【自主レポート】

第33回愛知自治研集会
第3分科会 わがまちの財政から、地方財政改革を展望する

 河村たかし名古屋市長の2大公約であった、市民税10%減税と市予算の一部の使途を地域で決める地域委員会の試行が本年度実施されている。これらを市民による財政自治(自律的財政統制)を考えるための素材として取り上げ、市民税減税の検討過程において、十分な議論や検討がなされ、その是非を考えるための素材が市民に十分提供されていたかを検証するとともに、地域委員会のモデル実施を通じてみえてきたことを明らかにする。



財政自治と市民
名古屋市における市民税減税と地域委員会を素材として

愛知県本部/愛知地方自治研究センター 野口 鉄平

1. はじめに

 昨年4月に行われた名古屋市長選において、市民税減税の実施と一定の予算の使途を地域で決める地域委員会の創設を2大公約に掲げる河村たかし氏が当選した。これらの施策は、いずれも名古屋市の財政自治、とりわけ市民による自律的財政統制に関わる重要な施策である。この2大公約は、河村市長の就任後1年を待たずして、市民税10%減税と地域委員会のモデル実施という形で実施されるに至ったわけであるが、この間、これらに関し、どのような議論および試行錯誤がなされてきたのであろうか。本稿では、市民税減税の検討過程と地域委員会のモデル実施を素材として、予算編成過程における市民の参加と自治体の説明責任について考えてみたい。

2. 市民税減税の検討過程の検証

(1) 財政自治からみた市民税減税
 今回の市民税減税を財政自治の観点から考えると、主要公約として自治体の基幹税である市民税の減税を掲げた候補が過去最高の得票を以て市長に当選した―換言するならば、選挙を通じて、住民が住民税減税を選択した結果、減税が実施されたという点において、財政自治にとって大きな意味を持つものと考えられる。
 選挙を通じた住民の選択は、言うまでもなく非常に大きな重みを持つ。ただ、それを政策として実現させる過程では、その必要性、有効性などの観点からの検討が必要であり、それは主要公約にも当然言えることである。とりわけ、市民の暮らしを支える行政サービスの原資である税のあり方をめぐっては、十分な検討と開かれた議論が必要不可欠であるといえよう。
 そこで、次節では、市民税減税の検討過程において、主権者であり、納税者である市民が市民税減税の是非について考えるための材料が十分に提供されていたか、市民税減税条例の制定過程を検証したい。

