【論文】

第34回兵庫自治研集会
第9分科会 農(林漁業)から考える地域づくり

 このまま放っておけば、日本の農業、地域と自然は崩壊することが危惧される。これを食い止めるには、地域に根ざして、自然環境を守っている農家の営みを守り、再生させるしかないのではないかと考え、国や自治体に対し現在実施されている環境保全型農業直接支払い制度(農地・水保全管理支払い交付金、環境保全型農業直接支払い交付金)の課題を検証することとする。



日本の環境保全型農業直接支払い制度の検証
自治体農政担当者アンケートから明らかになった課題について

大分県本部/大分県地方自治研究センター・事務局長 佐藤 俊生

1. アンケートの趣旨について

 「環境支払い」とは、農業を通して自然環境を守っている農家の営みを新しい方法で評価して、その対価を国民全体で負担し、応援をする制度のことである。農業は農産物の供給によって、私たちに"いのちの糧"をもたらしているが、それだけではなく、農業生産そのものが良好な緑地空間をつくりだし、地域の暮らしの中に憩いと安らぎを提供するとともに、農業活動の一環として山林・農地,河川・ため池の管理を通じて,生き物を育て,四季折々の風景を形成し、緑の保全・大気や水の浄化・水源の涵養・災害の防止と自然環境を維持・保全してきた。そして、地域のつながり・文化・歴史をも育んできた。農水省では、こうした農業のもつ働きを「多面的機能」と呼んで、2000年より中山間地域等直接支払い制度の要件の一部として取り上げ間接的な支援を行ってきたが、ようやくこれを守る政策として2011年度から環境保全型農業直接支払い支援策を実施した。しかし、総予算に占める農業環境予算は不十分といわざるを得ず、さらに農家の申請・報告も煩雑で活用しやすい制度とは決していえないのが実態である。こうした中、すでに地方では1980年代から、滋賀県・福岡県(2005年~2008年)・佐渡市・横浜市・市川市・熊本市などで取り組まれている。このほかにも各地で、彼岸花の植栽や畦の石積み補修、水車の保全やビオトープへの支援など、環境支払いと言ってもいいほどの地方自治体の農的な環境への支援は様々に実施されてきている。大分県自治研センター環境自治体専門部会は、県内自治体においても環境支払いという言葉を使っていなくても実質的に農の持つ多面的・公益的機能を維持するための政策を実施している事例や、導入してみたい施策等を調査し最終的に政策提言につなげていきたいと考え、環境支払い政策に関する自治体アンケートを実施し、現状の課題点を明らかにすることとした。


2. 大分県の2011年度環境保全型農業直接支援対策取り組み実績

【環境保全型農業直接支払交付金】
 
2011年度実績
申請件数
交付金算定面積(a)
環境保全型農業直接支払交付金(円)
国 東 市
5
421
336,800
豊後大野市
1
78
62,400
杵 築 市
1
141
112,800
九 重 町
3
196
156,800
日 出 町
1
160
128,000
由 布 市
1
122
97,600
宇 佐 市
1
939
751,200
臼 杵 市
4
1,988
1,590,400
竹 田 市
5
427
341,600
合 計
22
4,472
3,577,600
【先進的営農活動支援交付金(旧農地・水営農活動支援)】
市町村
2011年度実績
活動組織数
取組面積(a)
営農活動支援交付金(円)
杵 築 市
組織
1,627
976,200
臼 杵 市
2組織
780
468,000
佐 伯 市
1組織
722
433,200
豊後大野市
6組織
6,441
3,864,600
竹 田 市
1組織
762
457,200
九 重 町
6組織
13,363
8,017,800
6 市 町
18組織
23,695
14,217,000

 大分県における2011年度環境保全型農業直接支援対策取り組み実績「環境保全型農業直接支払交付金・先進的営農活動支援交付金(旧農地・水営農活動支援)」を見ても、環境保全型農業直接支払交付金が22件、先進的営農活動支援交付金(旧農地・水営農活動支援)が18組織しか利用されていない。大分県内の農家戸数を考えると、現行制度が明らかに活用されていないことは明らかである。その原因を、今回実施した自治体アンケート結果から検証する。


