【自主レポート】

第33回愛知自治研集会
第1分科会 自治体の「かたち」を変える

 河村名古屋市長の目玉政策の一つ「地域委員会」は現在、8地域でモデル実施がされている。地域の住民が自分たちの地域について活発な議論を展開し、市民自治を実現する手法として、評価できる。しかし、委員選挙の低投票率など、全体の関心は今ひとつだ。小学校区という区域設定も適切でないケースが多い。審議期間が短く、地域課題への議論の深まりが足りない点も問題だ。今後、もう少し時間をかけて制度設計をする必要がある。



地域委員会の挑戦
名古屋における自治体内分権

愛知県本部/自治労名古屋市連合労働組合・本部 上野  勉

1. 河村マニフェストの目玉政策

 2009年4月、名古屋市では市長選挙が行われ、前衆議院議員の河村たかし氏が、これまでの名古屋市長選挙史上最多の51万票を集め初当選した。河村市長は、市長選立候補に当たり、マニフェスト「河村たかしの名古屋政策」を公表。「市民税10%減税」と並ぶ二大政策の一つとして打ち出したのが「地域委員会」である。
 マニフェストには、「地域に選ばれたボランティア委員による地域委員会(仮称)を設置する。地域委員会では、市民自身が、一定の予算の範囲内で、福祉や防犯、まちづくりなど生活に密着した事業を決め、その決定に従って、行政や行政から委託された民間団体が施策を執行する」とある。地域委員会を地域議会と位置づけ、「日本一住民自治が行き渡った街ナゴヤを実現する」として、選挙中は、大いに宣伝されたが、市民の関心度・認知度ともに低く、選挙戦の争点とはならなかった。

2. 名古屋市の地域組織の現状

 名古屋市は、「市区政に係る情報を住民に伝達し、住民の市区政に関する意見を反映させるなど、市区及び住民相互間における連絡を密にし、もって住民の市区政への関心を深め、市区政への積極的参加を期するため」(名古屋市区政協力委員規則第1条)区政協力委員を置いている。委員は、ほぼ、町内会や自治会の単位ごと1人ずつ配置されており、町内会長や自治会長が務めているケースが多い。この制度は、地域の任意の団体である町内会・自治会を行政システムの中に取り込むためのものともいえる。
 地域組織として、重要なものとして学区連絡協議会がある。学区連絡協議会は、学区(概ね小学校区と同じ)ごとに置かれ、前述の区政協力委員ほか、民生委員、保険委員、消防団、PTA、女性団体など、学区内の各種団体で構成され、行政関係の広報や要望の取りまとめ、災害対策、社会教育、地域福祉、交通安全など、学区のさまざまな課題について、協議するとともに、地域活動を担っている。任意の組織ではあるが、名古屋市として規約の準則を作るなど、結成を促したこともあり、ほとんどの学区で結成されている。
 区政協力委員制度は、1968年以来40年以上続いてきたものだが、ここ数年、単身世帯の増加などから町内会・自治会に加入しない住民が増加したことに加え、町内会・自治会への参加意識の希薄化など、制度の空洞化も指摘されている。

3. モデル実施の検討

 河村市長は、当選後すぐ「日本減税発祥の地 ナゴヤ」「日本民主主義発祥の地 ナゴヤ」の垂れ幕を作成し、市民税10%減税と地域委員会の実現に向け、検討を開始した。
 地域委員会については、山田副市長を座長に、関係局長等で構成する「地域委員会プロジェクトチーム」を設置。説明会(8月5日)、意見交換会(9月8日)を経て、「地域委員会(仮称)のモデル実施内容(案)をまとめ、11月中に16区役所で市民説明会を開催の後に、11月市議会でモデル実施の承認にこぎつけた。
 モデル実施の内容は、次の通り。

(1) モデル地域の選定
① 1区1地域(小学校区または中学校区を単位)
② 申請者は、学区連絡協議会または30人以上の住民の連署をもって、学区連絡協議会の推薦か協議を経た者。申請に当たっては、解決したい地域課題が明確であること。
③ 書類審査及び申請者等へのヒアリングを実施したうえで、市長が選定。

(2) 委員の選任
① 委員は、公募委員(立候補者から住民が投票)と推薦委員(学区連絡協議会推薦者に対して住民が信任投票)。定数は、地域の人口規模に応じて決定。任期は2年。報酬はなし(費用弁償あり)。
② 投票人は、18歳以上のその地域に住所を有する日本国民で、投票の参加を申し込んだ者。
③ 投票方法は、郵便等