(2) 市民税減税の検討過程と市民の関わり
① 市民税10%減税検討プロジェクトチーム
●市民税減税の概要
対象 : 個人・法人市民税
方式 : 定率(10%)方式
総額 : 161億円(2010年度)
モデルケース :
① 給与所得者(夫婦・子2人)
  年収300万円  1,400円減税
  年収700万円 18,100円減税
② 年金所得者(夫婦)
  年収250万円  3,400円減税 
  市民税減税に関する市内部における検討は、「市民税10%減税検討プロジェクトチーム」(以下、「PT」)で行われた。PTが設置されたのは、河村市長の就任4日目の2009年5月1日のことである。住田代一副市長を座長とするPTは、市幹部ら8人で構成され、さらに、課長級職員で構成される「税制」と「行財政改革」の2つの作業部会が設けられた。PTでは、定率方式、定額方式、所得に応じた不均一課税などの減税方式などについて検討が進められ、昨年10月に、個人市民税と法人市民税を対象とし、来年4月から10%の定率減税を実施するとした最終案をまとめた。
  PTの検討結果の概要は、報道などを通じて、何回かは公にされたものの、その検討過程において、減税に関する論点の提示やそれに関する議論などが市民に提示されたわけではなかった。市民税減税に関する市の検討組織は、外部に認知されるものとしては同PTしかなかったことから、市側から市民税減税の是非を判断するための材料が市民に積極的に提供されたとは言い難い。
② 市会(市議会)
 市民の代表によって構成される市会における議論を通じて、市民税減税に関する議論はどこまで深められたのであろうか。
 昨年の6月議会に「市民税減税の基本的な方針に関する基本条例案」が提出され、市会において市民税減税が初めて論議された。市会では、基本条例案の内容は抽象的で、財源や制度設計が不明確であるなどの意見が相次いだが、市長選の結果の重みを考慮し、継続審議とされた。その理由の1つに、「減税制度の在り方について、外部有識者からの提言やパブリックコメントの実施などにより多様な意見を反映させる必要がある」ことが挙げられており、減税の制度化には多様な意見を反映させる必要があるとの認識が市会にあったことがみてとれる。
●減税をめぐる市会の対応
2009年6月定例会
 市長、基本条例案を提出。市会は抽象的で財源・制度設計が不明確として「継続審議」に
2009年9月定例会
 市会から請求された削減対象事業の開示を市側が拒否、市会は基本条例案を「継続審議」に
2009年11月定例会
 市長、具体的な減税条例案を提出。市会は低所得者の減税を手厚くした修正案を可決→市長「再議」
2009年12月臨時会
 減税条例の市長原案を可決⇒恒久的減税の実施へ
2010年2月定例会
 市会、市民サービス低下、市債増等の2010年度予算案の問題点を指摘、2011年度以降の市税収入の見込みが不透明⇒1年限りの減税とする条例修正案を可決
2010年4月臨時会
 市長、恒久減税案を提出→否決
2010年6月定例会
 市長、恒久減税案を提出→継続審議
  9月初旬、市財政局は、2010年度予算編成における歳入不足と減税の財源を捻出するため、各局一律30%(扶助費15%)の削減を目標とし、削減対象事業を提示するよう指示を出した。これに関し、市会の財政福祉委員会は、市民サービスへの影響を検証するため、9月議会において、各局から河村市長に提示された対象事業の公表を求めたが、市側は、検討段階で公表すると独り歩きする恐れがあるとしてこれを拒否した。削減対象事業が判明したのは、2010年度当初予算第一次案が発表された今年1月12日になってからのことである。
  11月議会では、PT最終案に沿った定率方式、所得制限なしとする減税条例の市長原案が提出された。同案に対して、市会は、定率方式とすることで、低所得者の恩恵は少なく、高所得者を優遇することになること、所得制限なしとすることは市長選マニフェストの「金持ちはゼロ」との記述に反することなどの批判が出された。一度は、低所得者の減税を手厚くした自民・公明の修正案が可決されたが、1972年以来、37年ぶりとなる再議に付され、昨年12月22日、市長原案が可決、成立した。その際、以下のような附帯決議を行っている。
 ・福祉、教育の分野において、市民生活の後退につながるような予算削減を行わないこと。
 ・市債の発行に当たっては、将来世代に過度な負担を残さないよう努めること。  など
  恒久的減税として成立した減税条例であるが、その後、2月議会では、2010年度予算案をめぐり、減税の財源問題や市民サービスへの具体的影響に関する議論がなされた。そのなかで、市民サービスの低下がみられる一方、市債が増加していることなどの問題点が指摘された。加えて、2011年度以降、219億円の減税規模が見込まれる一方、市税収入の見込みも不透明であることなどから、市税収入の見込みなどを総合的に判断した上で、年度ごとに減税の是非を実施する必要があるとして、2010年度のみの減税とする形で減税条例が修正可決されるに至った。
  このように、市会では、市の財政状況や減税の方式・効果・実施時期など、減税に関するさまざまな論点について議論がなされた。一方、議会側の情報発信が十分でなかったことも指摘できよう。また、市議の質問に対し、持論を繰り返す河村市長との間の議論がかみ合わないまま、平行線に終わることも少なくなく、両者の間で建設的な議論が交わされたとは言い難い。市長側と議会側の駆け引きのなか、附帯決議をしたとはいえ、減税の財源問題や市民サービスへの影響が明らかにされないまま、減税条例を可決したことは、時期尚早であったと思われる。
③ 市民の意見表明の機会
  では、市民税減税に対して、市民が直接意見を述べる機会はあったのであろうか。
  今年1月17日、2010年度当初予算の市財政局案に対する市民の意見を聴くパブリックヒアリング(公聴会)が開催され、約250人の市民らが参加、21人の市民が意見を述べた。
  同公聴会は、市民税減税だけに焦点を絞ったものではなく、市の予算案に対するものであった。市民税減税に対する意見のほか、2010年度予算案で廃止の方針が打ち出されていた第三子以降の保育料無料(段階的廃止)や自動車図書館、キャンプ場の存続、重症心身障害児者施設の建設を望む意見など、意見の内容は多岐にわたった。このように、市長査定前の予算案に対する市民の意見を直接聴き、これらの意見を市長査定の際の参考にしようという取り組み自体は評価できる。しかし、パブリックヒアリングが実施された今年1月には、すでに市民税減税を実施することが決定しており、それ自体の可否に関する議論を前提としたものではなかった。
  このほか、市側は、市政公聴会や中期戦略ビジョン(総合計画)に関するタウンミーティングなどを開催してきた。市会側も、2月議会で制定された議会基本条例に基づく議会報告会を開催し、恒久的減税を1年限りに修正した理由を説明するなど、双方とも、これまでになく、市民への説明や意見聴取の場を設けるようになっている。

