【自主レポート】自治研活動部門奨励賞

第34回兵庫自治研集会
第5分科会 医療と介護の連携による地域づくり

 大都市東京においては、自分の家を持てない高齢者が住み慣れた地域で暮らし続けることが極めて困難な状況にあります。無年金者の増加、年金受給額の引き下げが予測される中、超高齢社会へと突き進む東京において、高齢者が安心して暮らし続けられる住宅として優れた機能を有する公的賃貸住宅シルバーピアの「地域包括ケア」としての実践を報告し、その機能強化と住宅の拡充、その具現化に向けた制度の見直し改善を提言します。



高齢者用公的賃貸住宅シルバーピアの拡充と制度の改善
高齢者が尊厳を持ち、活き活きと暮らす地域を求めて

東京都本部/三鷹市シルバーピアユニオン・書記長 川島 幸子

1. はじめに

 私は、高齢者福祉住宅シルバーピアで高齢者の生活の見守りサポートを業務とするワーデンとして働いています。緊急時対応は24時間体制であり、高齢者福祉住宅シルバーピアに住み込みです。
 シルバーピアとは、ワーデンまたはLSA(ライフサポートアドバイザー)による緊急時対応・安否確認システム等が整備された高齢者対象の公的賃貸住宅です。東京都が制度設計した事業で、実施主体は区市町村です。都内全域にあり、2011年3月末現在の整備状況は、全都で10,135戸(定員11,913人)となっています。東京都シルバーピア事業運営要綱では「独立して日常生活を営める」を入居要件としていますが、その選定方法は抽選であり、認知症、精神疾患、パーソナル障がい、身体障がい、加齢による様々な問題を抱えた高齢者も暮らしています。
 多くの問題を抱えた高齢者の暮らしを19年にわたり支えてきた『現場』の立場から、「シルバーピアは、人がその人らしく尊厳を保ちつつ暮らし、ケースによっては『終の棲家』にもなる住宅として優れた機能を有していること」「公的財源投入に対する費用効果の面からも有効な住宅であること」「シルバーピアの拡充と制度の改善・強化をはかることが、高齢者のより豊かな暮らし方の選択を可能とすること」を確信しています。

(1) 超高齢社会
 2010年1月現在、東京都における65歳以上の高齢者人口は約256万人、総人口に占める割合=高齢化率は20.3%です。2015年には高齢化率が24.2%に上り、2035年には30.7%に達すると見込まれています。都民の3人に1人が65歳以上という、超高齢社会の出現です。※資料:東京都総務局統計部「住民基本台帳による東京都の世帯と人口」/国立社会保障・人口問題研究所「都道府県の将来推計人口」(2007年5月推計)

(2) 高齢者の住宅状況
 総務省の「住宅・土地統計調査」(2008年)によると、東京都では65歳以上の在宅の単身高齢者、夫婦世帯高齢者の36.84%にあたる35万世帯47万人が、持家ではなく、民営・公社UR・公営住宅等、借家で暮らしています。
 高齢者の多くは住み慣れた地域で暮らし続けたいと願っています。しかし大都市東京において、自分の家を持てない高齢者が、地域で暮らし続けることは極めて困難です。
 民間賃貸住宅では、何らかの入居制限を行っている家主のほぼ半数が、単身高齢者や高齢者のみの世帯は入居不可としています。※資料:財団法人日本賃貸住宅管理協会
 経済的基盤の弱い高齢者が暮らす廉価な賃貸住宅の多くが、老朽化による建て替え、開発により立ち退きとなる社会状況があります。賃貸住宅を求めて高齢者が不動産屋を訪ねても、家主の意向により斡旋紹介は難しく、「高齢」というだけで、「住まい」における極めて社会的な弱者になるという実態があります。
 2009年3月、生活保護受給者が多数入居していた群馬県渋川市の高齢者施設「たまゆら」で10人が死亡する火災事故が発生しました。入所者28人中18人が都内からの利用者でした。2011年11月、新宿区の築50年、4畳半一間、風呂無し、トイレ共同の木造モルタル2階建てアパートの火災では、生活保護受給者ら50代後半から70代後半の男性5人が亡くなっています。高齢者の貧困と孤立が浮き彫りとなる、この災禍を伝える新聞記事に「家賃が安く、住環境の良い公営住宅に入れれば十年長生きできる」という、地元のケアマネジャーの言葉が紹介されています。しかし、公営住宅の入居倍率は高く、一方で民間賃貸物件の家主は、孤独死やトラブルを恐れて高齢者の入居を嫌がります。