(3) 地域予算
① 地域の人口規模に応じ、500万円~1,500万円。
② 予算使途は、安心・安全の確保、地域特性を生かしたまちづくりや地域魅力の創出、福祉、子育て、環境、美化など。営利目的、宗教や政治にかかわるもの、私的財産を形成するもの、公共の利益を害するもの、市以外に決定権限のあるもの、全市的な施策・計画基準に沿って決定すべきものなどは除かれる。
③ 委員会で決定した地域予算の使途は、市の予算案の一部として市長が議会に提案し、予算成立後、市が執行する。

(4) 支援体制
 委員会の円滑な運営を支援するため、区役所に一定数の職員を配置。

4. モデル実施スタート

 地域委員会のモデル実施地域の申請は、12月17日から始まり、9区15地域から出された。最終的には、北区から出された申請が取り下げられ、各区1地域に地域が絞られたため、8区8地域でモデル実施がスタートすることとなった。地域と解決したい地域課題は次の通り。
○ 千種区・田代学区 歴史的建造物を活かしたまちづくり
○ 西区・江西学区 街頭犯罪を防止し、平和で長寿なまちづくり
○ 瑞穂区・汐路学区 山崎川の環境美化活動を通じたまちづくり
○ 中川区・豊治学区 防犯・交通安全の活動を通じた安心・安全なまちづくり
○ 守山区・小幡学区 百歳まで元気で暮らせるまちづくり
○ 緑区・桶狭間学区 歴史を活かした魅力あるまちづくり
○ 名東区・貴船学区 地域特性を生かした住みよいまちづくり
○ 天白区・表山学区 大規模災害を想定した安心・安全なまちづくり
 地域はいずれも小学校区で、申請者は学区連絡協議会だった。
 これらの地域で、公募委員の募集と推薦委員の推薦が行われた。公募委員は、全体の委員数40人に対して64人が立候補。また、投票人として申請した住民は、全体で対象者の10.6%だった。立候補者数と定数が同数だった2地域(西区・江西学区と名東区・貴船学区)で信任投票となったほかは、選挙が行われた。
 選挙期間中には、各地域で候補者の公開討論会を実施。街頭でのチラシ配布やブログを利用する候補者もいたが、投票人の申請率が低く、誰に対して選挙運動をすればいいのか戸惑う声もあったようだ。
 投票は郵送で行われ、2月27日に開票。公募委員40人と推薦委員32人が選ばれた。投票率は、対象有権者の8.7%だった。
 こうして選ばれた委員により、3月半ばから、地域委員会のモデル実施がスタートすることになった。

5. 地域委員会の運営の実際

(1) 千種区田代地域委員会
 千種区田代学区は、「歴史的建造物を活かしたまちづくり」をテーマに、地域委員会が進められた。田代学区には、揚輝荘、東山給水塔はじめ自社仏閣等多くの歴史的建造物があるが、そのうちの一つ、昭和塾堂を軸に、文化の香り高い学区を作り上げ、青少年の育成や高齢者の生きがいづくりにつなげていこうというものだ。
 昭和塾堂は、1928年、愛知県が青年教育・社会教育施設として建設。和洋折衷の帝冠様式のさきがけをなす建物として、建築史的にも貴重な建物で、1967年に土地の所有者である城山八幡宮に払い下げられている。委員長となった佐藤嘉晃さんは、「昭和塾堂を残したいと市長に話したら、地域委員会でやったらどうかと言われたので、申請した」と、地域委員会への期待を話していた。田代地域委員会は、公募委員として大学生2人が選出され、社会人や退職者で構成されている他の委員会とは違う年齢構成となっており、副委員長として、その大学生の一人である玉置真悟さんが選出された。
 議論は、委員間だけでなく、他の参加者からも活発な意見が出され、議論が散漫となる部分もあったが、住民同士が自分たちのまちを作り上げていくという機運あふれる会議となった。「昭和塾堂を軸に」ということであったが、現在、私有財産となっていることから、補修については地域委員会予算の対象外ということになり、ひとまずは、昭和塾堂を含めた歴史的建造物の建築物の現況や活用方策の調査を行うことになった。そのほか、地域マップの作成や鎮守の森自然観察会などの予算が決められたが、審議期間が短くまだ決めきれない部分が残ったため、予算限度額の1,500万円の約4分の3である1,125万円余の予算案にとどまった。
 田代地域委員会からは、複数回の予算要求も認めるよう要望が出されたが、市としては、今回については認めないという態度だ。

