【自主レポート】

第34回兵庫自治研集会
第6分科会 地域での子育ち支援

 網走市では「一日保育士体験事業」に取り組み始めました。保育園と家庭の中では、親のモラル低下、モンスターペアレンツ、乳幼児の虐待など様々な課題が山積しています。保育士としてどのようなアプローチで子育て家庭を支援していくことができるのか考える中で、この事業への取り組みに至りました。その概要、実施内容等についてまとめ、どのような効果があったのか、今後どのように発展させることができるか考察しました。



一日保育士体験事業について
~親子・保育士が共に成長する~

北海道本部/網走市役所労働組合・自治研推進部

1. はじめに

 親のモラルの低下、モンスターペアレンツや虐待の増加。こんな言葉をいつの頃からか頻繁に聞かれるようになりました。保育士の中には、家庭でしつけがなされていない実態や、とんでもない要求をする保護者の存在を目の当たりにした経験がある人もいます。
 少子化や核家族化が進行する中、赤ちゃんや小さな子どもと接した経験が無いまま子育てに直面し、しつけや教育の仕方がわからず、悩みを抱えている親。また、そのような子育て家庭を見守り、支援してくれる家族や隣人の減少。このような家庭や地域における子育て力の低下を嘆いている余裕がなく、何とかしなければという思いはあるものの、どうしたら良いのかわからない状態でした。
 そんな折、網走市では「一日保育士体験事業」を2011年度に試行的にひとつの保育園で実施し、2012年度からは市内の全公立保育所(3園)で実施しています。
 本レポートでは、この事業が導入されるまでの経過やどのような効果があったのかを中心に報告します。


2. 一日保育士体験事業とは

 難しいことではなく、単に保護者が一日保育士として保育園に入るだけです。具体的には、一日のスケジュールに従い、先生(保護者)の紹介、自由遊び、手洗い、絵本等の読み聞かせ、給食準備、給食体験、排泄補助、午睡の準備などを行ってもらいます。終わりに修了証をお渡しし、後日、感想などをアンケート用紙に記入してもらいます。
 一日、保育園での生活をつぶさに見ていただくもので、何か特別なことをしていただくとか、特別な用意をしていただくものではありません。


3. 導入に至る経過

 保育園担当の上司(課長、係長)より、「他県でおもしろい取り組みをしている」というお話があり、保育園一園で試行的に実施したいとのことでした。
 子どもの生活や遊び学びを見ながら、我が子だけではなく全ての子どもを客観的に見ることができる機会を提供することにより、下記の項目について効果が期待できるとのことでした。

(1) 保護者にとって
① 親の子育てに対する意識の向上が図られる。
② 大勢の子どもとふれあうことで、育児に対する視野を広め、家庭でのしつけを見直す機会となる。(子どもの多様性や成長過程の理解が生まれる)
③ 父親も対象とすることで、父親の育児参加啓発となる。
④ 保育者の大変さと大切さが実感できるとともに、相互の信頼関係が深まり、子どもにとってより豊かな成育環境を築くことができる。
⑤ 普段、子どもが食べているものを実際に食べてみることにより、給食に対する理解を深めることができる。
⑥ 子ども慣れしていない親が虐待するケースが多い。多くの子どもと接することで虐待の防止にもつながる。

(2) 保育園にとって
① 保育内容が保護者に頻繁に観察されることにより、結果的に保育士の資質向上につながる。
② 保育士は保育内容を保護者に分かりやすく説明することで、自らの保育を振り返るとともに、技量を磨くことができる。
③ 保護者とコミュニケーションをとることにより、園児の家庭環境への理解が深まり、子どもにとってより豊かな成育環境を築くことができる。
 当初は、上司が説明する効果に疑問をいだきました。保育士同士の話し合いでは、下記のような声があがりました。
 ・既に参観日で、子ども達の様子は見てもらっている。それで十分なのでは。
 ・親とのコミュニケーションは、子どもの送迎時で図られている。
 しかし、「効果があるのかないのか、やり始める前に考えるのはやめよう」と思い立ち、また、担当係長から「やってみて効果がないなら、やめてもかまわない」との言葉に後押しされ、2011年6月からスタートすることに決定しました。
 スタートする前に、三度ほど担当係長や事務職員を保護者に見立てて保育園に一日、入ってもらいました。保護者に対する声掛けのタイミングや、やってもらうことの範囲の確認、募集の仕方や回数などを話し合い、月に1回、1日2人までとしてスタートしました。


4. 実施後の保護者及び保育士の意見

 一日保育士を体験していただいた保護者には、アンケート(感想など)を記入してもらいます。
 その感想を読むと驚きです。そのほとんどが保育園に対する感謝のコメントでした。その中の主な感想を紹介します。


