【要請レポート】

地元学の推進と地域再生、住民自治

岩手県本部/川井村役場職員組合

1. 川井村の概要

 川井村は、県都盛岡市の東隣に位置し、面積は563km2、人口はおよそ3,500人ほどで、面積のおよそ94%は山林が占めています。盛岡市境に源を発し宮古湾に注ぐ閉伊川(総延長75.7km)及び小国川や薬師川といった多くの支流に沿った形で集落が点在する中山間地帯です。1955年に川井、門馬、小国の3カ村が合併し現在まできていますが、当時は1万人を超える人口がありました。
 しかし、林業の衰退で人口は減少。もともと耕地が少ない中山間地で、大規模農業には向かないため、若年層の村外流出が進み人口は急激に減少し、歯止めが掛からない状況にあります。そのため、65歳以上の高齢化率は39%(2005年3月末)と県内一高齢化の進んだ地域でもあります。
 平成の合併においても、県の示した合併推進指針には、「合併してもメリットがない市町村」として示され、様々な要因から合併が困難な状況にあります。
 少子高齢化が進む状況の中で、地域のコミュニティは薄れ、集落を形成することが困難な限界集落になりつつあります。
(限界集落:高齢化率が50%を超えて社会的な共同生活の維持が困難になり、消滅の危機にある集落をさす。)
 そのような中で、地域活性化対策として様々な事業が実施されてきたところですが、少子高齢化、過疎化には歯止めがかけられない状況の中で、地元学が取り上げられ、地域の資源の価値や課題を見出す試みが行われています。コミュニティビジネスやグリーンツーリズムに発展したり、住民の自治意識や資源を生かしていく活動につながる可能性を持つ地元学を、事例を通しながら地域再生にいかに活用し、地域振興に生かしていける仕組みづくりができるのか検証しました。

2. 地元学とは

 人のつぶやきにある背景や自然に耳を傾け、「なぜだろう?」と問いを発しながら、自分で見て歩き、自分の住んでいる地元を深く掘り下げ、自分の言葉で語って地域を自覚し、ものづくり、地域づくり、生活づくりに役立てていく必要があります。地元学とは地元に学ぶことです。調べた人しか詳しくならないし、聞いただけでは忘れてしまう。地元のものが自ら調べて詳しくならなければ、地域の問題解決の当事者にはなりえません。
 地元学とは、地元に気づく分かりやすい回路を探る手法を提案したものであり、誇りを持って輝くために、「『自立・参画・創造』による持続可能な地域づくり」を新しい地域づくりの理念として位置づけています。
 目標を実現するために、社会の仕組みを見つめ直し、「生活者」や「地域」の視点からはじまる岩手づくりの仕組みをつくっていく必要があるとし、暮らしや地域を見つめ直し、地域からの発想や地域の個性、その地域にしかない文化や資源を大切にし、それらを育てながら、地域らしさを追求していく仕組み『地元学』の実践を活動の柱にしています。
 また、地域に住む人々が主体的に「地元学」に取り組み、それによって見出された地域の資源、個性などを、国内外への情報発信などにより、さらに磨きをかけ、地域からの産業や文化など、自信を持って提供できるよう、地域発の「スタンダード」として確立、展開していきたいとしています。
 地域づくりには、住民一人ひとりの積極的な参加が必要で、地域の力となるモノ(お宝・資源)を見つけ出すことから始め、自信や誇りを持って地域づくりに取り組んでいくことが、豊かさと魅力あふれた地域づくりになっていくものだと考えています。
 そして、「地元学」は、歴史学でも郷土史でもない。地元学とはいつも現在進行形であり、概念化できないままに個々の現場の具体化に寄り添う『学』なのではないだろうかと考えています。
 地元学の地域づくりは、経済活性化を必ずしも第一義とはみません。「専門知識が無くても、この地元でどう生きてきたのか。お互いの経験を持ちよる場をつくることで、その土地を生きた人々から学ぶことであり、地元学は徹底して当事者に寄り添って行われるものをさす。」としています。

