【論文】

第35回佐賀自治研集会
第11分科会 「生活者の多様性に根差した災害への備え」をめざして

 原発再稼動の条件として各地で防災計画が改定され、避難計画の作成が進んでいる。しかし、避難指示は事故が進展しないと出されず、屋外が集合場所にされている、複合災害が想定されていない、大勢の避難の受け入れができない、災害弱者への配慮がなされていないなど多くの問題を抱えている。実際には機能しない机上の計画で再稼動にゴーサインを出すのではなく、市民の声を反映できる体制で避難計画の検証を行うべきである。



原発避難計画の実効性を検証する


大阪府本部/自治労大阪府職員関係労働組合・環境農林水産支部 末田 一秀

1. はじめに

 福島原発事故は、発生から約3年半が経過しても深刻な状態が続いている。安倍首相の「アンダーコントロール」との言葉に反し、汚染水は増え続け、くみ上げ地下水の海への放流や凍土壁などの対策によっても制御の見込みはついていない。大気中へも1時間に約1,000万ベクレルの放射能放出が続いている。
 何より問題なのは約13万人の方々が、ふるさとを追われ避難生活を継続していることだ。福島県では、避難生活での体調悪化やストレスが引き金になった自殺などの震災関連死が本年3月末で1,704人にのぼり、地震や津波の直接死者数1,607人を既に上回っている。ひとたび原発が事故を起こせば、避難は一方通行で、長期化することを肝に銘じなければならない。
 ところが、安倍政権は、まるで福島事故などなかったかのように、「新規制基準に適合した原発は再稼動する」と明記したエネルギー基本計画を4月11日に閣議決定し、原子力推進の姿勢を強めている。
 規制委員会が基準に適合すると判断した後は、地元同意の手続きに入る。その際に、問題になるのが、かねてより原子力規制委員会の田中委員長が、新規制基準と並ぶ車の両輪と言ってきた防災問題だ。田中委員長は、3月5日の記者会見で、避難計画策定が進んでいない状況を訊かれて「再稼働を判断するのは私たちではない。住民が安心できないような状況では、なかなか難しいでしょう」と述べている。全国的にみると対象の135市町村のうち約4割で避難計画策定のめどが立っていないが、地域により事情が異なり、再稼動一番手とされる川内原発の地元9市町や福井エリア、玄海、伊方、島根、東通、泊の地元ではすべて策定済みだ。しかし、机上の作文では意味がない。そこで、原発が再稼動された場合、自治体の最優先の責務である住民の生命財産を守ることができるのか、避難計画の検証を行う。

2. 今後も過酷事故は起こりうる

 最初に再稼動の前提とされている新規制基準とは何か確認しておきたい。新規制基準は、国際的な多重防護の考え方に対応して作られたものだ。表に示すように福島事故以前の日本では、シビアアクシデント(過酷事故)は想定不適当とされ、第1層から第3層の対応で済まされてきた。しかし実際に福島第一原発で過酷事故が起こってしまったことから、これまで事業者の自主的な対応に任されていたシビアアクシデント対策として定められたのが新規制基準である。新規制基準はシビアアクシデントを未然に防止するものではなく、シビアアクシデントが一定の確率で起こることを前提に、その影響をできる限り緩和しようというものでしかない。新規制基準で新たに設置が求められたのが第二制御室やフィルターベントであることからも明らかだ。
 新規制基準を満たしても安全ではないことを明確に示すのが、 4月11日に閣議決定されたエネルギー基本計画である。「原子力規制委員会により世界で最も厳しい水準の規制基準に適合すると認められた場合には、その判断を尊重し原子力発電所の再稼働を進める。」とした計画には、次のような記述がある。「東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓を踏まえて、そのリスクを最小限にするため、万全の対策を尽くす。その上で、万が一事故が起きた場合には、国は関係法令に基づき、責任をもって対処する。」現実に進行している福島事故に対して「責任を持って対処」できていない国にどれほどのことができるというのであろう。万が一とはされているものの次の事故が想定されていることを、再稼動が狙われている地元の方々はどのように受け止めるべきであろうか。

