【自主レポート】

第34回兵庫自治研集会
第1分科会 「新しい公共」と自治体職員の働き方

なにげない日常から生まれた発見。
         自分たちの進むべき道を模索した日々。
                 一歩を踏み出すことの難しさ。
                   ―― 自ら考え動くことが、すべての始まりだった。 ――
 


自分たちの役割とは何か
~お客様の笑顔を求めて~

愛知県本部/自治労名古屋市連合労働組合・土木支部 後藤 智紘・鈴木 隆彦・熊崎 貴祥

1. 目線の先にあるもの

 もし、貴方が遊園地や動物園に遊びに行った時に、園内が混んでいるにも関わらず人の波をぬって目の前を工事のトラックが通って行ったらどう思いますか?

 「仕事、大変そうだなあ……」と思う人は、きっと少ないと思います。
 「何でこんな所を通っていくんだ」「邪魔だな」と思う人が大半をしめると思います。

 今まで私達は、そんな冷たい視線を感じながら申し訳ない気持ちと一生懸命に仕事をしているのに嫌われる悲しさにずっと押し潰されそうでした。
 もちろん行楽地ですので、お客様の感情が当たり前だと思いますし、もし自分達でも同じ立場になれば不快なものは、やはり不快だと思います。

 「自分達の役割とは何だろう……」

 ただ木を剪定しているだけでいいのか?草を刈るだけが仕事なのか……。
 お客様を不快にしてまで無理やりするべき事なのか……ずっと考え悩み苦しんでいました。
 そんな葛藤の日々から生まれた私達の答えを発表したいと思います。

2. 声なき声を辿る

 私達、動物園の作業班には、ただの白い作業車ともう一台牛柄のトラックがあります。
 話によると、その柄は業者に頼んで貼り付けられた物で私達も何気なく使用していました。
 それまで、私達もそれ程このトラックを特別なモノだとは思ってはいませんでした。

 ある時、園内でこのトラックを背景に記念写真を撮る姿を見かけたのです。
 気にして様子を見ていると、この車が通る時だけは、睨まれたり不愉快な顔をされにくく逆に喜んでもらえている姿に気がついたのです 。
 ただの車だと思っていた牛柄のトラックはお客様の声をずっと拾い集めていたのです。

 動物園に来て動物柄のトラックを見れば、ただの作業車よりずっと興味や親近感を持ってもらえるという事、何より不快感を与えずに済むという事に気付き、私達は残されたもう1台の作業車を改良する事に決めたのです。

3. キイロの道標

 限られた時間と限られた金額から新しいモノを生み出すには、トラック全体を改良する程の余裕は私達にはありませんでした。それでも、私達の現状を変えるためには私達自身が動かなければ何も変わらないという思いでいましたので行動を起こす事への迷いは何もありませんでした。
 もちろん、実際に行動を起こす事は容易ではなく時間もお金も全て私達のものを削るしか手段はありません。

 お客様に喜んでもらうには、どうすればいいのか。
 やるからには、お客様が楽しめるものがいい。もし自分達が子どもだったら?

 そんな事を考えていた時に作業車の荷台にある黄色の小型クレーンが目に入り、その姿がまるでキリンがそこにいるかのように見えたのです。

 そのクレーンのサイズは自分達だけでも加工できる程度だったため、許可を得て試しにマグネットを使い模様をつけキリンの姿に変身させました。
 どんな反応をしてもらえるのかと現場まで走ったもののクレーンは車の荷台という事もあり、なかなか気がついてもらえることがなく、さみしい思いでした。

 そんな思いで何日も過ごしたある日、トラックを通りかかった親子の会話から「見て、あそこにキリンさんがいるよ」という言葉が聞こえてきたのです。
 まるで私達の話をされているようでドキドキしましたが、それは紛れもない私達作業班が動物園の中で作り出した会話です。
 その会話をきっかけに、色々な方にもっともっと親しんでもらえるよう黄色のクレーンに「キリンのケンちゃん」と名付けて名札をつけてみたり、耐用年数が切れて使われなくなったヘルメットを被せてみたりと色々なアピールをするようになると不思議と人が集まるようになり、注目して頂けるようになりました。

