【論文】自治研究論文部門奨励賞

第35回佐賀自治研集会
第12分科会 地域包括ケアシステムの構築

 葛飾区における高次脳機能障害者・失語症者支援の取り組みを振り返り、高次脳機能障害者・失語症者の地域生活支援における問題点とその解決のために取り組むべき課題について考察した。そこから、高次脳機能障害者・失語症者が地域生活で直面する問題を解決するための課題として、地域生活支援の基本を連帯・協調モデルに転換すること、高次脳機能障害者・失語症者を支援するための地域における社会資源を整備することなどがあることを明らかにした。



高次脳機能障害者、失語症者が
地域生活を継続するために必要なこと
―― 葛飾区における高次脳機能障害者支援の
取り組みの中から ――

東京都本部/葛飾区職員労働組合・福祉施設分会 三橋かさね・井上 洋一

はじめに

 本稿の目的は、葛飾区における高次脳機能障害者支援の取り組みを振り返り、高次脳機能障害者の地域生活支援における問題点とその解決のために取り組むべき課題を提示することにある。
 1節では、高次脳機能障害、失語症の概要を紹介する。2節では、高次脳機能障害に対する医療および地域でのリハビリテーションの概要とその問題点を指摘する。3節では、高次脳機能障害者が地域生活において直面する、就労や家族にかかわる問題点を明らかにする。4節では、地域生活で直面する問題を解決するための課題として、高次脳機能障害者に対する地域生活支援の基本を連帯・協調モデルに転換すること、高次脳機能障害者を支援するための地域における社会資源を整備することなどがあることを述べる。


1. 高次脳機能障害、失語症とは

(1) 高次脳機能障害
 高次脳機能障害とは、交通事故や頭部のけが、脳血管性障害などで大脳部分に損傷を受けたため、大脳の高次脳機能(知覚、記憶、学習、思考、判断などの認知過程と行為の感情(情動)を含めた精神(心理)機能)に障害が起きた状態のことである。外見上では分かりにくいため、周囲の理解が得られにくい。原因疾患は、脳血管性障害(脳出血、脳梗塞、くも膜下出血、一過性脳虚血発作)、脳外傷、脳炎・低酸素脳症、脳腫瘍などである。
 主な症状は、失行症(道具が上手に使えない)、記憶障害(新しいことが覚えられない)、失語症(言葉が滑らかに話せない、相手の話が理解できない)、注意障害(気が散りやすい、集中できない)、社会的行動障害(怒りやすい、幼稚、引きこもり)、遂行機能障害(一連の動作手順が分らない)、地誌的障害(道がわからない)、半側空間無視(片側の空間を認識できない)、病識がないなどがあり、複数の症状が重複して現れる。
 高次脳機能障害があることで、記憶障害などにより就労や就学が困難になる、感情のコントロールができないことにより家族関係が崩壊するなどの生活上の問題が発生する。

(2) 失語症
 失語症とは、脳血管障害などによって脳の言語機能の中枢(言語野)が損傷されることにより、いったん獲得した言語機能(「聞く」「話す」といった音声に関わる機能、「読む」「書く」といった文字に関わる機能)が障害された状態のことである。高次脳機能障害のひとつである。発症の原因の約9割は脳血管障害であり、他に、頭部外傷、脳腫瘍などがある。失語症の特徴として、話す、聞く、読む、書く、の4つの言語側面すべてに障害があること、言葉の意味、文法、音韻、語彙のそれぞれの側面に障害があること、言語だけでなく言語を含む記号を操る能力の障害であることなどがある。失語症により、コミュニケーションに支障をきたすことで、就労や就学が困難になるなどの生活上の問題が発生する。


2. 高次脳機能障害・失語症のリハビリテーション

(1) 急性期・回復期・維持期のリハビリテーション
 脳損傷後のリハビリテーションは、急性期・回復期・維持期(注1)の段階を経て行われる。
 脳梗塞などの脳血管障害を発症すると、急性期病院で治療を受ける。片麻痺などの機能障害や高次脳機能障害、失語症が残った場合には、片麻痺や高次脳機能障害、失語症のリハビリテーションに取り組むことになる。急性期のリハビリテーションでは、日常生活動作の早期獲得、褥瘡や拘縮、廃用性症候群の予防目的として、体位交換、座位・立位耐性訓練、歩行訓練などが行われる。急性期の対応が終わると、回復期のリハビリテーションが始まる。そこでは、日常生活動作の自立、日常生活の自立のための訓練、就労のための訓練などが実施される。  
 また、認知機能のリハビリテーションには次のようなものがある。
 記憶障害のリハビリテーションでは、記憶の機能を高めるためのトレーニングと代償手段(記憶を補うためのメモの活用)の獲得などが行われる。
 注意障害のリハビリテーションでは、一つのことに持続して集中できるようにするトレーニング、複数の課題を同時に処理し、注意を分散できるようにするトレーニングが行われる。
 遂行機能障害のリハビリテーションでは、一定期間の行程を企画し、スケジュール通りに遂行するトレーニング、手順に沿って作業を行うトレーニングが行われる。
 失語症のリハビリテーションでは、「読む」「書く」「聞く」「話す」の練習、代償手段(会話ノートやジェスチャーの活用)の獲得などのトレーニングが行われる。
 回復期のリハビリテーションが終了すると、退院となり、地域(在宅)でのリハビリテーションに移行する。
 医療におけるリハビリテーションには、180日の制約(注2)があり、その期間を過ぎると退院を余儀なくされる。回復期の半ばで、退院ということも珍しくない。

