【自主レポート】

市民立法で市民参画条例をつくろう
― 市民立法ワークショップ活動報告 ―

福井県本部/鯖江市職員労働組合・市民自治研究会

1. 市民自治研をはじめて

 鯖江市職員労働組合は、1999年から、「市民との共働で自治体改革を推進し、豊かな地域公共サービスを創造しよう」というスローガンのもと、「市民自治研」運動に取り組んでいます。
 この「市民自治研」は、従来の職員・職場主体の自治研運動から一歩踏み出し、一般市民やNPO団体の皆さんといっしょに、市の施策や市民生活に関わる運動・学習を繰り広げるものです。
 こうした運動に取り組むことになった背景には、NPOや市民活動に対する市民の皆さんの関心の高まりがあります。鯖江市では、1999年4月に、地域の市民活動を推進・支援する拠点施設として「鯖江市民活動交流センター」が発足しました。このセンターは、施設の設立準備から設立後の管理・運営まで、市民団体が自主的に行っているという点で、市内外で大きな注目を集めました。
 当市に隣接する武生市職員組合の自治研メンバーを含む有志組合員でつくる自治研グループ=「市民自治研究会」も、このセンターの加盟団体となり、他の市民団体の皆さんと連携を深める中で、以後、多種多様なプロジェクトが生まれています。
 1999年10月には、そのひとつとして、公募の市民を集めて、介護保険条例の市民案を作る運動に取り組み、それを鯖江・武生両市の実際の介護保険条例に反映させることができました。今回の「市民立法ワークショップ」は、市民立法シリーズの第2弾として取り組んだものです。

2. 市民立法ワークショップの誕生

 実質的な審議が行われない各種審議会や市政懇話会、「民意」とはかけはなれた計画でもなかなか止まらない公共事業など、今、公共政策の意思形成過程に対する関心が高まっています。
 これら形骸化した間接民主主義に対し、その限界を乗り越え、「地域の将来を自らが考え、自らが決定していく」住民のたくましい直接行動が各地で起こっています。
 「市民立法」とは、ビジョンを共有した住民が、自らの活動の規範を含めた地域ルールを作るということです。それは同時に、自分たちの地域の将来、進む道は、自分たちで決めるという“自己決定”の手続きとして、「住民自治」「市民自治」への道を舗装するものです。
 こうした意識のもと、鯖江市職員労働組合と鯖江市民活動交流センターは、「市民の手で条例を作ってみよう」を合言葉に、平成11年11月、両者の共同事業として「市民立法ワークショップ」を企画しました。開催にあたっては、市民活動交流センターの役員、鯖江・武生両市の自治研グループに加え、新聞等で市民参加者を募集しました。その結果、市内外から計30人弱のメンバーが集まり、条例の基礎勉強から当ワークショップを始めることとなりました。
 参加者の年齢層も20代から80代まで幅広く、主婦、公務員、自営業、市議会議員など、いろんなタイプの方が集まってくれたこともあり、当初、このワークショップでは、「環境」「教育」「市民活動推進」など市民生活に身近な個別課題を取り上げ、グループに分かれた上で、参加者の興味にあったそれぞれの個別条例づくりにチャレンジする予定でした。ところが、次章で示したような何回かの議論を経るうちに、「現代社会における複雑化した課題を解決するためには、『市民参加を進める』ことがキーポイントとなる。最初にまず市民参加・住民参画のシステムづくりを条例化すべきではないか」との参加者の多数意見のもと、メンバー全員で「市民参画条例(仮称)」を作るという思わぬ展開(うれしい誤算)が生じました。
 以来、2年がかりで議論を続け、その成果が今回、「市民参画条例」としてまとまりました。