3. アンケート結果から見える現行制度の課題

(1) 現行の環境保全型農業直接支払い制度について改善を求める意見
① 農地・水保全管理支払い交付金制度
  集落では高齢化の進行もあり、集落内の担当者は書類の数が多すぎるため取り組みにくい。交付金の活動項目に制限が多い、例えば砂利道の補修は認めているものの、コンクリート舗装に要する経費は認められていないが、砂利道は周辺状況によって耐久性に影響を大きく及ぼし、維持に多大な労力を要している。農家が自由に選択できる制度を望む。
② 環境保全型農業直接支払い交付金
  農地・水制度よりは書類の数は減ったものの取り組みのレベルが高くなってしまった。さらに、メニューが少ないため取り組みが難しいので取り組みやすくしてほしい。環境保全効果の高い営農活動を推進するための交付金だが、実績報告に要する手間が多く農業者から「国は本当に推進するつもりがあるのか」と不満の声が多く聞かれる。十分な予算を確保し、農家が日頃やっている維持管理で事業を受けられるようにする必要がある。県・町の持ち出し予算をなくすことが必要。支援対象の取り組みについて、一部地域ではほぼ県単位で特認による取り組みが承認されているが、地域の実情に併せた取り組みが対象となるように拡充して欲しい。要件の一つであるエコファーマー認証(大分の場合e-naおおいた認証も)のメリットが薄く、環境直払制度のために農家に取得してもらうには手続き等が煩雑であるため、対象農家が増やせない。申請が面倒な割に補助金の額が少ない。交付金の額と交付要件を満たすために必要な経費(認証取得にかかる経費や種子代)を考えると、新たに認証を取得してまで交付金をもらってもメリットが少ないため推進しにくい。果樹栽培にも該当するメニューを取り入れてほしい(柑橘・段々畑)。

(2) 自治体で導入してみたい農の持つ多面的・公益的機能を維持するための政策
 伝統的な仕事や技術への環境支払。伝統的な作物品種(七島イ)の栽培・地域景観と地域文化の継承のための「環境支払い」。レンゲ・彼岸花などの植栽・野焼き・畦畔の被覆植物による畔草刈りの少力化・CO
削減(クラピア)。新規就農希望者が農家へ長期間修業に行った場合の賃金支払い助成・畦畔の草刈り支援者への賃金支払い助成。交流体験、環境計画、記帳、自己評価への環境支払。地域景観と地域文化の継承のための環境支払。飼料自給への環境支払い。農家民宿。農作業に多くの機械が利用されるようになり、架け干しや藁積み等の昔ながらの風景を見る機会は非常に少なくなってきているので、地域景観と地域文化の継承のための環境支払い。