(2) 地域におけるリハビリテーションの社会資源
 地域におけるリハビリテーションは、社会生活力を高めることを目的とした社会リハビテーション(注3)である。主要には、「児童福祉法」「障害者総合支援法(注4)」などに基づく障害福祉と介護保険のサービスが担う形になっている。
 障害福祉サービスにおける、リハビリテーションと日中活動の場として、通所系のサービスでは、自立訓練(機能訓練、生活訓練)、生活介護がある。
 障害福祉サービスでは、65歳以上の利用者は介護保険優先となり、利用機会が制限される。また、自立訓練(機能訓練、生活訓練)の事業所の数は少ない、さらに利用にあたって利用期間が限定されている、などの問題がある。
 介護保険におけるリハビリテーションは、通所リハビリテーション、訪問リハビリテーションなどがある。通所リハビリテーション、訪問リハビリテーションの事業所の数は少なく、配置されている理学療法士、作業療法士、言語聴覚士などの数も少ない。
 介護保険サービスは、第2号被保険者にあっては、特定疾病(注5)に該当する要介護者はサービスを利用できるが、交通事故などの事故による脳外傷、低酸素脳症などによる高次脳機能障害は特定疾病の対象外となっている。また、高次脳機能障害や失語症においては、その人に合わせた個別性の高いリハビリテーションが必要であり、介護保険のリハビリテーションでは、十分に対応できていない、などの問題がある。


3. 高次脳機能障害者への支援の経過

(1) 高次脳機能障害者支援のはじまり 「高次脳機能障害支援モデル事業」
 2001年から2005年の5ヵ年にかけて、厚生労働省により、国立障害者リハビリテーションセンターと高次脳機能障害に取り組んでいる全国の拠点病院が連携して、包括的な支援策の確立を目的にした「高次脳機能障害支援モデル事業」が開始された。
 2006年からは、「障害者自立支援法」(注6)の都道府県地域生活支援事業の一環としての「高次脳機能障害支援普及事業」が開始されている。都道府県に支援拠点を置き、高次脳機能障害者に対する専門的支援や地域支援のネットワーク形成、支援者養成などを行うものである。
 東京都では、国に先駆けて、1999年度予算に高次脳機能障害者対策費1,000万円を計上した(国の予算化は2011年度から)。同年、全国初の高次脳機能障害者実態調査を行った。都内では、東京都心身障害者福祉センターが中心となって、高次脳機能障害者支援事業が取り組まれている。2008年には、高次脳機能障害者実態調査(注7)を実施した。同調査によれば、都内の高次脳機能障害者数は49,000人(60歳以上の者が67.2%)、葛飾区の推計は1,400人である。

