【自主レポート】

第34回兵庫自治研集会
第8分科会 都市(まち)と地方の再生とまちづくり

 公共交通をとりまく環境は厳しい。公営企業として運営されてきたバス事業は、全国的に廃止されつつあり民間経営にゆだねられている。これまで何とか維持されてきた市民の足としてのバスネットワークが民間経営でも維持されるのか。尼崎市も完全民営化の方向を打ち出したが、バスネットワークを維持するために、市民が独自の「市民案」を行政に提言した。どちらの案が効果的か……



尼崎市営バスのこれからのあり方についての市民提言
― バスネットワークを維持・発展させるために ―

兵庫県本部/尼崎市議会議員 塩見 幸治

1. 尼崎市における市バス民営化の流れ

(1) 公営企業審議会答申が出される
 本年(2012年)7月6日、尼崎市公営企業審議会(以下「公営審」と略す)は、尼崎市営バスの今後のあり方について、公営企業による市バス運営を廃止し「完全民間経営方式」が望ましいという答申を尼崎市に提出した。
 尼崎市は「公営審」での検討にあたって、@公営企業方式 A公営企業によらない直営方式 B間接経営方式(現在、尼崎市交通局が70%・尼崎交通労組が30%出資をしている尼崎交通事業振興株式会社(以下「ATS」と略す)が運行経営する方式、「ATS」は現在一部路線の運行を受託している) C上下分離方式(資本部分は行政が担い、運行は民間が行う方式) D完全民間経営方式 の5つの選択肢についてメリットデメリットを検討した資料を「公営審」に提出。「公営審」もそれに沿って検討を加えた結果、Dの「完全民間経営方式」を選択したものである。

(2) 高齢者無料乗車証制度に頼ってきた市バス経営
 2010年10月から、70歳以上の高齢者を対象としていた「尼崎市バス高齢者無料乗車証制度」が廃止となり「一部有料化」された。当面は1回乗車50円の自己負担(他にも割引定期などの仕組みがある)という暫定措置だが、2012年10月からは自己負担が100円となる。この制度変更における議論は重要であるが、紙面の関係上、ここでは省略させていただく。
 すでに、この無料乗車証制度にともなう尼崎市一般会計からの補助金は、市バス運賃収入の45%を占めるという状況となっていた。例に漏れず、市バスも年々乗車人員は減少し、様々な内部合理化による経営努力が続けられてはきたが、このような実態にある市バス経営において、独立採算による事業運営は破綻していた。尼崎市が一般会計からの補助金の削減のための見直しを進めるということは、遅かれ早かれ、市バスが経営できなくなるということとほぼ同義語であった。無料乗車証制度の廃止・一部有料化によって、一定の「乗り控え」による高齢者乗車率の減少を招くことは尼崎市も予測していたが、現実はその予測を大きく上回り、市バスにとっては大幅な収入減少となり、大きい計算違いが生じてしまった。
 2011年度の市バス経営について、「市バス経営補助金」として、別途新たに3億5千万円を一般会計から手立てをしなければならなくなってしまったのである。
 この現実は、「公営企業としての市バスが廃止されるにはまだ少し時間があるだろう。」という甘い認識を打ち砕いてしまった。尼崎市は、「経営補助金を出し続けることは不可能である。」として、ただちに、市バスの今後のあり方についての内部検討に入った。2011年度当初のことであった。

