【自主レポート】

第33回愛知自治研集会
第10分科会 自治体から発信する平和・人権・共生のまちづくり

 国民保護法制定を受け、石川県は2006年1月、県国民保護計画を策定し、さらに計画の実効性を確認するためとして2006年以降3回の実動訓練を実施してきました。石川県平和運動センターはその都度、訓練の中止を求め抗議行動を展開すると同時に監視行動にも取り組んできました。本レポートでは、法律の条文や計画だけでは見えにくい「国民保護」の問題点を、監視行動の取り組みを踏まえて、具体的に明らかにしていきます。



国民保護実動訓練監視行動から見えてくるもの
~ エスカレートする訓練、拡大する問題点 ~

石川県平和運動センター 北野  進

1. はじめに

 国民保護計画は、そもそも武力攻撃事態対処法を上位法とする国民保護法を根拠とするものであって、「国民保護」の名を語りつつ、有事体制の中に住民を巻き込んでいくものです。石川県平和運動センターは2003年の有事3法案反対のたたかい、2004年の有事関連7法案反対のたたかいをはじめ、石川県の国民保護計画策定段階においてもパブリックコメントで計画の問題点を指摘し、策定反対を訴えてきました。
 当時の小泉首相は「備えあれば憂いなし」と繰り返し国会で答弁してきましたが、この発言は2つの意味で国民を誤解させるものでした。1つは、自然災害に対する防災計画と異なり、有事法制は備えがあれば国際関係、特にアジア近隣諸国との緊張関係を高め、かえって日本の危機を招くということです。もう一つは、国民保護計画が有事という万が一の時に備えるものであって、私たちの日常の暮らしとは関係のないと思わせました。
 しかし、国民保護計画を開けばまず記載されているのが「平素からの備えや予防」であり、訓練や啓発活動を通じて、住民の日常生活を意識から変えていくものであることは明らかです。特に実動訓練は、活字が並んだパンフレットの配布や講演会などの開催よりも、はるかに国民保護法の狙いを住民に浸透させるのに適した取り組みだといえます。逆に言うならば、実動訓練の内容を正確に把握し問題点を明らかにしていくことは、ややもすると抽象論に終始しがちな国民保護計画批判を、具体的・現実的な議論に引き戻すことも可能となります。

石油タンク消火訓練

2. 実動訓練の概要

 石川県は計画を策定した2006年を皮切りに、2007年、2009年と3回の実動訓練を実施しました(2008年は図上訓練)。全国的には図上訓練のみで実動訓練は実施していない自治体もある中、3回も実動訓練を重ねてきた県の動きは特異に映ります。能登半島沖の不審船問題や朝鮮民主主義人民共和国のミサイル発射問題などを受け、知事が「備え」に対して非常に熱心だということも一因かと思われます。
 3回の実動訓練の概要は以下の通りです。

(1) 第1回実動訓練(2006年10月29日)
 石川県は計画を策定しましたが、県内各市町は計画策定中の段階です。全国の多くの都道府県は市町村の計画策定を待ち、訓練の実施を見送りましたが、石川県は県単独主催で実施しました。金沢市など県内19市町は協力機関として参加し、一般の住民参加はありません。参加機関は54機関で、617人の参加が予定されました。実施場所は石川県庁と金沢港石油備蓄基地、その対岸にある金沢港無量寺ふ頭、および金沢港内で、半径約600メートル程度のコンパクトな空間です。「全国各地で同時爆破テロが発生する中、金沢港石油備蓄基地内で爆発が発生、炎上。油も漏洩し引火の危険が生じた。その後、沖合で不審船が発見され、無量寺ふ頭では爆発物と化学剤が発見された」との事態想定で実施されました。

(2) 第2回実動訓練(2007年11月11日)
化学剤処理訓練
 県内19市町が計画策定を終えた段階での訓練であり、住民の参加を募り、県と市の連携を確認することが訓練の主眼とされました。参加機関は52機関で、807人の参加予定です。
 実施場所は能登に移り、七尾市内の国家石油ガス備蓄基地、七尾マリンパークおよび七尾港内です。また、住民避難は備蓄基地のある崎山半島の5地区で230人の参加が予定されました。訓練は「全国各地で同時爆破テロが発生する中、七尾石油ガス備蓄基地に対し不審船から攻撃があり、配管に命中、火災が発生。テロリストが上陸した可能性もある。その後、七尾港のふ頭で化学剤が発見される」との事態想定で実施されました。

