【論文】

第36回宮城自治研集会
第1分科会 ~生きる~「いのち」を育む・いかす、支えあう

 八王子自治研センターでは、「地域の問題は地域で解決するまちづくり」を基本理念として、「貧困」対策への焦点化をしたPJチームを設け、中核市となった八王子市における貧困対策の現状を事例から研究を行った。そのために関係機関からのヒアリングや事例検討を行うなどして現状の分析を進め、貧困対策における家族支援の必要性や総合的アプローチの必要性などについて、貧困の連鎖の防止という視点から検証した。



包括的貧困対策の構築に向けて
―― 地域の問題解決に向けて専門職の必要性 ――

東京都本部/八王子市職員組合・一般社団法人八王子自治研センター・貧困問題プロジェクトチーム

1. はじめに  研究の視点と方法

(1) 研究方法
 八王子自治研センターでは、2015年度から中核市となる八王子市が「貧困問題にどのように取り組むか」について焦点化し、貧困問題プロジェクトチームを設け討議を重ねている。メンバーは、八王子自治研センター事務局長佐藤千恵子をチームリーダーとして、学識経験者として元宝仙教育大学(元日大非常勤講師)前田信一、日本大学文理学部教授井上仁、NPO法人エスエスエス(NPO Social Security Service 2000年設立)さくら館相談員鶴田咲良で構成する。研究方法は、八王子市の行政関係所管や児童館などの現場職員からヒアリングを実施してきた。また、八王子自治研センター主催で子ども・若者事例検討会や貧困問題について広く市民からの意見聴取をするために市民セミナーや公開講座を実施し様々な観点から政策研究を行った。

(2) 研究の視点
 貧困は、個人の自助努力で解決すべき問題ではなく社会の環境や家族の環境など様々な要因で形成をされる。個人の努力で貧困問題を解決できるほど簡単ではない。(注1)正規社員として働くには、大学等の学歴が求められ、教育が家族の大きな負担となっている我が国においては数千万円の資産がないと困難であるといわれ格差と貧困が拡大している。
 また、(注2)生活保護制度は、個別支援型で貧困の連鎖防止に効果的であるとは言えない現状がある。貧困脱出については、若者がキーを握る一方で、若者の自立が世帯員の減少となって家族を貧困に陥らせるような課題が見えている。貧困の連鎖防止においては家族支援や総合的支援のあり方が問われる。(注3)生活保護法改正では、自立支援が目的化され就労支援などが重点化され、就労・自立支援策とインセンティブの強化が図られた。生活保護受給者等就労自立促進事業などは、ハローワークと一体的な窓口設置をするなど連携型の支援が強化されている。そして、ワンストップ相談のために総合(包括)相談などを設け、自立支援計画を策定し、就労支援にとどまらず子どもの健全育成や居住等の安定確保等にも貧困対策として取り組むことを地方公共団体に要請をしている。このことは、生活保護制度においてもソーシャルワーク的な相談支援体制が設けられ、少ない社会資源を連携などによって結びつけるなどして、家族や若者の自立支援を包括的に支援する考え方が萌芽してきていることになる。地方公共団体は、果たして対応できているのかがいま問われている。


2. 子ども・若者の貧困対策の問題点

(1) 貧困の連鎖防止に向けた子ども・若者への貧困対策
 2009年に制定された子ども若者育成支援推進法では、総合的な子ども・若者育成支援のための施策を推進することを目的とすることが示された。具体的には、子ども若者総合相談センターを設置し、地域社会での連携などを図るために子ども・若者支援地域協議会を設けて、支援の対象となる子ども・若者に関する情報の提供、意見の開陳、その他支援に必要な協力を求めるなど総合的な対応をする制度となっている。また、2013年に制定された「子どもの貧困対策の推進に関する法律(子ども貧困対策法)」の基本理念でも「子どもの貧困対策は、子ども等に対する教育の支援、生活の支援、就労の支援、経済的支援等の施策を、子どもの将来がその生まれ育った環境によって左右されることのない社会を実現すること」と示されている。しかし、子ども・若者支援地域協議会を設置している地方公共団体(都道府県・政令指定都市・その他市町村)は、厚生労働省調査では2016年4月で89地域に留まっている。

