【自主レポート】

第33回愛知自治研集会
第5分科会 医療と介護の連携による安心のまちづくり

 公立病院をもつ自治体は、2007年12月に総務省が公表した「公立病院改革ガイドライン」に基づき、経営の効率化を最優先する「公立病院改革プラン」の策定を行うよう求められています。そのような中、2007年3月、当局から「医療センターの運営形態を独立行政法人化にしたい」という一方的な提案がありました。本レポートでは、公立病院改革プラン策定までの間の当局提案阻止に向けた組合の取り組みについて報告します。



出雲市立総合医療センター独立行政法人化阻止への
取り組み
 

島根県本部/出雲市職員労働組合・書記長 栗原 直樹

1. はじめに

 出雲市総合医療センターは、1952年5月26日、平田博愛病院として開設、その後、平田市立病院として旧平田市を中心に市民に医療、保健、福祉サービスを提供する拠点として役割を果たしてきました。2005年3月には、2市(出雲市、平田市)4町(佐田町、多伎町、湖陵町、大社町)の合併により、名称を現在の出雲市立総合医療センター(以下「医療センター」という。)とし、地方公営企業法一部適用の運営形態で、出雲圏域の地域医療を担う2次医療圏の中核病院として消化器医療に特色を持つとともに、リハビリテーション医療の充実にも力を入れています。
 しかし、かつて黒字の時期もあった医療センターも、医療ニーズの多様化や医療臨床研修の必須化に伴う医師不足問題や慢性的な看護師不足など、医療を取り巻く環境が大きく変化する中で、赤字が続き、厳しい病院経営を強いられてきました。
 このような状況の中、合併直後の2005年5月には「医療センター改革推進委員会」が設置され、「医療センター及び健康福祉拠点施設整備基本計画」が策定されました。この計画には大規模な改修工事の必要性、経営基盤の安定化や合併後の出雲市における役割(①回復期医療を強化、②予防医療を充実、③市直営診療所への支援体制を構築、④介護事業の見直し)が示されています。

2. 医療センターの運営形態見直し問題

(1) 経 過
 2007年3月9日、当局より突然、「医療センターを地方独立行政法人にしたい」という提案がありました。当局の説明では、「医療センターの整備・改修は病院事業立て直しのためには必須であるが、議会からの病院の現状への見方が極めて厳しい。そこで、今後目指す効率的経営に適した運営形態を考え、現在の公営企業法一部適用に比べて、特定(公務員型)地方独立行政法人が優れているという結論に達した」というものでした。
 しかし、この提案は組合に正式な協議申し入れがないまま議会、マスコミ等に報じられており、事前協議協定を無視するものでした。また、病院当局にもこのことは知らされておらず、当局内でも意思統一が図られていない有様でした。
 実際、当局から正式に交渉の申し入れがあったのは5月になってからのことであり、5月21日、医療センターについての最初の交渉を行いました。
 この日の交渉において、当局側から独立行政法人化にしなければならない理由について説明がありましたが、「病院問題についてはここからがスタート」ということを労使が確認・認識するのみで終わり、その後の6月議会においても、病院整備に関する具体的なものは何も提案されませんでした。
 当局としては、出来るだけ早く整備を実現させないと病院存続そのものが危ぶまれる、という危機意識を持っており、早期に方針を決めたい考えでした。しかし、議会側の動きは鈍く、整備および地方独立行政法人化についての動きが見えない状況でした。
 このような状況に対して、「医療センター整備計画の早期実現を求める署名」を連合島根出雲地域協議会及び出雲地区労働者福祉協議会で取り組み、14,000人の署名を市長及び市議会議長宛に提出しました。
 その後市議会では「医療センター対策特別委員会」が発足し、6月19日から9月11日まで計8回にわたって議論がなされました。結果、署名の効果もあり、9月議会において整備について予算計上されることとなりました。
 そして、次は運営形態についてどうしていくのかという議論に進むこととなりました。
 組合としては、病院存続には整備が不可欠と考えています。しかし「地方独立行政法人」へ運営形態を変更するという当局の方針に対しては、組合としても内部で十分に議論、検討する必要があることから、組合として病院組合員へオルグを開催し、意見集約を行いながら進めていくこととしました。

(2) 公立病院改革ガイドラインと改革プランへの対応
 出雲市が「医療センター及び健康福祉拠点施設整備基本計画」を策定した9ヶ月後の2007年12月24日、総務省は、経営の効率化を最優先とする考えから地域医療の再編ネットワーク化や経営形態の見直しを促す「公立病院改革ガイドライン」を公表しました。
 そして、このガイドラインでは、2008年度中に公立病院をもつすべての自治体に「公立病院改革プラン」の策定を行うことを明記していました。
 また、2008年7月に出された「公立病院改革ガイドラインQ&A(改訂版)」では、当局が推し進めようとしている特定地方独立行政法人を原則認めないとする事項が含まれていました。
 この「公立病院改革ガイドライン」に基づき、医療センターにおいても改革プランの策定に着手しました。改革プラン策定は、コンサル等に委託するのではなく、同センター内の病院管理課において策定作業を行っています。
 プラン策定に対しての病院当局との事務折衝では、当初から「医療センター及び健康福祉拠点施設整備基本計画」を基に作成を行うということを確認しており、2008賃金確定闘争時においても、労使協議を行うことを確認してきたところです。