3. 避難指示は事故が進展しないと出ない

 原子力規制委員会が福島事故後に新たに定めた原子力災害対策指針では、防災計画を定める範囲がおおむね30キロ圏に拡大されるとともに、避難等の防護措置を発動する判断基準に新しい概念が導入された。
 概ね半径5キロ圏の予防的防護措置を準備する区域(PAZ)では、あらかじめ決めた緊急時活動レベル(EAL)で自動的に防護措置を実施するとされている。EALで警戒事態、施設敷地緊急事態、全面緊急事態のいずれに該当するかが決まれば、防護措置、すなわち避難するかどうかが決まる仕組みだ。ところが、原子力規制委員会が定めた判断基準EALと防護措置の表を見ると、信じられないものであった。冷却材の漏えいや震度6弱以上の地震は警戒事態に区分されるが、この段階では体制整備や情報収集とされ、即時避難ではない。電源喪失の継続や格納容器圧力逃し装置いわゆるベントの使用は施設敷地緊急事態に区分されるが、この段階でもまだ避難の準備とされている。避難指示が出るのは炉心損傷が始まった全面緊急事態になってからというのだ。
 また、概ね30キロ圏とされる緊急時防護措置を準備する区域(UPZ)では、環境における計測可能な防護措置の判断基準(OIL)を用いるとされている。放射能が放出され、放射線量が上がれば迷うことなく避難を判断できるだろうというのだ。つまりこの区域では予防的な措置は完全に断念され、放射線レベルが上がらないと避難の指示が出ない。判断基準OILにはいくつかの種類が用意され、緊急に避難するOIL1は、毎時500マイクロシーベルトとされている。この値は平常時の約1万倍に相当し、避難しないで留まれば1週間で50ミリシーベルトの被曝に相当する。また、OIL2で毎時20マイクロシーベルトが検出されると1週間程度のうちに一時移転の指示が出ることになっている。いずれにしても線量が上がらないと指示が出ないのだから、避難中の被曝は避けられない。
 原子力災害対策指針には、PAZでは「確定的影響等を回避する」、UPZでは「確率的影響のリスクを最小限に抑える」とされている。確定的影響とは、大量被曝により脱毛、皮膚障害等が起こることを指し、確率的影響とは、がんや先天異常などである。つまり、原発近傍では被曝線量が大きくなり、確率的影響が起きることはある程度やむを得ないと考えて、避難という防護措置の目標自体を下げていると言わざるをえない。
 各地の防災計画は、この原子力災害対策指針に合致するように改定が進められた。

4. 屋外に集合する避難などあり得ない

 多様な対策を定めなければならない防災計画を効率的に実行するために、具体的な避難方法については下部計画として避難計画を策定しなければならない。
 再稼動一番手とされる九州電力川内原発の地元・鹿児島県の防災計画では「避難の際は、原則、自家用車両を利用するものとし、自家用車両による避難が困難な住民については、近所の方との乗り合い、若しくは、集合場所に参集し薩摩川内市、関係周辺市町等の準備した車両により避難を行う。」と書かれている。
 一方、薩摩川内市やいちき串木野市などの広域避難計画を見ると、自治会ごとに人口、世帯数、バス避難集合場所、避難経路、避難先施設が一覧表になっているだけ。自家用車両による避難が困難な住民が何人いるのか。そのために必要なバスは何台か。また、そのバスをどのように調達するのか何も書かれていない。民間人であるバス運転手の被曝防護ができなければ避難計画は成立しないはずだ。
 確保できる台数に限りがあるためバスはピストン輸送になると考えられ、避難先が遠方になれば次のバスがやってくるまで長時間待たなければならない。双葉病院の例を見ればわかるように、仮に放射能が飛んできていなくても、自家用車を使えない避難弱者は高齢者であったり病気などのハンディを持っていたりすることが多いと考えられ、屋外で長時間避難を待つことなどできない。
 ところが、薩摩川内市の避難計画では、原発から約3キロ、PAZ圏内の倉浦自治会はバス停前が集合場所とされている。いちき串木野市の避難計画でもバス停や公園、グラウンド、橋、郵便局前などが集合場所に指定されている自治会が約3割もあった。同市は5月末に計画を改定したが、なおバス停が集合場所の自治会が複数残っている。姶良市は1集落のみがUPZ圏内とされているが、その集合場所も交差点とされている。いずれも大勢が集まれる公民館などが集落の近くにないからであろう。
 2013年10月11日、12日の両日、川内原発で行われた国主催の原子力防災訓練の監視行動に参加したところ、通常時の約400倍の高線量が検出されている想定にもかかわらず、訓練参加者がバス停で避難バスを待っていたのに驚いたが、訓練の想定の問題ではなく、避難計画そのものにバス停集合とされているのだから、論外である。
 繰り返しになるが、PAZ圏内の薩摩川内市倉浦自治会に避難命令が出るのは、炉心溶融が始まり大量の放射能が放出されている時である。またUPZ圏内のいちき串木野市や姶良市に避難命令が出るのは、平常時の1万倍の放射線が検出されている時である。このような時に、いつ来るかわからないバスを屋外で待って、その間被曝し続けることが前提では避難計画とは言えない。