(2) 葛飾区における高次脳機能障害支援
 葛飾区における、高次脳機能障害者、失語症者の地域生活を支える社会資源としては、障害福祉と介護保険によるサービスがある。
 障害福祉サービスの分野では、葛飾区においては、2005年度から、障害者センター内の身体障害者デイサービスセンターにて高次脳機能障害者、失語症者を対象にしたデイサービスが始まった。
 身体障害者手帳を取得できない複数の高次脳機能障害者が支援費制度(注8)による身体障害者デイサービスの利用を希望していたが、支援費制度では身体障害者手帳がないと利用ができなかったため、それとは別枠で、高次脳機能障害者を対象にしたデイサービスを開始した。2007年度からは、「障害者自立支援法」による、地域活動支援センターにおける高次脳機能障害者デイサービスに改編された。2013年度からは、障害者総合支援法に基づく自立訓練事業所における、高次脳機能障害を対象とした機能訓練、生活訓練、失語症者を対象にした言語リハビリテーションに取り組んでいる。
 リハビリテーションや日中活動の場としては、障害者福祉では、自立訓練事業所、生活介護事業所、介護保険では、通所リハビリテーション、訪問リハビリテーション、通所介護がある。失語症者へのリハビリテーションでは、医療機関以外では、自立訓練事業所で実施している言語リハビリテーション、または介護保険の訪問リハビリテーションなどがある。
 高次脳機能障害や失語症の特性に合わせた日中活動やリハビリテーションの場はきわめて限定されている。
 障害当事者、家族の団体として、「高次機能障害者 家族会かつしか」がある。同会は、2000年に結成され、「当事者や家族が励ましあいながら地域で生活していく」をモットーに、月1回土曜ミニデイサービスなどの活動を行っている。
 社会資源が限定されているという状況に対応するため、葛飾区内の高次脳機能障害者支援に係る関係機関(保健所、地域包括支援センター、就労支援センターなど)で連絡会を設け、情報交換などに努めている。
 2009年より家族会、当事者、ボランティア、地域活動支援センター職員の協働によるミニデイサービスに取り組み、現在は家族会の事業として取り組まれている(注9)。2014年からは、失語症者の自主的団体の形成をめざして、失語症当事者、ボランティア、地域活動支援センター職員の協働によるミニデイサービスに取り組んでいる。


4. 高次脳機能障害者の地域生活の問題点

K区高次脳機能障害者リハビリテーション利用者の就労・家族関係の変化

 

氏名

性別

年齢

原疾患

高次脳機能障害の主な症状

就労関係の変化

家族関係の変化

1

A

30

脳梗塞

記憶障害

発症前より無職

発症前から独身

2

B

30

脳梗塞

記憶障害

休職期間終了後退職

発症後離婚、実家

3

C

40

脳外傷

記憶障害

発症後退職

発症前から独身

4

D

40

脳梗塞

記憶障害、注意障害

自営業復帰

発症前から独身

5

E

40

脳梗塞

記憶障害、注意障害

自営業廃業

発症前から独身

6

F

40

脳梗塞

記憶障害、失語症

休職期間終了後退職

発症後離婚

7

G

50

脳腫瘍

記憶障害

休職期間終了後退職

発症後離婚

8

H

50

脳梗塞

記憶障害、注意障害、失語症

休職期間終了後退職

発症後離婚

9

I

50

脳症

記憶障害、失語症

専業主婦

発症後別居

10

J

50

脳梗塞

記憶障害、注意障害

休職期間終了後退職

発症後別居

11

K

50

脳梗塞

記憶障害、地誌的障害

自営業廃業

婚姻継続

12

L

50

脳梗塞

失語症

発症前より無職

発症前から独身

13

M

50

脳梗塞

失語症

休職期間終了後退職

発症後離婚

14

N

50

脳梗塞

記憶障害、失語症

休職期間終了後復職、解雇

発症後離婚

15

O

60

脳梗塞

失語症

発症後退職

発症前から独身

16

P

60

脳梗塞

記憶障害、失語症

発症前より無職

発症前から独身

17

Q

60

脳梗塞

記憶障害

自営業廃業

婚姻継続

18

R

60

脳外傷

記憶障害

休職期間終了後退職

婚姻継続

19

S

60

脳梗塞

記憶障害、失語症

休職期間

婚姻継続

20

T

60

脳梗塞

記憶障害、失語症

休職期間

婚姻継続

21

U

60

脳梗塞

失語症

発症後退職

発症前から独身

22

V

60

脳梗塞

失語症

専業主婦

婚姻継続

23

W

60

脳出血

失語症

休職期間終了後退職

婚姻継続

24

X

60

脳梗塞

失語症

専業主婦

婚姻継続

25

Y

60

脳梗塞

失語症

発症前より無職

発症前から独身

訓練実績(2013年度)より筆者作成
注:年齢は切り下げ

 表は、都内のK区における自立訓練事業所を利用する高次脳機能障害者、失語症者の家族関係、就労関係をまとめたものである。
 表から次のことがわかる。
〇30~50代の男性利用者11人のうち、病後に別居した者2人、離婚した者5人である。60代以上の男性利用者では離婚した者1人である。
〇女性利用者6人のうち、別居した者は1人、離婚した者はいない。
〇別居や離婚した者8人のうち、親や親族と同居している利用者は6人、単身生活をしているものは2人である。
〇発症時に企業などに就職をしていた利用者14人のうち、発症時と同じ会社などに復職できた者は、1人である。退職した者は11人である。休職期間中の者2人である。
〇復職した人で、1年以上就労が継続している人はいない。新たに就職できた者はいない。
こうした特徴をまとめると、以下のような問題点があることがわかる。
① 高次脳機能障害者、失語症者は発症後、勤務していた企業などから解雇される、または自主退職するケースが多い。
② 男性の高次脳機能障害者、失語症者では、別居、離婚のケースが多い。
③ 男性の高次脳機能障害者、失語症者は、別居や離婚後に、実家の親と同居するケースが多い。
 次に、これらの問題点について詳しくみていきたい。

