【自主レポート】

第33回愛知自治研集会
第4分科会 「官製ワーキングプア」をつくらないために

 公共事業の縮小と一般競争入札拡大等により、建設業界において競争が激化し、採算度外視の低価格入札が増大した。しわ寄せは労働者の賃金切り下げに及んでいる。山形県では、全国に先駆け、入札制度改善を目的とした「山形県公共調達基本条例」が2007年に制定された。これは公契約条例とは異なるものであるが、これまでの運動の成果である。山形県本部における、公契約条例制定に向けたこの間の取り組みと今後の課題を報告する。



山形県本部における「公契約条例」制定に向けた取り組み
~各自治体での条例化につなげよう~

山形県本部/自治労山形県職員連合労働組合・本部 舩山  整

1. はじめに

  小泉構造改革路線により、労働法制の改悪、規制緩和等が行われ、低賃金不安定雇用労働者が急増した。
 建設業界においては、公共工事が減少し、さらに入札の不正排除、透明性確保のため、指名競争入札から一般競争入札方式への移行が拡大された。これにより、業者間の競争が激化、採算を度外視した低価格入札が増加した。ダンピング入札により、コストダウンが余儀なくされ、建設労働者の労務単価の切り下げが深刻な問題となっている。
 その改善を図るため、建設労働者の賃金・労務単価の水準を確保するとともに、工事の品質低下を引き起こさないため、公共工事において、労働者に支払う労務単価に最低基準を設定することなどを、自治体条例に盛り込んだものが、「公契約条例」である。
 山形県では、2007年7月、全国に先駆け、落札率の過度の低下に歯止めをかけるなどの入札契約制度の改善を目的に「山形県公共調達基本条例」を制定した。これは、労務単価に基準を設けることを直接の目的としていないため「公契約条例」とは異なるものではあるが、連合山形、社民党、自治労などが、全国建設労働組合山形県支部(山形建設労働組合)との連携の下、公契約条例制定に向け、県に対する政策要望を粘り強く取り組んだ成果といえる。
 2009年9月に千葉県の野田市において全国初の「公契約条例」が制定された。他の自治体でも条例制定に向けた動きは確実に広まっている。
 山形県においてもこうした動きにつなげるため、連合山形と山形県経済社会研究所、地方自治研究センターが連携し、2010年3月15日に、「公契約条例を考える学習会」を開催した。山形における公契約条例に向けたこの間の取り組み及び今後の課題について報告し、運動前進につなげていきたい。

2. 県に対する政策要望の取り組み

 山形建設労働組合(以下「建設労組」)と山形県職員連合労働組合(以下「県職連合」)は、協力関係を築きながら交流を進め、厳しい建設労働者の実態の改善に向け、自治体が発注する公共工事等において、建設労働者の賃金・労働条件を確保するための「公契約条例」制定をめざし取り組むことを確認してきた。
 県職連合は、県当局に対し「2003年版県政改革への要求と提言」に公契約条例の制定を要求として盛り込んだ。社会民主党山形県連合が「2003年度山形県予算執行に対する要望書」に、連合山形が「2005年度山形県予算編成に向けた政策要請」にそれぞれ公契約条例制定要求を盛り込み、学習会や交渉などの取り組みを行ってきた。

3. 「山形県公共調達基本条例」制定について

 山形県では、過去に公共工事の談合問題が生じ、不正排除のため、一般競争入札を拡大するなどの制度改善措置を講じてきた。一方で、公共工事が減少し企業間の競争が激化、採算度外視の低価格入札が増加した。これにより、技術力が高く経営にもすぐれた企業が適正に受注できず、公共工事の品質確保にも問題が生じかねないことから、公共工事の品質水準を安定的に確保するという問題認識のもと、公共調達(県が支出負担行為に基づき行う調達すべてをさす。建設工事に関しては、建設工事並びにそれにかかる測量・設計・調査等の業務及び材料の納入が対象。)の制度構築の検討組織として「山形県公共調達改善委員会(2007年9月) 以下『委員会』」を設置した。委員会では、条例制定によって、入札契約制度改善にかかる県の基本理念を明示し、第三者委員会による不断の見直しを図るべきとの意見も含め提言を行った。
 この提言を受け、2008年6月議会において、「山形県公共調達基本条例」(以下「公共調達条例」)が全会一致で可決成立し同年7月から施行されることとなった。以下が、その内容である。

