【自主レポート】

第34回兵庫自治研集会
第2分科会 地方財政を考える

 全国の地方自治体で、財源不足が語られるようになって久しい。たしかに、財政状況が厳しい自治体が多いことは現実である。各自治体の財源不足は深刻であるが、自治体財政の基礎となる公租の収納率からみた財政分析をしている例は少ないように感じられる。そこで、公租からみた自治体財政を前橋市を例に一般税と国民健康保険特別会計の2点から検討してみた。



市税徴収強化からみる前橋市の財政
~財政難時代の財源確保に向けて~

群馬県本部/前橋市役所職員労働組合・書記長 飯塚 弘一

1. 最悪の徴収状況からの脱出

(1) 失われた10年から生まれたもの
① お役所体質
  バブル崩壊後の期間を、一般的には失われた10年と呼ぶ。この間、市況は冷え込み国内全体の経済状況は悪化。それに連動するように、国や各自治体の財政状況、税収状況も悪化して行った。一方で前橋市の税の徴収は好景気のときの「黙っていても税収は入ってくる」というお役所体質から抜けきれず、税の収納率は2000年度には91.3%あったものが、2004年度には過去最低の88.7%にまで落ち込んだ。
② 税金は誰のもの?
  それと同時に、税金は誰のものであるか?という根本的な部分が抜けていた。もちろん、税金は良質な公共サービスを市民に提供するための原資でもあり、市民のものである。そんな状況を考えると、まず職員の意識改革が必要であった。

(2) 意識改革と職場の変革
① 共通認識
  そんな状況の中、2004年度ごろから、若手組合員の中で「このままではいけない」という意識が生じ始め、「意見交換会」の中で、意見を出し合い、無言のうちに共通の認識を持つようになった。それは①税は公共サービスを提供するための根幹であり滞納は絶対に許さない②前例にとらわれず攻めの徴収を行う、というものであった。
② 徴収手段の変革
  それまでは滞納者の家に訪問し、税を徴収するという訪問による徴収が主であった。それを、交渉を行っても滞納の解決に至らない場合は、差押等により税の強制徴収を主とした。これにより差押件数は2004年度には896件だったものが5年後の2009年度には8,992件と約10倍に増加した。
③ ツールと組織の変革
  それと呼応するように、上司の理解と尽力によりそれまでの時代遅れであった電算システムは新しいものに置き換えられ、組織もより個人の地区担当制からより弾力性のあるグループ制へと置き換わった。結果徴収状況の地区別の進捗状況が平準化されるとともに、1人あたりの仕事の負担感も軽減された。


2. 変革の過程で

① 収納率の変化
 1.で述べた変化は、次第に数字へと現れて行った。2004年度で底を打った徴収率はそれ以降プラスに転じるようになった。2004年度以降のこの時期は、景気が改善方向でもあったので、すべてがこれらの取り組みの結果とはいえない。しかし、県内市町村の県計収納率の推移と比較してもその改善傾向は顕著であり、取り組みが一定程度の成果を上げるようになったといえる。

② 税収の変化


 税の収納率が改善すれば、当然税収額も増加してくる。①で述べたとおり、景気の動向にも左右されているため、すべて取り組みの結果だと評価することはできない。そこで、モデルケースとして、各年度の調定額に収納率をかけ、収納率が2004年度と同様に88.7%であった場合、県計の徴収率であった場合の2つと比較してみた。2008年度以降は、リーマンショックの影響のため、実情で
も税収の増加傾向に鈍化がみらえた。しかし、モデルケースでは2008年度から減収傾向となっている。また、2009年度についても、実態として減収となっているが、モデルケースと比較すると、減収を最小限にとどめていることがわかる(グラフ「普通税収入額」。単位:千円)。2010年度は再度増加傾向となった。一方、現状と仮想モデルの税収を比較しても、その差は年々増加傾向にあり、景気動向だけに数字が左右されている訳ではなく、実際にこの取り組みの成果が数字に表れていることが推測される。(グラフ「税収の仮想モデルとの差額」。単位:千円)


3. 徴収強化が与えた影響

(1) 増収効果
 当然のことながら、税収が増えれば、市の歳入も増える。しかし、税収が増えればそれがそのまま歳入増につながるわけではない。基準財政需要額から基準財政収入額(標準的税収入見込額に75%をかけた額)を除いた部分は普通地方交付税として措置される。そのため、この交付税を勘案した上で、増収効果を検討してみる必要がある。そこで、徴収率が2004年度と同等だった場合のモデルと現状を比較し、その増収効果を計ってみた(グラフ「交付税を加味した増収効果」)。 結果、2010年度には8億1千万円超の増収効果があったと試算できた。


4. 社会保障の財源確保としての税収

(1) 国保特別会計の収納率の変化
 2004年度で底を打った徴収率はそれ以降プラスに転じるようになった。2004年度以降のこの時期は、景気が改善方向でもあったので、すべてがこれらの取り組みの結果とはいえない。しかし、県内市町村の県計徴収率の推移と比較してもその改善傾向は顕著であり、取り組みが一定程度の成果を上げるようになったといえる。

