【代表レポート】

「川崎市子どもの権利に関する条例」制定の取り組み
~市民参加の条例案づくりから~

神奈川県本部/川崎市職員労働組合・教育支部

 「川崎市子どもの権利に関する条例」は、2000年12月21日、川崎市議会において全会一致で可決成立し、2001年4月1日から施行されている。
 この条例の特徴は、日本で初めての子どもの権利に関する総合的な条例であるということと、条例案づくりを市民(おとな・子ども)参加で行ってきたという点である。特に市民参加の条例案づくりは、全国的にもあまり例を見ない、もちろん本市にとっても初めての経験だった。200回を超える会議を開くなど大変な作業だったが、市民や子どもたち、研究者、職員等が子どもの権利について真剣に語り合い、得るところの大きい取組だった。

1. 条例制定をふりかえって

 1998年9月、当時の高橋清川崎市長から「川崎市子ども権利条例検討連絡会議」に対して「子どもの権利条例案の策定」が諮問され、条例づくりがスタートした。
 市では、条例づくりに着手する前に、市として押さえるべきいくつかのポイントがあった。なぜ自治体で条例化に取り組むのか。どのような方法で条例をつくるのか。条例の内容をどうするのか。制定後の条例をどのように生かしていくのかなどの点である。
 このような課題意識のもとに、教育委員会はじめ関係局で調整会議を開き、条例づくりの準備に入った。

(1) なぜ子どもの権利条例なのか
   「なぜ条例をつくるのか」という点では、子どもの現状が決して幸福とはいえないという認識があった。1994年の子どもの権利条約批准・国内発効を契機に、子どもの置かれた状況を改善していく取り組みや、子どもを1人の人間、権利の主体として尊重する視点からの施策の見直しが求められていた。
   川崎市は、人権尊重と多文化共生を基底に据えた「人間都市かわさき」の創造を大きな政策目標として掲げている。条約批准の年から子どもや教職員等に対する啓発活動、関係機関との連携づくりなどに努めてきたが、「人権」や「子どもの権利」という概念のとらえ方はいまだに人により多種多様である。子どもの権利状況の改善に向けた施策を推進していくためにも、子どもの権利の理念を共有する土台づくりが必要とされていた。
   そして、子どもたちが実際に生活している場は地域社会であり、子どもの生活に即して保障されるべき権利を現実生活の中で活かし実現していく作業は、子どもたちと毎日向き合って仕事をしている自治体でしかできない役割ではないのか。
   条例化の作業は、このような観点に立って、川崎という地域に根ざしたもの、川崎で取り組んできた様々な蓄積を生かし、さらに前進させられるものをめざしたといえる。このことは、条例の内容面だけでなく、条例づくりのプロセスにも当てはまることであり、ある意味、本市がこれまで進めてきた人権・平和・共生などに視点を置いた様々な取り組みが、今回の子どもの権利条例づくりに集約されていったように思われる。

(2) 条例づくりの方法は
   「どのような方法で条例をつくるのか」という点については、人権施策は市民意思に立脚して進めていくという本市の姿勢もあり、条例にまとめる上での案づくりは市民(おとな・子ども)参加で取り組まれた。
   子どもの権利を具体的に考えていく際に必要なのは子どもの目線に立つことであり、当事者である子どもや家庭・地域のおとなの発言をもとに、川崎の子どもの実態に即して考えることが求められた。また、子どもの権利という新しい概念を普及していく上でも、市民に呼びかけ問題意識を喚起しながら条例案づくりを進めていくこと自体が、そのまま子どもの権利の保障につながることも意識された。
   市が市民参加にこだわったもう1つの理由に、「地方分権」の視点がある。「市や市民の約束ごとは条例で決めよう」という方針で、市民とともに十分検討し合意のうえで条例化することで、条例の実効性の確保とともに市民主権が根付いていくことを期待した。

(3) 条例づくりの組織体制
   条例づくりは、他の自治体の先行事例がないなか、「市民とともに」「市全体で」「川崎に根ざしたものを」を基本姿勢に始まった。学識経験者や市民団体代表などからなる「子ども権利条例検討連絡会議」と、その作業委員会にあたる「調査研究委員会」を設け、検討の過程の会議や資料等は全て公開して話合いが進められてきた。
   また、子どもにかかわる施策は教育分野だけでなく、福祉・医療等の幅広い分野に分かれ、関係する法規も国の担当省庁も、そして自治体における所管部局もいくつもに分かれている。そのため庁内の推進体制として「関係部局幹事会」を設け、関係局で協力して取り組んでいけるような事務局体制のもとで、条例づくりの作業を進めてきた。

