【要請レポート】

第33回愛知自治研集会
第9分科会 都市(まち)のコミュニティを再生させる

 民主党政権のもと、地域主権の確立のための施策展開が徐々に進んでいます。一方、豊田市では、2005年4月の広域合併に伴い、その理念である都市内分権の実現に向け取り組んできました。公益の考え方が多様化する中、これまでの取り組みで得られた成果、また新たに見えてきた課題もあります。本稿では、5年間の豊田市の「共働のまちづくり」を考察するとともに、次の5年間に取り組むべき課題について提言します。



共働によるまちづくり
都市内分権の、これまでとこれから

愛知県本部/豊田市職員労働組合・執行委員長 足立 潔重

1. 都市内分権と地域自治システム

 豊田市は、2005年4月、当時の西加茂郡藤岡町・小原村、東加茂郡足助町・下山村・旭町・稲武町の6町村を編入合併しました。その結果、愛知県の6分の1に相当する約918㎞2の広大な市域に、県下2位の約42万4千人(2010年7月現在)の人口を有する都市となりました。この間、1998年には中核市に移行しています。
 一方で、森林面積が市域の約7割を占め、合併前の市域では1,000人/㎞2を超えていた人口密度は461人/㎞2となりました。この数値は、県庁所在都市であり政令市でもある名古屋市の6,920人/㎞2はもとより、同じ愛知県下の中核市である岡崎市の971人/㎞2をも大きく下回っており、全国の多くの地方都市と同様、過疎化、特に2005年の合併で豊田市となった地域において過疎化と少子・高齢化が進行しています。
 こうしたことは、当然合併前にも認識されていたことであり、市民の間でも合併に関して賛否が大きく分かれました。財政基盤の弱い中山間地域を編入することにより、市財政への圧迫や行政コスト増大を懸念する声や、市域が広大になることによる、行政サービスの希薄化に対する不安などが、パブリックコメントにも多数寄せられています。しかし、そうした懸念や不安を押して合併に踏み切った背景には、新しい豊田市のあるべき姿に対する理念がありました。ひとつは、市域を貫流する一級河川、矢作川の流域をひとつの生活圏ととらえ、上流域の農山村と中流域の都市部とが共生し、調和のとれた地域づくりを進めようとする考えであり、もうひとつは、合併する各地域の相違を認め合い、それぞれの個性を活かしつつ持続的に発展していこうという、都市内分権の考えです。
 都市内分権とは、本来市長が持つ権限をより住民に近いところに移し、地域のことを地域で決められるようにすることであり、都市内分権を実現するための理念が「共働のまちづくり」です。共働とは、市民と行政が協力して働くことのほか、共通する目的に対して、それぞれの判断に基づいて、それぞれ活動することも含んで、「共に働き、共に行動する」ことを意味しています。この理念を共通認識とするために、豊田市では2005年9月、「豊田市まちづくり基本条例」を制定しました。そして、共働の理念のもとに、都市内分権を実践していくためのツールとして導入されたのが、「地域自治システム」です。

図1 地域自治システムでできること

2. 地域自治システム推進のための制度づくり

 豊田市では、地域自治システムを推進していくため、以下のとおり制度構築を進めました。

(1) 地域自治区、地域会議の設置
 それぞれの地域において、市民の意見を市政に反映させたり、地域の課題に対し市民が自ら取り組み、解決を図るための、「豊田市地域自治区条例」に基づき、12の地域自治区、26の地域会議が設置されました。地域自治区が都市内分権の受け皿となり、地域会議が地域課題の解決に向けた検討と行政への提言を行います。

(2) わくわく事業
 地域の組織や市民活動団体などが、住みやすい地域づくりに向け、人、文化、自然などの地域資源を活用し主体的に取り組む事業に対し、補助金を交付する制度です。地域自治区には、補助金の交付決定を行う権限が分権されます。2005年度より事業が始まり、2009年度までの5年間で1,186件の事業が実施されています。