(2) 生活困窮者への貧困対策の問題点
 生活困窮者への対策は、2015年度からは生活困窮者自立支援法が施行され、生活保護に至る前のいわゆるグレーゾーンの者を対象に「自立支援を軸にした総合支援対策をもって対応し、生活困窮に至らないようにすること」を目的に取り組みが始まった。しかし、2005年度から就労支援策として生活保護受給者等就労自立促進事業が展開をされ、2009年度から2014年度までは住宅支援給付が行われてきた。また、2006年からは若者支援施策として「地域若者サポートステーション」による就労支援事業などが展開をされるなど、それぞれの施策が生活困窮者(貧困対策)の支援として機能をしてきたはずである。
 これらの施策は、厚生労働省も認めるように我が国全体での制度化にもかかわらず一部の地方公共団体でしか実施をされていないのが現状で、従前の縦割り行政の中で各分野がバラバラに支援するという問題点を抱えている。
 その問題は、それぞれの制度における事業でしかなく、早期に支援に関われる相談体制やアウトリーチをかけるなど行政の積極的な対応が欠けてしまい総合的な貧困対策(予防)的な機能を果たせないことになる。

(3) 家族支援の必要性と問題点
 家族支援の必要性は、子ども・若者の自立支援においては重要な課題である。このことは、NPOビッグイシューが設置をした住宅政策提案・検討委員会「若者の住宅問題 ―― 住宅政策提案書調査」にその様子が示されている。同調査によると、生活困窮(未婚の若者含む)の20代・30代の実に77.4%が親と同居をしているとの結果が示され、経済的問題を抱える若者は家族に依存して暮らしている。
 また、児童虐待でも家族への支援は重要であり、児童福祉法の改正によって要保護児童対策地域協議会が設置をされている。地域の暮らしの中で、各機関が連携をして保護者(家族)支援の仕組み(子育て支援ネウボラ制度など妊娠期からの家族・保護者支援の実施)をつくることで児童虐待防止を行うことが示されている。しかし、保育費や教育経費などが高い日本では、その経済的負担は家庭生活に大きく影響をし、子育て家庭を圧迫する中で子への期待が依存になり児童虐待が温床化されていることも指摘されている。
 生活困窮者自立支援法では、自立相談支援事業として総合相談窓口の設置を制度設計に盛り込み、総合的なアセスメントや自立支援計画の作成、支援調整会議(関係者会議)などの運用により関係機関のサービスの実施を示している。この仕組みは、要保護児童対策地域協議会が児童虐待対策として制度化している運用体制(代表者会議・実務者会議・関係者会議)と同様であり、ソーシャルワーク(ケースワーク)としての対応を制度化している。
 このことは、直接給付に頼るのではなく、相談支援のサービスの複合的実施(関係機関の連携による)によって、利用者のエンパワーメントを促進することで、生活保護受給という給付に頼らない貧困対策として両制度が重複的に関連しあっていることになる。しかし、戦後の保護を中心とした個人救済型の生活保護などの社会保障制度を家族も含めて総合支援型に転換するには、ソーシャルワークを担う専門的人材の登用や育成などが必要であり、これまでそのことを怠ってきたつけが地域社会における貧困対策とりわけ家族支援のありように反映し問題となっている。


3. 八王子市の取り組みの概況

(1) 八王子市の現況
 2015年4月に中核市となった八王子市は、東京都の西部に位置し、住民基本台帳人口562,795人(2010年国勢調査580,053人)の都市である。人口的な特色は、転入人口と転出人口が25,000人から24,000人あり転入人口の方が多い。都心から40キロ圏であり大学等も21校あり学園都市としての様相も併せ持っていることから、転入人口と転出人口が多いのではないかと予測できる。
 一方で出生数は、年々減少をして自然減(出生数-死亡者数)が進んでおり、少子化対策も避けて通れない。子育て支援策には、八王子版ネウボラなどや子ども家庭支援センター(子育て相談・児童虐待防止等)とブランチ設置による地域相談体制の整備や学童保育所の全小学校設置など力を入れている。貧困対策では、生活困窮者自立支援法に基づく相談、自立支援、住居確保給付金、就労支援、学習支援など生活困窮に関する相談部所として、生活自立支援課を設置して総合相談窓口をいち早く開設している。

(2) 地域移行支援とアフターフォロー施設「さくら館」
 八王子市は、2011年に「八王子市路上生活者等地域生活安定化支援事業」としてさくら館を設置し、ホームレス支援などに実績のあるNPO法人エスエスエス(NPO Social Security Service 2000年設立)に委託をしている。事業内容は、地域生活移行支援に力を入れるため福祉事務所との連携による居宅生活移行支援事業を行い、アフターフォローとして退所後原則2か月のフォロー期間を設けている。具体的には、地域社会での生活移行がスムーズに行われるように相談支援を行い、支援終了後も参加できる各種プログラム(調理実習・農作業・公園作業等のボランティア活動などによる社会参加・社会貢献コース)の実施など先駆的な事業を展開している。


