【自主レポート】

第34回兵庫自治研集会
第9分科会 農(林漁業)から考える地域づくり

 耕作放棄地、農家の後継者問題、高齢化、食育など、地域社会が抱える様々な課題に「農」を通してアプローチする「いちの・たんぼの会」の活動を報告。



「農」を通した地域社会の課題解決
「いちの・たんぼの会」取り組み報告

福岡県本部/大牟田市職員労働組合 丸山 正治

1. はじめに

 大牟田市は福岡県の最南端にあり、熊本県と接しています。東は三池山(388m)など低山が連なり、西は有明海に面しています。人口は、三池炭鉱が栄えていた1959年をピークに減少を続け、現在では124,163人(2012年8月)、高齢化率は30.2%と全国の都市の中でも高齢化が進んでいます。市民誰もがいつまでも安心して住み続けられるマチをめざしていますが、就労人口の減少や社会保障の増大は深刻な課題です。
 産業構造は、全国平均と比べると、第二次産業の割合が高く、第一次産業の割合は低くなっています。販売農家戸数は1990年の1,144戸から6割減の462戸にまで減少、その耕作面積も1,043haから636haへと大きく減少し、耕作放棄地が市内あちこちにみられます。
 大牟田市の最東部、三池山の麓・櫟野(イチノ)にある棚田もまた例外ではありません。
 「この棚田を活用して地域の課題を解決できないか」そんな思いから、2003年、有志による「いちの・たんぼの会」が発足しました。

2. 「いちの・たんぼの会」とは

(1) 目 的
 いちの・たんぼの会の目的は次のとおりです。
① 耕作放棄地への対策
  農家の高齢化と後継者不足、それに伴う耕作放棄地の増加は、景観や環境、治水、食糧問題など多面的に影響する深刻な課題です。
② 農業者と消費者の地域ネットワークづくり
  農業者が抱える「農業だけでは食べていけない」という経済的現実からくる後継者不足、消費者が抱える食品偽装や遺伝子組み換え、農薬など、食に対する不安などを解決していくためには、農業者と消費者がお互いに理解を深めていく必要があります。
③ 高齢者の就労・社会参加促進
  高齢化は、医療費など社会保障の面はもちろん、地域でのコミュニティ弱体化による孤立など、現代社会における深刻な課題です。農業は、高齢者の収入確保、生きがいづくり、健康づくりの一つの解決策となるはずです。
④ 食を通した安全・安心な子育て環境づくり支援
  子どもの育ちに食が大きく関わっていることが「食育」として見直されています。子ども達に本物の命ある食べ物を食べさせられる環境づくりを支援することは、これからの社会を支える子ども達を育むと共に、未来の農業への希望でもあります。

(2) メンバー・運営
 いちの・たんぼの会は、櫟野で以前から有機農業に取り組んでおられた山下公一さんという地元の農家の方を中心に、地元の住民や農業高校の退職教師、市職員や学校給食調理員とその退職者、その他会の趣旨に賛同する市民で構成しています。会員の半分はそれまで農業未経験の消費者で、会員数は現在40人ほどです。
 会でつくったお米は、玄米30キロを5,000円で会員が買い上げ、うち、1,000円を会費に充当しています。残りは市場に出し、その売り上げを諸経費に充てています。
 また、年に1回総会を開催し、そのなかで次年度の作付けの方針などを話し合っています。会員向けの会報も発行しています。 

(3) 活 動
① 日常的な活動
  田植えや稲刈りなどの特別な時を除けば、毎回十数人が参加。さらに野菜部会の数人は週に1回程度、山下さんの仕事を手伝っています。
  田んぼは最初、棚田の1~4号田(約9畝)からスタート。現在では、その年度の状況に応じて2~3反を作付けできるようになりました。また、除草や播種など人手が必要なときは、山下さんの畑の援農も行います。
  援農の帰りに分けてもらう山下さんの畑の作物は、会員の楽しみにもなっています。
② 炭素循環農法
  いちの・たんぼの会では、2008年度から「炭素循環農法(以下、たんじゅん農法)」に取り組んでいます。
  たんじゅん農法は「森林における物質循環を農地で再現することをめざす農法」で、肥料を使わない代わりに、収穫した作物に見合うだけの有機物(刈草、菜の花、野菜くずなど)を投入し、これを土中の微生物に分解してもらい、分解によって生じた物質で作物を育てるというものです。
  まだまだ土壌改良、試行錯誤の段階ではありますが、徐々に収量も向上してきました。会員はこのような取り組みを通じて、自分も自然の循環の中にいることを実感します。
  いちの・たんぼの会を「ふつうの人が参加して、あたりまえの農業を、だれでも、簡単にできるよう、学び、実践し、お世話する場」にしていくために、「たんじゅん農法」は一つのきっかけとなるかもしれません。
③ 隔年の活動
  いちの・たんぼの会メンバーが中心となって、市内の他の農業グループなどと連携して実行委員会をつくり、「農業者と消費者をつなぐ経験交流会」を隔年で開催しています。
④ 近年の活動
  2012年4月、市内に2園しかない公立保育所の一つ、歴木保育所が民営化され、運営は社会福祉協議会(社協)が担うこととなりました。社協は運営にあたって「安全安心な食材による給食を提供することを保育所の特徴にしたい」という方針を掲げ、2012年1月、米・野菜の供給をいちの・たんぼの会に要請。4月から取り組みがスタートすることになりました。

3. 経験交流会

(1) 第1回(2006年8月27日)
 基調講演「食と農の共生」福岡県農業協同組合中央会 水田農業対策部長 高武孝允氏
 実践報告「福岡市における減農薬稲作」福岡市農業協同組合 中牟田善幸氏・富永一郎氏
     「4年目を迎えた市民参加の無農薬米づくり運動」いちの・たんぼの会 山下公一氏
     「学校給食における地産地消への取り組みと課題」大牟田市学校給食改善推進委員会 中島真弓氏