4. 欠かしてはいけない努力 

 しかし、前から見ればまだ以前と変わらない普通の作業車です。
 そこで季節は10月・ハロウィンの季節だったこともあり、車の前面には紙製の飾り・車の頭上には布製の帽子をかぶせイメージをガラッと変え「ハロウィン仕様」にすることでお子様連れの家族や女性の方に喜んで頂けるようになりました。今では、冷たい視線を感じることも少なくなり逆にビデオや写真を撮ったりと、動物園の動物同様に思い出に残そうと思って頂けるくらいにまでに成長しました。

 もちろん、クリスマスの時期にはサンタ帽子・5月には小さな鯉のぼりをなびかせたりと飽きさせない努力は欠かしません。イベント時期以外には、動物のシールを加工して貼ってみたり、時には動植物園で行われるナイトZOOの告知ポスターを貼って走ったりすることで広報の役割をすることもできるようになりました。

 現状に満足することなく努力を重ねることで大変さを超えた喜びを感じることができるようになりました。

5. 溶け込むための鍵

 「工事をしているんだよ」

 作業風景を見たお子さんが親御さんに、何をしているのか聞いた時の親御さんの答えです。
 その言葉を聞いた時、私達自身はまだ動物園の一部には、なれてはいないのだと痛感した瞬間でした。
 そして、いつしかこう思うようになりました。

 「自分達の姿さえも楽しんでもらえるようになりたい」

 動物園で働いているのだから、動物園の一部として見てもらいたい
 作業車だけでなく働く私達自身も変わる必要があると考え始めたのです。
 しかし、私達を変えるとしても、どうしたらいいのか答えを出せずにいました。

 そんなある日、いつものように小さな子が「何やってるの?」と興味深げに近づいてきたのです。

 そして、いつものように答えます。
 「木が綺麗に見えるようにチョキチョキ切っているんだよ」

 「へぇ~じゃあ、おじさん達は木のとこやさんなんだ~」

 いつもとは違うその言葉がパッと私達の次の扉を開いてくれたのです。
 動物園の中で働いていても違和感がなく受け入れられる姿・作業内容もすぐに分かるようにするためにはどうしたらいいのか。色々と考えた結果、現在の作業着に作業班のデザインを入れるという案が出ました。
 そして、デザインのメインテーマは……「森のとこやさん」です。

 何もない状態から何ヵ月もかけてデザインを考え、実際に実物を製作するため廃棄してもいい作業着にデザインを入れることにしました。出来上がった作業着と提案書を当時の課長に提出・相談の結果、試行として実際にやってもいいという許可を頂くことが出来ました。
 しかし、実際に着られるようになるまでは色々な部署から賛否両論の声が上がり、作業着製作案の段階から思うように進む事ができませんでした。
 戸惑い・どうしたらいいのか分からない日が続き、道に迷いだした時です。

 朝礼で参事から伺った「博物館五箇条の御誓文」の話を聞き、私達は間違いではないと確信しました。

【動物園は博物館の1つ】

○ 博物館五箇条御誓文 ○
 ① 深い知識・経験  
 ② 教養性(社会全般)
 ③ 豊かな国際性(入館者は日本人だけではない)
 ④ 柔軟な行政運営
 ⑤ 徹底した来客目線

 その話の後、係会で指摘された部分に修正を加え、もう一度課長に相談し前回と同じ回答とそれに付け加えて「班の気持ちがまとまっていれば問題はない」とも言って頂きました。
 そして、全力でフォローをするから大丈夫だと、私達の背中を押して頂いたおかげで現場に胸をはって出られるようになったのです。