4. 事例検討「10代での出産と貧困対応」

(1) 事例概要
 A子(本児)は、幼少期に父と離別し母親が再婚したが継父も本児が中学生の時に死去した。母親と継父の間には異父姉妹である女児がいる。母親は、継父が死去後働きに出るがうつ病を発症し生活保護を受給する。母親は、すぐにギャンブル依存となり、本児は妹の世話などで中学校通学が困難となる。A子は、中学卒業後に定時制高校へ進学するが、状況は変わらず母親のギャンブル依存及び養育放棄で家内はごみ屋敷化し、電気やガスが止められるなど困窮を極めた。その結果、A子が16歳時に近隣から児童相談所へ通報がされ、親子3人は母子生活支援施設に入所となった。しかし、A子は施設生活がなじめず、一人で叔父宅に転居するもアルバイトと定時制高校の生活が両立出来ず2か月後に退学して知り合った30歳男性と同居を始める。A子は、16歳で妊娠・堕胎を経験するが、17歳で再び妊娠したため出産を覚悟する。しかし、同居の男性は途中で失踪してしまい、仕方なく叔父宅に戻るが堕胎を強要され、拒否したA子は叔父に見切りをつけられる。A子は、生活福祉へ相談に行く。福祉事務所は、母子生活支援施設入所を進めたが過去の体験から本児は入所を拒否して無料定額宿泊所へ入所し、生活保護を受けながら18歳で出産する。A子は、20歳になるまで親子でそこを居住にする。無料定額宿泊所では、若い母子の存在は異端であり、児童虐待やうるさい等入所者からの苦情が絶えなかった。A子は、子どもが2歳児になって退所を希望し、地域移行支援とアフターフォロー施設としてさくら館の入所が決まる。入所にあたっては、地域生活への移行が条件とされ、子どもを託児しながらの稼働と出来ない場合は母子生活支援施設入所を約束して新たな生活を始める。

(2) さくら館での支援
 さくら館でのA子の生活支援が始まった。A子は、自己肯定感が低く生活体験が乏しいなどの課題があり生活基盤を確立させるための支援が必要となる。支援は、就労を促しながら保育所や公営住宅の申し込み手続きなどをサポートし、地域生活へ移行する準備を進めた。また、就労が決まると「就労先での指導(叱責)に耐えられない」との訴えや「保育所入所の子どもの用品の制作が出来ない(ミシンが使えない)」などの課題について個別に相談支援やサポート(ミシンの技術的な指導など)を行った。
 数か月後、A子は公営住宅へ転居し新たな生活が始まるが、家事・育児と仕事の時間調整や生活管理が上手く出来ず住居がごみ屋敷の兆候を見せた。そのため、週1回の訪問指導を継続し生活管理の指導を続ける一方で、保健センターなどと連携をしてメンタルサポートが受けられるようにした。A子には、さくら館の支援が終了することや収入が不安定だという不安があり、市と相談の上しばらく生活支援を継続した。
 その後、さくら館のサポートは終了し、数か月後に観察のためA子と支援員が面接すると、「母親が金の無心に来て、妹の事もあり断り切れず多額の金銭を渡して自分たちの生活が苦しくなっている」と泣きながら訴えた。A子は、母親に言われるまま消費者金融から借財をしてお金を渡していた。支援員は、A子に「母親には金銭的援助をしないこと」を強くアドバイスしながら新たな相談先につないだ。
 相談先としては、本人の意向もあり、「子ども家庭支援センターは児童虐待や子育て支援で中学卒業後の妹には相談しにくい」、「母親も自分も生活保護を離れたので生活保護課ではなかなか相談しにくい」と言うので、八王子市生活自立支援課総合相談につなぐ。

(3) 生活自立支援課総合相談窓口での相談
 生活自立支援課では、相談の情報をさくら館にも伝え、A子との関係性が維持出来ている支援員がキーパーソンとなって相談の継続を図ることを調整・確認していった。具体的には、さくら館の支援員が電話や面接を定期的に行う中でA子に接触し課題を発見する。そして、課題の具体的な相談先として、生活自立支援課につなぐようにした。A子は、新たな職場などの調整に支援員やワーカーが助言するなど介在したことが功を奏し資格取得などへの意欲につながりつつある。安定した生活の中から、ワーカー依存にならないように一人親支援のNPOなどの社会資源も紹介をしてA子がエンパワーメント出来る環境の構築も模索している。