(1) 失業と就労の困難
 表中の事例では、発症時に企業などに就職をしていた利用者14人のうち、退職した者は11人である。高次脳機能障害を発症することは、職業を失うことに直結している。
 表中の就労にかかわる3つの事例を見ていきたい。
 B氏は、脳梗塞により、右片麻痺と記憶障害などの後遺症が残った。車いすを使用している。公的機関の就労準備訓練を利用して、復職をめざしていた。勤務先まで、一人で通勤することができないこと、遂行可能な業務がないなどのことから、「自主的」な退職となった。
 J氏は、脳梗塞により、身体的な麻痺はないが、地誌的障害があり、一人では外出できない。休職期間終了が迫り、復職をめざしたが、一人で通勤できないことが阻害要因となり、「自主的」な退職となった。
 N氏は、脳梗塞により、右片麻痺と失語症などが後遺症として残った。休職期間終了後、勤務先に復職したが、3カ月後に解雇された。解雇の撤回を求めて、公的機関にあっせんを依頼した。会社側の姿勢は変わらず、解雇は撤回できなかった。
 高次脳機能障害者、失語症者の就労を考える場合、発症前の業務内容に戻ることは困難が伴う。復職にあたっては、高次脳機能障害者、失語症者が対応可能な業務に就けてもらうことなどが必要である。
 わが国の就労においては、一人で通勤できることが条件になっている。地誌的障害がある人や朝夕の満員の公共交通機関の中での車イスでの通勤は不可能である。復職をめざす場合でも、このような困難がある。再就職にあたっては、それ以上の困難がある。
 復職や再就職にあたっては、多くの場合、その個人の努力と責任において、リハビリテーションが取り組まれ、身体状態の回復の度合いによって、就労の可能性が推し量られることになっている。
 しかし、高次脳機能障害、失語症の発症は、すべて個人の責任に帰してしまうことはできない。勤務先の労働環境の内容にも問題がある場合も考えられる。長時間の残業などの劣悪な労働条件から、脳血管障害を発症することはありうる。発症と労働実態の因果関係を問うことが必要である。

(2) 別居、離婚などによる家族の変容
 夫が稼ぎ手である場合、高次脳機能障害、失語症により職業を失うことで、収入がなくなり、妻が働きに出る。未成年の子どもがいる場合、妻は、仕事と子育てと夫の介護の3つを担うことになるが、社会的な支援がない限り、実行は不可能である。
 仕事を失っても、預金や休業補償がある場合を除き、仕事と子育てを優先し、別居や離婚を選択することもありうる。
 高次脳機能障害、失語症によって、別居、離婚などの事態が発生し家族が変容したり解体することがある。

(3) 支援者亡き後の問題
 離婚や別居となった高次脳機能障害者、失語症者は、実家に戻るなどして、親や親族と同居となる。それが不可能な場合には、単身でのアパート生活などになる。高次脳機能障害者、失語症者が単身で生活することには多くの困難が伴うことになる。
 高次脳機能障害者、失語症者が実家などに戻って支援を受けることになったとしても、親や親族などの支援者が高齢などの理由によって支援を継続できなくなることもありうる。支援者亡き後、だれがどのように高次脳機能障害高次脳機能障害、失語症の生活支援を継続していくのかが問題となる。


5. 高次脳機能障害者の地域生活の課題

 本節では、4節で提示した問題点を踏まえて、高次脳機能障害者、失語症者が地域で生活を継続していくために解決しなければならない課題を明らかにしていきたい。

(1) 競争・分離モデルから連帯・協調モデルを基本とした高次脳機能障害者、失語症者地域支援へ転換する
 高次脳機能障害者、失語症者が、地域で生活を継続していくうえで、最大の問題は、高次脳機能障害をはじめ障害があることが、個人の問題にされていることである。
 高次脳機能障害、失語症のリハビリテーションや地域での生活の継続は、個人の責任と努力によって、行うべきものとされている。
 ここでは明らかに社会の責任が回避されている。発症に至るまでの企業の労働実態の問題や労働災害の問題など、社会の側の責任が問題にされていない。こうした考え方は、個人の努力と責任で障害を克服するべきであるという医療モデルを基本にしている。そこでは、社会的支援の充実よりも、個人の努力のみが問われてしまうのである。
 障害は、発現形態が個別であるが、社会的関係の中で発生し、社会的関係の中で解決されるという立場にたつ社会モデルへの転換が求められているのである。
 地域における生活の継続は、医療モデルでは、困難である。
 医療モデルの原理は、個人の努力による個人の救済である。そこでは、競争と分離が基本の原理になっている。市場原理に基づく競争モデルとも親和的である。
 社会モデルの原理は、障害のあるものもないものもともに助け合って社会のなかで生活していくというものである。社会を構成するものによる、連帯と協調が基本の原理となっている。
 競争・分離モデル(医療モデル)によるリハビリテーションから、連帯・協調モデル(社会モデル)を基本にした地域におけるリハビリテーションが構想されなければならないのである。 