6. 身を削る痛みを癒す

 作業着1着にかかる時間は最低3時間・最高で5時間もかかる時がありました。
 デザインの印刷から貼り付けまで全てが手作業のため、数を作れません。
 そのため、ひとりにつき冬用作業着1着・夏用作業着2着だけの制作になりました。
 5人分、全てを制作するのに約75時間以上という気の遠くなる時間がかかりました。

 そんな苦しみから私達の新しい作業着は産声をあげ、途端に色々な人々の目に止まり興味を持たれ、喜んでもらえる姿を見た時は本当に幸せな瞬間でした。

 「森のとこやさんだって~かわいい
 「森のとこやさん、がんばってね」

 小さなお子さんから中学生や高校生まで幅広い子ども達に話しかけられるようになり、ご高齢の方からも気楽に質問して頂けるようになるなど作業服の効果は驚きでした。
 どれだけ苦しくても、お客様の楽しそうな笑顔を見る事が出来た時、この場所で働くことができて幸せだと思え、次への活力が湧く結果になったのです。

7. 受身からの転換

 これまで、車をただ移動や作業するだけの邪魔な存在からお客様の気分を盛り上げ楽しませる存在へと変化させ、私達自身もお客様の話題づくりやコミュニケーションをはかるアイテムとしての存在・剪定や草刈りなどの作業を見せ楽しませる存在に進化させてきました。

 次に私達は、活動内容を気楽に楽しんで頂けるツールとして東山動植物園インターネットサイトのオフィシャルブログ「ひがしやま ちょっとe~話」を選ぶ事にしました。

 私達の仕事や作業の内容を楽しく紹介することで、来園前に情報を提供し来園したら実際に体感して頂き、帰宅してからは思い出として再び楽しんで頂けたらと考えました。

 「ブログ」を使うことにより今まで出来ていなかった私達からの積極的で直接的な情報の発信・裏方のためほとんど知られていなかった仕事内容を発信することで、新しい接点や他の職場の仲間との作業報告書だけではない交流をはかることが可能になり、作業に対しての理解も得やすくなりました。
 また、飼育員とは少し違った角度からの動物園を紹介することで新しい魅力を知って頂く事が出来たり、来て頂くきっかけになれるよう発信しています。

 最初のうちは反応がありませんでしたが、今ではブログを見たというお客様や職員からも声をかけて頂けるようになるまでになりました。

 お客様からは、背中にある『森のとこやさん』を見て気がついて私達の傍まで近付いてきて頂き「ブログをいつも楽しみにしています」と言って頂けることも増え、中にはブログで見た「キリンのケンちゃん」を見るために来園された方もいるという驚く程の効果がありました。

 ブログという方法であっても、楽しくわかりやすく情報を発信していかなければ来園される方にも、情報を知りたい方にも、伝わらないものになってしまっているのだとわかり、伝えたい事だけを伝えるのではなく読む側を意識した文章を心がけるようにしています。

8. 終わらない道

 ここまで一つ一つ段階を踏みながら、私達なりに自分達の役割とは何かを考えてきました。
 ここまで活動してきたことが、本当にいいことなのか、悪い事なのかは私達には分かりません。それでも、私達は自分達の仕事に関わる全ての人々の笑顔が見られるような仕事をすることが役割であって欲しいのです。

 これまでの様にお客様の感情を省みず、黙々とただ仕事だけをこなしているだけでは不快感や嫌な印象を残すだけで、喜ばれたり楽しんで頂くことは不可能です。

 もちろん、本来の仕事は大切です。しかし、市民や国民のために働く公務員である私達が与えられた仕事だけをしていればいいとは思えません。
 指定された予算の範囲内の仕事だけならば公務員ではなく業者でも十分です。
 与えられた予算以上のものを考え出し実行し提供することが大切になると考えています。

 このような挑戦を始める前にはなかったお客様との交流。
 そして、沢山の笑顔に出会えた事が何よりの答えだと思います。

 まだ、挑戦は始まったばかりです。これからも日々楽しんでもらえるように努力を欠かさずしていくことで今よりももっと沢山の笑顔に出会えると信じています。