(3) 環境支払い制度を自治体で実施する場合の課題
① 国・県に対する要望・課題
  書類の多さが課題。取り組みメニューが少なく実施が難しい。事業の主旨として必要経費分が補填されるが、それでは参加者が増えないため取り組んだらいくらというようなものにして欲しい。予算が少ないため、国・県からの補助が必要。高齢化が進む中、魅力ある(儲かる)農業でなければ、新規就農はあり得ない。TPPをはじめとする農業の犠牲・衰退は致し方ないとの考え方を改める必要がある。環境保全の必要性を国民、県民に広く周知し、環境保全に対し交付金を交付することに対して理解を得られるようにすること。自治体に対する指導を徹底すること。環境保全型農業の消費者周知、理解といった流通面の強化。補助金等が出ても、環境保全型農業が売り上げに直結しないと、取り組む農家は少ないと思う。県への要望として、環境保全型農業直接支払について県独自の要件として「e-naおおいた農産物認証制度」の認証取得を要件としているが、「e-naおおいた農産物認証制度」は認証を受ける際に一経営体につき15,000円かかる為、環境保全型農業直接支払の申請者を狭めている。国に対する要望として、現在の環境保全型農業直接支払ではメニューが少ない為、環境保全に取り組んでいる農家の内一部の人しか対象になっていないので、もっとメニューを増やすべき。現在、農業者の主な年齢層は60代~70代の方が中心となっており、その様な中で多くの施策が煩雑な申請書類等を作成する必要があり、農業者自身で書類を作成することが難しいとの声が多く寄せられる。また、国の各種施策にも該当することであるが、事業の実施状況等の確認は自治体(市町村)が実施するというパターンがほとんどである。各自治体とも職員数が減少している中で通常の業務以外に煩雑な実施状況の確認を行うのは限界である。実際に環境支払い制度が実施される際にはこれらのことを踏まえて、申請書類及び申請事務の出来る限りの簡素化・簡略化をお願いしたい。農地・水保全管理支払い交付金制度に取り組む場合、全体(一定規模以上)で行う必要が生じることから、地域の組織として取り組むまでは話が発展しにくい。活動要件を中山間直接支払制度と同じく、農家の自主性にまかせた制度にして欲しい。環境保全型農業直接支払い交付金に取り組むことで、資材等経費や作業時間が増加するため国庫事業だけではなく、各県の実情にあった県単事業の整備をお願いしたい。
② 自治体の課題
  書類が多いため、推進をする場合難しい。取り組みまでにいろいろな制約があるので取り組みを推進しづらい。わかりやすく説明をする必要がある。現地確認等の事務が多いため、担当者の増が必要。
  予算の確保・環境保全に対する自治体の自主的な取り組みの例があるが、都市部あるいは都市を抱える県がほとんどで、都市部ほど環境保全に対する意識が高いように見受けられる。(地方は良好な緑地空間が多くあるため、環境保全の意識が少ないのかもしれない)。関係職員の環境保全の意識高揚・環境支払い制度(案)の中では、交付金の国・自治体の負担割合が明記されておらず自治体がどの程度の予算を確保する必要があるか分からない。(案)の中では環境支払い制度の交付金単価は比較的高い支払単価が設定されているため、実際に自治体負担が発生する場合の予算確保が課題である。無農薬・減農薬は地域ぐるみで取り組むべきものだが、水稲栽培ごよみでも判るとおり、無農薬・減農薬に対するものではないため、今後の推進体制の整備が必要である(農地・水保全管理支払い交付金)。対象農業者のエコファーマーについて認定されることによるメリットが農業者にはわかりにくく推進ができていないため、まずエコファーマーの認定を推進する必要がある(環境保全型農業直接支払い交付金)。

4. 日本の農業環境政策の課題

 日本でも農業環境政策の体系化が進められてきたが,欧州のそれと比較するとかなり異質なかたちで展開されてきている。その背景には,日本の固有の農業観があるといえる。日本では,水田農業に代表される農業は,本来環境保全的であるとの認識が根強く存在し,既存の農業を守ることこそが効率的な環境保全であるとの認識が共有されてきた。農業が生産以外に景観や生態系の保全に寄与するとする考え方は、1990年代後半から多面的機能論として世界的に議論が続けられている。多面的機能を重視する国は、欧州やアジアにもこれを支持する国はある、既存の農業と多面的機能論を結びつけ既存の農業を保護する論理を全面に押し出してきた点に日本の特異性がある。その意味で,日本の多面的機能論は農業環境保全政策の新たな展開を一部で制限する側面があり、一種の縛りとして機能してきたとみることもできる。2011年度になると,この閉塞状況を打ち破る可能性を秘めた政策の実施が決定された。環境保全型農業直接支払交付金の新設である。この政策は,慣行的な農業経営の変革を促して、環境を改善しようとする点で従来の政策とは一線を画している。しかし今後、担い手の高齢化の進展などにより農業経営の数が大幅に低下すれば、(特に地方では)農業を維持して環境を保全するという現行の農業環境政策の理念は機能しなくなる可能性がでてくることは明らかである。なぜなら、農業が維持してきた環境は農業の縮小とともに劣化を余儀なくされるからである。新たな状況下では,環境保全型農業直接支払のような経営の変革を前提とした政策の必要性が高まり,多面的機能論を基礎としたこれまでの農業環境政策の枠組みに収まらない政策の確立が必要となる。

