【論文】

第33回愛知自治研集会
第11分科会 地域における教育コミュニティづくり

 現在、「食育」はブームといわれ、また、国を挙げての国民運動と位置づけられてもいます。しかし、ここまでさまざまなところで行われている「食育」は実際、何のために、誰のために行われているのか分からないところもあります。この現状を省みて、少しでも「顔」の見える活動となるにはどうしたらよいのか、考えたいと思います。



自治体として築く食育の可能性


新潟県本部/魚沼市職員労働組合・執行委員 佐藤 清隆

1. はじめに

 これまで、さまざまなところで「食育」が取り上げられ実践されていますが、果たしてこれが誰にでも理解できるものとなっているのか、そして、本当にこれが子どもたちのためになっているのかと考えると少なからず疑問が生じます。また、「子どもたちのために」と現業職員をはじめ、自治体自らが住民へ強く訴えるための有効手段となるはずの「食育」が、実際には自治体職員自体何をしていいのか分からず、今ひとつ結果につながらないようにも感じます。今回は私たち魚沼市の現状も踏まえた中で、この「食育」とは何か検証していきたいと思います。

2. 何をもって「食育」とするのか?

 そもそも「食育」とは何であるのか。ここから始めていきたいと思います。食育基本法(2005年6月制定)によると、『生きる上での基本であって、知徳、徳育及び体育の基本となるべきものと位置づけるとともに、様々な経験を通じて「食」に関する知識と「食」を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てる食育を推進する。』と謳っています。この法を基に各担当課や栄養士、そして調理員が日々努力していることは認めます。しかし、いろいろな講演や資料を拝見しても、この法律が余りにも抽象的すぎて、伝える側もしっかりとした要点を得ることができないでいるように思えます。本来「食べることの大切さ」を伝えるのにここまで難しくする必要があるのでしょうか。根本はもっと簡単に表され、またそうでないと子どもたちには正確に伝わりません。
 私は、「子どもたちには最初に食事の楽しさを教え、最終的には食べることの大切さを伝える。」ことだと考えます。この最初のステップがなければ、どんなに栄養面に気を遣い、健康面に配慮し、マナーを教え、地場産や郷土食を伝えても、これをどこまで育ち盛りの子どもたちが受け止めてくれるのかは分かりません。食の楽しさや大切さを伝える工夫、たとえばそれは「塩分の摂りすぎは悪い」というのではなく、「塩の使い方」を教えることであり、また「糖分が体に悪い」というのではなく、「砂糖の食べ方」を指導していくといった工夫が必要なのです。そして、自治体職員がその魅力を伝えるためにどう工夫していくのか。また、その手法を使うことで地域にどのような発展をもたらすことができるのか、これらを行うことによって私たちの存在意義を示すことができるのです。

3. 自治体として関わる「食育」とは?

 それでは、どのようにして自治体は「食育」に関わっていけばよいのか。それは前段にも書いたように、ひとつは子どもたちに伝えていくこと、もう一つは地域化を活性させることにあります。そして、この二つを行う上で重要となっている点が「継続性」と「奉仕精神」であります。これは公務員だから、また自治体職員だからできる重要な要素であり、活かされた特性でもあります。「利益を求めない市民サービスの提供」から表される公務員の二つの特性なくしては、いくら「子どもたちのために」と謳ってもそれは全く味気ないものとなってしまいます。ひとつ例に取りますと、大阪府が行っている高校生を対象とした「職の教育」(現 大阪進路支援ネットワーク)は、この景気悪化の社会情勢を踏まえて立ち上げた橋本知事肝いりの政策だと伺っております。このように、住民ニーズに答えることのできる柔軟な企画力と利益を求めない行政だからこそできる継続性によって、自治体から子どもたちへ新たな方向性を示すことができるのです。
 それでは、自治体が「食育」に関わるには、具体的にどのようにしたらよいのか。こちらに関して有効的な実践例として高知県南国市の取り組みが挙げられます。
 南国市では、活力ある南国市を目指し「食育のまちづくり」を推進するために、2007年に「南国市食育推進計画」を策定し取り組んできました。そのなかのひとつに「地元米にこだわった米飯給食の実施」があり、こちらの事例を参考とさせて頂きます。
 この「地元米にこだわった米飯給食実施」という取り組みでは、地産地消・産直緊急推進事業助成金を利用して電気配線工事を行い、各クラスへ電気炊飯釜ごと配食することで常に炊きたてのご飯を提供するというものでした。こうすることで子どもたちは炊き上がったご飯の匂いをかぎ、ふたを開けると熱々の(冬であれば白くなった)湯気を目にし、ふっくらしたご飯を配食することで炊きたてを感じることができるなど、食べるまでに彼らの五感へ十分に訴えることができ、それによって子どもたちの残食が少なくなったという結果が出ました。また、そうしたことで子どもたちの「食」への意識が高まり、そして、何より子どもたちに笑顔が多くなったそうです。また、このことにより米の需要が高まり、中山間地にある休耕田の棚田に学校給食米を栽培させ農家へ生活の保障を作っただけでなく、子どもたちが給食米の棚田に入り、田植えや稲刈りなどの農業体験や農家との交流などがなされたことで、子どもたちの食と農業の関心を促す役割になったともいわれています。
 このように、行政が有している特性を活かすことで「子どもたちの教育から地域の活性化へ」とつながるサイクルが生まれ、継続されていきます。そして、こうした実績を生み出さなければ、それは単なる思い出作りで終わってしまい、自治体としての食育活動とはならないのではないかと考えます。

4. 魚沼市として何ができるのか?