5. 事例から見る問題点

(1) 事例におけるサポートの問題点
 この事例では、生活保護法に基づく個別支援が行われていた。そして、10代の出産という事態に対しては、児童福祉法における支援の限界(相談支援の対象年齢が18歳まで)、出産をする10代の若者へのサポート(施設や相談支援)やサービスの不在など、現状での対応の限界が明確になっている。子を抱えた母親への支援が、この事例では無料定額宿泊所で行われている。本来、子どもは児童福祉法の対象であり、10代の出産(18歳未満)ならば母親も児童福祉法の対象となり、自立支援の枠組みもその中で行われるべきことである。
 福祉事務所(生活保護相談支援)における相談では、生活保護費給付のための相談になりがちで、社会資源を活用した包括的支援(家族への支援)が難しい。また、給付型で就労支援などの自立支援に向けたサービスも行われつつあるが、コーディネート出来るワーカーが不在するなど制度とのミスマッチがこの事例からも見てとれる。

(2) 事例における貧困対策の課題と学び
① 児童相談所の対応
 児童相談所は、市町村と適切な役割分担・連携を図りつつ、子どもに関する家庭その他からの相談に応じ、子どもの福祉を図るとともにその権利を擁護すること(以下「相談援助活動」という。)を主たる目的として設置をされている。(注4)この事例においても中学生の時に虐待通報を受け、福祉事務所と連携をして母子生活支援施設入所を決めるなどの対応をしている。
 その後、A子が17歳で妊娠し叔父宅を出た後は、出産対応含めて本来は、児童虐待防止の観点や特定妊婦としてのリスクも抱えることから、児童相談所が継続的にかかわり続けるケースであるが、生活保護受給手続き(母子生活支援施設入所等)をする過程で、福祉事務所などの関係があることやさくら館入所によって支援確保が出来たとの判断をしたようである。

② 保健センター等の対応
 A子の場合は、10代の妊娠・出産であり特定妊婦として要支援のサポートが必要だが、今回の事例では十分にその機能を果たしているとは言えない。その原因として考えられるのは、こんにちは赤ちゃん事業などで全家庭訪問を前提としているが、今回の事例のように住所地が不明瞭となるケースでは把握が難しい。母子手帳など含めて申請主義は、保護者の対応によっては情報が届かない事態となる。こんにちは赤ちゃん事業などは、本来はアウトリーチ型支援が望ましく、アウトリーチをかけながらフォローアップすることが意識化されておらず、他機関依存型になりやすい現状が見てとれた。

③ さくら館の対応
 さくら館の支援員は、地域生活移行を目的化する中で生活の安定だけではなく、生活スキルなどの獲得もプログラム化し相談支援の形でサポートを行っている。支援員は、コーディネートをする要となっているが法制度による権限などが委譲されているわけではなく、福祉事務所などと連携しながら利用者支援をしている。そのため、必然的にケース管理的なマネジメント機能を発揮して、アフターフォローを含めて対応をしている。退所後のフォローアップもNPOで制度の制約などないことが逆にこの事例では効果的に機能している。しかしながら、NPOの活動であり、活動原資は限定をされていることから今回の事例をスタンダードとみることはできない。一支援員の善意と利用者支援への想いでサポートされ続けている事例である。


6. 包括的総合支援における課題

 包括的総合相談窓口の設置は、行政組織の改編を目的化しがちである。本来、福祉事務所が福祉に関わる「総合相談」を受け付け機能としていれば、このような論議にはならなかったはずである。そもそも福祉事務所の「総合相談」は、生活保護費の受給手続きに特化されがちな支援を、家族支援や地域支援につなげる役割を担うことやいわゆるグレーゾーンの相談に応じて生活保護受給に至る前に支援を開始することなどが目的化されている。 
 包括的総合相談では、地域生活における環境への適応や改善がその目的に含まれ、当然生活単位である家族が意識化される。今回の事例でも家族支援が有効であれば、家族分離などを招かないで地域生活の継続ができたかもしれない。貧困防止についても、家族への支援、地域社会での生活の継続を目的化しないと家族の抱える問題は顕在化し、結局は生活保護依存となる。
 そういう意味でも、事例から見えてきたのは、総合相談支援にはソーシャルワーク的な専門性の必要性だ。その専門性とは、ソーシャルケースワークマネジメントということになる。マネジメントとの概念は、ケースワークを中心とする相談支援ではなかなか意識化されず、属人的な相談支援にとどまることが多いのが我が国の現状であり、顧みられることが少ないことに問題がある。


