【自主レポート】

第33回愛知自治研集会
第5分科会 医療と介護の連携による安心のまちづくり

 2009年、介護職員の処遇改善をはかるための「介護報酬処遇改善交付金」が創設されました。しかし、手続きの煩雑さや支給対象の限定など多くの問題があるため、申請をあきらめた事業者も少なくありません。このレポートでは、介護職員のおかれている立場にたった交付金のあり方や、処遇改善に向けた労働組合の役割について考えてみました。



介護職員処遇改善交付金について


京都府本部/京都公共サービスユニオン・八勝館支部 河本 直樹

1. 介護職員を取り巻く現状について

 高齢化の進展にともない、介護ニーズが増大するなかで、サービス提供を担う介護人材を確保することは重要な課題です。しかしながら、介護職員については、離職率が高い、人材確保が難しい等の状況にあり、これは介護職員の賃金が低い等の処遇の問題が一因であると考えられます。2008(平成20)年の介護職員と各産業別の離職率の状況(図表1)をみると、介護職員は全産業平均14.6%を上回る18.7%と高水準にあります。全産業平均においては女性労働者の離職率が高い傾向にあることから、女性労働者の比率が高いことが、介護職員全体の離職率を高める原因の1つになっていると推測されます。職種別の有効求人倍率(図表2)をみると、産業計では1倍を下回り、人員過剰の状況である一方、介護職員では1倍を上回り、人員不足の状況が続いています(『厚生労働省』職業安定業務統計より)。また、介護関係職種の有効求人倍率は2008年12月の2.53をピークに、2009年9月時点の1.34まで低下していますが、常に1倍超えて推移しています。介護職員の賃金(一般労働者)では、経験年数、平均年齢等の要素の違いがあり、単純な比較はできませんが、一般労働者については、介護分野の賃金水準は産業全体と比較して低い傾向にあり、一般労働者であるホームヘルパーや福祉施設介護員の賃金は、医療福祉分野における他の職種の者と比較して低い傾向にあります(図表3)。

2. 介護職員処遇改善交付金について

 2009年度介護報酬改定(+3%)によって介護職員の処遇改善が図られましたが、さらに2009年10月、他の業種との賃金格差を縮め、介護における雇用を安定させることにより、優秀な人材を確保していくことが重要で、こうしたことから介護職員の処遇改善を進めていくことを目的とした「介護職員処遇改善交付金」が創設されました。
 この交付金は、介護職員の処遇改善に取り組む事業者に対して、2009年10月から2011年度末までの間、計約3,975億円(全国平均で介護職員(常勤換算)1人当たり月1.5万円に相当する額)を交付するものです。交付方法は、都道府県が基金を設置して実施し、支払いについては国保連に委託。財源は国費が10/10となっています。対象は、原則として、介護職員、介護従業者、訪問介護員等として勤務している職員が対象です。(なお、看護師など他の職務に従事していても、介護職員として勤務していれば対象にできるなど柔軟な活用が可能となっています。)
 交付金が介護職員の賃金改善に確実に充てられるよう、事業者は都道府県に申請する際に賃金改善計画を策定することとしています。交付金は、原則として交付金の申請があった月に提供した介護サービスから対象になりますが、2009年12月中に申請を行った事業者に限り、10月サービス提供分からさかのぼって交付されました。また、介護職員が将来展望をもって介護の職場で働き続けることができるよう、能力・資格・経験等に応じた処遇が適切になされることが重要です。2010年度以降は、こうしたキャリア・パスに関する要件等を加えることを予定していますが、2010年度当初の申請時には適用しないこととしています。
 申請状況(図表4)をみてみると、2009年12月末までに申請を行った事業所の割合は、全国平均で約80%となっています(10月9日時点は約48%、10月30日時点は約72%、12月15日時点は76%でした)。全国平均でみると申請率は80%(09年12月末時点)となっていますが、京都府については87%と平均を少し上回っています(『厚生労働省:政策レポート(介護職員処遇改善交付金について)』より抜粋)。