5. 避難集合場所は複合災害時に利用可能か

 倉浦自治会の集合場所とされているバス停は川内川河畔の国道43号線にある。筆者が国際環境NGOグリーンピースジャパンとともに6月に現地を確認したところ、国道は川面から3m程度の高さしかなかった。地震によって原発事故となった場合、津波が川内川を遡り、この場所にそもそも集合できないと考えられる。
 倉浦バス停に限らず、PAZ圏内の滄浪地区とUPZ圏内の亀山地区で集合場所に指定されている他の5か所を現地確認したところ、公民館等には「災害時の避難場所 津波避難を除く」の看板がかけられていた。薩摩川内市発行の「津波ハザードマップ」で確認すると、津波や洪水時に浸水する危険がある地域にあることが確認できた。津波と原発事故の併発は十分考えられるが、現状では津波が来るかもしれないときに、放射能を避けるために住民が川沿いの集合場所に向かうことにもなりかねず、大きな混乱が生じるだろう。
 また、薩摩川内市の避難計画では、PAZ圏内の滄浪地区は国道43号線を利用するルートと河口大橋を利用して迂回するルートの2つが示されている。倉浦自治会の代替ルートも原発に近づく方向の河口大橋経由となっているが、河口大橋へ行くまでの国道43号線が津波被害で使えないと想定すべきであり、代替ルートたりえない。30キロ圏外の避難場所までのルートでも崩落等による通行不能場所が生じないという保証はない。

6. 避難経路や避難先は利用可能か

 原発は過疎地を狙って建設されてきたため、周辺道路網は脆弱である。毎日新聞が30キロ圏123自治体(福島県を除く)を対象に行ったアンケート調査では、約半数の58自治体から「逃げられずに孤立する集落がある」との回答が寄せられている。(2013年7月10日記事)
 また、伊方原発(愛媛県)や志賀原発(石川県)などでは、半島の根元に立地しているため陸路では避難できなくなる地域が存在する。川内原発のUPZ圏内となる甑島など離島の場合も船やヘリ等によって避難しなければならない。しかし、各地の防災訓練では、荒天で船やヘリが使えないケースが続発している。津波との複合災害時に船による避難はそもそもできないであろう。北海道・泊原発などでは積雪で避難路が使えないことも考えられる。
 避難先についても、避難が必要な人数を体育館等に割り振っただけでは避難計画にならないことは言うまでもない。コミュニティを維持するため予め決めておく必要性は認めるが、指定先がそれぞれ1箇所では風向きに応じた避難は最初からあきらめていることになる。
 浜岡原発から31キロ圏にかかる11市町の全人口約96万人を対象に避難計画を策定しなければならない静岡県は、東京、埼玉、群馬、山梨、神奈川、長野、富山、石川、福井、岐阜、愛知、三重の12都県に受け入れを要請しているが、難航していると報じられている。受け入れ側から「避難者の受け入れは原則1カ月程度とする」との条件を示されたとされているが、福島事故の教訓を踏まえたものとはいえない。
 避難途上で問題になるのは、放射能汚染の有無を測定するスクリーニングと除染をどこでどのように実施するかだ。原子力規制庁は30キロ圏外に出たところに中継所を設けて実施するという考え方を示しているが、場所が確保できるのか、その場所に車両が集中して渋滞しないかなど課題は山積している。ゲート式の測定器を導入して車両を測定し、問題がなければ乗車している人の測定を省略するということも言われているが、そのような手抜きの測定では不十分であろう。

7. 避難弱者への配慮は?