(3) 第3回実動訓練(2009年11月8日)
 前年はJR小松駅でのテロを想定した図上訓練でしたが、再び七尾市内を会場として実動訓練が復活しました。国が初めて主催団体として参加し、計93機関1007人の参加予定へと大きく規模が拡大しました。
 訓練は「国内でテロ対策の警備が強化される中、七尾国家石油ガス備蓄基地で外部からの侵入者が爆発物を使用、施設の一部が破損し、爆発が発生。七尾マリンパークにおいても化学剤が散布され、多数の死傷者が発生する。その後、犯行グループから犯行声明があり、仲間の解放を求め、さらなるテロの予告があった。また、犯行グループが七尾港に停泊中の船舶に人質を楯に立てこもっていることが判明。備蓄基地近くでは大量の爆薬と化学剤を積載した放置自動車が発見される」とのシナリオで、過去2回よりも危機意識を煽る具体的な事態想定でした。

3. 監視行動の取り組み

 1回目の訓練は、エリアは狭いものの、複数の訓練が同時並行で実施されたため、5班14人態勢で監視行動に取り組みました。訓練開始45分前に集合し、訓練の概要を説明し、監視行動のポイントを伝え、監視行動報告書を渡します。項目は①自衛隊について、②情報伝達について、③参加者について、④避難所や避難車両について、⑤その他、以上5項目とし、記入にあたっては、例えば自衛隊については、人数や携帯する武器、役割など、気付いたことをできるだけ詳細に記入してもらうこととし、また情報伝達や避難所の様子については、「テロリスト」や「テロ」行為の具体的な伝え方なども記載するよう求めました。また、可能ならば参加住民の感想なども聞いてもらうこととしました。
 2回目、3回目については、チェック項目は基本的には同じですが、訓練スケジュールが大きく2段階に分かれ、前半は備蓄基地での事件発生と住民避難、後半は七尾マリンパークに移動しての避難所設置訓練や海上警備訓練となりました。したがって、監視行動班は前半の訓練については避難所毎に分かれて取り組み(2回目は11ヶ所、3回目は15ヶ所)、後半は全員が七尾マリンパークに移動し、各訓練を順次監視していくこととしました。

至るところに銃を携行した自衛隊員がいる

4. 明らかになった問題点

(1) 第1回実動訓練 ~ 街中に登場した自衛隊 ~
 訓練実施要領を見る限り、自衛隊の登場場面は避難車両の先導(陸上自衛隊)と漂流者救助訓練(航空自衛隊)です。ほかに対策本部と現地調整所にも配置することになっていますが、「テロリスト」の捜索で駆け回るわけでもなければ、さらなる「爆破」に備え、備蓄基地一帯を警備するわけでもありません。防災訓練との違いが不明確な訓練となるのではないかと予想をしていました。
 ところが訓練会場に入るや、どこを向いても銃を携行した自衛隊員の姿が見えます。まさに「街に現れた軍隊」です。しかも、訓練全体を通じて厳密なストーリー性は追求せず、狭い空間に次々と「テロ」を想定した訓練を展開していくため、自衛隊の登場の有無は別にして、参観する市民に対し「テロ」に対する危機感や、近隣諸国への恐怖心・敵対心を煽る一大イベントとなりました。主な問題点を列挙します。
① 危機意識の煽動
  コンビナート災害を想定し、大型高所放水車やはしご車をつかった迫力ある消火作業からスタートし、海難救助や化学物処理、爆発物処理などの訓練が繰り広げられますが、いずれも地域防災計画や石油コンビナート等防災計画などで訓練している内容です。また、不審者や不審船の対応は従来から警察や海上保安庁が担っています。あえて国民保護計画を適用しなければならない訓練ではありませんが、それぞれの事象の前提として「テロ」を想定させることによって、市民の危機意識は確実に煽られていきます。事故による化学剤処理と「テロ」による化学剤処理は、参観人の目からは違って見えます。その狙い通り、訓練終盤の海上警備訓練では海上保安庁の巡視船と巡視艇が「不審船」を追跡、停泊させ、「不審者」を逮捕しますが、銃を装備した巡視船を見て、参観者からは「撃ってしまえ」の声が上がります。
② 自衛隊の登場自体が目的化
  個々の訓練内容をみれば、自衛隊がいなければ実施できない訓練はありません。「テロ」の恐怖を煽り、自衛隊を街中に登場させ、「テロリスト」から住民を守る存在として自衛隊を印象づけることが大きな目的となっていることは明らかです。
③ 軍民分離の原則違反
  消防団関係者が参加した「住民避難」は、大型バス4台による移動でしたが、うち2台は自衛隊の軽装甲車が前後について警備・誘導します。自衛隊を登場させたいがために、ジュネーブ条約第一追加議定書に定められた軍民分離の原則に違反し、住民をかえって危険にさらすシナリオとなっています。