(3) 三鷹市福祉住宅あり方検討会議
 シルバーピアが高齢者住宅として有する優れた機能については後述しますが、その内実は、制度として不十分であり、ワーデン(LSA)の献身的とも言える労務提供により成り立っているのが実態です。シルバーピアの厳しい現場を支えるワーデンの労働環境は、運営主体である基礎自治体によって異なりますが、その多くは一年契約の繰り返しであり、ワーデンの労働者性を認めない「依頼」(三鷹市の場合)等、曖昧で不明確な契約形態をとっています。そのため、労災をはじめとした社会保険は適用外とされています。一方、LSAの場合は法人への委託であり、その法人との労働契約となります。しかし現実の業務実態は全く同じものです。行政自らが労働性についての判断基準を曖昧にし、労働者の分断をはかっていると言っても過言ではありません。
 三鷹市シルバーピアユニオンは、市当局に対し「高齢者福祉住宅制度と現実の乖離、バックアップ体制の不備」を訴え続け、組合のワーデン、大学教授、地域包括支援センター、介護保険事業者、東京都の高齢者住宅担当、三鷹市による検討会議開催を勝ち取りました。その討議を経てまとめたのが「三鷹市福祉住宅あり方検討会議報告書」(2010年11月)ですが、制度の見直し・改善が不可欠であるとする組合に対し、市当局は「東京都の制度に則る事業」であり「市が、制度にまで踏み込めない」として、抜本的な改善の具現化には不十分なものです。一方で東京都による制度の見直しに際して、『現場』のワーデン(LSA)はその意見を訴える機会もありません。
 「高齢者の居住安定確保プラン-基本的方針と実現のための施策-」(東京都:2011年10月)にある『多様なニーズに応じた居住の場を選択できるようにするとともに、住み慣れた地域で安全で安心して暮らすことのできる環境の整備』を、三鷹市における現場と行政担当者との真摯な議論を踏まえて検証し、「高齢者の居住安定」施策がより発展し、現実に有効なものとなるよう、シルバーピアの制度改善と強化・拡充を提言いたします。
 高齢者福祉住宅シルバーピア制度の改善・強化は、この住宅に暮らす高齢者だけの問題にとどまるものではありません。高齢者が地域に住み続けるための施策=地域包括ケアにつながるものです。


2. 高齢者の住まいとしてのシルバーピアの優位性

 大都市東京においては、自分の家を持てない高齢者が地域で暮らし続けることは非常に困難と前述しました。また、要介護状態になった場合、施設入所が困難なのは、その待機者数からも明らかです。
 都内で特別養護老人ホームを建設するコストは一人当たり2,000万円。排泄や入浴などに全面的介護が必要な要介護4と5の高齢者18万人(2025年の見込み)を入所させるためには、今後必要となる建設コストは3兆円と試算されています。だからこそ『暮らし続ける』機能を有するシルバーピアの活用が必要であり、住宅の更なる拡充が求められます。※資料:「少子高齢時代にふさわしい新たな『すまい』の実現PT報告書」(東京都2009年11月)
 シルバーピアは、高齢者の住まいとしてのハード面が優れています。しかし最も優れているのは、高齢入居者を日々見守り、いざという時に駆け付け適切な支援に繋げるという役割を担う、ワーデン(LSA)が配置されていることです。高齢者の日々の暮らしに寄り添い、適切な支援に繋げるワーデン(LSA)によって、地域で安心して歳を重ねる暮らしの場として、シルバーピアがより有効に機能することとなります。
 特別養護老人ホーム・グループホーム・小規模多機能住宅等、介護保険上の『心身状態の区分』による選択ではなく、元気高齢者から特養入所対象(直前)まで様々な心身状況にある高齢者が、ワーデン(LSA)の見守りのもと、介護保険制度を利用しつつ、老いと向き合う仲間と共に、時には助け合いながら暮らす『住まい』という選択肢です。シルバーピアは、この『高齢者の暮らしの場』として他に類を見ない制度であり、もっと活用されるべき有効な社会資源です。