2. 市民参加の条例案づくり

(1) 市民(おとな・子ども)とともにつくった条例案
   「調査研究委員会」には、おとな委員と一緒に9名の子ども委員が構成メンバーとして参加した。さらに、条例案を子どもの立場から検討する場として、公募による小学校高学年から高校生までの約30名で「子ども委員会」が組織され、学習会をはじめ様々な立場の子どもの意見を聴く集会や子どもの権利についての話し合い等が行われた。おとなの立場での自主的な検討の場として設置された「市民サロン」では、公募の市民約20名が月1回のペースで研究や話し合いを行って、成果を調査研究委員会に報告し、意見交換してきた。
   そして、審議の節目ごとにパンフレットを作成・配布し、また子ども集会・市民集会の開催、ホームページ等により審議の途中案を提示して市民に意見を求め、寄せられた意見も含めてさらに検討を進め再提示する、という作業を重ねて内容をまとめてきた。
   このようにして作る条例案はあまり例を見ないと思われるが、地方分権の流れに即して考えれば、「市民立法」の一形態といえるであろう。(条例策定までの流れは図を参照
   ほぼ3ヵ月に1度のペースで市民参加の取り組みを行ってきたが、このような取り組みは、川崎ではこれが初めてではない。
   1980年代初頭の「荒れた学校」や「金属バット殺人事件」などの問題を契機に、1984~5年の2年間、市内全小学校区で市民や教職員が参加して市民集会が繰り広げられた。学校について、地域について、子どもたちについて話し合われた市民討議の記録は、報告書『いきいきとした川崎の教育をめざして』としてまとめられ、川崎の教育改革の基盤となった。そして、その取り組みから各中学校区に「地域教育会議」が生まれ、各地区で市民・学校・行政が一体になって子どものことを考え合う土台が培われてきた。そのような経過があったからこそ、今回のような大規模な参加が可能になったといえる。

(2) 市民参加の意義
   条例案づくりを市民参加で行った結果、いくつかの成果が得られたと考えている。
   まず、市民や子どもたちから多様な意見が出され、条例案の骨格に大きな影響を与えた。川崎の子どもたちが求めているのは、「ありのままの自分」でいられることであり、おとなと同等の一人の人間として見てほしいということが多くの子どもたちによって語られ、条例案の子どもの権利は、このような思いを受けて、子どもに理解できる形でまとめられた。
   また、最も議論したのが「権利と義務、責任」の関係についてであり、「子どもには権利よりも責任を」といった意見がおとなから多く出されたが、子どもを含めた話し合いの中で、「他人の権利を侵害しないことが大切で、権利を正しく使う責任はある」という意味から、「権利の相互尊重」という言葉でまとめられた。
   次に、市民参加が、市民・行政双方にいくつかの変化をもたらしたことがあげられる。1つはお互いの認識の変化といえるもので、市民にとっては市民討議や審議会傍聴は子どもに対する認識を変え、子どもの権利やおとなの役割を改めて考える機会になった。行政も、市民や子どもの生の声、子どもと接する現場の率直な意見を聞くことによって、机上ではつかめない一人ひとりの子どもの現実に即して考えることの大切さを知らされた。
   2つ目は相互関係の変化である。市民は、行政や学校に要求だけしても解決にはならず、ともに知恵を出し合い担い合うことこそが大切だと気づき、行政も、市民と対等の立場で議論することから、よりよい政策や協力関係が生まれていくことを実感している。市民の中からは、今後は子どもの権利の学習会を学校や地域の中で自主的に開いていきたいという声が出てきており、条例の普及啓発が今後の課題といわれている中で、市民と協働の取り組みはその展望を開くものといえる。
   市民参加の取り組みは膨大なエネルギーを必要とする。審議途中の考えが次々に外に出ることで、誤解や混乱もかなり生じた。しかし、討議過程が見えることは、審議会の信頼を増すことにもつながった。それは行政に対しても言えることで、できないことはなぜできないのかを説明し、その政策のもつメリット・デメリットをはっきりさせたうえで政策決定について市民とともに考えあう。そのような市民に納得いく説明をする責任が行政には求められていると感じた。そのうえで、市民にも要求だけでなく参加を、責任を担い合う姿勢を求めていくことが、分権の時代における「協働」の意味といえると思う。