(3) 小 括
 以上、みてきたとおり、昨年12月の市民税減税条例の制定以降は、市長・議会の双方が市民への報告や意見聴取、議論の場を積極的に設けてきたといえる。
 しかし、問題はそれ以前の市民税減税の検討過程および減税条例の制定過程において、市民に十分な情報提供がなされず、市民の意見聴取や議論の場もなかったことにある。とりわけ、2010年度当初予算第一次案が示される今年1月までの間、その編成過程が明らかとされず、市民税減税の財源問題や市民サービスの影響について、十分な議論がなされないまま、12月議会において減税条例が可決されるに至ったことは、市民が市民税減税の可否に関する判断材料を十分に持ち得ないなかで、その実施が決定されたことを意味するものである。
 そもそも、河村市長はマニフェストに「徹底した情報公開」を掲げ、「名古屋市の行政の意思決定、執行の過程をガラス張りにする」ことを掲げている。具体的には、「最終結果としての公文書はもちろん、会議や予算編成過程の関係資料などの施策決定プロセスに関する資料、施策の執行プロセスなどの資料も公開する」としていた。
 であるならば、とりわけ、2大公約の1つである市民税減税については、より積極的に検討過程をオープンにし、市民がその可否を判断するに十分な情報を提供して、意見聴取や議論の場を設定することが必要であったと考えられる。河村市長は、2011年度予算の編成過程をオープンにすることについても、依然、慎重な姿勢を崩していないが、2011年度以降の減税の可否を市民や議会が判断するためには、そのことは必要不可欠である。なにより、市長や議会の活動をチェックする立場にある主権者たる市民にそうした情報が届くようにすることが重要であることを強調しておかねばならない。

3. 住民による予算の決定―地域委員会

 市民税減税とともに、河村市長の2大公約の1つとして掲げられたのが地域委員会の創設である。地域委員会は、小学校区もしくは中学校区を単位とし、選挙によって選ばれた住民が委員となって、市の予算の一部をどう使うかを議論し、使い道を決定するための組織である。本年度、市内16区のうち、8区の各1小学校区においてモデル実施された。本章では、地域委員会の概要と特徴を説明した上で、モデル実施を通じてみえてきたことに触れたい。

(1) 地域委員会の概要と特徴
 地域委員会のモデル実施では、各地域の人口に応じて、7人から11人の委員で委員会を構成し、モデル地区の募集時に申請した地域のテーマに基づいて、500万円から1,500万円の地域予算の使途を委員が協議、決定する形がとられた。
 地域委員会の特徴として、選挙を通じて委員を選出する点が挙げられる。河村市長は、税金の使い道を決定する以上、選挙で委員を選ばねばならないとして、準公選制による委員の選出を強く主張してきた。当初は、すべての委員を選挙で選出する案が示されていたが、これまで地域で活動してきた学区連絡協議会(区政協力委員、町内会、民生委員、保健委員、PTA、女性会、消防団などの各種団体で構成)などから、「地域に混乱を招く」との強い反発の声があがった。これを受け、過半数を占める公募委員を選挙で選出し、残りの推薦委員は地域から推薦された者とし、信任投票で選出する形に改められた。選挙は、当該地域に住民登録し、日本国籍を有する18歳以上の者に投票資格があり、投票希望者が事前申し込みの上、郵送で投票を行う簡易型で、公職選挙法の適用は受けない。
 選挙の結果、地域委員会の委員構成は、従前から地域組織で活動してきた人が全委員を占めた地域もあれば、定数6に対して17人の立候補者があり、19歳の大学生らが当選した地域があるなど、各学区によってさまざまとなった。地域委員会のモデル実施は、今年3月から各学区で開催された。週一回程度、夜間や休日に委員会を開いて地域の視察や地域課題に関する議論が重ねられ、5月の連休明けには各地域の地域予算案が出揃った(表参照)。
 地域予算の執行には、市会の議決が必要であり、地域委員会のモデル実施の拡大に難色を示してきた市会が地域予算を認めるかどうかが注目された。市会では、地域委員会の委員との意見交換会を開催したうえで、6月議会で地域予算案に関する審議がなされた。そのなかで、問題点を指摘する意見も出されたが、モデル学区の住民アンケートを実施することや地域委員の選出方法などの制度設計の再考を条件とする形で地域予算は可決された。