「山形県公共調達基本条例」の内容(抜粋)

(目的)
第1条 この条例は、公共調達に係る入札及び契約に関する制度(以下「入札契約制度」という。)に関し基本的事項を定めることにより、公共調達により調達するものの品質及び価格の適正を確保するとともに、公共調達に係る入札契約制度に対する県民の信頼を確保し、もって県民の福祉の向上及び県民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。
(定義)
第2条 略
(基本理念)
第3条 公共調達に係る入札契約制度は、入札及び契約の過程からの談合その他の不正行為の排除が徹底されるものでなければならない。
2 公共調達に係る入札契約制度は、入札に参加しようとし、又は契約の相手方になろうとする者の間の公正な競争が促進されるものでなければならない。
3 公共調達に係る入札契約制度は、入札及び契約の過程並びに契約の内容の透明性が確保されるものでなければならない。
4 公共調達に係る入札契約制度は、公共調達により調達するものの品質及び価格の適正を考慮したものでなければならない。
5 公共調達により調達するもののうち建設工事等は、経済活動等の基盤となる社会資本を整備する社会経済上重要なサービスであり、これを担う健全な建設業者等の育成は、県民経済の発展に重要であることを踏まえ、建設工事等に係る入札契約制度は、建設業者等の技術のほか、その法令の遵守状況、環境保全に関する対策、建設工事等に従事する者の安全衛生及び福利厚生に対する取組ならびに地域における社会貢献活動についても適切に評価し、当該評価を入札及び契約の過程において適切に反映配慮したものでなければならない。
(県における取組)
第4条 県は、前条の基本理念(以下「基本理念」という。)を踏まえて、公共調達に係る入札契約制度を運用するとともに、基本理念にのっとり、公共調達に係る入札契約制度を不断に見直し、改善に努めなければならない。
2 知事、企業管理者及び病院事業管理者(以下「知事等」という。)は、毎年度、議会に公共調達に係る入札契約制度の運用の状況及び見直しの内容に関する報告を提出するとともにこれを公表しなければならない。
3 略
(以下省略) 

4. 山形県内の建設業をめぐる状況について

 公共調達条例の制定にかかり、公共工事と建設業界をめぐる状況について、「公共調達に係る入札契約制度に関する報告書」(2010年6月 山形県 ※議会に毎年報告)から概括的に触れる。

(1) 建設投資額の減少
 山形県の建設投資額の減少は1996年度をピークに年々減少し、2009年度は前年度よりわずかに上昇したものの、1996年度比で40%にまで落ち込んでいる。

(2) 建設業者数の推移
 建設業者数については、建設投資額が落ち込む中にあっても、2000年度から2004年度までは、一定水準を維持してきたが、それ以降減少に転じた。建設投資額の減少に比べ、建設業者数の減少割合が小さいため一業者当たりの建設投資額は、2009年度は、1996年度比で43.7%に落ち込んでいる。

(3) 設計労務単価の低下
 国土交通省設計労務単価は、年々低下し続け、2003年度比で、2010年度は80%にまで落ち込んでいる。県では、国に対し、適正な設計労務単価となるよう単価設定方法の改善を要望している。県議会においても「賃金の低下につながる制度は問題、実質賃金は設計単価より下回っている」との指摘、建設業者アンケートでも、多くが「現在の設計労務単価は安い」と回答している。「技術伝承、技術力維持も危うい」との指摘もある。

(4) 企業の倒産件数の増加
 県内建設業者の倒産件数は2004年度まで増加傾向、2005年度はいったん減少したが2006年度からまた増加に転じピークとなったが、以降減少している。しかし、1996年度を基準とし、全国や東北と比較すると高い増加率となっている。

