【要請レポート】

第34回兵庫自治研集会
第10分科会 「地域力」「現場力」アップにむけた学び合い

 労働運動の取り組みから調理員が政策提起し、食育推進専門の部署を設置しました。言葉さえ認知されていなかった食育を児童、保護者から地域住民へと対象を拡大するため、「調理すること」「食べること」を現場の調理員ともに「体験型食育」として進め取り組んできました。地域と共に取り組み、学びあうことによって部署の存続と、さらなる食育の推進にむけて前進する三次市の食育の現状について報告します。



小さな町の中での大きな挑戦
~食育でつなぐ 輝くまち みよし~

広島県本部/三次市職員労働組合 下野 真弓

1. はじめに

 三次市は広島県北部の小さな町です。2004年に1市4町3村が合併し、9年目を迎えました。人口は合併当初の約61,000人から約57,000人へと減少し、高齢化、核家族化が進む中山間地域です。
 でも食育ではちょっとがんばっている町です。
 「ちゃんと食べるといいことあるよ。」とペイントしたキッチンカー(調理ができる食育啓発自動車)が走り、子どもたちは「みよし版食育かるた」で遊びながら食育を学びます。バランスの良い食事の摂り方や地元の特産や郷土食を学ぶ「みよし版食事バランスガイド」があり、「みよしふるさとランチの日」という日があります。また、行政と学校や保育所、共同調理場がいっしょになって取り組んでいる事業もあり、学校や保育所の給食調理員が給食現場の食育だけでなく、三次市主催の食育推進事業に携わっています。
 このような様々な取り組みが実現できたのもいろいろな部署に分散する「食育」を基幹となって担う部署があるからです。そして、その視点はまさに現場で培った食育です。


 
みよし版食育かるた
 
みよし版食事バランスガイド

2. 調理員による政策提起

 この部署は、労働運動の取り組みを当局が認め、現場の調理員が議論し、「政策提起」してできたものです。
 労働運動も時代の流れとともに権利闘争から地域生活圏闘争に変わり、現業職場の合理化も激しくなりましたが、情勢を見ながら地道な運動を続けたことが、2002年、徳島自治研で報告した、学校給食の民間委託阻止の取り組み「直営の価値ある給食をめざして」につながりました。そして「価値ある給食をめざして」取り組んだことがまさに「食育」でした。
 市民や保護者といっしょの民営化阻止の取り組みで学んだことは、自分たちの身を守るためではなく子どもたちにとって給食がどうあるべきか、保護者が求めているものは何か……、市民目線での行政サービスの在り方でした。
 その後も民営化阻止の取り組みで学んだことを生かして、子どもたちに安全でおいしい給食を提供するとともに、これまで以上に質の高い公共サービスをめざして、運動を進めました。給食内容の充実や地域でのボランティア活動、夏期業務期間の子どもを対象にした「夏休み調理講習」「保育所代替勤務」「給食だよりの発行」「地域での食育フェア」などに取り組んできました。しかし現場では臨時職員化が進み、取り組みが困難になるばかりでした。
 民営化は一時的に阻止できたものの、今後へのビジョンもなく、採用もない状態の中、2005年食育基本法が制定されました。食育基本法ができたことを突破口に、「正規調理員の業務」として「食育」を認めさせ、今後につないでいくことができるのではないかと議論しました。そして運動の1つとして、業務が多岐に渡る「食育」を基幹となって担う部署を新設するよう「政策提起」しました。

3. 「食育」を定着するために……体験型食育のすすめ

(1) 食育推進計画の策定と啓発から
 2007年4月に子育てを担当する部局に食育推進チーム(係)が新設され、給食調理員が2人配属されました。
 食育推進チームでの最初の仕事は、「三次市食育推進計画」策定と「啓発」でした。「起案・財務会計・随意契約」という知らない言葉とのたたかいと「どんな計画が作りたいのか」に対して、なにもビジョンがない状態からのスタートでしたが、まずは学校と保育所、そして地域とつながりをつくることを目標に取り組むことにしました。
 計画づくりは、手さぐりの中、これまで市職労運動を通して温めていた「体験型食育の実践」を唯一の柱に始めることにしました。また啓発については、食育のイメージの具現化と市民への啓発のための「シンボル」として「キッチンカー」を作成することとし、車両購入からキッチンを組み込む改造までのプロデュースを行いました。


 

 2008年3月に策定した「三次市食育推進計画」の重点目標は、子どもや子育て世代の「食育実践力の向上」と三次の豊富な農産物を活用した「地産地消の推進」です。
 2010年の中間評価では、目標8項目のうち6項目の数値が達成または上昇しました。2012年には第2次三次市食育推進計画を策定します。

