【自主レポート】

第33回愛知自治研集会
第8分科会 地方再生とまちづくり

 宇佐八幡宮の「本御荘十八箇所」と呼ばれる根本荘園の一つである「田染荘」の景観を保全し、後世に継承するために市が地元とともに取り組んできたこと。それが生きた文化財の保護であり、生きたまちづくりだった。



重要文化的景観「田染荘小崎の農村景観」の取り組み
景観保存の経緯と重要文化的景観

大分県本部/豊後高田市職員労働組合 藤重 深雪

1. 選定内容

(1) 名 称  田染荘小崎(たしぶのしょうおさき)の農村景観

(2) 選定基準  複合景観
 選定基準 一の(一)水田・畑地などの農耕に関する景観地
 選定基準 一の(八)垣根・屋敷林などの居住に関する景観地

(3) 所在地  大分県豊後高田市

(4) 申出を行った地方公共団体  大分県豊後高田市

(5) 概要説明
 大分県の国東(くにさき)半島の西部に位置し、中世に遡る宇佐八幡宮(うさはちまんぐう)の荘園遺跡に起源を持つ農耕・居住に関する良好な文化的景観。
 古代には、半島の中心に位置する両子山(ふたごさん)から四方に延びる谷筋に沿って、六郷(ろくごう)と呼ばれる6つの郷村が形成され、そのうち半島の西側に当たる田染郷(たしぶごう)には11世紀前半に田染荘(たしぶのしょう)の村落及び農地が開発された。その後、田染荘は宇佐八幡宮の「本御荘十八箇所(ほんみしょうじゅうはちかしょ)」と呼ばれる荘園のひとつとして重視され、田染氏を名乗る神官の子孫が代々支配するようになった。
 田染荘を構成する村落・農地のうち、小崎(おさき)地区は小崎川中流域左岸の台地上に当たり、史料・絵図に残る村落名・荘官(しょうかん)屋敷名と現地に遺存する地名・地割・水路等との照合により、14世紀前半~15世紀における耕地・村落の基本形態が現在の土地利用形態にほぼ継承されていることが知られる。
 現在、水田オーナー制度の下に、住民による文化的景観の保存活用事業が進みつつあり、農地としての土地利用形態の維持にも期待が持てる。中世の荘園遺跡に起源を持ち、近世から近代にかけて緩やかに進化を遂げた国東地方の農耕・居住の基盤的な土地利用形態を示す文化的景観として価値がある。

(6) 選定範囲
 大分県豊後高田市田染小崎及び田染真中の一部
  面 積    92ha
  筆 数  1,507筆
  所有者   175人

(7) 他の法令による制限
 農業振興地域の整備に関する法律に基づく農用地地区
 自然公園法に基づく国東半島県立自然公園
 森林法に基づく保安林(水源涵養保安林)
 河川法に基づく二級河川(小崎川)

(8) 現 況
 農地、集落

(9) 景観法に基づく景観計画
 豊後高田市は、2007年5月1日に、景観法第7条第1項に基づく景観行政団体となった。また、同市は、2010年1月に同法第8条に基づき告示した景観計画において、田染荘小崎地区を景観計画区域として定め、「田染荘小崎景観計画」において、区域内の良好な景観の保全及び形成に係る基本方針を明示するとともに、建築物及び工作物の新築・増築・改築、土地の形質変更、木竹の伐採、屋外における物資の堆積等に係る景観形成基準を定めた。