(2) 瑞穂区汐路学区
 瑞穂区の汐路学区は、地域を流れる山崎川をテーマに地域委員会が進められた。山崎川は、名古屋を代表する桜の名所で、毎年、桜の開花期には多くの花見客が訪れる。1988年12月に「ふるさとの川モデル事業」の認可を受け整備が進められ、2007年2月には瑞穂区分の山崎川散策路(可和名橋から石川橋)の工事が完了。川に近づけるポケットパークや、水飲み場、ベンチも整備されている。
 汐路地域委員会で協議する地域課題は、①山崎川の環境整備(施設整備を含む)と維持管理、②山崎川をよく知ってもらうことで高めたい地域のふれあい―の2点。3月14日から、ほぼ週1回のペースで、委員会が開かれた。
 第2回の3月20日は、前段で現地調査を行った後の委員会となった。委員は、応募委員5人と推薦委員4人の計9人。山崎川の美化活動や生態系の保全に携わっている人もあり、具体的で活発な議論が繰り広げられた。名古屋市側から出席した区役所や土木事務所の職員が、委員の提案に対して法的・技術的な課題を説明するという形で会議は進められ、単なる地域要望のとりまとめではない、地に足のついた議論となっていた。
 しかし、①協議期間が短い(約1ヵ月半)、②山崎川の流域は広く、1学区だけがかかわる課題ではない、③予算(上限1,000万円)の範囲でできることは限られる―などの問題点も挙げられた。
 最終的に、屋根つきベンチの設置、案内板の設置、イベントの開催で、予算上限額いっぱいの1,000万円の予算案が固まった。

6. 自治労名古屋の自治体内分権

 自治労名古屋は、2007年2月に「区のあり方提言」をとりまとめ、名古屋市に提出した。その中で、自治体内分権として「地域委員会」に該当する部分をピックアップすると、次の通りである。
 地域コミュニティ、各種団体、公募市民などからなる「まちづくり推進会議」を設置し、区のまちづくりプラン作成・事業執行を行う。また、まちづくり推進会議の下に部会を設け、地域の市民団体、NPO、社会福祉協議会、生涯学習センターの学習グループ、小中学校などが連携しながら、まちづくりプランや事業執行を検討していく。
 ここで言っている「まちづくり推進会議」が地域委員会に当たるものだが、河村市長の「地域委員会」との差異は、単位が区であること。予算は、まちづくり推進会議で作成された区のまちづくりプランに基づいて、区長が予算要求をするという手順になる。

7. 地域委員会の課題

 河村市長の考える、自治体内分権の考え方は、今後の自治体運営の方向性として評価できるものである。これまでの行政施策は、全市域一律に同様のサービスを行き渡らせることに主眼があり、スポーツ・文化・福祉施設なども、ほぼ同規模の施設が各区1館ずつ建設されてきた。しかし、生活基盤のハード整備がほぼ終わった現段階では、より地域特性に合わせたまちづくりが求められている。
 自分たちの住む地域のまちづくりを地域の住民が決めていく「地域委員会」の取り組みは、こうした時代の要請にも合致している。
 しかし、実際の地域委員会の中で、課題も見えてきた。
 一つ目は、区域の問題だ。学区はコミュニティの単位としては適当だが、その範囲で取り上げられる事業は、防災・防犯、まち美化、交通安全、地域福祉、公園、生活道路、商店街など、限られる。地域のまちづくりということだと、学区の範囲を超えるケースが多いからだ。区域は課題によって柔軟に対応できる手法を考えるべきではないか。
 二つ目は参加意識。今回のモデル実施は、準備期間が短く、参考にならない面があるが、最終投票率が8.7%は、あまりに低すぎる。これでは、選挙で選ばれた委員も住民の代表とは言いがたい。もっと住民への浸透を図る必要がある。立候補・投票権者に、外国人を排除している点も疑問だ。
 三つ目は審議期間。今回はモデル実施ということもあり、ほぼ2ヶ月の間に予算案を作成することとなった。委員の中でさえテーマに対する共通認識が形成されていない中で、地域課題に対する議論より、予算案作成の議論が先行し、委員の中には少なからぬ不満が残った。
 このほかに、地域予算と市の予算の振り分け、市議会や既存の地域組織との関係、予算の使い道の制約など、課題は多いが、市民自治を実現する手法として、この地域委員会は、画期的な試みとして発展させる必要がある。