたバブル期の財源であった起債の借入金利は年5%から8%と高金利であったことが、昨今の経営を圧迫する要因となっていた。
 また、隣接の旧内浦町と一部事務組合として、し尿処理施設を運営していたが、旧内浦町の合併を機会に2005年度末に一部事務組合が廃止となった。これによって珠洲市では単独でのし尿処理施設が必要となったことから、2007年度に全国でも先駆けとなる循環型社会形成の事業としてバイオマスメタン発酵処理施設を建設した。この施設は、生ごみ、下水道や農集汚泥、し尿などを混合して発生させるバイオマスメタンにて発酵させ、肥料として処理する施設である。この事業は、全国で初めて国土交通省と環境省の補助金を活用し下水道債及び一般廃棄物処理債にて整備した事業であるが、巨額の建設費を費やしており、地方債の残高は増加した。
 農業集落排水事業については、整備事業が2004年度に完了しており、建設に係る地方債は毎年度減少している。しかしながら先行して起債した分の償還財源に充てるために発行する資本費平準化債を発行し続けており、一般会計からの繰入金については縮減が図られているが、資本費平準化債の残高は増加傾向にある。
 公債費の負担増大は、バブル景気後に国が景気対策として地方に対し積極的な公共投資を推し進め、地方もその財源として市債を乱発したことが原因であり、公債費のピークが財政を圧迫し、全国的に喫緊の問題となった。これに対し国は地方の公債費負担軽減対策として2007年度に公的資金の補償金免除の繰上償還を行うこととした。これまで繰上償還する際には償還期限までの利子相当額である補償金を支払うことなく、5%以上の高金利の市債を繰上償還できるようになった。繰上償還の対象は全自治体が対象ではなく、徹底した人件費などの歳出削減などを内容とする公営企業健全化計画を策定し、その内容が行財政改革・経営計画に相当程度資するものであることを総務大臣および財務大臣に承認されることが条件で、珠洲市の下水道会計においても地方債の残高の削減や職員数の削減、維持管理費の削減をはじめとする公営企業健全化計画を策定し、両大臣により承認された。それに基づき2007年度には年利7%以上、2008年度には年利6%以上7%未満、2009年度には年利5%以上6%未満の市債について、銀行など民間の金融機関から約1%台で借換債を発行し、繰上償還を行った。今回3カ年で約9億3,000万円の借換債を発行し繰上償還したことで、約3億円の将来負担を軽減することができた。このように経営面について非常に効果があったことは言うまでもないが、先述した公営企業健全化計画について問題が残っている。繰上償還の条件であった同計画は5ヵ年の経営改革促進効果の目標値を策定しており、毎年度の実績値の報告を求められている。実績値が目標値とかい離した場合、やむを得ない事由がない限り、今後の市全体の借入が制限される。珠洲市においては地方債現在高の項目について目標値に達しない見込みである。2005年度に珠洲市行財政改革大綱が策定され、その中で下水道の建設改良費を50%削減し、水洗化率の向上と料金収入の確保に努め経営のスリム化を図ることとし、それに基づき公営企業健全化計画を策定したが、2010年度から新規エリアでの着工が決定したため、地方債残高は計画通り削減できない見込みとなった。財務当局には首長の交代・政策の転換、住民合意・要望とのやむを得ない事由として取り扱ってもらえるように要望中である。


【公共下水道事業の元利償還金の推移】
【単位:千円】

【農業集落排水事業の元利償還金の推移】
【単位:千円】

【地方債残高の推移】
【単位:千円】

3. 受益者負担金について

 下水道が布設されると排水区域の財産価値が増加する。これは市民の負担による公費の投下によってもたらされたものであるから、その増加の一部を公費に還元することが負担の公平から見て適当であり、土地の所有者等の受益者が建設費の一部を負担するものが受益者負担金である。珠洲市においては受益者負担金は下水道整備の貴重な特定財源であり、下水道整備による環境の改善、利便性、快適性の向上、土地の利用価値の増進に照らし、1m2あたり350円徴収している。ただし問題点としては、景気低迷に拍車がかかっており、高齢化世帯の多い珠洲市においては、1m2あたり350円、100坪あたり約11万円という高額の負担金について理解してもらえない点があげられる。どの家庭においても状況が苦しい中、受益者負担金で約10万円、更に接続するのに約100万円の高額な経費がかかるとなると、容易に理解してもらえず、罵倒されることさえある。我々担当課は、工事着工の1年前と工事着工直前に住民説明会を開催し、1件1件訪問し直接住民に説明することで理解を得られるよう努めている。国定公園に指定されている能登半島・珠洲の美しい海を後世に残そうという気持ちは同じだが、先立つものは当面の生活費であり、受益者負担金の徴収は厳しい状況にある。