3. 川井村での地元学の取り組み

(1) 地域の資源を見直し夢広げる集落起業「夏屋ろばた塾」の挑戦
  ① 鹿踊りの郷 屋号集落なつや
    夏屋地区は、役場から約23km西方にあり、47世帯・約130人が生活する集落です。地名の由来は、かつては常住者がなく、夏の間だけ遠野地方から仮小屋を建て、焼畑や耕作に従事しており、その人たちが移住したことが地名の起こりと伝えられています。国道106号沿いの川井村夏屋集落の入口に「鹿踊りの郷 屋号集落なつや」という案内看板が立っています。それぞれの家の前にも「屋号」の看板表札が掲げられています。
  ② 夏屋ろばた塾
    夏屋地区には、『夏屋ろばた塾』があります。炉端を囲んで、皆が集まり、自由に発言(Free-talking)する場という意味が込められ、名づけられたものです。約470年に渡って伝承されている「夏屋鹿踊」の保存活動を中心に、2001年に立ち上げた地域づくり組織です。
    季節の行事を始め、地域の様々な内容の活動を展開しています。最近では、主に新しい付加価値のある農業の振興(山菜加工・漬物工房など)について実践をすすめています。
  ③ レインボーネットワーク交流会議
    2002(平成14)年8月9・10日には、宮古地域の地域づくり団体の交流会「レインボーネットワーク交流会議」を誘致し、地元住民と地域づくり団体のメンバーが、将来の地域づくりを目的に、地元の「夏屋ろばた塾」との交流をはじめ、「夏屋地元学」のフィールドワークと「グリーンツーリズム」を組み合わせた体験イベントを実施しました。
    地元学フィールドワークでは、岩手県立大学山田教授の指導の下で、地元民と地域づくり団体のメンバーが、実際に夏屋地区を探索しながら地域資源調査を行い、地域資源カードやマップを作成しました。
    この日の発表で、地域資源の一つとして、夏屋砥石が取り上げられ、これを活かした地域活性化についても話し合いました。⇒現在は、夏屋砥石がインターネットで知られるようになり神奈川県をはじめ全国から受注があります。
  ④ 風の人派遣事業
    また、11月7日には、8月の夏屋地元学を引き継ぎ、岩手県の風の人派遣事業により、再度山田教授ら岩手県立大学のスタッフが参加して、地元学の手法で地域住民を中心とした詳細な地域資源調査を行いました。
  ⑤ 地域活性化構想づくり
    これらの行事の成果をさらに発展させるため、現在、夏屋ろばた塾では、地元学の実践活動を契機とした地域づくり活動の活性化を目指しています。2003年度には、成果を活かし、夏屋地区活性化構想の策定を樹立しました。活性化構想は次のとおりです。


学生と一緒に資源調査   一人暮らし宅のスノーバスターズ

夏屋地区活性化構想は、以下のような構成で、構想のとりまとめをしています。

 

  ⑥ 成 果
   ア 地元学の実践活動を契機とした地域づくり活動の活発化をめざして
     夏屋ろばた塾では、地元学の実践活動を契機とした地域づくり活動の活発化をめざした取り組みの中で、岩手県立大学総合政策学部山田教授の指導のもと、大学院生をコーディネーターとして、県立大学との連携を図りながら、夏屋地区の地域活性化計画をとりまとめ、今後の活動につなげる方向で取り組んでいます。
   イ 地元学の成果を活かし、アイディアをベースに具体的な事業を検討
     これまでの成果を再整理し、現状と課題をふまえ、アイディアをベースに具体的な事業(プロジェクト等)を検討して、地域活性化構想としてのとりまとめを目指していることから着々とその構想をもとに、峠茶屋づくりや希望の森づくり、福祉活動の一環としてのスノーバスターズ活動を実践中しています。
   ウ 重要プロジェクトを提示し、具体的な実施に向けた取り組み
     地元学の成果を活かし、地域活性化に向けて議論されたアイディアについて、それらをもとにプロジェクトとしてその進め方や内容についてさらに協議し実践しています。具体的には、参加型の協議手法(WS形式を採用)を用い、プロジェクトの具体化に向けた取り組み、進めるに当たっての課題、実施主体等について検討し、活動の拠点として、山菜加工場「ろばた工房」をつくりました。
   エ 地域の女性による検討会、男女混成の検討会を実施
     外からお客さんを受け入れるグリーン・ツーリズムなどを進める場合、地域の女性の関わりが不可欠となることから、女性による検討会(ときには、男女混成検討会)を行っています。
   オ 具体的な実施計画の検討と人材育成
     地域活性化構想で検討した内容を、具体的に実施するためには、実施計画が必要となります。どのような事業を導入するべきか、誰が実際に勧める中心となるのかといった具体的な内容まで検討し、計画としてとりまとめていく必要があります。人づくりの研修や実践活動を実施しながら、計画づくりをすすめることを目指しています。