(10) 文化的景観保存計画に示された保護の方針
 豊後高田市が文化的景観保存計画において定めた保護の方針については、以下のとおりである。
① 基本方針
  中世から近現代に至るまで継続的に営まれてきた農村の生業・生活の在り方を示す独特の文化的景観を保護するために、(ア)地割に沿った土地利用の継続、(イ)水田開発及び集落の歴史的変遷を伝える景観構成要素の適切な保存管理、(ウ)周辺地域を含めた自然環境の保全、(エ)地域の活性化に向けた新たな住民活動とその実現、(オ)運営体制の整備を進める。重要文化的景観への選定申出を段階的に進めることとし、その第1段階として小崎地区の集落及び周囲の農地・山林のうち同意が得られた区域について選定の申出を行う。
② 土地利用の方針
  農地については、伝統的な畦畔や用水の形態・機能の維持・修復に努める。居住地を構成する各農家についても、地割を表す土塁・道などの継承に努めつつ、個々の特質に応じて維持・修復に努めるほか、周囲の農地や山林の景観とも調和するよう誘導を図る。また、神社社殿・小祠・石造物などの信仰対象の諸要素についても、現状の形態・機能の維持・修復に努める。
  特に、第1段階の選定申出の地域に含まれる農家のうち、文献と屋号が一致し、建築物の築後年数、敷地内の配置形態等の諸条件を満たすものについては、「重要文化的景観の形成に重要な建物」として特定することとする。
③ 行為規制
  土地利用の規制に関する各種の法律に加え、良好な景観の保全及び形成の観点から景観法に基づく景観計画において景観形成基準を定める。特に「重要文化的景観の形成に重要な建物」として特定した農家建築及び農地を構成する水田・水路・道等の諸要素、神社・小祠・歴史的な石造物等に関する現状変更又は保存に影響を及ぼす行為については、文化的景観保存計画において取扱基準を定めるとともに、そのうちのいくつかについては文化財保護法に基づき届出の対象行為として取り扱うこととする。
④ 整備活用
  畦畔の修理など農地の維持に努め、屋敷地の地割の補修・復元・修景に努める。夕日岩屋・朝日岩屋については、地形の維持のために必要に応じて整備を行う。
⑤ 運営及び体制整備
  豊後高田市の支援の下に、「中世のムラ」づくりの推進に当たり、専門家・ボランティア・NPO法人等の連携による都市農村交流事業を実施しており、今後とも関係者間における良好な運営体制を維持していくこととしている。

(11) 文化的景観の保存に必要な条例による規制
 豊後高田市は、景観計画に係る景観形成基準に関し、景観法第4条第3項及び第16条に基づき、届出を要する行為及び届出を要しない行為に係る委任事項を「豊後高田市田染荘小崎景観づくり条例」として定め、2010年4月1日に施行した。

(12) 所有者等の同意
 豊後高田市は、選定の申出に当たり土地の所有者の同意を得ているほか、道路管理者等については、個別に選定の申出に関する同意を得ている。

2. 文化的景観について

(1) 文化的景観とは
文化財保護法第2条第1項第5号
 「地域における人々の生活又は生業及び当該地域の風土により形成された景観地で我が国民の生活又は生業の理解のため欠くことのできないもの」
 これは、地域の住民が日常生活や日々の生業において、地域独特の気候や土地の状態を利用して作り出されてきた景観地のうち、我が国民がどのような生活又は生業を営んできたのかということを理解するために不可欠なものをさします。

(2) 重要文化的景観とは
文化財保護法第134条
 文部科学大臣は、都道府県又は市町村の申出に基づき、当該都道府県又は市町村が定める景観法(平成16年法律第110号)第8条第2項第1号に規定する景観計画区域又は同法第61条第1項に規定する景観地区内にある文化的景観であって、文部科学省令で定める基準に照らして当該都道府県又は市町村がその保存のため必要な措置を講じているもののうち特に重要なものを重要文的景観として選定することができる。

3. 選定のメリット

・魅力あるまちづくりの推進や、地域コミュニティーの活性化の足がかりになる。
・全国的な知名度が高まることで、観光資源としての活用が期待される。
・景観に文化財としての価値づけがされる。
・特に必要と認められる物件の修理や復旧について、経費の一部を国が補助。
・重要文化的景観を構成している重要な建造物の家屋及び敷地について、固定資産税の1/2を減税