(3) 「完全民営化」は既定路線
 (2)の流れを見ていただくならば、市バスの廃止・完全民営化は尼崎市が描く「既定の帰結」であったことは十分推測できる。事実、尼崎市は市バスの今後のあり方として、今後も市バスネットワークを維持することを前提に5つの選択肢を示したが、@Aは直営方式で財政的に困難と結論づけた。また、Bの「ATS」が運行する間接経営方式は、実質上、直営と同じような経営上の硬直性があることと、経営的ノウハウがないと断定している。また、Cはバス事業では全国に例がないとして却下。結論として、Dの完全民間方式しかないとコメントしている。Dの場合、バスネットワークの維持に不安があるが、スタート時に「協定書」を交わすことと、利用者・行政・民間経営者で構成する「協議会」の設置で担保できると言い切っている。
 本当にそうだろうか……? 他市の例を見る限り、民間経営に移行した当初は可能であっても、将来にわたるネットワークの維持については大いに疑問があるところである。
 加えて、過去の「公営審」から「総合交通政策」の必要性を指摘されてきたにもかかわらず、いまだに確立しえていない尼崎市の現状を見るときに、尼崎市が、バスネットワークのあり方についての見識と責任を持ちうるのか……という点において非常に心もとない限りであるといわざるを得ない。


2. 市バスの今後のあり方について「市民案」を提言

(1) 福岡市の「公共交通基本条例」について
 ご存知のとおり、福岡市には市バスが走っていない。すべて民間が担ってきた。しかし、バス経営が悪化する中で、路線の縮小・廃止という事態に直面せざるを得ないことになってきた。路線がなくなる地域にとっては死活問題である。バス路線の廃止について存続を求める陳情等が議会に寄せられてきた。これまで、「バス問題は民間の問題」との認識が一般的であった市議会は、こういう事態に対して、行政が責任をもってかかわる必要性を改めて認識した。福岡市議会は、バスネットワークを民間が担っているとはいえ、行政の適切な関与が必要として「公共交通基本条例」を制定した。
 以上は、この条例の立案者であった栃木福岡市議会議員のお話である。
 今日、バス経営は、総じて困難性を増してきている。「公営企業は民間に比べてコストが高い。」とはいえ、そのコスト差を是正すれば何とかなるという状況ではない。市場原理に任せれば、赤字路線は縮小・廃止せざるを得なくなるのは当然のことといえる。
 しかし一方、高齢者・障害者等移動制約者に対する市民の足の確保の必要性や環境負荷の軽減という観点から、公共交通の重要性が指摘されているのも事実である。
 福岡市では、公共交通の重要性から、これまで歴史的に民間が担ってきたバスネットワークを維持するために、「条例」という形で市行政が積極的に関与するためのシステムを構築しようとしているのである。

(2) 尼崎市バスのこれからのあり方について「市民案」を提言
 「あまがさき21市民連合」(尼崎における諸課題について取り組むネットワーク組織)・「尼崎市営バスを考える会」(高齢者無料乗車証制度の見直しがなされたことを契機につくられた高齢者のグループ)「尼崎地域自治研究会」の3団体、及び、尼崎交通労働組合もかかわる中で、本年6月30日に「尼崎市バスのこれからのあり方を考えるシンポジュウム」を開催した。
 このシンポジュウムでは、バスネットワークを維持・発展させるためのバス経営のあり方について、市民目線での計画案をつくり発表することになった。このシンポジュウム実行委員会に市民案策定作業チームを設置し検討と議論を重ねた。提案した市民案は「尼崎市も出資する共同出資型民間経営方式」というものであった。「公営審」ではすでに「完全民間経営方式」が素案としてまとめられており、シンポジュウムでは、「完全民間経営方式」を支持する公営審委員もパネラーとして参加されていたこともあって、「完全民間経営方式」と「尼崎市も出資する共同出資型民間経営方式」について活発な議論が交わされた。