 
爆発物処理訓練
バスを先導する軽装甲車

(2) 第2回実動訓練 ~ エスカレートする軍事行動 ~
避難所近くで待機する軽装甲車
舞鶴から参加した「PGはやぶさ」
 2回目の訓練は、七尾市が主催団体として加わり、はじめて一般の地域住民が参加しての実動訓練となることが最大のポイントです。住民への広報や避難所への集合の様子、避難所の受け入れ態勢、さらに避難所から七尾マリンパークまでの移動も含め、監視班が張り付き、その様子をチェックしました。
 全体を通じて、1回目の訓練で指摘した問題点がさらに拡大したのみならず、法案の審議段階や計画の策定段階で危惧してきたことが、住民参加の中で現実に起こっていることが確認されました。主催者側は訓練実施によって計画の実効性を確認したかもしれませんが、私たちは監視行動を通じて、この間主張してきた有事法制や国民保護計画の問題点や危険性に確信をもつことができました。以下、主な問題点を列挙します。
① 地域住民を巻き込んだ有事訓練
  参加予定の230人がほぼ予定通り参加しました。有事訓練への初の住民参加です。指定された11ヶ所の避難所のうち、1ヶ所は海上から船をつかっての避難、その他はバスを利用しての陸上避難ですが、避難所によっては避難指示の放送前からバスに乗り込み待機している姿も見られます。当然ながら緊張感はありませんが、「テロ」発生を伝える放送が次々と流れ、万が一に備えた訓練も必要との雰囲気を高めていきます。三室地区の3ヶ所の避難所からのバスについては自衛隊の軽装甲車が前後について誘導します。武器を携行した自衛隊員は見られませんでしたが、前回の訓練で指摘したジュネーブ条約第一追加議定書との関係は無視したままです。
② 自衛隊の登場場面の拡大
  参加隊員数は41人から51人に拡大し、前回実施された航空自衛隊小松基地救難隊の海難救助は県消防防災航空隊に変更となりましたが、新たに海上自衛隊舞鶴地方総監部からミサイル艇「PGはやぶさ」が海上からの住民避難を誘導するということで参加、化学剤の処理も前回は消防署が担当しましたが、今回は陸上自衛隊の登場です。「PGはやぶさ」は1999年の能登半島沖不審船問題を受けて建造された高速ミサイル艇で、最新鋭の装備が搭載されていますが、舞鶴から七尾港までは約4時間を要し、住民の避難誘導に利用するには非現実的です。自衛隊PRのための参加が一目瞭然です。石油コンビナート災害は地震なども含め様々な要因で起こりうるものであり、住民避難を含めた対策を万全にすべきことは言うまでもありませんが、それは都市災害の対策の充実で対応すべきです。無理やり国民保護計画を適用し、自衛隊を市民社会に引き出そうとしているとしか見えません。
③ 露骨な武力行使
  訓練の最終盤、海上保安部の巡視艇2隻とヘリが参加しての海上警備訓練が行われました。「テロリスト」が乗船していることを想定した「不審船」を七尾港の沖合で発見、空と海から岸壁方向に追い詰めていきます。そして多くの参観者が見守る目の前で、前後から発砲を繰り返し、逃げ回る「不審船」はやがてエンジンから火を噴き、「テロリスト」は旗を掲げ停船します。映画の1シーンを観ているような展開に参観者は驚き、中には歓声を上げる人もいます。しかし、逃げようのない船を銃撃するというシナリオが海上保安庁法に照らして果たして妥当かどうか、さらに言うならば、石川県国民保護計画は住民の保護措置を的確・迅速に実施するための計画であり、このような海上保安庁の「捕物帖」をなぜ盛り込まなければならないのか疑問です。「テロリスト」は逮捕ではなく武力で制圧という軍事優先思想を市民社会に浸透させようという国民保護法の狙いが露骨なまでに現れた訓練でした。


