【自主レポート】

第34回兵庫自治研集会
第3分科会 自然災害に強いまちづくり〜災害から見えた自治体の役割〜

 2月1日、青森県下北半島一体を襲った爆弾低気圧による豪雪と猛吹雪により、400台を超える車が雪に埋まり、19時間も立ち往生するという事態が発生しました。今回、通行止めで身動きできない方々約430人に、町の消防団や役場職員が避難誘導にあたったこと、役場女性職員を中心に炊き出しを行ったこと、そして、何よりも、地域町民の方々が自らの判断で、民家や工場を開放して食料や飲み物の提供を行うなど、心温まる「助け合いとしての支援の輪」と地域コミュニティーに触れたことを報告させていただきます。



真冬の爆弾豪雪で車400台(430人)が19時間立ち往生
小さな町の大きな支援の輪と地域コミュニティー
町民・消防団・行政一体の避難対応

青森県本部/横浜町職員組合・執行委員長 杉山 敬雄

1. はじめに

(1) わが町の紹介
 青森県横浜町は、下北半島の首位部にあり、面積は東西12km、南北23km、周囲68kmの126.55km2で陸奥湾に面した臨海山村です。
 東部は下北半島の背深山脈を隔て東通村、六ヶ所村と隣接し、北はむつ市、南は野辺地町と隣接しています。東部地区は海岸線から次第に丘陵地帯となって山林を形成し、町の面積のおよそ40%を国有林が占めています。町を縦貫する国道279号(通称はまなすライン)は、国道4号線と下北半島を結ぶ基幹道路でその重要性を増しています。
 町の花「菜の花(ナタネ)」は、1955年前半には換金作物の代表として作付けされ、1968年には約750ヘクタール(東京ドームの約160倍)の面積がありました、1991年には景観作持としての特性を活かし、毎年5月に「菜の花フェスティバル」に取り組み、一躍脚光を浴び、以後、名実共に「菜の花の町……横浜町」となり、県内外から大勢の観光客が横浜町を訪れるようになりました。

(2) 小さな町を襲った爆弾低気圧
 2月1日、青森県下北半島一体を襲った爆弾低気圧による豪雪と猛吹雪により、車が動けなくなり交通渋滞が発生し、400台の車が立ち往生し約430人が閉じ込められるという事態が発生しました。
 下北半島に通ずる国道279号は唯一の幹線道路で、通称「はまなすライン」とも呼ばれています。冬は陸奥湾からの強い風で吹雪により視界がさえぎられることはごくあたりまえのことで、この時期は春が来るのをじっと耐えて待つ季節でもあります。
 今回、青森県を襲った爆弾低気圧による暴風雪は、青森県の上空がこの冬一番の強い寒気に覆われたなかに、前線を伴った低気圧が発達しながら上空を通過したことによるもの(青森地方気象台)であることがわかりました。低気圧に向かって東よりの暖かい空気が流れ込み、大気の状態が不安定になり雪雲が発達しやすい状況が発生していたのです。当町は、太平洋と陸奥湾に挟まれ風が通り抜けやすい地形のため、観測点以上の強風が吹くこともあり、吹きだまりができやすかったと考えられています。
 当日は、午後3時ごろから午後9時ごろまで、雪が雷を伴いながら断続的に降り、積雪は60cmを越え横浜町では約40年ぶりの大雪となりました。
 降り続く東風雪により視界も悪く、午後5時ごろには大型車2台が雪に埋まって動けなくなり、鶏ヶ唄〜浜田間の約8km以上にわたって渋滞が発生し、乗用車・路線バス・大型トラックなど、400台の車(約430人)が19時間もの間、閉じ込められるという事態に陥りました。 

2. 学校などを避難所として開放し避難誘導

 2月1日午後4時30分、町では町長を本部長とする豪雪対策本部を設置し、情報収集と避難所の設置を進めたほか、役場に町内の診療所の医師を待機させ、いつでも診療できるよう態勢を整えました。
 同日午後9時、町消防団へ出動を要請し、消防団員が徒歩で運転手等の安否を確認するとともに、避難所への誘導や飲料水・食べ物などを配るなどの対応を行いました。
 また、町では学校などを含む計21箇所の避難所を開設して対応にあたり、町の北側(むつ市方面)に位置する民間(日本ピュアフード)の工場内にある食堂を避難所として開放していただきました。
 帰宅できなかった職員30人もそれぞれ手分けして、動けなくなった車約400台(約430人)に対し、避難所への誘導を行うなどの「声かけ」を行いました。

3. 受け継がれてきた「助け合い」の精神

 避難所として、国道沿いにある小学校や集会所を開放し、職員は勿論のこと、町内会の方々も自主的に参加し、おにぎりやジュースなどの差し入れを行うなど、心温まる取り組みが行われました。
 また、避難所から遠く離れている方々には、女性職員による炊き出し(おにぎり)を行い、近所の町民ボランティアによっておにぎりや水なども配られました。それぞれの集会所でも、住民からおにぎりや味噌汁、漬物の差し入れが行われ、商店では自宅の居間やトイレを開放するなど、自主的な避難対応も行われました。横浜中学校のスクールバスに乗った生徒も渋滞に巻き込まれましたが、地域の住民の方々が、生徒たちにラーメンをご馳走してくれたというアットホームな話も聞かれました。
 横浜町には、野辺地町からむつ市を結ぶJR大湊線が走っています。今でこそ、強風のときは運転を見合わせ、立ち往生することはめったにありませんが、その昔は、吹雪で電車が途中で立ち往生することもしばしばで、その時は、地域の方々が自発的に炊き出しを行い、乗客に差し入れを行ったという話を聞いたことがあります。
 寒さが厳しい小さな町で育まれてきた「助け合い」の精神が、今回の大雪による通行止めで、身動きできなくなった方々に対し、地域・消防団・行政がひとつになってできた「心温まる対応」につながったと考えております。

4. 「助け合い」の財産継承と今後の課題

 大雪や地震などの自然災害により、ただひとつの幹線道路である横浜町〜むつ市を結ぶ国道279号(通称はまなすライン)がひとたび通行止めになると「陸の孤島」と化し、混乱を招くことがあらためて浮き彫りになりました。
 今回の交通網遮断に対する緊急避難対応として、行政・消防団の対応、地域と町民が一体となって自主的な「助け合い」の精神が発揮されたことは、地域コミュニティーの財産として継承していかなければならない大きな財産でもあります。
 一方、下北半島には、大間原発(工事中断中)、むつ市使用済み核燃料中間貯蔵施設(建設中)、横浜町から20km圏内には、東北電力東通原発(運転停止中)、東京電力東通原発(工事中断中)が立地し、5km圏内には六ヶ所再処理工場などの原子力施設が一極集中立地されています。
 青森県太平洋沖では、向こう30年の間にM9クラスの地震が発生する確率が30%とも言われていますが、3・11東日本大震災に匹敵するような大地震と津波、原子力災害が発生したら、交通網は完全に遮断され多くの住民が避難できない事態も想定され、自然災害や原子力災害時における広域避難道路のあり方に重い課題を突きつけることにもなりました。
 現在、野辺地町とむつ市を結ぶ「下北縦貫道」の工事が進められていますが、全長60kmの内、わずか13kmしか工事が進んでいません。今回の幹線道路網遮断を契機に、緊急時避難対応としての避難道路としての幹線道路の整備などを含めた防災計画の見直しが求められています。