※参考:公立病院改革ガイドラインQ&A(改訂版)から
② 経営形態の見直しに係る選択肢と留意事項
Q49 経営形態の見直しに関して考えられる選択肢には、「地方独立行政法人化(公務員型)」は想定されていないのか。
A49 ①「簡素で効率的な政府を実現するための行政改革の推進に関する法律」では、地方公営企業について一般(非公務員型)地方独立行政法人への移行を推進するとされていること、②これまで病院事業について公務員型地方独立行政法人の設立許可が行われているのは、いわゆる医療観察法(『心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律』)第16条に基づく指定入院医療機関の指定を受ける関係上、特定(公務員型)地方独立行政法人であることが必要な場合に限定されていることを踏まえ、本ガイドラインでは「地方独立行政法人化(公務員型)」は基本的に想定していない。 

(3) 事前協議の申し入れ
 2008年12月2日、病院当局は、「12月4日に予定されている定例議会(委員会)において、議会サイドから改革プランの策定状況を求められているとのことから、現段階までの検討状況を議会に対し説明しなければならない。よって、事前に組合協議を行う。」として、検討報告書(案)を示し、事前協議を申し入れてきました。
 検討報告書(案)は、2007年3月に策定した「医療センター及び健康福祉拠点施設整備基本計画」をベースに作成されていますが、運営形態については、特定地方独立行政法人を想定しているが、ガイドラインでの想定が一般(非公務員型)地方独立行政法人であること、「簡素で効率的な政府を実現するための行政改革の推進に関する法律」にもその旨が明記されている点をあげ、一般地方独立行政法人への移行も視野に検討すると明記されていました。

(4) 申し入れに対する交渉
 申し入れの翌日の12月3日、医療センターにおいて公立病院改革プランに対する申し入れについて交渉を行いました。
 組合は、「事前協議として、4日に議会へ報告するとして2日前に申し入れを受けても、組合員に説明する時間がない」と事前協議のあり方について当局の考え方を質しました。
 内容も、「検討報告書の記載内容は誤解を招くような表現であり、新聞報道等により間違った情報が流れれば、病院職員の不安を煽るだけである。また、改革プランとしては現在策定途中であり、検討状況の報告であるとすれば、現段階で誤解を招くような表現を記載しなくてもよい」として、表現自体の削除を求めました。
 これに対し病院当局は、「事前協議の手続き的には間違っていない」としながらも、最終的には「こちらの意思決定が遅かったのかもしれない。その点で時間的余裕がなかったことは反省しなければならない」とし、内容面においても「この記載内容について、組合側として不都合な箇所があれば修正を行うことは可能である」としました。
 組合はこの見解を受け、一般地方独立行政法人化が前提であるかのような誤解を招く表現の修正を求めました。
 文言調整の末、総務省の見解を前段としながらも、「特定地方独立行政法人を想定するとした、これまで基本計画により定めてきた事項を明記し、地域実情と国の見解を踏まえ引き続き検討する」と修正させました。この表現であれば、受ける印象は随分違い、現場サイドでの混乱も最小限に抑えられるとして修正案を受け入れることとし、交渉を終えました。