(2) 幼児から高齢者まで対応することのできる高次脳機能障害リハビリテーション、言語リハビリテーションの仕組みを構築する
 高次脳機能障害、失語症は、幼児から高齢者まで、年齢を問わず発症する。幼児期、学齢期、青年期、壮年期、高齢期などのライフステージに対応したトータルな高次脳機能障害、失語症のリハビリテーションの仕組みが必要である。
 児童福祉・障害者福祉・介護保険のサービスの枠組みを超えた、高次脳機能障害(児)者支援の共通の取り組みが必要である。
 児童福祉における、高次脳機能障害、失語症を発症した児童へのリハビリテーションの充実、障害者福祉では、65歳以上の高次脳機能障害者、失語症者への利用の拡大、介護保険では、第2号被保険者に関わる特定疾病の中に、原疾患を問わず高次脳機能障害、失語症を加える、などのことが検討されるべきである。

(3) 高次脳機能障害者、失語症者の身体障害者手帳、精神保健福祉手帳の取得が確実にできるようにする。要介護認定に高次脳機能障害、失語症が正しく反映されるようにする。高次脳機能障害、失語症の診断だけでサービスが受けられるようにする
 高次脳機能障害者は、精神保健福祉手帳が取得できることになっている。精神保健福祉手帳の申請には、医師の診断書が必要であるが、病院に診断書の依頼をしても、多くの病院では、「書いたことがない」「高次脳機能障害の診断ができない」などの理由から拒否されることがほとんどである。また、失語症は、言語機能障害として、身体障害者手帳の対象となっているが、失語症での身体障害者手帳の取得は、重度の失語症でない限り、取得は困難な面がある。身体障害者手帳、精神保健福祉手帳の取得が確実にできるようにすることが必要である。
 介護保険の要介護認定においては、外見から障害が分かりにくいことや高次脳機能障害者に病識がないことなどから、高次脳機能障害の症状が正しく反映されていない実態がある。高次脳機能障害の症状が正しく把握される必要がある。
 このようにしても、高次脳機能障害者、失語症者のすべてが身体障害者手帳、精神保健福祉手帳を取得できるようになるわけでも、要介護認定を受けられるわけでもない。身体障害者手帳、精神保健福祉手帳がなくとも、高次脳機能障害、失語症の診断があるだけで、サービスが受けられるような仕組みの構築が必要である。