3. 地域予算提案事業

 豊田市の共働のまちづくりは、地域自治システムによる制度上の担保の元、わくわく事業によってスタートしました。これは、様々な地域課題に対して、市民自らが考え実行するきっかけづくりの仕組みです。そして、地域の意見を、市の施策に「予算措置」という具体的な形で反映させる仕組みとして新たに導入されたのが、地域予算提案事業であるといえます。
 地域予算提案事業は、住みやすい地域づくりのために、市民の声を的確に市の事業に反映させ、効果的に地域課題を解決するための仕組みです。地域予算提案事業で取り扱う事業は、地域課題の解決や地域を活性化するための事業で、事業の実施にあたっては、地域会議の区域(中学校区)での合意形成を必要とするとともに、地域と行政との役割分担に基づく共働の取り組みを基本としています。地域自治区には、地域会議が地域自治区の事務所の長である支所長に予算案(事業計画書)を提案する権限、予算提案権が分権されます。ここで担保されるのは、あくまで予算提案権であり、実際の予算措置は、その他の事務事業と同様に市の財政担当部門による査定、市議会での議決を経て決定されることは言うまでもありません。
 具体的な事業内容としては、地域の暮らしを守る取り組み(定住対策事業等)、地域内の安全・安心を促す取り組み(地域防犯、防災対策事業等)、地域の歴史、伝統、文化等を継承・活性化する取り組み、健康づくり及び地域の活性化を図る取り組み等が対象となり、逆に市に決定権限のない事項や全市的な計画に沿って決定すべき事項等は対象から除外されます。地域予算提案事業は、2009年度実施事業より導入され、2010年度においては52事業の実施が予定(予算計上)されています。では、わくわく事業と地域予算提案事業の違いは何でしょうか。

表1 わくわく事業と地域予算提案事業の比較 
  
わくわく事業
地域予算提案事業
分権内容
補助金交付決定権 予算提案権
目  的
地域づくりを行う多様な担い手の育成及び地域活動の活性化。 地域の意見を市が行う事業に反映し、地域課題を効果的に解決すること。
内  容
様々な地域課題に対し地域住民が自ら考え実行するきっかけづくりの仕組み。地域会議による公開審査に基づき、支所長が補助事業、補助額等を決定し団体に交付する。 地域課題を解決するための事業の必要経費を事業計画書による提案を通じ、市の予算案に反映する。提案の翌年度に事業計画書に基づき、課題解決のための事業を実施する。
予  算
500万円/地域会議・年 1つひとつの事業の必要経費を積み上げ、全体で2,000万円/地域会議・年を上限とする。
事業主体
地域住民(様々な地域の組織や市民団体など) 行政

 最大の違いは、わくわく事業が用意された予算の範囲内で事業を実施(予算執行)するのに対し、地域予算提案事業は、事業実施に必要な予算額の措置を、事業計画提案の形で求めることです。また、何を地域課題とすべきかをも含めて、地域での合意形成の過程が重要であり、より多くの主体の参画が求められます。
 わくわく事業が都市内分権の確立に向けたある種のトレーニングの場であるとすれば、その結果醸成された「自ら考え実行する」意識が、地域予算提案事業によるスムーズかつ効果的な課題解決につながると考えられます。

図2 地域予算提案事業の流れ 


4. 地域自治システムの効果と課題

(1) 効 果
① 市民の意識
  豊田市においても、生活環境の改善等は行政に対して要望し解決を図るものという意識が、市民にも強く存在していた感があります。また、行政が実施する事業において、住民参加の手法が取り入れられてきてはいるものの、そのプロセスは限られ、「やらされ感」が根付いていたことも事実と言えます。
  しかし、わくわく事業などに実際に携わることで、共働の理念と地域自治システムの仕組みが徐々に市民に理解されてきています。特に生活に密着した身近な地域課題ほど、単に行政に要望するよりも必要な対策に主体的にアプローチできるという感覚が醸成されてきています。
② 多様な主体の参画
  従来の豊田市における地域制度は、地縁組織である自治区と、その集まりであり中学校区単位に組織されたコミュニティ会議を基本として成り立ってきました。豊田市の自治区組織(加入)率は90%近くあり、他の同規模の自治体と比較して組織率が高く、まちづくりに大きな役割を果たしてきたのは事実ですが、地縁組織での意思決定においては、特に新住民や若年層、また女性の意見が反映されにくいのが現状です。
  一方、地域会議は、地縁組織等との連携を図りつつも、多様な主体から委員が選出され、しかも任期も2年(再任は1回のみ)と限られていることから、若年層から女性まで、多様な主体がまちづくりに参画できる基盤づくりができたと言えます。
③ 行政の意識
  共働の理念においては、様々な公益活動について、行政が専属的に行う分野から、市民が専属的に行う分野まで段階を分けて、双方が関与することが求められています。地域予算提案事業は、あくまで地域提案ではあるものの事業主体は行政と定義されていますが、実際の事業実施においては、可能な限り市民参加を確保するものとされており、従来のアンケートやパブリックコメントだけでなく、より主体的な参画手法の選択が求められています。
  豊田市では、共働の窓口として2007年度に新設した共働推進課を2009年度末で発展的に解散しました。また、2010年3月には、従前の豊田市版集中改革プランである「第2次行政経営戦略プラン」を改訂し、これに共働のまちづくりの根幹である「豊田市まちづくり基本条例」の名称を冠し、「まちづくり基本条例戦略プラン」として策定しました。制度面の整備が先行している感は否めませんが、徐々に職員の間にも共働の理念が浸透しています。