3. ワークショップ議論の経過

第1回
(1999.11)
条例と地方分権に関する基礎学習(講師=鯖江市役所・伊部雅俊氏)のあと、顔合わせを兼ねたグループ討議を行い、市政・行政に関する市民参加のあり方などを話し合いました。
第2回
(1999.12)
地方分権時代における地方自治、そして条例との関わりについて、神奈川自治研究センター・上林得郎氏を招いて講演を聞きました。
地方分権の意義に加え、「まちづくり条例」など、各地の新しいタイプの条例づくりの動きもご紹介いただきました。
第3回
(2000.1)
市民参加による条例づくりの事例紹介(介護保険条例・市民案策定ワークショップ、川崎市子どもの権利条例)のあと、このワークショップで今後どのような条例を作っていくかについて、全メンバーが意見を述べました。
その中で、「各自が興味のある分野について個別の条例を作ってみるのもいいが、最も根本にあるのは『市民がいかにして行政に参画できるか』ということ。このワークショップとしても最初にまず市民参加・市民参画のシステムづくりを条例化すべきではないか」という意見が出され、その後、その方向性についてグループ討議を行いました。
第4回
(2000.2)
市民参加・市民参画に関わる条例としては、どのようなものが考えられるかについて、先進地の具体的な事例(箕面市、川崎市など)を参考にしながらグループ討議を行いました。
Aグループは、主に「住民参加を進める前提には、徹底した情報公開(情報提供)が必要である。行政が行う施策の計画・実行・評価の各段階において、行政情報の公開が不十分である現状」などについて、突っ込んだ意見交換が行われました。(後日、Aグループにおいては、北海道・ニセコ町における行政情報の公開のあり方をビデオなどで学習。追加討論を行いました)
Bグループにおいては、主に「なぜ市民の意見が市政に反映されないか(あるいは、反映されていないと感じられるか)」、また「今後の市民参画を考える際には、NPOが大きな役割を果たす」ことなどについて意見交換を行いました。
第5回
(2000.3)
川崎地方自治研究センターの板橋洋一氏をお招きし、川崎市における市民参加による条例づくりの動きをご紹介いただきました。その中で、条例づくりに市民が関わる際の方法論だけでなく、現在の時点でそうした手法を取り入れる場合における具体的な問題点・課題などについても興味あるお話が聞けました。講演のあと、A・Bに分かれ、グループ討議。
第6回
(2000.4)
昨年まで武生市で行われた「パートナーシップによるまちづくり宣言」プロジェクトの事例紹介(報告=武生市役所・福島氏)のあと、「行政への市民参加がなぜ進まないか、行政と市民の協働を阻むものはなにか」ということについて全体討議を行いました。
第7回~14回
(2000.5~2002.2)
市民参加(参画)条例の、条文作成
第15回
(2002.2)
最終報告
今後の活動について話し合い
第16回
(2002.2)
市民立法セミナー「条例づくりはまちづくり」(丹南市民自治研究センターなど主催)で、「市民参画条例」を発表。参加者からの質疑応答を受けました。
予定(2002.7) 福井県自治研交流集会で発表
予定(2002.7) 鯖江市長に「市民参画条例」の制定を提言

4. 市民参画条例とは?

(1) なぜ「市民参画」が必要なの?
   市民の投票によって選ばれた議員によって議会が開かれ、市政の方向性が決められていく……「選挙」制度は、「市民参画」の最たるものであると同時に、民主主義の大原則でもあります。
   しかし成熟した市民社会が形作られつつある現代日本では、ひとつの価値観でものごとが決まることはむしろまれで、いろんな立場の人のいろんな考えがからまって課題の解決を難しくしています。こうした社会においては、市民参画は、選挙によってだけ実現できるものではありません。
   「情報公開」「条例を作るための直接請求」「ボランティア活動」「審議会」「市長と語る会」「自治会活動」「NPO」「住民投票」「行政評価システム」などなど……これらは、いずれも市民が行政やまちづくりに「参画」する手法の一例です。
   住民参画条例は、これらの様々な参画手法を、一定のビジョンのもと総合的・計画的に市政・行政の枠組に組み込んでいくために考えられました。
   一方、どのようなことをはじめるにも、プランを練り、それを実行に移し、反省し、またその反省を次のプランに生かすという一連のプロセスが必要です。これはまちづくりでも同様です。その意味から、政策・施策を作り、実行し、そしてその出来栄えを評価するというそれぞれの段階で、ひとりひとりの市民が多様な形でコミットできる体制をつくること、それがこの条例の大きな使命です。