7. 貧困対策における包括的支援のありかたへの提起

 八王子自治研センター貧困対策チームとしては、制度の構築はもちろんであるが、制度を運用できるソーシャルワークマネジメントが展開できる専門性や人材を有した社会資源(制度)の構築を提起したい。
 貧困防止や児童虐待・いじめなどへの対応は、現在の申請主義では限界があり、本事例からもみるように相談者は積極的な救済を求める行動を起こしにくい。ワーカーなどのサポートがあってはじめて申請・相談にたどり着く。相談者(いわゆるクライエント)のエンパワー性(自己解決能力)は最初から高くない。生活保護の給付の限界は、給付が利用者に目的化されてしまい、この事例の母親のようにギャンブル依存などへの対応が、自立支援(エンパワーメント)に向ける支援に乏しくなり、家族分離の結果を招いている。だからこそソーシャルワーク的手法により、自立を明確に目的化して、クライエントがエンパワーメントを発揮できるような支援が必要である。
 さくら館の支援は、ケースマネジメントの目的が明確に示され、アフターフォローにおいて評価も行われている。課題に明示もあり、関係機関に対しての連携の目的化が図られている。そのことは評価されるが、その後の支援では関係機関の連携マネジメントでマネージャーの不在の問題が指摘できる。ケース管理・進行管理を誰も担わない現状が見えてくる。児童福祉から若者支援(生活保護から生活保護以降)につながる事例となると継続的な支援体制が取られていない。八王子市は、子ども若者対策地域協議会が設置をされていないために、このようなケースへの対応が出来ない現状がある。18歳以降の若者や家族支援を担う部署がないことが問題である。NPOにいる支援員が、ソーシャルワーカーとしてこの事例では専門性を発揮しているが、行政側にその受け皿である専門性の欠如が見てとれた。
 インテークからアセスメント、支援方針決定などのケースワークマネジメントまではできても、関係機関をつなぎ合わせる総合支援(ネットワーク支援)のマネジメントの意識化とマネージャーの位置づけが出来ていない(出来ない)。ソーシャルワークにおけるマネジメントは、ドラッカーのマネジメント論に学ぶところが大きい。社会に貢献し、組織の使命を果たし、仕事を通じて関わる人を生かすことがマネジメントであると言っている。まさにソーシャルワークマネジメントのめざすべきことであり、総合相談支援がこのようなマネジメントに基づくものでなければならない。社会福祉士などの専門的教育を受けた福祉専門職がこれらの役割を担うことになる。
 多くの地方公共団体では、福祉専門職の任用を行っていないために、制度設計(国)はよくできていてもその制度を担い実践する人材が伴っていない。国は、制度のみの提供で人材や運用の財政支援を怠っている。その結果、制度と現場とのかい離が生じている。これまでソーシャルワークを、ましてやマネジメントを運用できる人材の任用をしておらず、人材の育成を十分にしていない。福祉職を、専門職としている地方公共団体の少なさからもこのことは明らかであり、制度だけ先行させている行政の矛盾を指摘したい。福祉事務所などでは、これまでも多くの福祉人材を輩出してきてはいるが、それは自助努力の結果であり、属人的な結果のそしりを免れない。その結果、専門職集団の育成などが追いつかない現状があり、ネットワークが形骸化している実態がある。(注5)多くの相談職が非常勤化しており、ケースの継続性という基本さえ市町村は担保できていない現状がある。
 中核市である八王子市も同様な課題を抱えている。包括的総合相談窓口の設置や子ども家庭支援センターなどのネットワークなどの制度化は図られているが、そこのワーカーの育成には同じような課題がある。将来中核市として、児童相談所の設置、保健や福祉・教育での連携でのまちづくりなどの展開が計画されても、そこにソーシャルワークを担う専門職の任用がなければ、ネットワークや制度の導入は絵に描いた餅であり、現場の属人的な人材に頼ることとなる。
 この問題は、八王子市にとどまらず、保育士や介護職でも同じような課題があり、社会福祉全体に言えることである。貧困問題に向き合う行政もまた人材という貧困問題を抱えている。制度だけでは貧困問題はなくならない。
(文責・日本大学文理学部教授 井上  仁)




(注1)「子どもの最貧困国・日本」山野良一 光文社新書2008年株式会社光文社 p53自己責任論・人的資本論等より
(注2)2016年3月4日 読売新聞コラム 貧困と生活保護(26)貧しい家庭の子も、大学進学をあきらめないでより
(注3)「ここまで進んだ格差と貧困」稲葉剛他 2016年新日本出版 「若者の住宅問題」調査結果より
(注4)厚生労働省「児童相談所運営指針」より
(注5)非常勤化している相談員
  スクールカウンセラー・スクールソーシャルワーカー・母子等相談員・東京都子ども家庭支援センター相談員等

参考文献
「ここまで進んだ格差と貧困」新日本出版 2016年
平成27年度「子ども・若者貧困白書」内閣府
「女性と子どもの貧困」大和書店 2015年