(1) アンケートの紹介
アンケートの紹介

・子ども達はもっと大人に話を聞いてほしいのだろうと思いました。今後、家ではたくさん話を聞いてあげるように心掛けます。
・先生が子ども達と本気で遊び本気で本を読む姿に感激しました。見習いたい
・子ども達が自分でできる事は、自分でやらせている先生たちは大変だなーと思いました。家では自分でやらせても遅かったり戸惑っていると、つい、手を貸していましたが今後は遅くても自分でやらせるようにします。
・普段、家でできていないことも園ではしっかりできていて安心しました。
・先生達は、とても忙しく大変そうでした。何かお手伝いできることがあれば声を掛けてください。
・園では1日のリズムがあって家庭ではできない生活ができました。家でもリズム的な生活を心掛けたいです。
・子ども達がどんな遊びをしているのか良くわかりました。また普段、家で○○ちゃんと仲良く遊んだ話をされてもピンとこないことがありましたが、実際に仲の良い友達との様子を見ることができ実感できました。
・他のお父さんお母さんにも是非参加してほしいと思います。参観日とは違い、親ではありますが先生として子どもと接したときの子どもの成長を見ることができ、良い体験でした。
・子ども達が喧嘩をしたとき、先生たちは怒らず、まず話を聞いていたのを見て、理由や言い分を聞いてあげた上で“なぜ、そうしたのか”“なぜ、いけないのか”を話すことが大切だと感じました。


(2) 保育士の意見の紹介
保育士の意見

・言葉だけでは伝わらない日常の保育の様子を一日体験することで理解してくれるようになった。
・文書で園の約束事を知らせているが、体験の中から決まりごとがどの様に保育の場に活かされているのか知ってもらえた。
・おやつ、給食を試食してもらうことで子どもが食べているおかず、おやつの味付け、具材に興味を持つようになった。
・我が子しか知らない保護者にとって体験の中から色々な子どもがいることや成長も個々によって違うことを知り、育児に対して不安が少なくなる。
・大きな行事が入っているときは特に、休憩時間を利用して準備を手伝ってもらいながら「おしゃべり」をし、保育者と保護者の信頼関係が生まれた。


表1 「月別利用者数(2011年度)」
 
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
1月
2月
3月
男性
女性

表2 「月別利用者数(2012年度)」*7月1日現在 予約含む
 
6月
7月
8月
男性
女性

 
 
 
 

5. まとめ

 アンケートの紹介でわかるように、一日、我が子や大勢の子ども、先生とふれあうことで育児に対する視野が広まり、しつけを見直す良い機会になっています。多くの親に、何らかの気付きをもたらすのです。子育てのヒントを会得した保護者の感想が多く寄せられています。また、普段気づかない我が子の様子や友達との生活の様子がわかるようです。
 参観日と違い、丸一日園にいることで、午睡の時間を利用して保育士とじっくり話をすることができます。普段の子どもの悩み事をお聞きすることもありますし、他愛のない「おしゃべり」をすることで、保護者と保育士の距離が縮まり、その後の信頼関係が深まります。今まで挨拶と伝言程度だった会話が、深い会話になり、お互いに伝わらなかったことが通じるようになります。家庭や仕事の事情が見えてきます。事情が分かれば、例えばお迎えが遅くなったときでも理解を示すことができますし、その後保護者も相談しやすくなり相互理解が深まります。保育を園に「お任せ」するのではなく、互いに協力して保育していく関係に繋がります。保育は24時間切れ目なく続いているのですから、互いに共通意識を持つことがその子にとって最も良い保育になることは言うまでもありません。
 また、園にとっては保護者が園内にいることにより意識が変わります。いつでも親に見せられる保育を、という意識が生まれます。それが保育の質の向上につながるのです。
 一日保育士を体験したほとんどの親が、園に対して感謝のコメントを残しています。その親たちの感謝の気持ちが保育士を育て、保育園を支えます。この感謝を保育士達が子どもに還元してほしいと思います。


6. おわりに

 一日保育士体験。この事業は、埼玉県から始まり、今では埼玉県内の全保育園・幼稚園で行われているようです。他に東京都品川区では全ての公立保育園で、長野県茅野市、最近では大阪市長が一日保育士体験の義務化に向け条例案を議会に提出する方針を示しました。(2012年5月2日現在)
 全国的な広がりを見せています。親が親らしくあるために、失いつつある子育て文化の親子間の継承を取り返すために、これからも保護者と一緒に子どもに寄り添い、成長を支えたいと思います。