(1) シルバーピアでの暮らし(私の担当する住宅の具体例を挙げます)
① Aさんの場合
 91歳のAさんは、50代で失明し全盲です。若い時から家族と住んでいた団地に、その後も一人で住み続けていましたが、団地建て替えのためシルバーピアに83歳で入居しました。新しい住環境を受け入れ、構造、システムを理解し記憶するというのは、非常に大変な事です。全盲の方ですので、聞いて覚える、触って覚える、全てに記憶が頼りです。他の高齢者の入居時とは比較にならないほど多くのサポートが必要でした。入居から8年を経て、加齢と共に、聴力の低下も著しく、理解力、記憶力のレベルもかなり落ちています。
 ある早朝、Aさんの居室より緊急通報が入り駆け付けると、トイレからの声は呂律が回らず、便座から腰を上げることも下着を上げることも出来ません。脳梗塞でしたが早い発見が適切な治療に繋がりました。現在要介護4、1日に2回・3回(隔日)ずつ訪問介護が入っています。最近、方向がわからなくなり共用廊下を四つ這い状態で動き回り、他の入居者に保護されることが頻繁になっています。近くに階段があり注意を要しますが、週末に訪ねてくる家族は「母の暮らしは心身とも安定しており、心安らか」と言っています。
② Bさんの場合
 Bさんは、小脳梗塞による入院時に、重ねて肺気腫と診断され在宅酸素使用になりました。3ヵ月の入院後、市のワーカーは独居は困難と判断し、数十ヵ所の施設にあたりましたが入所先は見つけられませんでした。身寄りが無く緊急時の連絡先は近所の知人で、退院数ヵ月後に生活保護受給が認められたほど年金は僅かであり、認知症で酸素のカテーテルを外すのは頻繁な状態です。施設が入所させたい対象ではないでしょう。入院時、深夜に全裸で病院内を歩き回ったり看護師に暴言を吐く等の行為もあり、退院を求められたそうです。施設で受け入れられない方が、シルバーピアで独居生活の継続です。しかし10年以上暮らしているピアでの生活再開は、気持ちの安定に繋がり、妄想からの攻撃的言動はなくなりました。ただ、在宅酸素の重要性の認識は困難です。酸素のカテーテルを外しては仲良しの方の部屋でお茶飲みです。この方も認知症なので、酸素吸入の大切さは理解できません。酸素の血中濃度が低くなると気分が悪くなり、ワーデンが呼ばれて部屋に連れ戻し、酸素カテーテルを装着するということの繰り返しでした。その後、カテーテルを外すのが頻繁になり、酸素機器からの警報で駆け付けるのが日常的になっていきました。生活リズムも昼夜逆転で深夜早朝の呼び出しも頻繁になりました。シルバーピアでの生活も限界をむかえ、部屋の中で転んで起きあがられずに発見されることが増えて再入院、1週間で亡くなられました。
 Bさんのシルバーピアでの生活における訪問介護・看護による保険者負担は、8万円前後/月。特養入所であったならその負担額は、おおよそ23万円/月と類推できます。
③ Cさんの場合
 Bさんのお茶飲み相手がCさん夫婦です。夫は入居の数年前に、建築現場で転落し脳挫傷による意識不明が続き、諦めていたものの奇跡的に回復した方で、後遺症も抱えていました。入居数年後に妻も記憶障害が顕著になりました。漠然とした不安を抱え「何か変なの」と、一日に何度もワーデンを訪ねて来ます。ワーデンが、部屋で一緒にその不安の原因を探しますがわかりません。気持ちが落ち着くまでの寄り添いが必要です。妻の方が認知症は進行していますが、妻自身は「父ちゃんの世話をしている」と思い込んでいます。夫が通うデイサービスを妻に勧めても「呆けた人が行くところ」と取り合いません。それどころか、通所を妨害しようと迎えの車に乗り込んだ夫を引きずり降ろそうとしたり、走り出した車のドアに手を掛けて止めようとします。この時は、日頃の穏和さが影を潜めすごい形相です。しかし夫は行ってしまい、険しい表情の妻が取り残されます。自室までワーデンが付き添い、話し相手をつとめます。若き日の良き思い出の数々をエンドレスで語り続けているうちに気持ちも和んできます。
 ある朝、「父ちゃんが何か変」とCさんが玄関に立ちつくしていると他の入居者から連絡があり、夫を緊急で大学病院に搬送しました。血糖値が計測不能なほど低い状態でした。夫には複数の持病があり服薬が欠かせないのですが、妻が医者嫌い薬嫌いのため、住宅の集合ポストの一つに薬を保管し、巡回ヘルパーが妻の目を盗んで服薬管理をしていました。その朝はヘルパー訪問時、座位が保てない状態でしたが、朝ご飯を食べたと言うので薬を飲ませたそうです。いつでも何でも肯定で答える方に「食べたの?」という問いかけです。いつから食事を摂っていなかったのかが不明の状態で、食後の血糖値を下げる服薬という、命に関わる状況でした。

(2) 自立生活の延伸
 シルバーピアにおいては、これら緊急時対応はもとより、日常的に密接な見守りを行っているワーデンが、高齢入居者の心身の状態変化を早期に発見し適切な支援に繋げることにより、心身の状態低下を最小限にくい止め、施設入所の先延べが可能となっているのです。