(2) 参画したくてもできないよ!
   21世紀は、「共生」の時代と言われています。市民参画を進めるためには、何よりもまず、これまで「行政」とか「条例」とかいうことにあまり関わってこなかった人たちの参画を進めることが不可欠です。
   しかし「平等」「公平」「民主的」と思われている現代社会においても、有形・無形の差別が存在します。市政やまちづくりに参画したいという意識はあっても、「女性だから」「国籍が違うから」「まだ子どもだから」「まわりの人の補助が必要だから」などなどの理由で、特別な機会以外に自由な意見を発表する場が奪われてしまっている人たちも大勢います。
   市民参画条例では、市民参画に関して「すべての市民が、人種・性別・国籍・年齢・社会的な地位・身体の状態等により差別的な取り扱いを受けることがないよう努めなければならない」ことが明記されています。これはこの条例が、市民のための条例であることを目指す以上、どうしても抜かすことのできない「絶対必要条件」です。
   そして、その条件を単なるスローガンに終わらせず制度・施策的に担保するための方策として、男女共同参画条例の制定、選挙権・被選挙権のない外国人市民の市政参画制度の導入、こどもの権利条例、障害者・要介護者のノーマライゼーション施策の推進といった諸制度の整備を条例の中で<約束>しています(第五章)。

(3) 「条例」を作っても、本当に守られるの?
   「条例」は魔法の呪文ではありません。条例の中でどんなに理想を並べたてても、それ自体では、道路わきに打ち捨てられた交通標語看板以上の力はありません。またそこに盛り込まれたスローガンがどんなに立派なものであっても、条例の制定後、一定の期間が過ぎれば効果は薄まるものです。
   それらの理念・目的は、受け入れる側(行政の現場の職員や、市民自身など)の意識改革を促す内容・システムにし、しかも長期間持続させる工夫が必要となります。
   市民参画条例では、この条例を現実の行政活動のなかで生きたものにし、さらにそれが正しく適正に運用されているかをチェックする機関として、「市民参画課」という行政組織と、「市民参画評価委員会」という市民委員会をつくることを提案しています。これらは、行政の組織や仕事振りにおける「市民参画」の推進を、まさに「市民参画」で行う=市民自身の手で行うために考え出されました(第二章)。
   具体的な仕事としては、まず「市民参画基本計画」を作りそれに基づき市民参画を進めるための施策を実行します。さらに、その施策をうまく機能させるための条件整備が計画的・効果的に行われているかを評価します。評価の結果が思わしくない場合は、市長に対し改善すべき点を勧告することもできます。
   市民の皆さんから寄せられる市民参画に関する苦情も、ここで受け付け解決に向けての努力がなされます。
   つまり、この「市民参画課」「市民参画評価委員会」は、この条例に盛り込まれたすべての理念・方向性を一歩一歩現実のものにしていくための制度的な「システム」です。その意味では、条例の「核」をなすものといえるでしょう。