(2) 国保税の他市状況との比較
 国保特別会計は全国的に見て、社会保障としての医療給付額の増加とあわせ収納率の低下、景気の悪化による国保加入者の増加、加入者の所得減少などのため、年々厳しさを増し、国保課税額を上げざるを得ない状況にある。群馬県内の他市との比較として、夫年収300万円、妻所得なし、子2人、固定資産税年額10万円という、いわゆる「中流層」の家庭をモデルとしてみた。前橋市と比較すると、年税額で最大約15万円の差があることがわかる。

(3) 収納率が国保特別会計に与える影響
 自主財源としての国保税収入確保 を2009年度の現年収納率で比較してみると、前橋市は収納率92.5%、収入額は7,772,618,669円であった。前橋市の収納率が全国平均である88.6%であったと仮定すると収入額は7,442,720,554円 で、実際の収入額との差額は約3億3,000万円となり、その差額分の財源を徴収努力で確保したことになる。また、前橋市の滞納繰越収納率は29.0%であるが、全国平均は14.1%である。これを勘案し滞納繰越収納率が全国平均同様であった場合と比較すると、約3億4,000万円の増収効果があると試算される。また、諸収入としての延滞金も滞納繰越分と同様の収納差があるとすると、約1億3,000万円の増収効果があると試算される。

(4) 調整交付金との関係
 国民健康保険調整交付金とは、国保特別会計の財源不足分の一部が国から交付されるものである。ただし、徴収率一定の基準以下である場合、交付額が減額されることになっている(ただし、2011年度以降、減額措置は凍結されている)。人口10万人以上の自治体の場合は、収納率88%以上90%未満の場合5%減額、収納率85%以上88%未満の場合7%減額と定められている。前橋市の場合、調整交付金は約20億円であるため、全国平均値の場合と比較し、1億円の財源を確保していることになる。


5. 市民に与える影響

 多くの自治体では、財源不足を補う形で赤字補填のため一般会計からの法定外繰入をしている。全国の国保税収入総額は2兆9,851億円であり、一般会計からの法定外繰入金額は3,979億円である。国保税収入総額と比較した場合、13.3%の額が法定外繰入金となる。全国平均を前橋市に当てはめた場合、前橋市の2010年度国保税収入総額は8,481,033,110円となり、全国平均並に法定外繰入を行った場合、1,129,673,610円を一般会計から繰り入れなければならないことになる。

(1) 前橋市の現状
 前橋市は一般会計からの法定外繰入はない状況である。上記で述べたとおり約11億円の法定外繰り入れをした場合、国保に加入していない市民も含め市民一人当たり3,296円となり、前橋市は一世帯平均2.4人であることを勘案すると、一世帯あたり7,911円の負担減となる。要因としては、4の(2)で述べたとおり国保税課税額水準は低く抑えられており、市民負担の軽減に繋がっている。4の(2)、(3)で述べた現年と滞納繰越、延滞金、調整交付金の増収効果で約9億円を確保しており、不足分は基金の取り崩し等で対応している。

(2) 課税額と収納率の相関関係
 国保の財政状況が厳しいことは全国的に多くの自治体で共通している。市民負担が増えることになるが、国保税等の増額改定などにより財政基盤の強化は必要になる。しかし、熊本市が国民健康保険税(料)と収納率の相関関係を調べた結果、課税額と収納率はほぼ反比例する傾向があり、国保税の増額改定がそのまま財源確保につながらず、収納率の低下という新たな問題も発生することになる。つまり、「国保財源不足→増額改定→収納率の低下→国保財源不足」という負のスパイラルに陥る可能性もあり、増額改定が打ち出の小槌というわけではない。


6. おわりに(これからの課題)

 前橋市の国保特別会計は比較的健全であるようには見えるが、失業率の増加による加入者の増加と加入者の所得の減少傾向、相反するように医療給付の増加は国保特別会計を圧迫するものとなる。加えて、今まで財源不足した分は、基金の取り崩しで法定外繰入を行わなかったが、基金にも限界がある。さらに、前橋市をとりまく経済状況によっても大きく変化する。今後、このままの状況を確保できるかは非常に難しい状況であり、国保税の増額改定も視野に入ってくるだろう。これまで述べたことをまとめると、収入増と国保法定外繰入をしないことで一般会計に対しての効果は合計で約19億円であり、前橋市の2010年度決算額1,377億円に対して1.4%の財政効果があったことになるが、劇的な効果ではない。しかし、今回の研究で明らかになったとおり、自治体の徴収努力が市民負担の軽減に繋がることは間違いのないことで、前橋市をはじめ、各自治体がたゆまぬ徴収努力によって、市民負担を最小限に抑えた公共サービスの提供を模索していく必要がある。