【要請レポート】

第33回愛知自治研集会
第7分科会 貧困社会におけるセーフティネットのあり方

 生活保護受給者を対象とする自立支援プログラムの策定・実施が、2005年度より全国の自治体で進められている。その運用上の問題点も指摘されるなか、釧路市の取り組みが全国的に注目を集めている。保護率は50‰を超え、経済の疲弊も著しい釧路市の自立支援がなぜ注目されるのか。本稿では、釧路市の取り組みについて、関係者へのヒアリング調査を踏まえ、経緯、理念、現況を紹介し、今後の課題を展望する。



釧路市における生活保護受給者自立支援の
取り組みについて
 

北海道本部/社団法人北海道地方自治研究所 正木 浩司

1. 生活保護自立支援プログラムの構想と展開

 生活保護法の趣旨は、「最低生活保障」と「自立の助長」を2本柱とするが、2000年のいわゆる第一次分権改革を経て、前者は法定受託事務に、後者は自治事務に振り分けられ、現金給付は国の所管、相談支援は自治体の所管となった。
 厚生労働省が2003年8月に発足させた「生活保護制度の在り方に関する専門委員会」は、翌2004年12月15日に最終報告書をまとめ、その中で、全国の自治体における生活保護受給者を対象にした「自立支援プログラム」の策定の推進を打ち出した。この間、2004年4月からは、全国の数自治体で自立支援のモデル事業がスタートし、本稿で扱う釧路市も後述する理由で2カ年度のモデル事業を実施することになった。
 同報告書によると、自立支援プログラム導入の趣旨は、「最低生活保障と自立の助長を柱とする生活保護制度において、経済的な給付を行うだけでなく、生活困窮者の自立の助長に関し、自立・就労を積極的かつ組織的に支援する仕組みを強化する」とされている。
 自立支援プログラム策定の仕組みは、「地方自治体が、地域の被保護世帯の抱える問題を把握した上で、自主性・独自性を生かして重層的かつ多様な支援メニューを整備し、被保護世帯の問題に応じた自立支援プログラムを策定」としている。地域の「資源」の発掘と活用、地域の様々な主体との連携が不可欠となる。
 また、策定にあたっては、「就労による経済的な自立を目指す就労自立支援のみならず、被保護世帯が地域社会の一員として自立した生活を営むことができるようにするため、日常生活自立支援、社会生活自立支援の観点からのメニューも十分に整備することが重要である」との考えも示されている。すなわち、策定が求められているのは、①就労自立支援プログラム、②日常生活自立支援プログラム、③社会生活自立支援プログラム──の3本立てである。これら3つの自立は並列の関係にあるとともに、相互に関連するものとされる。
 これを受け、厚労省通知「平成17年度における自立支援プログラムの基本方針」(2005年3月31日)が出され、2005年度より全国の自治体で自立支援プログラムの策定・実施が始まった。

2. 生活保護をめぐる釧路市の現況

 釧路市では、長く市の経済を支えてきた基幹産業、すなわち、漁業、炭鉱が相次いで衰退し、特に2002年の太平洋炭鉱の閉山以降、市経済が全体的な地盤沈下を起こした。有効求人倍率は、この20年は概ね0.3~0.5で推移し、2009年3月~4月には0.26まで低下した。
 生活保護の保護率は年間を通して変動があるが、釧路市で保護率の年度平均が高いレベルで上昇し続ける「異変」は、上記の経済状況を背景に、2002年頃から顕著になった。90年代までは20‰台で推移したのが、2002年度に33.9‰を記録して以降、年々2~3ポイントの上昇を続け、2009年12月には50.2‰、市民の20人に1人が被保護者という状況に至り、公式に道内で最も高い水準となった。
 釧路市の保護世帯の特徴は、全保護世帯に占める母子世帯の比率が高いことで、その比率は16~17%に達する。これは他自治体(8%程度)に比べて約2倍の水準であり、このことが釧路市がモデル事業に関わることになった大きな理由である。その原因としては、建設業、運送業に就く男性労働者の比率の高さとの関係が指摘されている。
 こうした危機的状況を受け、従前のやり方では対応しきれないと、釧路市福祉部生活福祉事務所(以下「生活福祉事務所」と略す)は、「業務検討委員会」(課長補佐、組合関係者、職員)を2002年度から立ち上げ、労使合意に基づいて業務のあり方の検討を始めた。
 検討委での議論を経て、生活福祉事務所は、限られた資源の有効活用を図る「ウェイト方式」と称される対応をとり、機構再編を行った。ここで2課から1課に統合再編すると同時に、「高齢者担当制」を導入し、全8担当のうち、第7および第8担当は高齢世帯担当に特化、それぞれ280ケースを受け持つこととした。これにより、他の第1~6担当では<1CW=70ケース>の体制を構築した。

