【自主レポート】

第34回兵庫自治研集会
第4分科会 自治体がリードする公正な雇用と労働

 大分県労政福祉課ではが2010年度から取り組んでいる高校生を対象とした「ワークルール出前講座」について、これまでの取り組み状況と今後の課題について報告する。



高校における労働教育について
~ワークルール出前講座の現状と課題~

大分県本部/大分県職員連合労働組合・労政職員評議会・大分県労政福祉課 山野内英雄

1. ワークルールを知らない相談者

(1) 労働相談の現状
 大分県労政福祉課(以下このレポートでは「県労政福祉課」という)は県民からの労働相談を扱う大分県労政・相談情報センターが併設されている。労政・相談情報センターでは年間800~1,100件の労働相談を受けており、9割以上を労働者からの相談が占めている。その相談内容を見るとかなりの相談で、労働者にワークルールの基礎的な知識があれば自主的にトラブルを解決できた可能性のあると考えられる。
※ このレポートでは「労働基準法に代表される労働関係法令及び関連する諸制度(手続き事務などを含む)、職場の慣行・慣習、社会常識・ビジネスマナーなど広く職場の働き方を規制するもの」を「ワークルール」と呼ぶことにする。

(2) 「ワークルール」を学ぶ場をつくる
 現在の学校教育の現状を見ると、一般の人が就職するまでにワークルールの基礎知識を身につける機会はほとんどない。また職場に労働組合がなければ、就職後にワークルールを学ぶ機会もほとんどないと考えられる。
 そこでより多くの人にワークルールついての理解を広げる方法として、手始めに学生、特に高校生を対象にワークルールに関する講習会の実施を考えた。
※ 中央教育審議会の2011年1月31日付け答申「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」は、後期中等教育のキャリア教育に関する部分において「経済・社会・雇用等の基本的な仕組みについての知識や、税金・社会保険・年金や労働者としての権利・義務等の社会人・職業人として必ず必要な知識」ついて生徒に理解させていくことの必要性を指摘している。

2. 大分県における「ワークルール出前講座」の取り組み状況

(1) 「ワークルール出前講座」の実施方法
 大分県のワークルール出前講座(以下「出前講座」という)は以下の手順で行っている。
① 高校からの申込み
  ワークルール出前講座(以下「出前講座」という)を希望する高校が直接申込みを受ける。開催期日は高校の希望にもとづき決定する。(定時制・通信制高校も開催できるように、土日・夜間の開催も可能限り対応している。長期休暇中の登校日に実施した例もある。)
出前講座の会場、受講者は高校が確保する。
② 事前打ち合わせ
  事前打ち合わせで、高校の希望により講座内容の変更・追加(資料作成も含め)に対し柔軟に対応している。
③ 実 施
  県労政福祉課で講座のテキスト・資料を必要部数準備し、講座当日労政福祉課職員が直接高校に出向き講話を行う。学校現場の負担をできるだけ軽減するため、当日の会場準備と受講生の集合のみ高校に依頼し、特別な機材(パソコン、プロジェクターなど)の使用は行っていない。

(2) 出前講座実施状況
① 実施校・受講者
  2009年度 実施 1校(受講者 約200人) ※試験的実施
  2010年度 実施 18校(受講者 約1,900人) ※事業として本格的実施
  2011年度 実施 21校(受講者 約2,100人)
  2012年度 実施 6校(受講者 約570人) ※2012年8月末現在
② 実施形態の事例
 ア:学年の一部生徒を対象 職業系高校・普通科高校3年生の就職希望者のみ
              普通科高校3年生の私立大学合格決定者のみ
 イ:学年全生徒を対象   職業系高校3年生全員(実施例で一番多い)
 ウ:全在校生を対象
 
3. 出前講座の問題点と課題

(1) 高校3年生の進路の現状
 出前講座開始当初は、漠然と高校卒業後就職する生徒を対象と考えていたが、大分県における高校3年生の進路をみると、最近では就職希望者が全体の2割台になっている。職業系高校でも3年生の4~6割が進学希望になっている。また、普通科高校で就職希望者はごく少数で大半が1割未満にすぎない。つまり当初考えた出前講座の対象となる生徒は高校3年生のごく一部にすぎないことになる。

(2) 高校現場における労働教育への見方
 (1)の状況から、高校現場全体としては、職業系は進路未定者の減少~就職(内定)率の向上、普通科は大学等の合格率向上が優先されるので、その観点でキャリア教育・職業教育も捉えられている。
 したがって現時点では出前講座は主に職業系高校の進路指導担当者からは、
① 就職希望者が職種・企業などを選択するための予備知識を得る機会
② 就職内定者が実際に就職後に職場で必要な知識を得る機会
として考えられており、その観点で講座実施が検討されている。
 また講座実施が職業系高校にかたよっているため、高校生の多数を占める進学希望者の受講者が極めて少ない。

(3) 出前講座の趣旨説明
 (1)(2)を踏まえると、出前講座の実施校を増やすためには、進学(希望)者にもワークルールの基礎知識が必要なことを高校現場に理解してもらうことが大切となっている。
 そこで出前講座の趣旨について整理し直すと次のようになると考えられる。
 ワークルールの基礎知識は 
① 高校卒業後就職する生徒が職場で出会う様々なトラブル・悩みを解決するための手段
② 高校卒業後進学する生徒が臨時的に就労する場合のトラブル・悩みを解決するための手段
③ 進学後、学生が就職活動をする際に進路選択の大切な予備知識
④ 既に就労している労働者が安定した雇用を継続していくために必要な手段
⑤ 将来企業などで労務管理を担当する際、安定した労務管理を実現するのに必要な手段