 東京大の渋谷健司教授らと福島県南相馬市立総合病院のグループがまとめた調査結果によると、福島第1原発の20~30キロ圏にある南相馬市内の5つの介護施設に入居する高齢者715人を調べたところ、事故後1~2週間で200~300キロ以上離れた地域に避難した328人のうち約1年間で75人が亡くなっており、死亡率は事故前5年間の入居者の1年間の平均に比べて2.7倍だったという。森功著「なぜ『院長』は逃亡犯にされたのか」講談社によれば、大熊町の双葉病院では、最後の患者が救出されたのは地震から5日後で、近くの避難所が満杯のため250キロ弱の長距離避難となった患者さんから50人の死者が出ている。バスに座って避難することができない入所者を抱える介護施設の避難がいかに困難かは、相川祐里奈著「避難弱者」東洋経済新報社にも詳述されている。
 内閣府大臣官房原子力災害対策担当室長と消防庁特殊災害室長の連名で出されている「地域防災計画(原子力災害対策編)作成マニュアル」では、「病院等医療機関の管理者は、県、所在市町村及び関係周辺市町村と連携し、原子力災害時における避難経路、誘導責任者、誘導方法、患者の移送に必要な資機材の確保、避難時における医療の維持方法等についての避難計画を作成するものとする。」とされ、病院や社会福祉施設の管理者に計画策定が丸投げにされている。救急車や介護タクシー、福祉車両など安全な移動手段を確保し、設備の整った受入施設まで迅速に避難することは容易ではない。30キロ圏外の病院等もたいてい満床状態であろう。心の病や認知症の場合、徘徊や奇声を発することもあり、体育館等で一般の方と一緒に避難生活を送ることは困難だ。口からものを食べられない患者さん用の経管栄養剤、水分が気道に侵入しないようにするとろみ剤、オムツ、褥瘡防止用マットなど医療・介護用品の備蓄や確保も課題だ。
 川内原発の場合、30キロ圏240施設のうち避難計画作成が完了している病院・福祉施設は5キロPAZ圏内の7施設にとどまっている。伊方原発でも296施設中39施設、玄海原発では217施設中10施設といった状況だ。(朝日新聞6月18日記事)
 容易に避難できない病院等に、国の補助金により放射能除去フィルターの工事をして、屋内退避でしのぐという対策が各地で進められている。しかし、職員や食料の確保はどうするのであろうか。NHKが玄海原発30キロ圏内の医療機関・福祉施設113施設に行ったアンケート調査では、6割の施設が屋内退避では対応できないと回答している。(3月5日クローズアップ現代)