(2) 第2回(2008年8月31日)
 基調講演「農村(ムラ)の幸せ・都会(マチ)の幸せ」熊本大学文学部総合人間学科教授 徳野貞雄氏
 実践報告「実る喜び・就農支援」農事組合法人・モアハウス理事 松藤富士子氏
     「汗腺を通した百姓学・田んぼの学校」山の元(はじめ)自然学校 林田弘治氏

(3) 第3回(2010年8月29日)
 基調講演「食卓の向こう側に見えるもの~自給率より自給力」西日本新聞編集委員 佐藤弘氏
 実践報告「なぜ農業をめざしたか」近藤和幸氏
     「就農をめざして『山の暮らしと自分なり農生活』」甲斐龍一氏
     「農作業を通して学んだこと」福岡県立ありあけ新世高等学校農業エコクラブ

(4) 番外編(2011年3月2日)
 VTR上映「世界同時食糧危機・アメリカ頼みの『食』が破綻する」(NHK)
 問題提起「TPP交渉の内容とその影響について」福岡県農政連 今岡靖弘氏

(5) 第4回(2012年8月26日)
 基調講演「子どもの心も育む食」九州大学大学院農学研究院助教 佐藤剛史氏
 実践報告「子どもが育つ玄米和食~高取保育園のいのちの食育」福岡市・高取保育園園長 西福江氏

4. 歴木保育所との連携

(1) 連携にあたっての会からの提案
 連携をはじめるにあたって、保育所と次の点について協議・合意しました。
① いちの・たんぼの会の無農薬・無化学肥料栽培の農産物を納入することを最終目標とするが、過渡的には一部、減農薬・減肥料の野菜を補充することもある。
② 保育所の行事として、園児が稲作を体験する場を設定する。
③ 保育所内の畑で、園児を中心にして、野菜を育てる体験をさせる。土づくりや栽培については、いちの・たんぼの会が援助する。

(2) 取り組み方針
① 供給する野菜
  保育所が必要とする野菜は多品目にわたります。供給は、山下農園、熊手農園、小森農園(いずれもいちの・たんぼの会会員の農園)、いちの・たんぼの会が中心を担いますが、当面は、城北農民組合、グリーンコープに一部を援助してもらうこととしました。また、作付けする野菜の種類も増やす必要があります。夏野菜については、30種類の野菜の作付けを計画しました。
  また、特に梅雨期の雨対策として、ビニールハウスを設置しました。もちろんハウスは促成・抑制栽培の役目もしますが、主要な役目は雨対策で、重油を燃やすなどの栽培方法はとりません。基本は旬の野菜とします。
  園としては旬の野菜で献立をつくることが求められますが、まだ慣れていませんのでおいおい習熟してもらうことになります。また、旬の野菜の調理法など、こちらからも情報を提供していくことが大切です。
② 野菜の集荷と配送
  野菜の保育所への納入は原則として週4回。その前日には集荷を済ませておかねばなりません。野菜納入事務局が中心となりますが、多くの方の協力が必要です。
  配送については、会員で曜日を決めておく必要があります。すべての業務がボランティアとはいきませんから、若干ですが手当を出せるようにして、その分は野菜の価格に組み入れなければなりません。
③ 園児の稲作体験
  子ども達に安心安全な食べ物を食べてもらうということだけではなく、その食べ物がどのようにして食卓に上がるのかを知らせることもこの取り組みの目的の一つです。
  いちの・たんぼの会が管理する水田の1枚を保育所の田んぼにして、田植えと稲刈りだけでも保育所の行事として取り組んでもらいます。除草や水管理はいちの・たんぼの会が受け持ちます。
④ 保育所内での野菜栽培
  保育所内にある小さな畑は、砂地で必ずしも恵まれた条件ではなさそうですが、この畑で野菜を育てることもまた、大切な意味を持ちます。
  田植えはおそらく年長児だけになると思われますので、年中児以下の子どもにも参加してもらうことができます。また、野菜くずなどを投入することも可能です。
  スタート時にはまず土づくりが必要ですから、廃菌床の投入などの援助が必要です。
⑤ 取り組みの位置づけ
  今回の取り組みは、いちの・たんぼの会にとって初めての経験というだけではなく、活動スタイルを変更する意味合いも持っています。栽培した多品目の野菜は、保育所に納めるだけでは余りますから、当然販売する手立てを考えなければなりません。長期的には直売所の開設を展望するきっかけになることが期待されます。

5. おわりに

 いちの・たんぼの会は、スタートして10年目という節目の年を迎えようとしています。そう考えると、今年始まった歴木保育所との連携は象徴的なできごとです。これまで同好の士の楽しみに過ぎなかった農「作業」が、生業としての農「業」に一歩踏み出そうとしています。
 昨今、農のレジャー化やファッション化、企業化など、各地で様々な取り組みが行われています。どれも高度成長期以降変わってしまった農や食の価値観へのアプローチとしては大切なことではないかと思います。
 しかし、本流はやはり「あたりまえの農業をどう守っていくか」ということではないでしょうか。流行や市場経済に左右されない、自然に根ざした農業をふつうの人が、ふつうにできるようになること――山下さんといちの・たんぼの会はそんなことを楽しみながら実践しています。
 今回、あえて農「業」に一歩踏み出すことで「ふつうの人がふつうにできるあたりまえの農業」のノウハウが磨かれていくことと思います。
 そして「その先に多くの環境問題や社会問題を解決する糸口がある」と一人納得しながら、今年も稲刈りの終わった田んぼで新米のおにぎりを頬張るのです。