行者にんにくを使った餃子づくり 
 

いわてコミュニティビジネスフォーラムに出展

(2) 商工会が地域活性化に取り組む
   川井村商工会でも地域活性化対策事業として、地域資源の掘り起しを行っています。地域商工業の発展は、地域の活性化が図られなければ成し得ないと、地域活性化ビジョン作成に取り組み、その中で、資源調査を実施しています。その中で、すぐ取り組めるもの、中・長期で検討していくものに分類し、活性化への活用を模索してきています。川井村商工会が実施主体となり、会員のほか地域団体などで実行委員会を組織し、地域資源を活用した地域活性化策について取り組んできました。
  ① 6つのステップで計画作成
    この取り組みの中で、第一段階は社会動向の変化や観光ニーズの変化について共通の認識を持つための学習会を行い、次に川井村の現状の課題について議論が進められました。
    第二段階では、それぞれが考える活性化のアイデアをできるだけたくさん出し、このアイデアはその後、事業領域の特定と事業そのものの計画として生かされます。
    第三段階では、川井村を対外的にアピールするための特長をわかりやすい言葉で表現するアイデアの抽出が行われました。 
    第四段階では、第二段階で出されたアイデアを、「効果」「実行のしやすさ」「ユニーク性」「参加性」の4つの項目について評価し、特定された事業領域の中で社会的動向や観光動向の変化や将来性などを考慮し、優先順位を見定めました。
    第五段階では、これらの特定された事業領域の中での個別の事業が成果をもたらした時点で、どのようなシナリオとして想定できるかを具体的に描き出しました。これを達成されるべき目標として捉えました。
    第六段階は、これらの事業の中から優先順位に従い、重点プロジェクトを選定し具体的な内容と事業のステップを計画しました。
  ② コンセプトは「森のすこやか体験村」
    計画は「産業基盤整備と特産品の開発」「北上山地の自然学習体験拠点つくり」「北上山地歴史文化体験交流拠点づくり」そして「人材の育成」の4つに分類されました。
    基本コンセプトは「森のすこやか体験村」。これは、森の自然の恵みと北上山地の文化をすこやかに体験してもらえるところが、川井村であるということで設定されました。
    この計画を策定するに当たり実行委員会では、何度となく話し合いをもち、地域を見直し、地域に埋もれている資源を探り、課題は何かを探り、それをどのように活用していったらいいかを検討してきました。
  ③ 交流人口を増やす事業を実施
 実施段階に入り、取り組みやすいものから着手しようということで、早池峰山の登山体験と渓流釣りのメッカを目指すフライフィッシング体験で、都市住民との交流人口を図ることに取り組みました。
  ④ 早池峰登山体験で再認識
    国定公園である早池峰山は、その面積の約3/4を川井村が占めているにもかかわらず、川井村側からの登山者は少なく、その経済効果も見込めない状況でした。県外からの登山者が6割を占めるため、高速道路からのアクセスの関係で花巻市大迫からの登山者が大半を占め、川井村側からのルートは注目されてきませんでした。この川井ルートを活用しようと、早池峰登山体験コースとして首都圏を中心に参加者を募りました。案内役に地元山楽会の協力を得ることによって、参加者にきめの細かい案内をすることができ、川井村の良さを理解してもらうよい機会となりました。何より参加者と村民の交流の輪が広がりました。人口増加が望めない現状にあって交流人口が増えることは、経済効果のみならず地元の住民が、地元の良さを再認識する絶好の機会でもありました。
  ⑤ フィッシングを通して価値に気づく
    渓流釣りのメッカを目指すフライフィッシング体験コースは、リピーターの多い事業となりました。川井村を西から東に流れ宮古湾に注ぐ閉伊川は、村内だけでも約40km、高低差は600mあり、さらにその支流も多く、様々な渓相を見せます。釣りファンは多いのですが、持ち帰りがほとんどで、シーズン途中には数が上がらなくなり釣り人は減少します。そこでシーズンを通して釣り人が訪れる川にしようということで、資源の保護をしながら、リピーターを増やせるフライフィッシングをとりあげ、体験メニューとして実施しました。フライフィッシングはキャッチアンドリリースが主流で、持ち帰りは必要最小限なため、資源の保護につながります。大物との出会いがあればそれだけ魅力のある川、また行きたい川ということになります。毎年20人ほどの参加者があり、ほとんどが東京やその周辺からの参加者です。2~3人のグループに分け、村内の河川を地元スタッフが案内して釣り体験をしていただきます。地元スタッフも、参加者とふれあう中で普段何気なく見ている景色や自然のすばらしさを再認識させられます。