5. 公共調達条例制定後の入札改善の動向

 公共調達条例制定とその後の取り組みにより、入札契約制度の改善効果が表れたかを前記報告書から検証する。

(1) 落札率の改善(低入札に対する調査基準価格の設定及び引き上げ等)
① 建設工事について
  2008年度から低入札価格調査制度に新たに失格数値基準を導入し、低入札調査基準価格を引き上げた(予定価格の80%から85%に)。2009年度の平均落札率(建設工事)は91.2%と前年より2.6%改善した。2003年度以降2007年度まで低下したが、その後上昇し歯止めがかかったと言える。(もう少し推移をみる必要も)
   低入札価格調査制度の対象(4千万円以上工事)工事ごとに設定する調査基準価格を下回った工事の割合は、発生率は8.4%(前年より1.3%増)であったが、調査対象となった入札における平均落札率は年々上昇、2009年度は79.1%と前年度比4.2%上昇している。
② 建設関係業務委託について
  業務委託に関しては、指名競争入札を原則としている。
  2009年度の県全体の落札率は84.1%で2008年度比で2.9%増加した。県内企業への発注率(件数)は71.5%で2008年度比で3.2%増加している。しかし建設工事(97.2%)に比べ低く、その改善が課題である。

(2) 総合評価落札方式の拡大
 2008年度から地域密着型の工事(舗装、側溝工事等)について地域貢献活動を評価項目に設定可能とし、2009年度にはすべての工事を対象に拡大を図った。対象工事(設計金額1千万円以上)の5割(約300件)を超える347件の工事で実施された。

 以上、一部ではあるが、公共調達基本条例の制定により、入札契約制度の改善に取り組んだ効果が一定程度表れているといえる。しかし落札率の上昇が、労務単価の低下に歯止めをかける効果を持つかどうかまでは検証することはできない。設計労務単価は実勢単価との開きがあり、実際労働者に支払われる賃金に縛りをもつものではないため、設計労務単価(実支払単価)の低下に歯止めをかけるためのチェック監視体制が必要である。

6. 「公契約条例」制定に向けた学習会の取り組み

(1) 「建設労働者の労働条件を検討する」意見交換会の開催
 2009年5月に建設労組主催で標記会議を開催した。建設(建築)関係の職域団体代表、労働組合協力自治体議員、労組関係(連合山形、自治労山形県本部、県職連合、山形市職労)、オブザーバーとして山形市(担当部局)から約30人が参加した。
 このなかで、建設(建築)業界の参加者から以下のような厳しい実態、意見が出された。(抜粋 順不同)
○一般競争入札ではだれでも加入できるため専門外の業者が落札し丸投げする例がある。
○労務単価は東北で山形が最低である。
○落札価格が安いだけで仕事が外部の専門外の業者に取られる。
○技術者(技能職)の人材確保、技術の伝承が難しい。今のうち手を打たないと手遅れになる。
○過酷な労働条件により、労働者の自殺が増えている。
○行政側も、業界団体の実態に目を向けてほしい。
 この様な意見に対し、多くの議員から議会での取り組み強化が意見として出された。オブザーバーとして参加した山形市に対しても、行政の積極的な取り組みが要望された。