3. 現在かかえている問題点

 日本医療労働組合連合会中央執行委員の岡野孝信氏が、『ゆたかなくらし』(2009年9月号、全国老人福祉問題研究会編、本の泉社出版)に寄稿された「介護職員処遇改善交付金の概要と問題点」という記事で、この制度の問題点についてわかりやすく指摘されていますので、ご紹介したいと思います。
 第1は、煩雑な手続きです。まず、事業者は介護報酬に介護「サービス区分」ごとに厚生労働省が推計した「交付率」を掛けて事業所に入ってくる交付金額を見定め、それを基本に賃金の改善計画をつくり、都道府県に申請し、認可されれば交付金が支払われ、交付金が余れば県の基金に返還するというものです。
 介護の現場では、正規職員1人1万5,000円、パートなど非正規労働者は労働時間に比例して支給するとすれば、ベターだとは言えないにしても、単純で、きわめて理解しやすい支給方法になるとの声も少なくありません。それは、各事業所の賃金台帳を基本にすれば大筋可能なことです。
 第2は、支給対象が限られていることです。「介護職員」ということで、当初、ヘルパーと介護福祉士に限るような話もありましたが、批判も強く、「人員配置基準を満たした上で介護業務に従事している場合」という条件をつけたものの、介護業務に従事していれば、看護師や介護支援専門員・生活相談員でも支給されるというように、ほんの少しだけ「緩和」しました。
 しかし、介護分野では多くの職種の賃金水準が低く、ここでの賃金水準を改善するためには、当然のこと、介護分野で働く者すべての処遇改善を、そして全体のレベルアップを考えなくてはなりません。介護分野全体の賃金が極めて低水準にあることを注視することが重要です。
 介護の仕事は多くの専門職(看護師、栄養士、調理員、事務員等)の協力で成り立っているわけですから、処遇の改善についても、平等に同じ事業所で働く者全体の引き上げを基本にすることが大切です。それは、仕事のチームとしての「仲間意識」や各自の「職能意識」をその職場から育んでいくうえからも必要です。
 第3は、交付金の申請額に関して、処遇改善額の計算方法に関わる問題です。職員の「賃金の改善額」の計算に際して厚生労働省は、今年4月から定期昇給やベースアップ、手当の改善などの賃金改善が実施されている場合、その1カ月の改善分を10月からの改善額の計算に含めても「可」としました。
 しかし、そもそも今回の10月からの改善交付金は、今年4月に介護報酬を引き上げ、1人2万円の賃金引き上げを政府が公言したものの実施できず、新たに補正予算で介護職員1人当たり1万5,000円(平均)を目途に予算化したものです。そして、今回の改善は、あくまでも当面の措置であり、介護職員に求められている抜本的な処遇改善は今後の大きな社会的課題となっています。
 このようななかで、厚生労働省が今年10月からの改善額の計算に、今年4月からの引き上げ額まで含ませることを「可」とするような見解は、これまでの経過からしてまったく矛盾したものです。また、それは、政府の補正予算額の試算を自ら崩すものでもあります。
 介護職員(労働者)の対応としては、仮に厚生労働省の計算方法(見解)があったとしても、「交付金」の本来の趣旨に沿って経営側に要求していくことが必要です。例えば、今年4月に5,000円の賃金の改善があった場合、今回は、経営者が2万円(1万5,000円+5,000円)の賃金改善として申請し、職員には10月から1万5,000円を支給するよう要請していくことです。
 第4は、賃金の改善計画策定のための実施「案」では、「交付金」の支給要件に労使の協議を無視するような行政の介入が見受けられました。さすがに、最終の「通知」では若干修正されましたが。事業所が賃金の改善計画をどうするかということは、行政はもちろん、使用者側が一方的に決めるものではありません。当然、労働条件の変更が絡む問題であり、法的にも労使協議が不可欠です。しかしまったく消えたわけではなく、組合がある事業所等は労使協議が可能ですが、ない場合は、使用者が一方的に賃金の改善計画を進める可能性があります。

4. 今後の課題

 今後の課題として、すべての介護事業者が「改善計画」を作成し、都道府県への申請をするよう皆で働きかけることが必要です。いろいろ問題はあったとしても、すべての介護関係事業者がきちんと交付金を受け取り、これを該当する職員に支給するよう追求していくことも労働組合の大きな課題です。
 「通知」では賃金改善の「方法」について、①基本給(ベースアップ)、②手当、③賞与又は一時金等、と例示していますが、「賃金水準の向上」という目的からしては、当然のことながら「基本給の増額」(ベースアップ)が必要です。しかし、労使の合意の困難な場合は、既存の給与体系とは別の、交付金実施期間内の「臨時給与」(例えば毎月1万5,000円)的な位置づけの支給などについても検討し、今回の給付金の実現を重視することが必要です。ただし、今回の改善分は、通常の夏・年末の一時金や「定期昇給」と切り離すことが肝要です。
 最後に、今後ますます高齢化が進み、介護の必要性が高くなる高齢者が増える一方で、介護の現場は重労働が避けられない状態が予想されます。離職率の増加および人材確保が厳しい状況も避けられない現実があり、「交付金」の改善と継続、介護・福祉労働者の処遇の抜本改善と、介護報酬の引き上げについては、利用者にとっても負担増になるため、その点に考慮したうえで、労働者の生活水準の向上のため、介護報酬の緊急改定も同時に必要であると思われます。


図表1 介護職員と各産業別の離職率の状況(2008年)


図表2 職種別にみた有効求人倍率


図表3 一般労働者の男女比、平均年齢、勤続年数および平均賃金


図表4 介護職員処遇改善交付金の都道府県別申請率