4. 下水道事業の今後

 汚水処理を行う珠洲市浄化センターは、供用開始後約20年が経過しており、経年による劣化が懸念されている。2009年度には長寿命化計画を策定し、2010年度は耐震診断を実施する予定である。珠洲市浄化センターは供用開始後2度の大地震に見舞われたが、幸い被災することなく稼働を続けている。しかしながら耐用年数15年といわれる処理系列の老朽化は明らかであり、故障・破損が市民の生活排水対策に支障をきたす恐れがあるため、耐震診断の結果を踏まえ、順次計画的に更新する。
 管渠整備においては、2010年度より蛸島地区にて新規着工した。蛸島地区の生活排水対策にあたっては、浄化槽整備にて行う方針であったが、蛸島地区の民家が密集しており浄化槽設置が困難な地域であること、浄化槽整備と公共下水道整備の今後の維持管理費など費用対効果の比較、住民からのアンケート結果など充分な検討を踏まえ、また首長の交代に伴う政策の転換により、公共下水道事業として整備することを決定した。蛸島地区が密集地であることから整備後の早期接続次第では料金収入の増収が見込まれ、一般会計からの繰入金への依存体質からの脱却が期待される。
 料金収入の確保のため水洗化率の向上に努めなければならない。公共下水道における全体の水洗化率は66.6%だが、珠洲処理区は72.11%、宝立処理区は26.77%と低水準にある。今後人口の減少も見込まれ、2005年度に約15%以上の値上げをした現在、料金収入を確保するためには、下水道への接続を促進しなければならない。現在ある助成金及び利子補給制度は、供用開始前の1990年度、約20年前に制度設計されたものである。今回、助成制度を一から見直し、来年度以降の水洗化率の向上のため、財政当局と予算折衝する予定である。
 国においては「財政健全化法」が成立し、4つの健全化比率(実質赤字比率、連結実質赤字比率、実質公債費比率、将来負担比率)を指標に地方自治体の早期健全化基準と財政再生基準が定義されている。4つの比率の算出には下水道会計などすべての会計の収支や財政負担も算入される。1つでも基準が超えれば健全化計画・再生計画を作成し、議会の議決、住民への公表、県・国への報告が求められることとなっている。下水道事業の経営悪化は必然と健全化比率の悪化を招くわけである。
 珠洲市の財政状況は一時期より好転したとはいえ、決して潤沢ではない状況で、下水道事業を推進していくにあたっては下記の点に留意して事業を進める必要がある。
① 下水道事業は建設投資規模が大きく建設期間も長期にわたるなど地方公共団体の財政運営に与える影響が多大であることを認識し、人口の自然減などの動態、普及率、水洗化率の伸び率など現実的な見通しに基づく収支計画を踏まえ事業実施する。
② 従前のようにむやみに巨額の費用を費やす下水道整備を行うのではなく、未整備区域においても費用対効果を再検討し下水道認可区域から削除し合併浄化槽による整備に変更としたり、資材の選定から高効率化、省エネ、将来の維持管理費を検討するなど、建設コストの縮減により一層努めなければならない。また早期に効率的に整備を望む住民の要望に応えることも重要であるため、合併浄化槽整備も選択肢に残しながら、地理性・地域性に応じた整備手法を柔軟に取り入れる。
③ 投下資本の早期回収を図るため資本費や維持管理費等を考慮した長期財政計画を策定し、長期ビジョンで効率的な経営に努める。併せて将来の使用料、繰入金など一般会計に与える影響に対しても充分に配慮する。
④ 維持管理費等については引き続き民間委託し、経常経費の抑制に努める。

 以上が今後の事業を進めるにあたっての重点的な留意点である。
 今後、人口の自然減は必然的に見込まれ、節水意識の高まりなど下水道事業を取り巻く環境は厳しいが、これまで同様に臨戸訪問を行うなど水洗化率向上への啓発活動に努めるほか、今後の接続促進策としての財政出動を検討するなど使用者である住民から適正な料金負担を求め下水道経営の安定化に努め、一般会計からの繰入金の縮減を図ることによって、下水道事業などと企業会計を含めたオール珠洲市が、将来にわたっての持続可能な安定的な財政運営を確立することになる。