(2) モデル実施でみえてきたこと
 地域委員会の検討過程およびモデル実施を通じて、どのようなことがみえてきたのであろうか。
 1つは、地域委員会に対する市民の認知度の低さである。今年2月に実施された選挙の際、投票を希望したのは8学区の対象者の10.6%にとどまった。選挙の投票率は82.4%であり、実際に投票したのは全投票資格者の8.7%ということになる。制度設計を始めてからモデル実施に至るまで1年に満たなかったこともあるが、昨年7月から8月にかけて実施された市政アンケートでは、地域委員会を知っていると回答した人は約3割にのぼっており、その数字と比べても低い数字であったといえる。
 2つは、既存の地域組織と地域委員会の関係である。名古屋市では、町内会とその上部に置かれる区政協力委員によって、ピラミッド型の地域組織がつくられ、さらには、区政協力委員長や区政協力委員(主に町内会長)、各種団体などで構成する学区連絡協議会が存在し、地域組織が重層的につくられてきた。従来、これらの地域組織が行政からの情報伝達や地域のまとめ役として活動してきた経緯から、新たに地域委員会という制度を設け、とりわけ選挙で委員を選出することに対する当事者の反発は根強い。一方、既存の地域組織についても、行政寄りの姿勢などへの批判や担い手不足、高齢化などの問題を抱えていることも事実であり、地域委員会の創設に期待する市民も少なくないと思われる。
 3つは、地域予算の使い方についてである。たとえば、防犯灯の設置や公民館のトイレ改修など、委員会の提案が認められなかった案件もあった。これらは、市の補助金の対象となっていることや私有財産への税金投入はできないなどの理由によるものである。このように、地域委員が積極的な提案を行っても、税分配の公平性や法制度の壁により、なかなか実を結ばずに、歯がゆい思いをしている委員も少なくないであろう。しかし、その一方で、税を分配することの難しさ、その責任の重さを実感する機会にもなっていると考えられる。

表 地域委員会の概要と課題設定・予算の使途
(定数の括弧内の数字は左側が公募委員、右側が推薦委員の数)
モデル地域
定 数
予算額
地域課題
主な内容
総 額
千種区
田代学区
11(6/5)
1,500万円
歴史的建造物をいかしたまちづくり 歴史的建造物の調査、地区の散策マップの作製
1,125万円
西区
江西学区
7(4/3)
500万円
健康パトロール隊で平和で長寿な学区 防犯パトロール隊の結成、街路灯の設置
457万円
瑞穂区
淡路学区
9(5/4)
1,000万円
山崎川から始めるまちづくり 山崎側への休憩施設設置、案内看板の設置
1,000万円
中川区
豊治学区
9(5/4)
1,000万円
安全安心なまちづくり 夜間の安全パトロール実施、街路灯の設置、防災用品の購入
1,000万円
守山区
小幡学区
9(5/4)
1,000万円
百歳まで元気で暮らせる地域づくり 公園への運動健康遊具の設置、ウォーキングコースの設置
999万円
緑区
桶狭間学区
9(5/4)
1,000万円
安心安全で魅力あるまちづくり 古戦場まつりの開催、歩道のカラー舗装
998万円
名東区
貴船学区
9(5/4)
1,000万円
地域特性をいかした魅力の創出 集会所での子育てサロン開設、防災無線の購入
997万円
天白区
表山学区
9(5/4)
1,000万円
安心安全なまちづくり 防災器具庫設置と備蓄品購入、防犯カメラの設置
998万円

4. おわりに

 多くの市民にとって、自治体財政は縁遠い存在のように感じているであろう。それは、いままで大きな支障もなく、行政サービスが提供されてきたことの証しといえるかもしれない。しかし、そのことは裏を返せば、市民の「行政任せ」を招き、自治体財政に対する関心の低下を促してきたともいえよう。本来、自治体の行財政に対する市民の理解なくして、財政自治の強化や財政再建の取り組みはあり得ないはずである。
 市民税減税の可否を判断する上では、本来、市の財政状況や減税の効果、財政に与える影響などを総合的に判断しなければならないはずである。しかし、現実には、1年限りの減税に修正したことの評価について、減税をめぐる情勢が大きく変わっていないにもかかわらず、わずか数カ月の間に世論調査で大きく異なった結果が表れるなど、市民の判断も揺れているように思われる。その一因として、減税の実施の可否を判断する上で必要な情報が市民に十分伝わっていないことが挙げられよう。
 市民には、サービスの消費者、あるいは、ただの傍観者としてではなく、主権者、納税者としての主体的なふるまいが求められる。地域委員会は、モデル実施とあって、これからの住民自治を模索する試行錯誤が続けられているところである。市民自らが討議を通じて税金の使い道を決める地域委員会は、多くの市民が抱いている「税を“取られて”いる」という受動的な意識を、徐々に「税をどう生かすか」という能動的な意識へと変えていき、ひいては、市民による自律的財政統制を強めていく可能性を有しているといえよう。今後、そうした財政自治の観点も踏まえた制度の検討がなされるべきである。