3. 条例の概要と施行後の取り組み

 以上の1年9ヵ月に及ぶ審議を経て、「子ども権利条例検討連絡会議」では2000年6月に条例案を市長に答申した。市ではその後半年をかけ、答申に沿って条文を整理し、同年12月議会に提案して成立したものが「川崎市子どもの権利に関する条例」である。

(1) 子どもの権利条例の構成
   条例の内容は、子どもの権利保障をすすめる際の理念や原則(前文~2章)、子どもの生活に即した権利保障のあり方にかかわる理念的な規定(3章)、具体的な制度や仕組みを規定している4章~7章等からなり、各章が相互に関連しあい、理念と制度が相呼応して全体として実効的なものになるような総合条例をめざしている。
   なお、子どもの権利の侵害にかかわるオンブズパーソンについては、本市がすでに設置している「市民オンブズマン制度」との関係の中で2001年6月に「人権オンブズパーソン条例」が制定され、男女平等にかかわる人権の侵害とあわせて、2002年5月から相談・救済業務を開始している。

(2) 条例施行に伴う制度や仕組み
   2001年4月1日からの条例施行に伴うおもな制度等の進捗状況を簡潔にまとめてみる。
  【子どもの権利についての理念の普及】
   本市では、1994年から権利条約学習資料を学年別に配付しているが、条例制定を機に、新たに権利学習資料の作成や講師派遣事業を開始した。また、地域社会への啓発活動として、11月20日を「子どもの権利の日」と定め、子どもも市民も子どもの権利について考え合う日として、各種啓発活動を行っている。
  【川崎市子ども会議】と【学校教育推進会議】
   本市では、行政区や中学校区単位の「地域教育会議」の中で自主的に開催される子ども会議や、「まちづくり」に子どもが参加する「子ども・夢・共和国」事業、条例制定にかかわる「子ども委員会」等、公募の子どもたちの参加活動が繰り広げられてきた。
   このような子どもの参加活動をさらに一歩進め、制度として市政に意見反映できる「川崎市子ども会議」を設置し、公募の子どもたちが会議の基盤づくりに取り組み始めている。
   「学校教育推進会議」も同様に、各学校が独自に工夫しながら、開かれた学校づくりと子ども参加の促進を図るねらいで、子ども・保護者・地域住民・教職員等からなる会議組織の設置を行っているが、制度や仕組みについても、できる限り関係者が知恵を出し合い工夫しながら作り上げていく過程を大切にしたいと考えている。
  【川崎市子どもの権利委員会】と【子どもの権利担当部署】
   子どもの権利委員会は、市の子どもの権利状況や子どもにかかわる施策を第三者の立場から検証していく機関として設置された。この権利委員会を所管し、市の施策を総合的に調整し行動計画を策定していく子どもの権利担当部署が、市民局人権・男女共同参画室の中に設置されている。

(3) 今後に向けて
   条例が施行される直前の2001年3月に、子どもの権利条例報告市民集会を開催した。この市民集会と並行して、条例制定にかかわった子ども委員が企画した子ども集会も開催されたが、市民集会後半に合流した子ども委員からは、次のような、子どもたちからおとなへのメッセージが紹介された。
   「まず、おとなが幸せにいてください。おとなが幸せじゃないのに子どもだけ幸せにはなれません。おとなが幸せでないと、子どもに虐待とか体罰とかが起きます。条例に“子どもは愛情と理解をもって育まれる”とありますが、まず、家庭や学校・地域の中で、おとなが幸せでいてほしいのです。子どもはそういう中で、安心して生きることができます。」
   「子どもに権利なんて、甘やかすだけだ」というおとなの批判に対して、子どもの権利とは何かを一生懸命考えてきた子どもたちからのメッセージといえる。
   子どもの権利条例が普及し、子どもの権利や人権を理解する市民や職員や教員がもっと多くなった時に、そして市民と行政が協働の関係をごく普通に築いていけるような関係ができた時に、地域社会は生き生きとした子どもの権利保障の場になり、また、子どもに限らず全ての人の人権が尊重され、子どももおとなも「ありのままの自分」でいられる地域になるだろうと夢はふくらんでいる。