3. 母子世帯対象のモデル事業

 釧路市の生活保護行政で従前にない危機的状況が続くなか、2003年末頃、厚労省から道を通じ、母子世帯対象のモデル事業実施の打診があった。諸々の事情が重なり、時間はなかったが、釧路市ではこのモデル事業の2004年度からの実施を引き受けた。

(1) WGでの議論、当事者のエンパワーメントの重要性を認識
 モデル事業を引き受けるにあたり、市生活福祉事務所はまず、市役所内外から委員(保護課長(1年目のみ)、子ども家庭課主幹、保健師、教育委員、教委主事、大学教員、NPO関係者)を集め、自立支援の考え方や方策について議論するため、「ワーキンググループ」(WG)を設置した(2004~2005年)。このWGは市長の委嘱を要する上部委員会がなく、そのことが却って自由闊達な議論を可能にしたという。
 WGでの議論を通じ、市関係者と外部委員の認識の差が明確化され、行政側を支配する従来型思考が露わになった。市の提案に対して、外部委員からは「当事者へのエンパワーメントが足りない」「人権意識があるのか」など、厳しい発言もあったという。ともあれ、WGでの議論は、生活福祉事務所にとって、従来型の思考の枠を抜け出て、「地域との協働」という新しい領域に踏み出す契機となったと振り返る。
 WGでの議論を経て、被保護者の「自尊感情の回復」や「エンパワーメント」、すなわち、当事者の力を高めることを、いかに行政サイドが理解し実践する方策を見つけ出すかが要点となった。当初はプログラムの内容の具体化に難儀し途方に暮れたが、他課や外郭団体などから意見をうかがっていくなかで、いくつかの道が開けてきた。
 突破口になったのは、介護ヘルパーへの同行体験という着想である。具体的な介護サービスの提供は法にふれるが、お年寄りの話し相手をするだけであれば、ボランティアとして体験できるのではないか、という介護保険担当課の意見を採用した。これ以降、プログラムの中身に関する構想が膨らみ始めたという。一方、道立釧路技専からの提案を受け、パソコンのワープロソフトの操作や介護ヘルパーの資格取得の講座に通う支援事業も始められた。

(2) モデル事業の実践からわかったこと
 モデル事業の実践から得られた釧路市が得られた認識として以下の3点を挙げる。
 第一に、学歴の階層化問題の把握である。保護受給母子世帯の母親の4割は中卒ないし高校中退であり、学歴の階層化が起きていることがわかった。そうであれば、今日の労働市場において就労を果たすことは容易ではなく、経済の厳しい釧路市では尚更である。
 第二に、母子世帯への支援という場合、母親の支援ばかりに目がいきがちだが、「貧困の連鎖」をくい止めるという視点からも、子どもへの支援も重要である。その問題意識は、後述する、保護世帯の中学3年生を対象とした受験勉強会の実施などにつながっている。
 そして第三に、エンパワーメントの重要性の実感である。概して交友関係が狭く、自宅に引きこもりがちな母子世帯の母親にとって、ボランティアへの参加や資格講座の受講は、それ自体、就労への可能性を高め、意欲を向上させる効果のみならず、ボランティアの現場や学校において、自分と似た境遇の他の母親たちとコミュニケーションをとる機会が得られることから、人間関係や社会との絆の回復を伴い、社会参加への意欲の向上・再生をもたらす効果もある。
 生活福祉事務所の櫛部武俊主幹は、「親や子どもの自助努力に問題を転嫁させないアプローチの創造が必要であることを学んだ」としている。