5. 検 証

 一昨年、農家への環境支払いに対する聞き取り調査を実施した。その中で環境保全型農業についての農家の関心は決して低くは無いことが明らかであった。こうした中、日本で環境支払い政策を実現し農業を通じて地域や文化、環境を守るためには何が必要なのだろうか。
 現行の環境保全農業直接支払い制度の国として直ちに解決すべき課題は、書類の煩雑さとメニュー不足の解消である。そして自治体における課題は、現地確認等の事務担当者と予算不足が挙げられる。これらの課題を解消し、環境保全型農業政策を実現するためには、高齢者対策として制度の簡素化や取り組みメニューの多様化等、魅力ある制度、生活できる交付金とすることが求められる。さらに自治体財政と人員不足は、多くの市町村で市町村合併し15年後の交付税の一本算定を見越してぎりぎりの運営を迫られているなか、予算の確保で考えれば国として直接支払の総予算に占める農業環境政策関連の予算増を図ることが求められる。日本の農業環境政策である中山間地域等直接支払と農地・水、環境保全対策(農地水環境支払)の合計額は、直接支払総額に占める比率は4%強にすぎない。この水準は農業環境政策の進んだ欧州に比べて約6分の1である。国策として国土の保全、そして小規模農業でも生活できる農業政策を展開することで新たな雇用の創出も発生する。また、これまでの日本の水田農業は環境保全に適しているとの考え方も、今後は改めていく必要がある。日本は降水量が多く窒素が希釈されやすかったため、このような問題はこれまで発生してこなかったが、大分県内でも一部地域で地下水に飲料基準を超える硝酸態窒素の検出が見られた。安全、安心な飲料水・食料の確保の観点から大胆な発想の転換を行い、EU並みに農業と環境予算をリンクさせ、確保することが必要だろう。また、人員の確保についても自治体で職員増が望めない以上、新たな公共を担う地域コーディネーターの確立が求められる。これらの課題は、現在少しずつではあるが福祉の分野で地域のNPOや市民団体と自治体との協働で支えあう仕組みが実りつつあるものの(宇佐市自治研センターでは障害者就労事業として福祉と農業のコラボレーションを行っている)、農業分野までの広がりを期待するにはまだ時間がかかると思う。九州知事会(会長・広瀬勝貞大分県知事)と九州市長会(会長・釘宮磐大分市長)は2月16日、福岡市内で地方分権について初の意見交換会を開き、知事会が国の出先機関改革の受け皿として実現を目指す九州広域行政機構の在り方に市長会の意見(九州府構想)を反映させるため、事務局レベルで「協議の場」を設けることで一致した。九州市長会の提起する九州府構想では九州はオランダとGDP比や面積・人口等で同程度とされている。九州府の是非は別にして、議論の中では権限の行使のために課税自主権の取得や税制の見直しも議論されているのであれば、小規模自治体単位で解決できない環境保全型農業政策の実現等について、九州を一つの地域と捉え九州府構想の議論の中で積極的に検討することも必要なのかもしれない。いずれにしても、農の持つ多面的機能を生かした地域づくり、環境保全は国の政策を待っていたのでは、農家の高齢化が進む中地域の荒廃は免れない。自治体ごとに、まずは取り組める環境支払いメニューから導入し国を動かすことが必要ではないか。




【参考文献】
横川洋 高橋佳孝編集 「生態調和的農業形成と環境直接支払い」  
自治体農ネット 「環境支払い政策の提言」