「茶話会」
話が弾み時を忘れて…
「料理講習」
皆で作って皆で食べて

(3) 居住の継続性
 高齢になってからの環境変化が、心身に大きな影響を与えることは周知のことです。住環境の変化は大きなストレスにもなります。「転居」が認知症発症のきっかけになるケースは多々あります。心身の変化に合わせた適切な支援を受けながら、同じ住宅に住み続けられるのであれば、回避可能な事態です。前述の具体例が示すよう、シルバーピアにおいては、それが可能です。
 要介護状態であっても、住宅のシステムを理解できる程度の心身状況にあれば、シルバーピアへの入居は可能です。入居以降、自立度低下に合わせ、適切な支援を受けながら住み続けられます。独居であっても、暮らしのなかで培われた信頼が基盤となっているいつでも駆け込めるワーデンが常駐し、日々見守り、いざという時に対応します。「馴染んだ」人間関係、老いの不安や寂しさを共有・共感できる仲間も居ます。「住み慣れた自分の部屋、自分の家で、人としての尊厳を守られながら、その人らしく生きる」、それがシルバーピアでの暮らしの形です。

(4) 地域に開かれたシルバーピア
 各シルバーピアに設置されている団欒室は、入居者の交流はもとより、地域の高齢者も交えた趣味やボランティア活動の拠点、交流の場として活用され、住宅が地域に開かれ、地域に根付く一つの要素ともなっています。


3. シルバーピアの拡充

(1) 高齢者の経済状況と公的賃貸住宅の役割
 東京都による「少子高齢時代にふさわしい新たな『すまい』の実現PT報告書」の東京モデル「ケア付きすまい」は、20m2の改修住宅で、入居者家賃負担3.1万円、管理費2.8万円、食費5.2万円、計11.1万円+光熱水費等が利用者負担と想定されています。参考と示されている、厚生年金平均月額17.8万円の中堅所得層であれば可能でしょう。また、同「都型ケアハウス」は、生活保護受給者の利用を目安として、事務費、居住費、食費等計12.3~12.5万円の負担としています。
 国民年金受給者にとっては、いずれも利用が不可能な設定です。
 無年金者の増加、年金受給額の引き下げが予測されるなか、低所得者を利用対象としたシルバーピアの拡充が求められる社会的背景があります。

(2) 必要な支援体制
 当該シルバーピアにおける要介護状況の推移

2003年 (19人中)

2004年 (18人中)

2006年 (18人中)

2009年 (18人中)

2012年 (17人中)

要支援   3人

要支援   4人

要支援1  1人

要支援2  1人

要支援2  1人

要介護1  3人

要介護1  4人

要支援2  2人

要介護2  1人

要介護1  2人

要介護2  3人

要介護3  1人

要介護1  1人

要介護3  2人

要介護4  1人

 

要介護4  1人

要介護4  1人

   

 上記の表にもあるよう、住宅内の高齢入居者の要介護状況は一定ではありません。必要とするケアの内容もその総量も、入居者の心身状況によって変動しますので、ケアスタッフの常駐は不要です。
 しかし一方、ワーデン(LSA)は1人で20数人の高齢入居者に対応しており、困難ケースへの対応には密接な支援体制が不可欠です。なかでも最も対応が困難なのは、その背景に精神疾患が窺えるケースです。妄想による攻撃的言動は、他の入居者の暮らしを脅かす存在ともなります。しかしその多くは、本人が病識を持たず、よって当然ながら、医療とは結びついていません。介護認定とも繋がり難く、関わりを持てる立場の人間がいない場合がほとんどです。
 現制度において、必要不可欠な医療と介護の連携は、現実には全く機能していません。シルバーピアを自治体直営・法人委託する両者とも、困難ケースに対し所管としての責任ある対応がないのが、その多くの実態です。

(3) シルバーピアの「医療・介護連携型住宅」としての構築
 この困難ケースに対する支援体制の不備という課題解決に向け、「医療・介護連携型高齢者専用賃貸住宅」として提唱されている『医療と介護の事業を併設し連携機能を持たせた高齢者住宅』の形態をシルバーピアの一つに持たせて自治体内の基幹型と位置付けし、そこから各シルバーピアへの支援機能も確保する体制の構築を提言します。
 この体制構築のためにも、シルバーピアが地域に拡充されることが必要であり、そのスケールメリットにより、医療と介護の連携がより有効に機能することとなります。
 厚生労働省のめざす「地域包括ケアシステム」を体現する場として、様々な心身状況にある高齢者がワーデン(LSA)の適切な見守り・支援のもと共に暮らす公的集合住宅シルバーピアは、優れて機能的です。
 高齢者がその尊厳を保ち活き活きと歳を重ねる暮らしの場を整備拡充することは、限られた財源を効率的に活かすことであり、地域の福祉的社会資源の充実にも繋がるものであることと提言いたします。