(5) 医療センターに関わる各種取り組み
① 公立病院改革プランに関する組合員アンケートの実施
  12月の交渉後、病院当局の責任として職員への説明会を開催させています。その説明会を受けて、職員が改革プランについてどう感じているのか、運営形態の移行にどういった不安や疑問をもっているのか等を把握するため、アンケート調査を実施しました。
離職・転職の考え
  内容を見ると、アンケートに答えた職員の4割しか公立病院改革プランに対し理解できてなく、6割が職員の意見が反映されていないと回答しています。また、半数近くが特定地方独立行政法人は理解するが、一般地方独立行政法人には理解できないと答え、7割以上が運営形態移行について不安を抱えていることが分かりました。
  特に興味を引いたのが、4割近くが運営形態移行に際し、離職又は転職を考えるということです。運営形態が変わる場合、特に一般地方独立行政法人に移行した場合は、離職・転職が大量に発生し、その時点でマンパワーの不足により経営自体が成り立たなくなることが容易に予想されるのです。
  組合は、このアンケート結果を2009春闘要求書にあわせて提出し、職場要求として医療センターの今後の運営形態・役割について、職員の意見が反映出来る場を設けることと公立病院改革プランの策定にあたって、組合員の意識調査結果を十分考慮することを求めました。
  春闘時の交渉で当局は、運営形態について「病院職員に十分に説明を行いながら市としての方向性を決めることが必要である」と答え、「総合医療センターの今後の運営形態・役割については、職員の意見が反映できる場を設け、合意形成に努める」という確認を行っています。
② 他団体との連携の取り組み
  病院の赤字解消を図るためには、一刻も早く整備計画に着手し建物改修を実施することが大前提となりますが、議会の理解が得られず足踏み状況になっていました。
  このような中、連合島根出雲地域協議会および出雲地区労働者福祉協議会が取り組み主体となり、連合傘下の各産別・単組に対して「医療センター整備計画の早期実現を求める署名」の協力要請が行われました。市職労としては当該単組としてこの署名に取り組みました。
  出雲市職労としては、組合員1人5人を目標に、短期間ではありましたが、市長宛2,997人、議長宛に2,994人の署名を集めることができました。またメーデーにおいて、街頭署名活動にも取り組みました。最終的な署名数は、市長宛14,068人、議長宛14,038人が集約され、5月22日に副市長及び市議会議長へ手渡されました。また、同時期に平田地域住民を中心として同様の署名活動が行われ、市長、議長に対して署名提出がされました。
  労働界、地域住民が同様の取り組みを進めた結果、その後の医療センター対策特別委員会において、病院整備へ反対意見を持つ議員からも、方針転換をほのめかすような声が聞かれるようになりました。そして9月議会における整備予算計上へ結びついたと言えます。
③ 県本部と連携した取り組み
  公立病院の地方独立行政法人化は、現在のところ全国的に非常に稀です。このような中で、最も出雲市の現状に近い病院を探し、具体的な事例を今後の取り組みにつなげていこうと考えました。そこでクローズアップしたのが、沖縄県の那覇市立病院です。
  当病院は2008年4月スタートを目途に一般地方独立行政法人へ向け協議がなされてきています。すでに2004年公営企業法全部適用に移行した病院であり、財政状況も黒字です。そのため医療センターとの違いは若干あるものの、運営形態変更という点で出雲市職労が置かれている状況に一番近いと言え、組合としての考え方やこれまでの経過、状況及び病院労組の組織強化や黒字病院としての取り組み手法等を参考にするため、県本部や病院現場職員とともに視察を行いました。
  今回の視察を通じ、黒字病院でありながら自治体財政難の中での合理化攻撃を受けるという現状の厳しさ、交代制勤務職場での組合組織強化の難しさを実感させられました。
  出雲市職労としても、病院職場の組織化に向けて取り組みを行っていますが、組織強化にはきめ細やかに組合員との意見交換が重要です。今後、当局から具体的な運営形態についての提案が予想されるなか、交渉を有利に進めていくためにも、地域住民との連携と単組としての力量強化がポイントとなります。
④ 病院組織強化の取り組み
  2005年5月に医療センター改革推進委員会が設置されて以降、愛宕苑の廃止や独立行政法人化による合理化など、独自に対応すべき課題が数多く出ることが想定されたことから、2007年に病院支部として発足させました。2008年度からは「地域医療を守る会」という地域組織とも連携しながら活動を行い、各種集会への参加や職場改善要求の作成などに取り組みをすすめ、少しずつですが組織強化につながるよう取り組んでいます。

3. 最終的な病院改革プラン

 病院当局は、12月の労使交渉の結果、運営形態に関する記述を一部修正した「病院改革プラン検討報告書」を12月4日、文教厚生常任委員会・医療センター対策特別委員会合同協議会において提出し報告を行っています。その協議会においての議員の反応は、一般地方独立行政法人にすべきとの意見や地方独立行政法人化により議会関与が薄くなる事への懸念の声、公営企業法全部適用への意見等も出たようですが、全般的には、市議会選挙を前に議論は低調に終わったとのことです。
 その後、病院改革プランが策定され、3月2日、文教厚生常任委員会・医療センター対策特別委員会合同協議会において報告されています。
 そのプランの内容は、運営形態に関して、「(略)現行の公営企業法一部適用、公営企業法全部適用、特定地方独立行政法人、一般地方独立行政法人を含め、整備期間の3年を検討、移行準備期間とし、新病院スタートの2012年4月を新運営形態への移行時期とする」との明記であり、運営形態の考え方がスタート時点に戻った状況となっています。
 また、新運営形態への移行時期も、当初は2011年からだったものが、途中2010年となり、最終的には2012年からと変わってきています。この報告は、翌日の新聞に「白紙」「見直し」という記事に取り上げられたほどです。
 この考え方の変化には、公立病院改革ガイドラインにより、特定地方独立行政法人への移行ができなくなったことが挙げられますが、前述のアンケートから職員が市を退職し新たな法人で雇用するという一連の流れに当局が人員の確保に不安をもったからであると考えています。

※運営形態の考え方の変化
 2007年3月  地方独立行政法人(公務員型)
 2008年12月  地方独立行政法人(公務員型)
           〃    (非公務員型)
 2009年3月  公営企業法一部適用
           〃  全部適用
        地方独立行政法人(公務員型)
           〃    (非公務員型)