(4) 高次脳機能障害者、失語症者の地域生活を総合的にケアする仕組みをつくる
① 地域におけるリハビリテーションの整備
  2節(2)、3節(2)で述べたとおり、地域において高次脳機能障害者、失語症者が利用できるリハビリテーションにかかわる社会資源は、障害福祉では、自立訓練、介護保険では、通所リハビリテーション、訪問リハビリテーションなどであり、限定されている。
  このことは、障害福祉では、訓練等給付費の額が低く、専門療法士を配置した自立訓練の事業所としての採算が成り立たないこと、介護保険では、介護報酬の額が低く、通所リハビリテーションなどにおいて専門療法士を十分に配置することが難しいことによっている。
  高次脳機能障害者、失語症者のリハビリテーションや生活支援においては、個別性の高い支援が必要であり、高次脳機能障害に対応したデイサービス、失語症に対応した言語デイサービスが必要である。
  こうした社会資源が十分でない中にあって、それを補うために、地域における高次脳機能障害者、失語症者の支援を共通の目的として、障害福祉、介護保険サービスの事業所が協力していく体制を作りあげていく必要がある。
② 高次脳機能障害者、失語症者が働く場の整備
  4節(1)で述べたように、高次脳機能障害、失語症を発症した者は、就労を継続することができない。再就職にも多くの困難がともなう。地域において、高次脳機能障害者、失語症者が働く場所を確保することが必要である。
  高次脳機能障害者、失語症者のリハビリテーションに取り組む者の、ステップアップの場としても、働く場がある。
③ 高次脳機能障害者、失語症者の住まいの整備
  親や親族と同居する高次脳機能障害者、失語症者にとって、親や親族が倒れてしまった場合には、地域生活の継続が困難になる。親や親族の支援が受けられなくなった後に、地域における生活を継続するためには、グループホームなどのケアがついた住まいが必要である。
  高次脳機能障害者、失語症者のためのグループホーム建設は、愛知県などで支援者によって、先進的な取り組みがなされているが、全国的にみれば、その数はきわめて少ない(注10)
④ 家族支援と家族会
  高次脳機能障害、失語症を発症した当事者、家族は、介護や子育てや生活費などの問題に直面する。これらの問題を当事者と家族だけで解決することは不可能である。
  4節(1)で述べたように、高次脳機能障害者、失語症者とその家族は、別居、離婚などの家族解体の道をたどることがある。
  高次脳機能障害者、失語症者が地域における生活を継続していくためには、障害当事者支援ばかりではなく、その家族を支援することが重要な課題となる。
  家族支援の中心には家族会の活動がある。高次脳機能障害者、失語症者のケアを行いながら社会的活動をする家族会は、当事者や家族にとって、頼りがいのある存在である。
  支援者は、どちらかというと、経験や原則に従って、支援を行い、「規則」を基本にしている。これに対し、家族会は、その当事者・家族の状態を、丸ごと受け入れ、「共感」を基本にしている。そのことが、地域で生活を継続していこうとする当事者と家族に勇気を与え、大きな支えになっている。
  支援者と家族会が、互いに補い合いながら、協力して家族支援を行うことが必要である。
⑤ 生活問題に関して相談できる窓口の設置
  高次脳機能障害、失語症を発症することで、生活費や住宅ローン返済などの所得保障にかかわる生活問題に直面する。
  所得保障のために、利用できる各種制度について申請や交渉をしなければならない。会社勤めであれば、まず休業補償手続き。復職に向けた交渉と手続き。復職が困難な場合には、退職の手続き。退職金の交渉。雇用保険の手続き、などがある。その他にも、障害厚生年金の申請手続き。住宅ローンがある場合には、返済に係る信用保証会社との交渉。入院費用に関する生命保険関係の申請、交渉などがある。
  これらのことを、高次脳機能障害者、失語症者のケアを行いながら、家族が担わなければならない。こうした申請や交渉には、専門知識や経験が必要な場合もある。相談ができるような窓口の整備が必要である。

(5) 地域社会における高次脳機能障害、失語症の理解を促進する
 高次脳機能障害、失語症は、地域社会にほとんど認識されていない。当事者に高次脳機能障害の自覚がないこと、地域社会に高次脳機能障害が理解されていないことが、高次脳機能障害、失語症の地域生活の継続を妨げている阻害要因である。
 地域社会に、高次脳機能障害、失語症のことを理解してもらうためには、市民と高次脳機能障害者、失語症者が交流する機会を増やすことが必要である。地域活動支援センターでは、「高次脳機能障害ボランティア養成講座」「失語症サポータ養成講座」などを実施し、交流する機会を設けている。

(6) 脳血管性障害を予防する
 高次脳機能障害、失語症の主要な原因は、脳血管性障害によるものである。脳血管性障害は再発の可能性が高い疾患である。高次脳機能障害者、失語症者にとって、再発の予防はリハビリテーションの重要な課題である。
 また、脳血管性障害は特別な疾患ではない。高血圧の人だけではなく、心臓疾患、ストレス、過労などの身近にあるものからも発症する。誰もが発症のリスクを負っているのである。脳卒中の予防のためには、日常的な健康管理が必要である。
 一方、脳血管性障害をもたらすものは、労働環境からくるものもある。長時間労働や劣悪な作業環境などは、脳血管性障害の原因となる。劣悪な労働環境の改善は、脳血管性障害の最大の予防である。こうした劣悪な労働環境の改善は、労働安全衛生活動をはじめ労働組合の課題でもある。


