【自主レポート】

第33回愛知自治研集会
第11分科会 地域における教育コミュニティづくり

 自治研地域教育作業委員会・「自治労の地域教育改革・16の提言」の成果を次につなげたい、との思いのもと、作業委員会で得られた人的ネットワークを一つのきっかけにして誕生した「公教育計画学会」。その設立意図と活動経過を紹介し、研究者と自治体労働者との協働による「リアリティのある自治研活動」について、一つの視点を提供したい。



研究と実践の有機的な関係構築をめざして
~「公教育計画学会」の設立~

大阪府本部/大阪市職関係労働組合・教育支部 戸倉 信昭

1. はじめに

 筆者は、社会教育の専門職(図書館司書)として1996年に入職し、公共図書館で窓口対応、調査相談、選書、図書館システムの維持管理などの専門業務に携わってきた。2008年4月、学校図書館支援業務をはじめとする業務ラインの新設にあわせて、教育委員会事務局(本庁)の指導部に異動となり、現在に至る。市民対応もある事業所の現場から学校教育の指導担当セクションに移ったことにより業務内容が一変した、ということもさることながら、指導主事(教員)に囲まれて働くという環境が筆者にもたらしたことは、社会教育と学校教育の接点を考えるうえで、実に大きいものであった。
 時期を同じくして、「自治労自治研地域教育政策作業委員会」のメンバーとなり、研究者や、学校事務、学校用務、学校給食の仲間とともに、教育政策を俯瞰しながら課題整理するという機会に恵まれた。普段接する機会の少ない職域の仲間や研究者との議論は刺激的であり、職場を移ったということとあわせて、筆者に新たな視点を提供してくれるものとなった。
 作業委員会は、2009年8月の「自治労の地域教育改革・16の提言」の発表をもってお役ご免となったが、せっかくできたつながりを絶やさず、発展させていきたいという思いが一つの原動力となって、2009年9月に「公教育計画学会」が設立された。本稿では、「公教育計画学会」の設立趣旨とその後の取り組みを紹介しながら、学会・研究者と自治体労働者との関係について考察したい。

2. 「公教育計画学会」の設立とその活動

(1) 自治労と「教育政策」
 自治労に属する教育関係労働者は、職域でみれば学校教育と社会教育、それに教育委員会事務局(本庁)に大きくわかれる。学校には、学校事務職員、学校用務員、給食調理員など、社会教育には、社会教育主事、公民館職員、図書館司書、学芸員など、そして本庁には行政事務職員が、それぞれの仕事に従事している。
 それぞれの職種・領域ごとの自治研活動は比較的活発で、学校事務協議会や現業評議会、大都市共闘教育部会などの場で、情報交換や学習活動が行われている。作業委員会のメンバーも、それぞれの職種・領域で中心的立場を担っている人が集まる形になった。
 ただ、学校事務・学校用務・学校給食などの学校教育関連職員は、教職員組合が組織している自治体もある。また、「教育政策」というとまず思いつくのは学校教育であり、連合にあっても、教育政策は日教組、というイメージが色濃いのではないか。さらに、指定管理者制度の導入に伴って社会教育関係で本務職員が関わる職場が大幅に減少している。こうしたことから、自治労において教育政策が中心的課題になりがたい傾向があることは否めない。
 このような状況下で、1996年、教育政策への主体的な政策提言を目指して、地域教育政策検討委員会が自治労に設置され、地域教育政策作業委員会への改編を経て、自治労の教育関係職場の組合員と研究者の共同作業として、政策形成が進められた。座長には、嶺井正也・専修大学教授を迎えた。2年半の議論を経て、1998年10月の米子自治研で、作業委員会報告「地方分権を徹底し、地域の市民参加で教育を創ろう」を発表、次いで同年12月、「教育を地域に取り戻すために・15の提言」を発表するに至った。
 米子自治研で発表された報告書の冒頭には、嶺井座長の言葉として、作業委員会の意義を以下のようにまとめている。
 まさに地方分権が政治、行政面での中心的課題になったこの時期に、自治労として一定のまとまりのある政策提言をすることができたのは、大きな意味を持つといえよう。その意味は先ず自治労内部での関係者のネットワークづくりの過程上の成果という点にある。自治労に結集する教育・文化・スポーツ関係の行政に関わっている自治体労働者が、それぞれの枠を超えて集まり、従来の運動方針をお互いに検討しつつ、まとまりのあるものを創ることを可能にしたのである。第二には、くらしのなかの教育・文化・スポーツという営みは、本来、市民の自治として行われるべきであるという基本的な問いかけを自治労が行政関係者や市民に広く訴えることを可能としたという点にあるのではないか。この点では、まさに自治労の自治労たるゆえんを確認することでもあったであろう。 