「不審船」を逃げ場のない港の奥に追い詰め、挟み撃ちにする中で銃撃戦を展開する


自衛隊による化学剤処理訓練
東湊小学校体育館
子どもたちの姿も見える

(3) 第3回実動訓練 ~ 過去最大規模で問題も拡大 ~
 七尾市で2回続けてとなる実動訓練であり、はじめて国(総務省消防庁、内閣官房)が主催団体として加わりました。参加機関が増え、住民参加も拡大したことにより、第2回実動訓練で指摘した問題点がさらに拡大した訓練でした。以下、新たな問題点を列挙します。
① 国への権限一元化
  主催団体に加わった国は、訓練内容の検討段階から自治体に対し詳細な指示を出していきます。住民保護の総合調整は自治体の役割という国民保護法の建前を否定し、有事法制の狙い通り、指揮命令系統の国一元化を徹底させることを狙った訓練でした。
② 総動員体制的訓練
  前回の52機関から倍近い93機関の参加へと大幅に拡大しました。マスコミ、通信、運輸、医療関係機関などが新たに増え、住民組織も巻き込んだ総動員体制的訓練に向かっていることが確認できます。
③ 住民参加の拡大・強要
  前回の230人を大きく上回る400人を目標に参加者を募る方針が示されました。避難区域も拡大され、避難所も3ヶ所増え14ヶ所となりました。参加拒否を訴えた私たちのビラもあり、監視行動班の集計では前回並みの参加者数にとどまった模様ですが、地域社会の人間関係の中で、参加を事実上強要された人もいます。
④ 七尾港の重点活用
  石川県国民保護計画に記載された県内の主要施設は空港や原子力発電所など23あり、県内各地に分散しています。「国民保護計画」の是非を別にして言うならば、施設の重要度や施設に応じた訓練内容を考慮し、県内各地を順次回って訓練を実施するのが常識的な行政の対応だと思われます。七尾市内では2007年に陸上自衛隊の街中での徒行訓練も強行されており、重要港湾である七尾港をテロ対策の拠点としていこうとする思惑が感じられます。
⑤ 学校施設の利用、子どもたちの参加
  七尾市立東湊小学校が避難施設として使用されました。自衛隊が校内に入ることはなかったとはいえ、自然災害での避難施設としての利用とは全く意味合いが違い、子どもたちを戦闘行為に巻き込むことにつながる重大な動きです。また、今回の訓練では、各避難施設あわせて5~6人の子どもたちの参加が確認されています。休日で保護者に連れられての参加とは思われますが、平和教育推進の観点から許されることではありません。

5. まとめ

 ほとんどの自治体が国民保護計画を策定し、昨年度までに全都道府県で何らかの形で訓練が実施されました。計画の存在自体もちろん問題ですが、実動訓練の実施は図上訓練と違い、自衛隊が街中に登場するかどうか、そして住民を巻き込むかどうかの2点で大きな違いがあります。ここに実動訓練を実施する側の大きな狙いが潜んでいます。私たちが監視行動を実施し見えてきたものは、「国民保護」という表現のまやかしであり、日常生活の軍事化、軍事優先思想の浸透です。実動訓練の実態を知り、情報を共有化する中で、あらためて全自治体が国民保護計画を検証すべきです。そして、住民の生命、財産、暮らしを本当に守ることができる平和行政を地域から構築していかなければなりません。