(2) 「公契約条例」を考える学習会の実施
 前項の意見交換会開催以降、2009年9月に千葉県野田市における全国初の「公契約条例」の制定があり、全国的に動きが加速してきたことを踏まえ、運動を前進させるため、2010年3月15日に連合山形主催、(社)山形県経済社会研究所、山形県地方自治研究センター共催による「公契約条例」を考える学習会を開催した。
 参加者については、建設労組、自治労県本部加盟自治体単組(山形市周辺)、県職連合に加え、幅広い参加を得るため、連合各地域協議会等にも呼びかけた。参加実績は63人(内訳 連合関係24人 自治労関係27人 建設労組関係8人 その他4人)以下がその内容である。
① 「山形県公共調達条例の目的と現状」と題しこの間の県の取り組み状況について県の担当課長からの講演
 ○山形県公共調達基本条例制定に至る背景と条例の基本理念
 ○山形県の入札契約制度の概要
 ○入札制度改善の取り組み(改善項目と実施状況) などについて
  県の取り組み報告があったことは、今後の取り組みの上で意義あるものと考えている。
② 建設労働組合書記長からの「建設労働者の実態」報告
 ○県公共工事の設計労務単価が、12年間下がり続けている。12年前は、労務単価が2万2,606円だったものが、2009年度は1万4,078円で、8,528円減になっている。
 ○大工職の調査では年収の平均が289万円である。
 ○全産業労働者の平均賃金が552万3,000円。製造業の男性労働者は475万6,000円。我々の仲間、建設関係の男性労働者が390万4,000円であり、それぞれ161万9,000円、76万7,000円の格差がある
 ○現在の仕事不足から昨年度は非常に仕事がなくなった。調べによると、6月頃の調査では、全労働者の56%しか働いていない。
 ○技術者の後継者が育たない。あと10年で後継者がいなくなる心配がある。
③ 県職連合から「公共調達条例運用にかかる課題」について報告
   (後述するので省略)
④ パネルディスカッション
  講演、報告の終了後にパネルディスカッションによる意見交換(コーディネーターは(社)山形県経済社会研究所高木郁朗所長)。
  連合山形副事務局長から連合山形として県に対し「公契約条例」制定の政策要求を行ってきた経過等報告。参加者からは以下の意見が出された。
 ○労務単価の下限設定が結果として上限になってしまうことの懸念。
 ○年齢や技術者の資格、技術水準を反映した賃金設定の必要性。
 ○野田市の条例では、最低賃金が高卒初任給の賃金を基準としているが全年齢層に適用するのは問題がある。年齢に見合う単価設定が必要ではないか。
 ○指定管理者制度適用職場では、契約更新のたびに契約金額が切り下げられ、それが労働者の賃金カットや正規から非正規への雇用改悪が進んでいる。
⑤ まとめ
 ◎公契約の必要性について、重要性について、社会に浸透させる必要がある。
 ◎自治体首長、議会に対しての働きかけを積極的に進める必要がある。
 ◎労働者全体の待遇改善という視点で運動を作っていくことが必要。
 などを、全体で確認した。
  十分な議論の時間が確保できたとは言い難いが、参加者が共通認識に立ち、今後の運動前進に向け一定の成果があった。

7. 今後の具体的課題

(1) 「公契約条例」化に向けた課題
 現行の公共調達基本条例の「公契約条例」化も含め「公契約条例」をめざすにあたり、以下の課題がある。
① 賃金単価の設定について
  単価設定に当たっては労働者とその家族が生活できる賃金相当額とし、自治体の高卒初任給を基本に一律でなく、年齢に応じた単価設定が必要。また下請けを含めた適用が必要である。
② 地域経済への貢献
  地元企業が受注しやすい仕組み(優先発注義務付け)が必要である。
③ 労働者保護の取り組み評価
  総合評価方式を拡充し、法連遵守(法律に違反した企業の排除)、労働安全衛生、労働者福利厚生の取り組みなど、労働者保護の取り組み姿勢について評価の対象となる仕組みづくりが必要である。
④ 業務委託等への適用
  自治体では、業務委託、指定管理者制度導入等が進んでいる。建設工事だけでなく、すべての業務に対して適用を広げていくことが必要である。

(2) 具体的な運動をどう進めるか
① 自治労県本部(自治研センター)、建設労組、社民党、政治連盟、連合などと積極的に意見交換を行い運動を展開する
② 学習会の開催、署名街頭行動の取り組み
  地域単位での学習会の開催や、一般市民への周知を図るために、街頭チラシ配布、「公契約条例」制定の署名行動など、強化していく。
③ 自治体要請行動、議会請願書採択等の取り組み強化
  連合、自治労政治連盟協力(推薦)議員と連携し、自治体首長要請行動、各自治体議会での請願書の採択について、さらに取り組みを強化し、全体での動きを広げていく。
④ 国レベルでの「公契約法」制定に向けて
  政権党である民主党の政策マニフェストにも「公契約法(条例)」の制定が掲げられている。勢力を結集し国での法制定に向けた取り組みを行っていく。

8. おわりに

 この間の取り組みで明らかになったことは、小泉構造改革路線で進められた、さまざまな規制緩和、労働法制の改悪などによる労働者のセーフティーネットの崩壊は想像以上に進んでいるということである。
 公契約条例制定に向けた取り組みが前進していることは事実であるが、現状を考えれば、よりスピード感をもった取り組みが求められる。今後も、関係者が連携し、全国の仲間に学びながら、運動を進めていきたい。