8. 避難時間シミュレーションの問題点

 避難範囲が従来の10キロ圏から30キロ圏に拡大されたため、対象になる人口が増加し避難距離も長くなった。最も周辺に人口が多いのは東海第二原発で、橋本昌茨城県知事は「UPZにつきましては人口が約94万人、該当する市町村の全人口では106万人と極めて多いことから、県内にあるバスを総動員しても1回に24万人しか搬送できないため、一斉に106万人を避難させるのは不可能であると考えております」と2012年3月に議会答弁している。福島事故以前は、公民館等に集合した後、バスによって避難するのが基本とされているところが多かった。しかし、バスによる避難が困難であれば自家用車による避難に変わらざるを得ない。自家用車の避難が中心になれば、渋滞が避けらない。福島事故時には通常約30分で行けるところまで3時間から8時間かかったとの証言もある。また、避難先に十分な駐車スペースがあるかどうかや、放射能検査、除染を短時間で安全に行えるかという問題も解決しなければならない。
 渋滞解消策として原子力災害対策指針で打ち出されているのが段階的避難である。段階的避難とは、要するにPAZ圏内の住民避難が完了するまでUPZ圏内は屋内退避にとどめ、避難指示を出さないということである。原発が炉心溶融を起こしPAZ圏内の避難が始まっているときに、窓からそれを眺めながら屋内に留まり続けるのは自家用車を持たない避難弱者以外ありえず、非現実的な対策でしかない。
 原子力規制委員会は、2012年12月12日に「地域防災計画(原子力災害対策編)作成等にあたって考慮すべき事項について」を確認しており、そこでは「移動手段や移動経路に関する事項は、避難時間シミュレーションの結果なども参考にして決定する。」とされている。このため、立地道県等は、防災・避難計画の策定と並行して、避難時間シミュレーションをコンサル会社に委託して実施してきた。各地とも原子力安全基盤機構(現在は規制委に吸収)が2012年12月に示したガイドラインに沿って、標準(日中)、標準(夜間)、悪天候(積雪時)、観光ピーク時期、特別な行事(花火大会)、道路インパクト(津波を想定)、交通規制ありの7つのシナリオでの実施が基本になっている。
 6月末時点で、独自の取り組みを行っている新潟県、内閣府原子力災害対策担当室が中心になって今年度実施している福井エリアを除いて、結果が公表されている。しかし、その多くは概要の公表であり、福島県、滋賀県などしかHPで報告書全文を見ることはできない。ちなみに川内原発の報告書は鹿児島県庁に閲覧に出向く必要がある。
 鹿児島・川内原発の場合、避難指示後、UPZ圏内の9割の住民が避難し終わるまでに9~29時間弱かかるとされている。環境経済研究所の上岡直見氏は「原発避難計画の検証」(合同出版)で独自にシミュレーションを行い、川内の場合、UPZ圏内の避難に高速が使える場合21.5時間、国道のみの場合43時間かかるとしており、当局試算の方が短時間で避難できる結果となっている。
 さて、避難時間シミュレーションで避難に長時間要することが明らかになれば、避難計画は失格のはずだ。しかし、その判断や評価に当たり何時間以内でなければならないとの基準がない。そのため事前対策の強化など避難計画の改良に活かすと取りまとめるだけに終わっている例がほとんどだ。例外的に佐賀県は「福島の事例に当てはめた場合、避難指示が出される全面緊急事態から23時間後に水素爆発による大規模放出となっており、この時間内に避難は可能」と評価を行っている。しかし、この評価基準は楽観的に過ぎる。福島事故では、地震後43分で原発敷地境界近くにあるモニタリングポストが警報を発し、津波が来る前の早い段階から放射能は漏れ出している。さらに電源喪失の15時間後には正門付近で5mSv以上を検出し爆発前から大規模放出が始まっている。新規制基準適合審査に各電力が提出した資料によれば、最悪事故では電源喪失後わずか十数分で炉心溶融開始、わずか1時間半で放射能漏洩とされている。また、新潟県はフィルターベント設備の検討にあたり6~25時間後の放出を想定している。これらと避難時間シミュレーションの結果を比較すれば、大量の放射能放出前に住民避難が完了しないことは明らかだ。
 また、避難時間シミュレーションは机上の計算だから、与える条件を変えれば結果はいくらでも変わってくる。5キロ圏PAZに避難指示が出た際に、その外側UPZで自主避難が始まると渋滞が大きくなり避難時間は長くなる。この自主避難率(避難時間シミュレーションでは影の避難率と呼ばれている)は、福島事故時には平均40%、最大60%であったと国会事故調の報告書にあり、各地の計算では40%とされている例が多いが、島根、鳥取両県は10~20%に抑えて計算を行っている。恣意的な条件設定で短時間に避難可能と説明されても説得力はない。
 複合災害時の検討でどの道路を通行不能と考えるかなど、恣意的な条件設定は数え切れない。津波との複合災害のケースを鹿児島県の例で見ると、津波被害が想定される滄浪地区住民は先に指摘した水没が予想されるコミュニティセンターではない山の上の集合場所に集まっており、そこからの移動時間だけが推計されている。避難経路で水没すると想定した所も津波ハザードマップに比べて限定的だ。

9. 自治体の基本的責務を果たすべき

 安倍首相は、本年3月28日の参議院本会議で「地域防災計画、避難計画は、地域の状況に精通した自治体が策定するものであり、住民の安全、安心を高めるためにも継続的に改善充実を図っていくべきもの。できないという後ろ向きの発想ではなく、どうすれば地元の理解を得られる、よりよいものにできるかが重要」と答弁している。今後改善充実が図られれば、実効性を伴わない避難計画であってもやむを得ないと布石を打つものであろう。
 かつてアメリカのショーラム原発は電力会社の避難計画の不備を住民に裁判で訴えられ、一度も稼働することなく廃炉になっている。アメリカでは、避難時間シミュレーションを実施するのも電力会社で、その結果を自治体が評価する。日本では、両方を自治体が行い、国は支援するだけで評価する主体がない。不十分な避難計画を自画自賛して再稼動にゴーサインを出すようなことがあってはならない。
 日本でも避難計画を原子力規制委員会が審査すべきであるとの意見がある。省の外局と位置付けられ、権限を有する3条委員会であるといっても原子力規制委員会は国の委員会であり、実質的な審査作業は原子力規制庁が担う。自治体が立案した計画を国が審査すべきという意見は、地方主権の考えに合致しない。市民の意見が十分に反映できる審議会等を自治体自身が設置して、避難計画を自ら検証すべきであろう。
 問われているのは原発再稼働の是か非かではない。住民の生命財産を守るという自治体の最も基本的な責務を果たす意思があり、その能力があるかどうかである。