(4) 高校現場への協力要請
 (1)(2)より高校現場では出前講座の趣旨・必要性などに対する認識が十分浸透していないので、出前講座開催の案内・協力要請を高校現場(進路指導担当者)へ繰り返し丁寧に行っている。
① 県教育委員会(教育庁)との連携
  県教育委員会(教育庁)担当課に対し、県教育委員会から県立高校へ出前講座開催の協力要請を依頼している。
 ア 毎年1月上旬 県教育委員会担当課長名による次年度出前講座開催についての協力依頼文書送付
 イ 4月中旬 県教育委員会招集の県立高校管理職会議(校長会・教頭会)で出前講座の趣旨説明(県労政福祉課長)
 ウ 月中旬 県教育委員会招集の職業系進路指導担当者研修会での出前講座内容説明(県労政福祉課担当者)
※私立高校 県私学協会主催の私立高校校長会で出前講座趣旨説明(県労政福祉課長)
② 高校現場への出前講座開催案内
  年3回、県労政福祉課担当職員が出前講座開催案内文書を各高校に持参し、直接進路指導担当者と面談して、開催要請を行っている。
 ア 1月中旬~2月上旬 次年度出前講座の開催依頼
 イ 5月中旬~6月下旬 当該年度出前講座の開催依頼
 ウ 10月上旬~11月下旬 当該年度未実施高校への開催依頼
③ 出前講座未実施高校への対策
  ②ウの未実施高校訪問のほか、②アの次年度開催依頼の訪問際に出前講座の基本テキスト及び労働相談案内リーフレットを持参し3年生全員への配布を依頼している。


【労働相談リーフレット 2011年度高校生配布用】


④ 労働組合との連携
  2012年度については、県高教組の役員研修会で出前講座の趣旨説明(県労政福祉課担当)を行い、労働組合への協力を要請している。

(5) 出前講座の内容の工夫
① 講話内容の多様化
  事業開始当初、高校卒業後就職を予定している生徒を対象にワークルールの簡単な解説をメインに考えていた。
  しかし、出前講座開催を呼びかけて高校現場を訪れていくうち、進路指導担当者から講話で扱う内容についてさらに広い範囲の項目に触れるよう要望が出てきた。基本テキストの変更やサブテキストの作成で要望に可能な限り対応するよう努めている。
(高校現場から要望のあった事項の例)
 ア 高校生の就職(内定)率の状況
 イ 若者の就職・雇用状況(求人倍率・失業率など)
 ウ 正規・非正規の格差
 エ 高校卒業者の早期離職状況とその問題点
 オ 企業の求める人材像(新卒採用時の重視する項目)
 カ 求人票を見る時のポイント・注意点
 キ 就職に必要な社会常識・ビジネスマナー、コミュニケーション能力
 ク ハラスメント(セクハラ・パワハラ)への対処法
 ケ ワークルールの具体的説明事例
② テキスト・資料の工夫
  高校生を対象とするので、テキストなどはできるだけ分かりやすい表現・表示をこころがける必要がある。
③ 労働組合に関すること
  基本テキストでは労働組合について簡単に記述してあるが、実際の出前講座のなかで労働組合の時間が十分とれていない。職場のワークルールについて、労使間の協議が法律上必要な事項もある。また労使間の協議によって具体的な内容を定めることが期待されている領域もある。労働者の基本的な権利として労働3権を中心に、労働組合の意義・役割を具体的に伝える工夫が必要と考える。

(6) 出前講座を補完する取り組み
 出前講座だけでは労使間のトラブル等の予防・解決に効果があがりにくいので、出前講座を補完する取り組みが大切と思われる。
① 出前講座の講師養成
  出前講座の実施箇所を増やしていくには、講師の養成をはかって、高校現場の要望に十分対応できる体制が必要となる。また、県労政福祉課職員だけでなく、高校現場関係者からも講師をつとめる人材の養成を検討していく必要がある。
② 労働関係の情報発信
  出前講座の枠を超えて、広く雇用・労働に関する分野(ワーク・ライフ・バランス、仕事と子育て支援、男女雇用機会均等、長時間労働と健康管理など)について、労働関係行政の取り組みや労働・経済・社会状況などの情報を提供することで高校現場との連携を強化し、出前講座への関心を高めていく必要がある。
③ 労働相談のPR
  出前講座の受講対象となる高校生に対して、出前講座以外にワークルールに関する知識・情報や、在学中及び卒業後(就職・進学)の職場や仕事に関する悩み・トラブルの相談窓口に関する情報を提供することで、出前講座の内容を実際に利用できる環境をつくる。
④ 他県の行政機関等との連携
  高校卒業後、進学者を中心に大分県外に多くの若者が出て行く状況では、他県の労働相談担当窓口との連携が必要となる。出前講座基本テキストや労働相談窓口案内リーフレットで、他県でも労働相談窓口が設けられていること、必要な時には相談することを勧めている。

4. まとめ

 出前講座はまだ事業を始めたばかりで長いスパンで取り組みを継続することではじめてその効果を期待できると考えている。
 引き続き学校現場や労働組合、関係する行政機関、他県の類似の取り組みを進めているところと連携して、出前講座の内容の充実・強化をはかっていきたい。