(3) 「尼崎市も出資する共同出資型民間経営方式」について
 市民案を検討するにあたっては次の2点を踏まえた。
 第1には、将来にわたって尼崎市内におけるバスネットワークを維持・発展させるためには、バス運営において尼崎市が一定の責任を果たすことが必要である。市民等からのバスネットワーク等にかかる要望を受け止め、具体的に解決する仕組みを持つ運営形態が必要である。
 第2には、尼崎市の財政負担について適切なレベルを維持しなければならない。公営企業としての市バス経営はすでに破綻状態であり、この状態を一般会計からの補てんで支えることは困難であると認識する。しかし一方、ネットワークを維持するためには、民間が運営したとしても一定の公的財政援助は不可欠である。
 以上の2点を押さえた上で、市が示した5つの運営形態について検討を加えたが、完全民間経営方式では協定を締結したり協議会を設置したとしても「担保力」が弱いというのが私たちの判断である。
 加えて、ネットワーク維持のための公的財政援助は不可欠であるが、当面は実行されると思われるものの、将来にわたってその保障があるかといえば心もとない限りである。
 「尼崎市も出資する」という形は、「民間経営に口を挟む」ことを意味するものではなく、ネットワーク維持にかかる公的財政援助を将来にわたって担保するためのものである。
 「共同出資型民間経営方式」は、設立時においては、単に民間バス会社にまる投げしお願いするよりも手間がかかることは間違いがない。しかし、その手間がかかるとしても、市民のための交通ネットワークを考えたときに、民間も、行政も、市民もそれぞれ協力し合ってバスネットワークを維持するために力を出し合うという仕組みが重要であると考えたのである。まさに「協働」である。
 「行政が出資すれば民間経営ノウハウを生かしきれなくなる。」とか「行政が出資参画すれば民間企業は参画しないだろう。」という意見がある。しかしこの意見はおかしい。
 行政が出資する目的は、バスネットワークの維持のための担保であり、その担保は、公的財政援助という形として現れるのであるから、参画する民間企業にとってもメリットのある話である。行政が経営権を握るのであれば問題であるが、そのことを目的にする出資ではないことは誤解のないようにしてもらいたい。市民は、「尼崎市は将来バスネットワークから逃げてしまうのではないか。」という不安を抱いているのである。「市民に信用してもらい安心してもらう。」ために尼崎市行政がどういうスタンスを取るべきか、について具体的に提案したものである。
 この方式の延長線上には、将来的に、尼崎市民が、尼崎の様々な事業所が、資本参加して「市民のバス」として存続することも展望できるのではないか。バス経営が厳しい環境にあるからこそ、民間経営ノウハウをベースに市民のバスとしての存在を展望できる夢のあるシステムの構築を求めたい。


3. 私たちが期待するもの

 今回私たちが、市バスの今後の運営形態についてこういう一つの提案を行った趣旨は、この間の市バスに関する検討において、将来にわたる市民の交通移動権の保障などの議論が、市民レベルで活発に議論されていないことの危惧があったからである。(形式的には「公営審」に市民代表も参加している)
 過去の「公営審」から「総合交通政策をつくるべきである。」という答申が出されたにもかかわらず、いまだにまちづくりとリンクさせた総合交通政策が存在しないことや、今回の「公営審」は、「尼崎市営バスを考える会」に集まる高齢者たちが「市バスの今後を考えるのに行政だけで決めてしまうのはおかしい。」という陳情を市議会に提出してはじめて設置されたという経過を見るときに、このような重要な結論を出すにあたって、広く様々な運営形態についての議論がなされるかどうか……ということについて不安を抱かざるを得なかったのである。
 何も市バス問題に限ったことではないが、尼崎市行政が、財政負担を軽減するために、様々な行政課題から尼崎市が撤退することのみを追い求めている。そのことは、市民から見れば、行政責任も同時に放棄しようとしているように見える。
 私たちはこのような経過の中で、一つの「案」を提案したのは、リップサービスではなく本当の意味で、「財政再建下での政策展開について市民と一緒に考えようではないか。」という投げかけを尼崎市行政に行ったということである。
 去る7月9日には、尼崎市長に対し、この市民案も検討対象とすることを申し入れた。
 もちろんこの「案」よりももっといい「案」があるかもしれない。そういう「案」が市民の中から出てくればすばらしい。このように、「市民に議論を喚起したい。」という思いがあっての問題提起である。そういう議論が起こり、「将来にわたって後悔のない結論を導き出してほしい。」という願いをこめて本案を提言したものである。