(2) 課 題
① 既存の仕組みとのあつれき
  地域自治システムにより、多様な主体の参画が可能になった半面、自治区、コミュニティ会議が地域において果たす役割が大きかったことから、特に地域会議が設置される過程においては、屋上屋を架すとの喩えのとおり、その意味や効果を疑問視する反応が寄せられました。また、都市内分権の出発点である、地域間の相違を認め合いそれぞれの個性を活かすという考えに反し、地域自治システムという画一的な仕組みを当てはめようとするものではないか、といった批判も上がりました。こうした感覚は、現在も、多少なりとも存在していると考えられます。
② 地域間での温度差
  わくわく事業により、地域課題に対して、市民自らが考え実行するきっかけづくりはできました。そして、地域によっては、この流れを地域予算提案事業に昇華させ、地域課題の効果的な解決に結び付けています。しかし、一方ではわくわく事業の内容自体に、地域間での格差が表れてきているとの指摘もあります。当然、課題は地域によって様々であり、課題解決に向けたアプローチも多種多様であるべきですが、事業のスタートから5年を経ても、課題解決に向けた有効な取り組みに向かっているかやや疑問な事業があるのも事実です。
  また、わくわく事業の予算執行について、包括外部監査においても、税金の使途として適切でない事例があることが指摘されており、今後のわくわく事業の在り方に係る議論が提起されてもいます。

5. 都市内分権のこれから~まとめにかえて

 豊田市は、広域合併により面積は中核市全47市中で3位(2009年度現在)と広大な市域を抱える一方、職員数は下から数えて19番目と、中位よりやや少ない水準となっており、職員一人当たりの市域面積は約28.8haとなります。前述のとおり、豊田市の市域の約7割は森林であることもあわせ、地理的な条件は克服しがたく、行政が現場である市民生活の隅々にまで目を配ることは不可能であると言わざるを得ません。IT化などの手法もありますが、セーフティネットとしての公共サービスの維持には、「顔が見える関係」に勝るものはありません。その中で、より地域住民に近いところに権限を委譲し、地域のことを地域で決められるようにする都市内分権は、豊田市のガバナンスを確保するために、避けて通ることのできない道であったともいえます。都市内分権の実践のため、地域自治システムを構築するなど、制度上の整備はこの5年間である程度進みました。また、地域課題の解決に取り組むきっかけとなるわくわく事業は、5年間で1,186事業が実施されるなど、市民の間でも認知されてきています。
 しかし、既に触れたとおり、様々な課題が表面化していることも事実です。その中で、特にこれからの5年間で解消していくべき課題は大きく2点に集約されると考えられます。

(1) 地域間の相違と、都市としての一体感
 地域自治システム以外にも、合併に伴い、地域間の相違を超え、全市一律の制度、基準を当てはめて運用している事例はあります。それはまちづくりの分野にもみられ、例えば旧豊田市以外には存在していなかったコミュニティ会議の仕組みも、地域会議の設置と前後して各地域に導入されました。地域自治システムは、あくまで地域課題解決の手段であり、システム導入自体が目的ではありません。一方で、納税者でもある市民には、まちづくりへの関与も含め、全市一律のサービス水準を求める考えがあることも事実です。
 行政サービスという視点からも、改めて地域間の相違を認めることと、都市としての一体感を確保することのバランスを検証する必要があるのではないでしょうか。

(2) 分権を受け入れる「地域力」「市民力」の醸成
 地域自治システムの課題の項で、地域間での温度差に触れました。当初の目論見では、わくわく事業による、地域課題に対し、市民自らが考え実行するきっかけづくりは、都市内分権のファーストステップであり、3年ないし5年で、制度的には発展的に廃止するとの考えも行政にはあったようですが、現実には廃止は難しく、事例によっては補助金交付に耐えられるかやや疑問なものや、補助金交付を目的に事業を複数年にわたって継続しているものが見受けられるのも事実です。
 都市内分権の確立には、制度構築はもちろん、市民がこれをうまく使いこなしていくことが求められます。これには、行政からの積極的な制度説明、理解活動が必要なことは言うまでもありません。広域合併はひとつの契機となりましたが、豊田市が今後とも都市内分権の先進都市としてまちづくりを推進していくためには、その本当の意味、そして、なぜ豊田市が協働ではなく「共働」のまちづくりを標榜するのかを市民、行政がともに再認識することが重要です。次の5年間で、都市内分権の確立による新たな公益の姿が萌芽することが期待されます。