 魚沼市が実践していかなければならない「食育」とはどのようなものなのか。その前に魚沼市の地域の特色に目を向けてみたいと思います。
 魚沼市は周りを魚沼三山に囲まれ、その間を流れる清流魚野川により古くから水が良く、そのため全国でも有数な米所であります。地元の特産品といえば魚沼産コシヒカリとなりますが、しかし、これに代わる特産品をなかなか作り出せないでいるのが現状です。山菜やキノコ、そして八色スイカなど地元の名産は生産され、また新たに特産品を作ろうと農協や農家の方々の努力もうかがえますが、まだこれが決定的な形とはなっていません。
 まず、魚沼市が始めなければならないことは、現状の認識と地域課題の掘り起こしだと思います。それは良いことも悪いことも知ることのできる「地域の発見」となります。魚沼の土地を知り、自然でも産業でも食べ物でも私たちが胸を張って紹介できるものでなければ子どもたちに伝えることはできません。また、現状を把握し魚沼市にとって何が必要なのかを認識することは今後の市の発展に欠かせないものとなります。
 2010年3月、魚沼市でも国や県が定めた健康づくり計画の一環に食育を取り入れ、「健康うおぬま21・食育推進計画」を策定しました。冒頭、市長の挨拶では『健康の基礎ともいうべき、栄養・食生活の改善につきましては「食育基本法」に基づいて教育や産業の分野との連携により「食育」を推進していくことも求められており、(中略)「魚沼市食育推進計画」を包括する「健康づくり計画」として策定いたしました。』と述べています。この計画の委員は医療機関や保健所、農政機関や各NPO団体、一般公募者と行政などで構成され立ち上がりました。現在、委員会としての活動は、健康づくりに関して国や県が定めた目標数値を示すことで市民に関心を持ってもらうこと、そして、今まで行っている事業の見直しと新事業の検討、さらに各関連部署や機関との連絡調整をいかにするかが話し合われています。まだスタートしたばかりのこの機関が具体的な活動を行うのはこれからだと言えます。
 では、具体的にどのようにしていけばいいのか。私は、「食育」を本気で「教育」として実践していくのだという覚悟が必要だと思います。その上で先に述べた「地域の発見」と「食育推進計画」を結びつけていき、私たちは子どもたちに向けて魚沼市独自の哲学を発信していかなければなりません。そして、「食べることの楽しさを伝え、次に大切さを学ばせる」ことで子どもたちに「食」への関心を向けさせることだと思います。
 基本的な考えとして、
① 味 覚 の 学 習:味覚を通して感性を磨く。具体的には判断力と表現力を育てる。
② 季節のサイクル学習:魚沼の旬の食材、特産品を学ぶ過程から魚沼の気候、地理、地形、農業や産業にまで発展させられるような学習
③ 食材のサイクル学習:地場産野菜の集配システムを確立し、安心、安全な野菜を給食で提供し、残飯処理まで指導する中で環境を考えさせる学習
④ 自然のサイクル学習:有機農業など自然に優しい環境作りから、魚沼の自然を活かした里山型循環社会の形成を目指すことで生きる力を学ぶ学習
 この4点が挙げられます。注意すべき点は、
 ・授業の一環として行い、時間や場所の枠を設けること。
 ・そのための組織だった専門家をつけること。
 ・給食を実践の場とし、必要な設備、人員を配置すること。
 ・各現場の連携を密にしたプロジェクトとして活動すること。
などが挙げられます。
 この基本的な考えを基にして、子どもたちへ「食の魅力」をどう伝えるか、また、具体的にどう行うのかを食育に携わる私たちが協議していかなければなりません。そして、皆で作り上げたその哲学を子どもたちへ発信することで、「生きた教材」として行う食育が持つ本来の教育力が活かされるのだと思います。

5. 最後に

  私の意見も含めこのように書いてきましたが、改めて省みれば当たり前のことしか書いてないようにも思えます。しかし、昔であれば当たり前であったこの「生きるすべ」も、私たち現代人は文明の利器により忘れ去ろうとしています。私たちは今、その知恵を取り戻し、子どもたちへ伝えていかなければ、自分の健康だけでなく私たちの環境にも、そして、子どもたちの未来までも壊されていくのです。
 私の住む魚沼市では「食育事業」が始まったばかりです。豊かな自然に囲まれた魚沼市は「食育」に活かせる宝物がたくさん眠っているはずです。市民みんなのほんの少しの行動と努力でそれを掘り出し、子どもたちへ伝えることできると思います。
 今後の魚沼市の食育活動が他の市町村に向けて発信できる活動となったとき、初めてそれが子どもたちへ届いているのだと思います。