早池峰登山体験(左)とフライフィッシング体験を楽しむ参加者

    この事業実施に当たり最も気になるのは天候です。雨で増水すれば釣りどころではなくなります。しかし、この時気づくのですが、本流が濁って釣りにならなくても支流では釣りができたり、天候が回復すると見る見る川の濁りが取れたりと、豊かな自然に感謝することばかりです。参加者もそうしたすばらしい自然の中で釣りができ、リフレッシュできることを、とても喜んでくれます。「どの川もきれいですね。釣れなくても、こんなすばらしい自然の中で釣りをしているだけでいいんです。」とおっしゃってくださる方もいます。地元に住んでいると当たり前だと思っていても、外から見ればそんなにすばらしいのかと、あらためて気づかされます。こういった感動を多くの村民が体験すれば、もっと郷土に誇りを持て、自然を生かした村づくりができるのではないかと感じます。

4. 地元学を生かした資源調査

 そこで、川井村の地域再生にどのような方策があるか。地元学に習い、地域資源を見直してみることにしました。
 これからの村づくりに活用できる地域資源として、
・山、川、豊かな自然や旧街道の町並み ・郷土食、産直施設 ・生活文化、食文化
・北上山地民俗資料コレクション ・集落ごとの年中行事 ・遊休施設
などが出されました。

(1) 滝は地域資源となるか
   地域資源は、現地で直接調べてみないと、その良さも活用方法も見えてこないということで、手始めに「川井村の滝」を掲げ、自治研会員で実際に現地に行って調査をすることにしました。2班体制で調査する予定でしたが雨天のため1班は中止し、1班のみの調査となりました。
   地元の方からの情報をもとに、まだ見ぬ滝を目指して進み、たどり着いた時は、ほとんど誰も目にすることのない滝の前にいることが深い感動となりました。そこにたどり着くにも、深い森の中の道を進むことで森林浴にもなり、沢を歩くことにより様々に変化する川の流れに癒され、滝のそばではマイナスイオンに包まれるなど大自然の恩恵を最大限に享受できます。
   今回の調査では、現地には行かなくても写真で確認できるところも含め、多くの魅力的な滝があることが分かりました。また、滝に向かう沢歩き体験など、貴重な地域資源であることも分かりました。こういった、ごく少数の人しか知らない滝を紹介してもらうために「川井の滝10選」といった募集をすることなども、地域の良さを見直してもらう一つの方策となります。

(2) 地域資源の価値を探る
   地域資源はたくさんありますが、それがどのくらいの価値があるものかは、そこに住む者は分からない場合があります。何気なく見過ごしてしまっているものでも、都会から訪れた方には貴重であったりする場合があります。
   また、何を柱に地域振興をするかによっても、その価値は違ってきます。そのような時、村外から訪れた方の意見や何気ない感想に、改めてその価値を知ることになります。


沢を歩いて30分、初めて見る滝 滝があることで、水も生き返る

5. 地元学を地域再生にどう生かすか

 どのようにしたら地域の資源となるものに目をやり、それを活用したまちづくりに発展させることが出来るか、そこに地元学の効用があると思います。
 地元学をとおして地元の資源を再発見し、それを地域の活性化につなげていけばいいことはわかっても、そこで誰がそれを進めるのかという課題が出てきます。自分の住む地域を良くしたい、何かしないと坂道を転がるように地域が廃れてしまうと、動き出す人がいるか。人材育成が先か、活動しながら人材を育成するか。地元学はその導入を促す仕組みがあれば、活動しながら人材の育成が可能な手法であると思います。
 今まで、紹介してきた2つの事例は、地域再生へのうねりとなって村全体に波及していくことが期待されます。それを広めていくためには、我が自治研のメンバーが積極的にそれぞれの出身地域でコーディネーターとしての役割を担っていくことが必要です。地元学の効用を活かし、地域を元気にさせること、地域の自立を促すことが、地域再生への道である。