(2) 「子ども」から「市民全体」を対象とした事業拡大
 2年目には、新たに育児支援課の栄養士を加えて、独自の事業(「離乳食講座」「自分でつくろう朝ごはん」「朝ごはんレシピ大募集」「食育絵画コンクール」等)や地域、保育所、学校へ出向く「食育出前講座」を中心的に取り組みました。
 2年目が過ぎようとしたとき「食育推進チームは政策的部署であり、機構改革で部署をなくす。」という原案が出されました。しかし、地域へ出向き、多くの市民と食育を学び合うことでできた「つながり」や食育への理解が市民の声となって、2009年からは、健康推進課に移り「食育推進係」として位置づくことになりました。だれもが潜在的には「食べることが一番大切」「食べることは生きること」と思っています。それを「食育出前講座」のテーマとして事業展開した結果、ニーズとして引き出されたのではないかと思います。「市民に必要とされる仕事は守られる」と実感したときでした。と同時に、市職労運動で仲間と議論していた「食育を学校、保育所だけでなく、最終的には市民全体の食育へ拡げる」という思いを実現するには、食育専門部署を中心に、行政内外の関係部署に食育への必要性を高めながら連携したしくみ作りが必要なこと、そしてその根底に現場で培った「人の力」「現場力」が欠かせないことがわかりました。
 2011年から「健康食育推進係」となりましたが、4人(係長と正規の栄養士と2人の非常勤特別職の栄養士)で「マタニティ料理教室」や「離乳食講座」、小学生対象の「食育絵画コンクール」、「食育学び塾」「おたっしゃ食育講座」など、乳幼児から高齢者までライフステージごとの体験型食育推進事業や食育啓発事業に取り組んでいます。ニーズの高さが他の事業展開でバックボーンになって、のちに2012年度市政懇談会での市民が選ぶ出前講座で、「食育」は3位に位置付いています。

(3) 調理すること・食べることを「体験型食育」として確立する
 計画策定時に実施したアンケート調査では、「食育の言葉も意味も知っている乳幼児を持つ保護者の割合」は46.9%でした。しかし、地域や保育所等で実際に話を聞いてみると、それは、もっともっと低いものでした。このような状況から、「食育」というとらえどころがないものを、いかに市民へ意識づけるかが大きな課題でした。そのため、「食育とは……。今なぜ食育なのか……。」を具体的にわかりやすく話すことから始めました。
 また、長年の経験や情報収集から「調理ができることは、食育実践力をつける土台になる」と確信していたので、特に子どもの「調理実習」については出来上がりではなく、作る過程を大切にしました。そのため、「調理することの意義を言葉に表すこと」や「調理することが楽しい」と思える講座の組み立てを常に考え、講座や事業には必ず話とともに調理実習やデモンストレーションを取り入れました。もちろん「食べること」もです。このような取り組みをコツコツ続けることによって、三次市の「食育」も少しずつ定着し、「『食』に関することは『食育の部署へ』」ということが周知できました。


 

キッチンカーの内部

 
保育所での食育出前講座

(4) 推進体制を確立する
 新しい部署だけで事業展開していくには限界があります。また、対象が子どもとなると、教育委員会を抜きには事業を行うことができません。まずは、学校給食調理員といっしょに、つぎは各部署にいる栄養士と、そして保育所との連携、校長会へ依頼というように庁舎内での連携をつないでいきました。その後2010年からスタートした「みよしふるさとランチの日」の実施にあたって、関連部署で「三次市食育推進計画推進連絡会議(以下に要綱あり)」を設置することになり、庁舎内での推進体制と学校栄養士、保育所調理員との事業連携を確立することができました。この会議で、「みよし版食育かるた」の作成や食育フォーラムなどの啓発事業をいっしょに取り組むようになりました。また、協働の団体「三次市食生活改善推進協議会」の組織強化や資質向上、活動の支援をすることで、三次市からの地域伝達活動を活発化することができました。市の事業へも積極的に協力いただくとともに、自ら活動の場も広げています。JA三次とは、計画策定をきっかけに食農教育(ちゃぐりんキッズなど)部分について専門分野で取り組んでいただきながら情報を共有して、あらゆる事業で連携して取り組んでいます。