 提言は、市民自治に基づく教育コミュニティー作りを視野に、学校協議会・地域教育協議会の設置など、先駆的な内容となった。報告書や提言は、関係各職域で共有化されたり、学習活動が進められたりすることで、職場自治研の深まりに一定の役割を果たした。
 その後の状況の変化は激しく、官から民へという号令のもと、教育関係職場も例外なく改革の波にさらされた。職種・職域は、それぞれの業務の意義、位置づけの再定義を迫られる状況にあった。そこで、「15の提言」の改訂作業という形で、自治労の教育政策を再度議論する場が必要との意見を、学校事務協議会、大都市共闘教育部会がそれぞれ本部に提出、それを受けた形で2007年11月、自治研地域教育政策作業委員会(第二次)が設置された。座長には、前回作業委員会にも関わった、田口康明・鹿児島県立短期大学教授を迎えた。
 作業委員会は、前回提言の内容を精査再検討する形で、各職域の現状を踏まえた議論を進め、1年半の議論を経て2009年8月、「自治労の地域教育改革・16の提言」をまとめた。教育は、まちづくりやコミュニティー政策など自治体のさまざまな課題が絡み合っている、いわば自治体の「総合政策」であるべき、という基本的な視点で、あらためて学校協議会・地域教育協議会の設置を提言したり、学校施設・職員の地域での活用、地域課題解決のための学びを提供する社会教育の意義付けなどを盛り込んだ。もちろん、提言内容のすべてが同じペースで進むとは思えないし、自治労内でも、連合加盟組織間でも、簡単に意見の一致を見ないような内容(義務教育費国庫負担制度の廃止など)もあえて盛り込んだが、それは、幅広い議論のきっかけにしてほしいという願いからのことであった。ちょうど政権交代と機を一にし、その内容の具体化に、作業委員は大きな期待を抱いた。

(2) 公教育計画学会の設立
 さきに引用した1998年と同様、内容的な成果物もさることながら、職域や立場を超えた人的ネットワークが形成された、ということが、作業委員会の大きな成果であると筆者は感じている。他の作業委員も同様ではないだろうか。議論が深まるにつれ、自治労の内部には、教育に関わる政策課題を継続して議論するチャンネルがないということが話題になった。作業委員会の最終回には、その思いを組織として実現できるかどうかが論点となったが、例えば「教育評議会」のような新たな横断組織の設置は困難との見通しが示され、「農ネット」のような、自主的なつながりを模索するという流れになった。
 一方で、作業委員会の前座長の嶺井教授を中心としたグループでも、「発信型の学会」の設立を模索する動きがあった。研究から得られた問題意識を、いかにして状況の改善に結びつけるか、ということである。
 作業委員会のように研究者とのつながりを絶やしたくない、また、自治研活動に対するアカデミックなアプローチをあわせ持ちたい、という自治体労働者側の思いと、社会との接点が必要であるという研究者側の思いとが合致するかたちで、2009年9月、「公教育計画学会」が設立された。