むすび

 本稿においては、葛飾区における高次脳機能障害者、失語症者支援の経過をたどり、問題点と課題を整理した。課題を達成する展望までは提起できていない。これからも、課題の実現にむけて日々の実践に取り組むとともに、高次脳機能障害者、失語症者支援を充実させるための政策提言を行っていきたい。
 最後に、高次脳機能障害、失語症と労働組合の関わりについて述べたい。
 高次脳機能障害、失語症によって、職場を去る人は後を絶たない。葛飾区役所においても、高次脳機能障害、失語症によって、仲間が退職を余儀なくされる事態は毎年発生している。
 高次脳機能障害、失語症を発症した仲間が、今まで通りの業務をこなしていくのは難しい。しかし、何らかの形で、仕事を継続していくことができる仕組みをつくりだしていくことはできないだろうか。労働組合として、支援が取り組まれるべきであろう。
 このことについて、学ぶべき事例がある。
 自治労神奈川県本部が取り組んだ、中村成信さん懲戒免職撤回闘争である(注11)
 2006年2月、認知症の一種であるピック病を発症した茅ヶ崎市職員の中村さんは、スーパーのチョコレートなどを万引きしたとして茅ヶ崎署に逮捕され、2日後に起訴猶予で釈放された。しかし茅ヶ崎市当局は、本人の弁明や休職の必要があるとした診断書を無視し、懲戒免職処分を行った。中村さんと家族は、ピック病の診断があることから茅ヶ崎市公平委員会に異議申し立てを行った。自治労神奈川県本部は、万引きに問われた行動は、判断能力をなくしたピック病の症状によるものであるとし、「中村成信さんを支える会」を結成し支援に乗り出した。2009年6月に公平委員会による「懲戒免職処分は撤回し停職6月とする」との裁決が行われた。
 この闘争は、ピック病の存在を世間に知らしめたことと市当局の懲戒権の濫用に歯止めをかけた点で画期的なものであった。しかし、たたかいの意義はそればかりではない。職場には、高次脳機能障害や若年性認知症をはじめ障害や病気によって、職場を辞めざるを得ない、無数の中村さんがいる。中村さんのたたかいは、これ以上そうした仲間を出すなと呼びかけているのである。
 今まで通りの仕事が続けられないことから職場を去らざるをえない仲間をこれ以上つくらないことは、労働組合の役割であることを改めて確認しておきたい。




(注1)維持期のリハビリテーションは、回復期リハビリテーションが終了した後に、それまでに可能となった家庭生活や社会生活を維持し、継続していくためのもの。生活期リハビリテーションともいわれる。
(注2)2006年4月の診療報酬改定により、医療保険での入院中のリハビリ(急性期)と通院リハビリ(回復期)は、疾患ごとに受けるリハビリの日数制限が導入され、最長でも180日しか受けることができなくなった。
(注3)「社会リハビリテーションとは、社会生活力を高めることを目的としたプロセスである。社会生活力とは、様々な社会的な状況の中で、自分のニーズを満たし、一人ひとりに可能な最も豊かな社会参加を実現する権利を行使する力(ちから)を意味する」(国際リハビリテーション協会による定義。1986年)。「社会生活力」は以下の通り。①障害のある方が、自分の障害を正しく理解する。②自分でできることを増やす。(リハビリテーション)③リハビリテーションによって、自分の能力を高めるが、残された障害については、様々なサービスを権利として活用する。④足りないサービスの整備・拡充を要求する。⑤支援(ボランティアなど)を依頼できる。⑥地域の人たち、職場の人たちと良い人間関係を築ける。⑦主体的、自主的に、楽しく、充実した生活ができる。⑧障害について、一般市民の理解を高める。
(注4)「地域社会における共生の実現に向けて新たな障害保健福祉施策を講ずるための関係法律の整備に関する法律」の施行により、2013年4月から「障害者自立支援法」が「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(障害者総合支援法)」となった。主な改正点は、障害者(児)の定義に政令で定める難病等が追加され、難病患者等で、疾状の変動などにより、身体障害者手帳の取得ができないが、一定の障害がある方々が障害福祉サービス等の対象となった。2014年4月からは、障害程度区分から障害支援区分への見直し、重度訪問介護の対象拡大、ケアホームとグループホームの一元化などが実施された。
(注5)介護保険制度では、第2号被保険者は一定の疾患のために介護を要する状態になった場合に、介護保険の給付を受けることができる。その対象となる疾患が特定疾病と呼ばれる。①がん(がん末期)、②関節リウマチ、③筋萎縮性側索硬化症、④後縦靱帯骨化症、⑤骨折を伴う骨粗鬆症、⑥初老期における認知症、⑦進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症、パーキンソン病(パーキンソン病関連疾患)、⑧脊髄小脳変性症、⑨脊柱管狭窄症、⑩早老症(ウェルナー症候群)、⑪多系統萎縮症、⑫糖尿病性神経障害、糖尿病性腎症、糖尿病性網膜症、⑬脳血管疾患、⑭閉塞性動脈硬化症、⑮慢性閉塞性肺疾患、⑯両側の膝関節または股関節に著しい変形を伴う変形性関節症。
(注6)障害種別ごとに縦割りにされていた障害者福祉制度を全面的に見直し、自立支援の観点から一元的なサービス提供システムを規定した法律。2006年4月から一部施行、同年10月から全面施行。対象者は、身体・知的・精神の各障害者(18歳以上)及び障害児(18歳未満)。給付内容は、ホームヘルプサービス、ショートステイ、入所施設等の介護給付費及びリハビリテーション、就労移行支援等の訓練等給付費、心身障害の状態軽減を図るための自立支援医療など。国が基本指針を、市町村・都道府県が障害福祉計画を定めることや、市町村・都道府県による地域生活支援事業の実施を規定している。本法の特徴は、(1)サービス提供主体を市町村に一元化し、各障害者福祉サービスを共通した制度で提供、(2)障害者の就労支援の強化、(3)空き教室、空き店舗の転用を含めた地域社会資源活用の規制緩和、(4)「障害程度区分」による、サービスの利用手続きや基準の明確化、(5)サービス利用における利用者1割負担、食費の実費負担、(6)国の財政責任の明確化。介護保険制度と同様に利用者が市町村にサービス利用申請を行い、市町村審査会が障害程度区分を判定、利用サービスや頻度が決定する。サービスの利用者負担(所得に応じ上限あり)と障害程度区分の認定に関して、障害者運動からの反対運動が生まれた。2009年9月民社国連立政権は同法の廃止を明言。2013年6月第180回国会にて、地域社会における共生の実現に向けて新たな障害保健福祉施策を講ずるための関係法律の整備に関する法律が成立。これにより、障害者自立支援法から「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」(通称・障害者総合支援法)と名称が変更となった。
(注7)詳細は東京都保健福祉局障害者施策推進部(2008)13頁を参照。
(注8)身体障害者(児)及び知的障害者(児)が、その必要に応じて市町村から各種の情報提供や適切なサービス選択の為の相談支援を受け、利用するサービスの種類ごとに支援費の支給を受け、事業者との契約に基づいてサービスを利用できる制度。2003年4月に施行。サービス利用者が急激に増加し、予算の不足が深刻化した。2006年4月に障害者自立支援法へ移行した。
(注9)家族会、ボランティア、職員の協働によるミニデイサービスについては、井上洋一ほか(2010)、(2012)を参照されたい。
(注10)愛知県豊橋市にあるNPO法人「笑い太鼓」高次脳機能障害者支援センターでは高次脳機能障害者を対象にしたグループホーム運営に組んでいる。http://www.tees.ne.jp/~waraitai/infomation.htm(2014.7.14現在)
(注11)全日本自治体退職者会「自治退ニュースNo241」2009.7.22
懲戒免職撤回闘争の経過は中村成信(2011)97~133頁を参照。