4. みんなで担う食育①

 三次市食育推進計画の実践として、給食現場の仲間と一緒に取り組んでいる事業を紹介します。

(1) 自分でつくろう朝ごはん
 当初の食育推進チームが立ち上がって間もない2007年7月、学校給食調理員といっしょに小学生を対象の夏休み食育講座「自分でつくろう朝ごはん」に取り組むことができました。
 それは、食育推進チームの初めての独自事業であり、学校給食調理員にとっては初めてほかの部署の仕事をすること、そして調理場から地域へ一歩出ることでもありました。
 チームと学校給食調理員で事前研修を行い、子どもたちへの調理指導や資料作りからスケジュール、メニューの検討などを行いました。今まで現業評議会で取り組んできた「夏休み調理講習」でのノウハウがあったためスムーズに打ち合わせもでき、子どもたちにより多くの体験ができるように組み立てることができました。一回の講座に調理員2人が担当して食育推進チームのメンバーといっしょに地域へ出かけました。
 2年目からは社会教育課の夏休み事業である「子どもチャレンジ講座」にも位置づけるとともに、自治連合会や放課後児童クラブなど2007年から2011年までにのべ45回実施し、参加者約900人の実績を上げました。


 
手洗い指導
 
きゅうりの切り方デモ

※ 2011年度「自分でつくろう朝ごはん」参加小学生162人のアンケート調査結果から

(2) 朝ごはんレシピ大集合・朝ごはんづくりコンテスト
 2008年からは小中学生を対象の「朝ごはんづくりコンテスト」のスタッフとして、コンテスト参加者の担当、食材の準備から当日の補助、そしてコンテスト全体の運営にも関わっています。子どもたちは上手にアシストしてくれる調理員に安心して、コンテストで力を発揮してくれます。2009年からはJA三次とも一緒に取り組んでいます。入賞作品はレシピ集にして配布しますが、学校給食のメニューにも活用されています。


 
 
コンテスト会場の様子
 
コンテスト入賞作品
 
朝ごはんレシピ集

(3) 子ども用調理器具貸し出し事業
 保育所現場での経験や保育所の出前講座を行う中で、現場の保育士や調理員が準備しやすく、また何より子どもたちが楽しく、より多くの調理体験で実践ができるように、子ども用調理器具(包丁・ピーラー・まな板・計量カップなど)の貸し出し事業を行っています。貸し出し対象は保育所に限ったことではないですが、特に保育所への貸し出しが多くあります。

5. みんなで担う食育②

 三次市食育推進計画の実践として、企業や地域のみなさん、行政、学校・保育所がいっしょになって取り組んでいる事業を紹介します。

(1) みよしふるさとランチの日


 三次市では、学校・保育所給食に三次産の米や野菜などをふんだんに取り入れた給食を「ふるさとランチ」と呼んでいます。2010年度より、保育所・学校給食を通して市民のみなさんにもバランスのよい食事や旬の食材、郷土料理、食育や地産地消をより身近に感じていただけるように、6月19日(食育月間・食育の日)、10月19日(ひろしま食育の日)、1月19日(学校給食週間のある月の食育の日)を「みよしふるさとランチの日」として設けました。


 2009年、三次市食育推進計画の重点目標である給食における三次産農産物の活用促進を図るため、「ふるさとランチの日」を設置するために学校・保育所の調理員、学校栄養士の代表、保育所栄養士、教育企画課、農政課で担当者会議を設置しました。何度も会議を開き、議論を重ね、2010年度から「みよしふるさとランチの日(要綱あり)」を設けました。
 2010年の10月19日からは共通テーマ食材を決めました。テーマ食材に関する資料を作成し、中学校から保育所まで配布しています。また、三次市の広報誌「広報みよし」に栄養士から提供された給食メニュー「作ってみませんかふるさとランチメニュー」を掲載しています。保育所や調理場・学校ではテーマ食材使った給食メニューを積極的に取り入れることはもちろんのこと、食材についてのクイズや実物展示、子どもたちへの話、保護者への啓発など、それぞれで工夫した取り組みをしています。毎回「ふるさとランチ担当者会議」を開催し、福祉保健部長が委員長を務める「三次市食育推進連絡会議」と取り組み報告の検証や課題整理をしています。回を重ねるごとに、取り組みの充実が図られています。
 また、JA三次の「食農教育プラン」との連携による、食材調達なども行っています。

(2) 食育月間の取り組み 食育フォーラム
 食育月間の啓発事業として、2008年6月から市民を対象に関係部署が連携して「食育フォーラム」を開催しています。
 みよしふるさとランチの日を設置した2010年から「みよしふるさとランチの日食育フォーラム」として、毎年取り組んでいます。年を重ねるごとに、連携の輪を広げています。2011年の「6・19みよしふるさとランチの日食育フォーラム」では地元の民間企業、食生活改善推進協議会、学校給食や保育所での取り組み報告やパネル展示、給食の実物展示、試食の提供などを通して、広く市民へアピールすることができました。
 2012年度は「大豆博士になろう 親子食育体験隊みよしふるさとランチの日食育フォーラム」として「大豆」をテーマに開催しました。
 当日は市民約100人に、健康推進課・農政課・教育委員会・保育課・JA三次・JA女性部・三次市食生活改善推進協議会が一緒になり、学校・保育所給食メニューが入った「豆ランチ」やスタンプラリー、豆腐作り、みそ作りを通して、参加者の食育や地産地消への意識向上を図りました。
 これらの取り組みの中で、スタッフからも「安心して任せられるね。」「調理員さんは、こんなところまで衛生管理しているのね。」「給食メニューっておいしいね。」という言葉をいただいたことは、調理員の職を理解していただく機会にもなっているのだと感じました。