4. 釧路市における自立支援の本格実施

 釧路市では、2カ年度にわたる生活保護受給母子世帯対象の自立支援のモデル事業の経験を踏まえ、2006年度より全保護世帯を対象とする自立支援を開始している。その全貌は下図のとおりである。

(参考)釧路市における取り組み事例 
出典:『生活保護受給者の社会的な居場所づくりと新しい公共に関する研究会報告書(概要版)』

 釧路市の自立支援プログラムおよび事業の特徴は、保護受給者本人の希望をとりながら、ボランティアへの参加を促すことにある。
 ボランティアは市内の事業者との連携で行われている。ボランティアの受け入れは、2009年10月現在、NPO法人、財団法人、株式会社など12事業体が協力しており、これらは市から「パートナー事業者」と総称されている。具体的には、介護施設・デイサービスでの利用者の見守りと話し相手、障害者授産施設での作業、公園の清掃作業、ビルの解体作業、動物園でのエサの用意やごみの分別、農園での農作業、カフェの手伝い、勉強会の講師──等々である。
 市はこれら自立支援プログラムで行われるボランティアを「中間的就労」と位置付けている。「中間的就労」とは、就労に向けたステップであり、就労意欲の維持・向上機能を有するほか、規則正しい生活を通じた心身両面の健康の増進、他のボランティア参加者ないし支援者とのコミュニケーションを通じた社会参加機能も期待できるという。
 貧困は、経済的困窮のみならず、心身の健康状態の喪失、親類との関係の断絶、社会との関わりの薄さなど、人によって様々な事情が複雑に重なって生じる。生活保護の受給に至った人も、単に経済的な困窮状態に陥った人ばかりでなく、心身の不調を抱える人、社会とのつながりを失ってしまった人も多く含まれ、昨今の労働市場の情勢とも相俟って、一気に就労の実現まで辿り着くことは基本的に困難であるし、そもそも就労が実現したところで重層的に絡み合う生活課題の抜本解決には至らない可能性も高い。就労の前に、社会に参加する意欲、生きる意欲の維持・回復が必要になる場合もある。そのため、当事者の現状に合わせて、選択肢を豊富に揃えながら、自立に向けた支援のかたちをいくつも設定する必要がある。
 釧路市の取り組みの特徴は、一足飛びに就労から保護廃止に結びつけ、短絡的な成果の獲得を目指すのではなく、当事者の置かれた状態に合わせて、少しずつ就労への意欲、日常生活の自立、社会参加への意欲を涵養していくことにある。
 とはいえ、自立支援プログラム実施後の就労に保護廃止が増加傾向にあることも事実である。ボランティアで参加した保護受給者の中には、そのまま受け入れ先にバイトや非常勤で雇われた人もいるし、介護ヘルパー同行体験をきっかけにヘルパーの資格をとった人もいる。被保護者の所得が増えれば、その分、保護費の削減につながる。
 また、釧路市の場合、自立支援を円滑に遂行するため、生活福祉事務所の機構の中に、嘱託の「支援チーム」を設置した。これら嘱託職員の雇用について、外部委託せず、セーフティネット対策事業費補助金を活用して、市で直接雇用したことが特色である。