参考文献
井上洋一ほか
 「葛飾区における高次脳機能障害者デイサービスの取り組み 高次脳機能障害者の地域自立生活の支援をめざして」『第33回愛知自治研集会第2分科会「新しい公共」を再構築する自主レポート』2010年
井上洋一ほか
 「協働による高次脳機能障害者ミニデイサービスの再出発にむけて」『第34回兵庫自治研集会第5分科会 医療と介護の連携による地域づくり自主レポート』2012年
遠藤尚志「失語症の理解とケア」雲母書房、2011年
    「ことばの海へ―失語症ケアのはじまりと深まり」筒井書房、1996年
北野誠一、朝比奈ミカ、玉木幸則
 「障害者本人中心の相談支援とサービス等利用計画ハンドブック」ミネルヴァ書房、2013年
北野誠一、茨木尚子、尾上浩二、竹端寛
 「障害者総合福祉サービス法の展望」ミネルヴァ書房、2009年 
竹内孝仁「医療は『生活』に出会えるか」医歯薬出版、1995年 
東京都保健福祉局障害者施策推進部「高次脳機能障害者実態調査報告書概要版」2008年
東京都心身障害者福祉センター「高次脳機能障害者地域支援ハンドブック(改訂版)」2011年
中島恵子「高次脳機能障害のグループ訓練」三輪書店、2009年 
    「理解できる高次脳機能障害」三輪書店、2009年 
中村成信「ぼくが前を向いて歩く理由」中央法規、2011年
橋本圭司「高次脳機能障害 どのように対応するか」PHP研究所、2006年
橋本圭司、鞆総淳子、中村俊規 
 「高次脳機能リハビリテーション看護」関西看護出版、2009年 
三好春樹「認知症介護―現場からの見方と関わり学」雲母書房、2014年
    「関係障害論」雲母書房、1997年 
    「生活障害論」雲母書房、1997年 
三好春樹、高口光子「リハビリテーションという幻想」雲母書房、2007年 
渡邉修「高次脳機能障害と家族のケア―現代社会を蝕む難病のすべて」講談社、2008年