「公教育計画学会」設立趣旨  2009年9月27日
 日本の政治に大きな変動がおき、政権交代がなされました。これまで日本の公教育を枠付けてきた理念、制度、政策を大きく改善する機会が広がるものと思われます。
 この間、日本の公教育は集権的な体制のもと、能力主義や市場原理主義による差別と選別、競争と分断の教育が推し進められ、他方で、国家主義による教職員管理、さらには子どもへの統制が強化されてきました。そのため、教育現場にはさまざまな課題が山積するようになっています。
 もとより、こうした教育をめぐる問題状況は教育政策だけの問題ではなく、近代公教育制度それ自体に深くかかわる構造的背景に由来する面もあるでしょう。さらに、近年、とくに顕著になってきたグローバリゼーションの進展により、この問題は一国だけの問題ではなく、相互につながりを持つようになり、世界規模の政治的経済的構造の影響を受けて、一層複雑な諸相を示すようになってきています。
 しかし、日本の公教育を大きく転換することのできるこの時期に、近代公教育制度のもつ基本的な問題をみすえながらも、今日の公教育を少しでも改善し、子どもを含む市民が自立と共生に向かう力や関係性を獲得できるような学校教育や社会教育を実現したいと考えました。そのためには私たちは公教育を「教育の私事性」の再編としてではなく、人間存在の共同性に由来する「共同の子育て・教育」としてとらえます。
 この公教育の理念を実現するため、地域教育計画や地域からの教育改革、そしてそれを可能とする国家的枠組みを理論的、実践的に研究し、政策提案として発信できる行動的な集まりとして「公教育計画学会」を創立することにします。

創立総会参加者一同

 以上のように、公教育計画学会のいちばんの特色は「政策提案型」「社会と関わりを持つ学会」ということである。実際に、学会メンバーは、研究者をはじめ、現職の教員、作業委員メンバーを含む自治体労働者が多数名を連ねている。設立経過を踏まえ、学会理事会には中村文夫氏(埼玉・学校事務)、そして筆者の、2人の自治体職員も参画している。
 活動は、他の学会と同様、年1回の総会・研究大会の開催、学会誌の発行のほか、時宜に応じた政策提言を実現するために、理事会を中心として要所要所での声明・アピールの発表をWEBを通じて行っている。日常的には、定期的なニューズレターの発行、メーリングリストによる情報交換と議論がなされている。
 これまでのおもな活動は以下の通りである。
 2009.09.27 第1回大会・総会 「新政権の教育政策に望む」アピール
 2009.10.21 「全国学力・学習状況の見直しに賛同」(声明)
 2009.12.10 「高校等の授業料無償化について」(声明)
 2010.02.13 研究部会の開催(「教育の地方分権と地方自治」「学校財務・職員・事務」部会合同)
 2010.02.23 インクルーシブ教育を推進する議員連盟発足
 2010.03.01 「インクルーシブ教育を推進する議員連盟に期待します」(声明)
 2010.03.07 「高等学校等就学支援金の支給対象から朝鮮高等学校を除外することに反対します」(声明)
 2010.05.22~23 第2回大会・総会
 2010.06.30 学会誌「公教育計画研究」第1号発刊

(3) 研究者と自治体労働者との協働~リアリティのある自治研活動への視点
 自治研集会の助言者や、組合の政策顧問など、研究者・学識経験者と自治体労働者との関わりは特に珍しいことではない。しかし、「公教育計画学会」のように、実社会と積極的な関わりをもつというミッションを標榜して、自治研運動と連動した位置づけを持つ学会はあまり類を見ないと考える。
 自治体労働組合、あるいは行政にとっては、普段の仕事を客観的に位置づけたり、止まってじっくり振り返ったりする機会がなかなかないというのが実情ではないか。とりわけ、行革による歳出抑制、人員削減という、いわば財布の事情を最優先に自治体政策が決まっていくような昨今の情勢のもとではなおさらである。自分たちの足元を固めておくという意味からも、常に全体情勢や最新情報を把握しつつ、現在の方向性が正しいのかどうか、より前進させるためにはどうすればいいのか、客観的な指摘がほしいところである。われわれ現場労働者の思いをまとめ、論点を整理し、発信できる形にまとめ上げるというのは、研究者との協働ならではのことである。
 研究者にとっても、現場の多様な実情に触れることができ、現場ならではの情報がリアルタイムで得られるというのはメリットである。
 さらに、政策提言・アピールを、一定の社会的ステータスを持ちうる「学会」という組織形態から発信することによって、その内容の浸透度も増すと期待される。
 こうしたことから、公教育計画学会のような研究組織は、研究者にとっても自治体労働者にとっても、Win-Winの関係であると言えるのではないだろうか。
 筆者の学会との関わりを垣間見ていただくために、筆者が2010年5月の研究大会で行った「研究部会報告」の記録(学会ニューズレターに掲載)を再録することとする。