4. 田染荘小崎のこれまでの景観保全の取り組み

 1990年から田染荘の国指定史跡に向け、検討委員会や地元説明会などの取り組みをすすめてきたが、1999年に田園空間整備事業の導入を行い、指定への取り組みを休止した。
 2005年に文化財保護法の改正で文化的景観の概念が構築されたことにより、2007年度より文化庁、大分県教育委員会文化課及び企画振興部景観自然室等の指導のもと、文化庁国庫補助事業として景観保存調査を行ってきた。
 2009年度は、この調査結果をもとに景観保存計画・景観計画の策定、景観法による委任された部分と景観を保全していくための自主的な部分による景観条例を制定、土地所有者等の同意取得など選定申出に必要な書類が整ったので、2010年1月25日付で文部科学大臣へ申出を行った。

昭和56年度~昭和61年度 大分県宇佐風土記の丘歴史民俗資料館 「国東半島荘園村落遺跡詳細分布調査」
平成2年6月   田染荘荘園村落遺跡史跡指定検討委員会設置
    文化探訪フォーラム「田染荘~仏の里の歴史と将来を語る~」開催
平成3年10月   シンポジウム「中世のムラと現代」豊後高田市・早稲田大学
平成4年5月   田染地区区長会説明
平成4年6月   地元説明
平成9年5月   小崎地区より「嶺崎地区担い手育成基盤整備事業に係る要望書」の提出
平成10年10月   大分サマーセミナーより「田染小崎地区の水田景観保存への要望」の提出
平成10年12月   市長交代(現市長)小崎地区をほ場整備することで引継を受ける。
平成11年3月18日   地元より、ほ場整備が地元総意であり、国指定は不可能との通告
平成11年4月   田園空間博物館構想の調査、検討を行う
平成11年6月8日   田染荘整備計画基本構想(案)策定
平成11年8月21日   田染荘整備計画基本構想(案)地元説明、地元同意
平成12年~平成19年   田園空間整備事業
平成19年5月1日   豊後高田市が景観行政団体となる
平成19年11月   文化庁補助事業「田染荘の文化的景観保護推進事業」
    景観保存調査実施
平成20年3月15日   第1回田染荘景観保存調査委員会
平成20年7月18日   荘園の里推進委員会説明会
平成20年8月29日   第2回田染荘景観保存調査委員会の開催
平成20年9月26日   小崎地区説明会
平成21年1月27日   第3回田染荘景観保存調査委員会の開催
平成21年5月1日   第4回田染荘景観保存調査委員会の開催
平成21年7月30日   小崎地区説明会
平成21年8月3日   第5回田染荘景観保存調査委員会の開催
平成21年7月24日   第1回田染荘小崎地区景観づくり検討会
平成21年7月31日   文化的景観保存調査終了
平成21年9月24日   小崎地区説明会
平成21年10月16日   所有者説明会
平成21年12月4日   第2回田染荘小崎地区景観づくり検討会
平成21年12月10日   所有者説明会
平成21年12月16日   豊後高田市田染荘小崎景観づくり条例制定(平成22年4月1日施行)
平成21年12月19日   所有者説明会
平成22年1月13日   豊後高田市田染自治連合会説明
平成22年1月20日   田染荘小崎景観計画策定(平成22年4月1日施行)
平成22年1月22日   田染荘小崎文化的景観保存計画策定(平成22年4月1日施行)
平成22年1月25日   重要文化的景観選定申出
平成22年3月13日   第3回田染荘小崎地区景観づくり検討会
平成22年4月26日   文化審議会へ諮問
平成22年5月21日   文化審議会より答申
平成22年7月(予定)   重要文化的景観として告示

5. 小崎地区の概要  2010年5月14日現在

 戸  数   49戸
 人  口   116人
 高齢化率  51.8%
 農 家 数   15戸(2005年農林業センサス)

6. 今後の取り組み

 千年の時を刻む田染荘小崎の景観を後世に引き継ぐために、ボランティアガイド等の育成を行い文化的景観の保全の必要性への理解をもとめ、地域住民と協力しその保全に努める。

田染荘小崎地区景観保存区域図