(4) 「話せばわかる?」でも話さなくては、決してわからない
   「徹底して話し合うこと」=問題の解決にはこれが一番の近道です。
   これまで行政の機関のなかにも、審議会や懇話会といった、市民同士が話し合って物事の方向性を決める「会議」がいくつも設けられてきました。しかし、それらの多くは、会議に参加する委員の選任から、議題・議論の流れ、ときには結論までが、それを設置した行政側によってあらかじめお膳立てられており、討議資料といっしょに印刷されているのが常でした。こうしたルール違反もどきの行為は、これら審議会・懇話会を、「市民同士」の自由活発な議論の場というにはほど遠い状態にしてしまっていました。
   市民参画条例では、これらの議決機関をつくる場合には、委員の選任方法や議論の進め方など会議を会議として成り立たせる重要な事項について、必ず守るべき「ガイドライン」を作り、参加する市民にルール違反のない会議の開催を保証しています。「ガイドライン」の作成や運用には、その都度、上記の市民参画評価委員会が関与し、「ガイドライン」を破る行為がないかをチェックする仕組みです(第三章)。
   また、これらの議決機関の会議は、個人のプライバシーに関するものなどをのぞいて、全部公開することを義務付けるなど、できるだけ多くの人の目に触れ、できるだけ多くの人が直接的・間接的に参加できる「場」づくりを目指します。

(5) さらに市民参画を進めるために
   市民参画条例では、上に述べた「市民参画課」「市民参画評価委員会」、さらに「審議会等ガイドライン」という2つの大きな規定のほかに、行政と市民が関わる様々な場面において実質的な市民参画を保証するためのサブシステムをいくつか提案しています。
   まず住民投票(市民投票)は、まちづくりの重要な事項について市民が直接判断を行うためのツールとして、近年多くの自治体で制度の導入が始まっています。これはまた間接民主主義の弊害を緩和するためにも極めて有効なツールと言えます。
   また、市民自らが評価に携わることのできる行政評価の導入は、市の行う施策や事業において、「計画→実行→評価→計画の見直し」という各段階で市民が事業をチェックできる体制を目指すものです。
   さらに、非営利公益市民活動団体(NPO)の活動を支援し、市民が多様な市民活動を自発的に進める環境整備をすることも、広義の市民参画推進施策ととらえています。
   私たちは、以上のような各施策を総合的に進めることが、市民参画の推進、ひいては住民自治の実現に不可欠と考えています。

5. ワークショップを終えて

 今回のワークショップでは、これまで法律・条例にうといと考えられていた市民が、自分の力だけでひとつの条例を仕上げられたことは、まず大きな自信となったと思われます。しかし、このことは単に、市民が条例づくりのプロ=行政の担当者や法律の専門家に近づいたことを意味するのではありません。もともと、「市民立法ワークショップ」とは(言い換えれば「市民立法」とは)、市民が法律づくりの専門家になることをめざした場ではないと考えています。市民は、あくまで市民です。「市民でも作れる」条例ではなく、「市民でなければできない」条例をつくることが大事なのです(この点に関しては、別掲の小論「市民立法は可能か?」を参照)。
 その意味では、今回私たちがつくった「市民参画条例」も、他の自治体ですでにつくられていたり構想されている同種の条例とは、一味違った内容になっていることにこそ、その存在意義があります。逆に言えば、行政のプロ・法律のプロだけで作ったものと、何ら変わりがないものをつくるのでは、このような多くの人の時間とエネルギーをかける甲斐はないのだと思います(実際、今回のワークショップでも、メンバー同士、徹底的に議論を戦わせるというスタイルを貫いたため、あまりに長い時間がかかり、最初30人弱いたメンバーが、終了時には半分近くになってしまったという反省点もあります)。
 最近、鯖江・武生両市を含む丹南地域では、市民が条例づくりに関わる機会がふえつつあり、先般行われた市民立法セミナー「条例づくりはまちづくり」(丹南市民自治研究センターなど主催)でも、私たちの「市民参画条例」のほかに、「男女参画推進条例」の市民案(武生市)、公募町民で作る「環境基本条例」(今立町)という市民参加による条例づくりの実践報告を受けました。こうした試みが全国に広がり、市民立法で条例を作ることがあたりまえになること、それがまさに本物の「市民参加」「市民参画」を進めることにつながっていくと私たちは確信しています。

○○市市民参画条例(第二次案)