【参加した子どもの感想】
・楽しかった。すごく楽しかった。おもしろかった。
・大豆の味がこんなにおいしいことがよくわかった。
・今日はいろいろ勉強になったし、またこうゆうことがしたい。
・いろんな豆のことがよくわかった。大豆が好きになった。
・今日は大豆のことがよくわかったし、みそ作りや豆ランチはとても楽しくとてもおいしかった。
・またこんなことがあれば参加したい。
・いい体験をしてまたしたい。大豆はいろいろな物に変身して、すごいなと思った。
・みそ作りでこねてなげるのがおもしろかった。


 
「保育所給食パネル展示」・スタンプラリークイズ
 
学校給食試食提供

 
 
広報みよし
「作ってみませんかふるさとランチメニュー」
 
大豆レンジャー
 
豆ランチ

6. 「食育でつなぐ 輝くまち みよし」をめざして

 労働運動の結果として、新しい部署を行政内部に作ることができたのは、大きな成果でした。
 「食育」という、なかなか明確化できない内容を「キッチンカー」「体験型食育」「食育媒体」「啓発事業」を通して、事業として一定程度の確立はできました。これは、これまでも述べてきたとおり、「現場」があり、そこに「労働運動」があり、そのことを通して培った力があったからです。調理員として採用され、一生懸命仕事をしていても、どこか「食事をつくるだけ」と見られているのではないかと感じることも多くありました。しかしそのことに反発し、「そうではない」と口でいうだけでなく、地道に実践し、実績を積み上げることで「調理員」の職を周囲に認めてもらい、市民のしあわせに結びつくことで自分たちも誇りを持って働くことができる……これが市職労運動のスタンスです。

(1) この間の取り組みから学んだこと
 体験型食育を基盤として、現場といっしょに三次市の食育推進事業に取り組んできました。その中で学んだことは、「子どもの食育体験が大人を変える」ということです。
 「自分で作ろう朝ごはん」や保育所、学校などでの「食育出前講座」で子どもたちは、朝ごはんの大切さを知ったり、みそ汁づくりで野菜を切ったり、豆腐団子作りをします。
 そして必ず「いりこの頭とはらわた取り」をします。そのいりこは三次市の「食育グッズ」として家に持って帰ります。子どもたちは、楽しかった食育体験は家庭で実践するそうです。また自分が手をかけた「いりこ」は愛情を持って食べます。そういう子どもたちの姿を通して、大人がまた食育を考えるきっかけになると知りました。
 子どもたちへの食育を丁寧にすることが市民全体の食育実践力の向上につながるとともに、子どもたちの生きる力を育むことができるのです。改めて、食育の部署と保育所や学校、調理場、給食室が力を合わせて子どもたちへアプローチをし続けていくことが大切であると感じています。

(2) これから
 三次市の食育を今後推進していくうえでの課題も多くあります。
 この部署や給食の在り方、そしてこれからの三次市の食育をどのようにしていくか……。行政のスリム化の中で、どのようにしたら存続することができるか……。しっかり議論する必要があります。また、東日本大震災以降ますます市民の関心が高まっている「食の安全」についても取り組んでいくことが求められています。
 これからの「第2次三次市食育推進計画」の策定に向けて、現場の仲間はもちろん、これまで関わってくださった方々としっかり議論し、三次市民の笑顔のためにより効果的な事業ができるようにしていく必要があります。

【「2012年三次市食育に関するアンケート」より】
食育を推進するために、行政に取り組んでもらいたいことはなんですか

 公募策定委員に応募された若いお母さんが「食育について考えること」についてこんな意見を寄せてくれました。


 食育に関するイベントに参加する前は、「食育」というのは「食事の栄養バランスについて学ぶこと。」だと思っていました。
 しかし、「食育」と一言で言っても、栄養バランスについてだけでなく、食材について知ること、作る過程を知ること、食事を楽しむこと……と多くの意味を含んでいることを教えてもらいました。時々ですが、お手伝いをさせてみると、できないだろうと思っていることが意外と上手にできたり、食材に触れることで苦手なものが食べることができたり……ということがあります。自分でやってみること、触れてみることで食事について今以上に興味を持ってくれるだろうし、食事は生きていくために不可欠なものなので、出来る限り「食事≒食べること」 だけでなく、食事に関すること全般について考えることを教えていかなければならないのかな、と思っています。