5. NPO法人地域生活支援ネットワークサロンの理念と活動

 数あるパートナー事業者の中でも、当初より釧路市の自立支援に協力、連携を続けている中核的なNPOがある。「NPO法人地域生活支援ネットワークサロン」である。
 このNPOは、NPO法人制度の持つ柔軟性を武器に、地域の課題の解決に取り組むことを基本的なミッションとしている。市から自立支援への協力を要請されたとき、地域の貧困の問題は地域生活支援とは切り離せない問題であるとして、要請を受け入れた。
 地域生活支援ネットワークサロンが生活保護自立支援プログラムの関係で受け入れている事業は、①農園(阿寒地区のレンタル農園、動物園近くの法人所有の農園)での農作業ボランティアの受け入れ、②コミュニティハウス冬月荘での中3対象の受験勉強会(Zっと Scrum)の開催、③子育てカフェ「エプロンおばさんの店」でのボランティア(清掃等)の受け入れ──の3つである。
 これら3事業において、ボランティアに参加した保護受給者や、勉強会に参加した中高生に話を聞くと、「生き甲斐」「生きている実感」「人と会うことが楽しい」「自分の存在価値の実感」といった言葉が出てくる。また、興味深いことに、支援を受けている者ばかりでなく、支援している側からも同様の言葉が聞かれる。ここから、社会的居場所の大切さと、支援の双方向性(支援と被支援の循環をつくること)の大切さが見て取れる。

6. 自立支援の充実化に向けた今後の課題

 生活保護の自立支援プログラムの運用上の課題として、布川日佐史は、以下の問題を指摘している。
 自立支援プログラムの本格導入は2005年度だが、もう一つ、自治体の福祉事務所とハローワークが連携して生活保護受給者の就労支援にあたる「生活保護受給者等就労支援事業活用プログラム」が開始された年でもある。この関係で、自立支援プログラムの導入を求めた厚労省通知において、就労自立支援プログラムの策定・実施が優先された。先述したとおり、自立支援プログラムの実施にあたっては、①就労自立支援プログラム、②日常生活自立支援プログラム、③社会生活自立支援プログラムは並列関係、相互関連とされるべきものだが、スタート時点で優先順位がつけられてしまった格好である。その影響で、日常生活・社会生活自立支援プログラムの策定・実施が遅れているほか、就労支援プログラムを、自立支援というよりも受給者が稼働能力活用要件を満たしているかどうかをチェックする手段と位置付けた福祉事務所が多い、といった運用上の問題点が出てきているという。
 ここで問われているのは、自立支援に対する行政側のスタンスである。生活保護における成果を、就労による保護廃止にのみ置いていては、自立支援プログラム導入の趣旨は達成されない。釧路市の櫛部主幹は、「保護の廃止や稼働収入の増加だけでなく、被保護者の意欲や笑顔といった新しい評価をつくってほしい」(第1回居場所づくり研、2010年4月5日)と発言している。単なる就労支援にとどまらず、当事者を貧困状態に陥れた複雑な要因を解きほぐしながら、総合的に自立へと導くのが自立支援プログラム導入の本旨であるとすれば、旧来の思考を脱却し、自立支援の取り組みに対する評価指標をどうつくっていくかが重要である。
 また、自立支援を必要としているのは生活保護受給者だけではない。他の社会保障制度との関係で、生活保護制度への負担を減らしながら、生活保護受給者以外に支援を拡充できるかどうかは今後の課題であろう。
 厚労省「生活保護受給者の社会的な居場所づくりと新しい公共に関する研究会」は、2010年4月5日に設置され、同年7月23日に報告書をとりまとめた。提言内容は、「新しい公共に対する支援」「福祉事務所における人的体制の整備」「地域ネットワークの構築」「パーソナルサポートサービス」「ハローワークと福祉事務所等との連携による支援」「生業扶助」「居住支援の拡充」など。いわば釧路市の取り組みを全国に普及するにはどうするべきかを伝える内容になっており、参照されたい。