(5) 社会教育・生涯学習 戸倉信昭(大阪市教育委員会)
   教育基本法(2006.12)における「生涯学習の理念」の追加をはじめとして、社会教育・生涯学習の活性化、必要性には国も政党も一致して言及している。しかし、図書館や公民館の設置運営を実際に担う地方自治体は、財政状況の悪化を理由に「不要不急の(必置規制のない)」社会教育・生涯学習への予算を減額し、民間委託による不採算部門の切捨てを進めるなど、国レベルの言説とは裏腹な状況が続いている。各自治体においても、歳出抑制が至上命題の経営当局と、現場を持つ部局との発想のベクトルは正反対である、といっても過言ではない。
   民間委託化や、職員の臨時・非常勤化により、安定的・継続的な雇用のもと、職能や専門性を身に付けたり、働きがい(ディーセントワーク)をもつことが困難になってきている。このことが、自治体内の政策形成能力を低下させ、特に生涯学習関連施設の運営について、民間に頼るしかない状況につながりつつある。
   このような状況を克服するため、教育行政における「ネットワーク型の政策形成」を追求すべきである。財政・人事などの都市経営を担当する部局(職員)と、社会教育専門職員(広く教育行政という視点に立てば、学校の教職員をも含む)などの現場職員とが、政策形成において同じ土俵で議論し結論を得ていくことで、政策の目的を明確化する。また、専門職の職能を地方行政全体に顕在化させることで、職種間の連携を図っていくこともできる。
   自治労「地域教育改革・16 の提言」(2009)は、社会教育・生涯学習は「まちづくりにおける住民参加のしくみのひとつとして捉えなおすべき」とし、専門職をはじめとする職員については、市民協働の立場に立った公務労働の職域を「経験的専門性」という観点から再認識すべきだとした。教育行政の課題を多角的に捉えた議論が必要であり、そのための職員のエンパワーメントが求められる。 

3. おわりに

 再度の指摘となるが、役所の政策の決まり方が、「必要性や重要性は理解するが、金がない」といった、理論とは別の尺度で決まっていく状況である。筆者の所属でおきているような、2,800億円を上回る生活保護費が財政破綻を招きかねないといった、一自治体では解決し得ない問題も山積している。教育政策も、教職員の人事権や教育費の公費負担の問題など、住民に近い自治体労働者の問題意識を全体化していく取り組みが今後より一層求められる状況といえる。
 民主党中心の政権になってから1年余り、参院選敗北により政権基盤は不安定になっている。政策が依然流動的であり、対立軸としての野党自民党やとりまくメディアがより右傾化している状況もある。そのような中、「16の提言」で掲げた事項をどう議論のテーブルに載せ、実現に近づけるか。地域によって実情が異なる中で、ナショナルミニマムをどこで線引きするか。新自由主義的発想を克服し、「公教育」が果たすべき役割をどう位置づけるべきなのか、悩ましい問題は尽きない。
 現場は、評論家的な指摘は要らない。いわゆる「改革」がかつてないスピードで進んでいく中で、いま、どうすべきか、というスピード感と、地域・自治体の課題解決力を高める行政の確立という視点が、自治研活動にも求められているのではないか。
 「公教育計画学会」の試みは始まったばかりである。研究者・自治体労働者の幅広い参画を得て、運動の裾野を広げていく必要があると考えている。

公教育計画学会ホームページ  http://koukyouiku.la.coocan.jp/