【自主レポート】

第33回愛知自治研集会
第7分科会 貧困社会におけるセーフティネットのあり方

 リーマンショックと新自由主義経済の崩壊は、世界経済に多大な影響をもたらし、特に足下が脆弱な北海道経済は深刻な雇用状況に陥ることになる。しかも、本来、雇用のセーフティネットととしての機能を果たすべき職業訓練も北海道の財政状況等から大きな転換を迫られていた。本書にて、これまで北海道の西胆振管内において職業訓練を担ってきた室蘭高等技術専門学院を通して、転換点に立つ職業訓練施設について検証する。



転換点に立つ職業訓練施設
地元のニーズに応える職業訓練とはなにか

北海道本部/全北海道庁労働組合連合会・胆振総支部 日達 和則

1. はじめに

 「官から民」へと小泉政権下のなかで賛美された新自由主義経済は、小さな政府を目指し市場原理主義のもと、構造改革路線を推進した。
 では、このことが、北海道における職業訓練にどのような影響を与えたかということであるが、「高等技術専門学院中長期ビジョン」策定において、高等技術専門学院における施設内訓練の主たる対象者は若年者とし、ものづくり関連を重点分野に設定、「民にできることは民に委ねる」との観点のもと民間との役割分担を明確にした。
 さらに、公共事業の削減やリーマンショック以降の金融不安からの消費停滞は、北海道経済を深刻な不況に陥れた。しかし、この状況下において、セーフティネットとしての職業訓練がマスコミ等の報道にもあるように注目されることとなる。
 本書において、北海道の公共職業訓練施設として大きな転換点に立つ、室蘭高等技術専門学院の1年制訓練の現状と今後を検証することとする。

2. 室蘭高等技術専門学院とは

 室蘭高等技術専門学院は、職業能力開発促進法に基づく公共職業能力開発施設として北海道が設置し、企業や地域のニーズに応える確かな技能・技術の習得を目指して実践的な教育訓練を実施する施設である。1946年に北海道立室蘭建築工補導所として開設されて以来、数回に及ぶ移転と訓練科目の変遷を経て8,932人の修了生を送り出してきた。

3. 室蘭高等技術専門学院の実施する職業訓練

(1) 学院施設内で実施する職業訓練
① 訓練科目の概要
  室蘭高等技術専門学院が所在する、室蘭市は鉄鋼大手企業が立地する北海道有数の工業地帯であり、2009年度に観光ビジネス科が廃科されてからは、下記のものづくりを主体とする4訓練科にて運営されている。
 ・機械科(定員20人)汎用、NC工作機械加工技術者の養成
 ・溶接科(定員20人)溶接技術者の養成
 ・配管科(定員20人)築配管技術者の養成
 ・塗装科(定員20人)塗装技術者の養成
② 入学状況と応募倍率の特徴
  2008年度~2010年度学生応募・入学状況一覧表の各訓練科の2008年度と2009年度の応募倍率及び新卒者と過年度卒者の比較と手当受給者の推移を比較すると、室蘭高等技術専門学院が、地域のセーフティネットとしての機能を果たしていることが垣間みられる。


2008年度~2010年度学生の応募・入学状況

(2) 学院施設外で実施する職業訓練
① 機動職業訓練
  再就職に必要な知識や技術・技能の習得及び資格の取得を短期間で実施して、再就職の支援を目的とする職業訓練。(離職者対象)

2008年度~2009年度機動訓練実施状況等
 
項 目
2008年
2009年
2010年(予定)
コ ー ス
12
22
29
修了人員
119
358
570
平均倍率
2.3
1.95
 

② 速成訓練
  一般求職者で軽易な作業の就職を希望されている方のスキルアップやレベルアップを図ることを目的に行っている職業訓練。[パート求職者対象]

2008年度~2009年度速成訓練実施状況等
項 目
2008年
2009年
2010年(予定)
コ ー ス
修了人員
40
43

③ 能力開発セミナー
  企業に在職している方を対象に、現在有している知識、技術・技能をさらに向上するために実施する職業訓練。[従業員のスキルアップ]

2008年度~2009年度能力開発セミナー実施状況等
項 目
2008年
2009年
2010年(予定)
コ ー ス
修了人員
90
43
50

4. 室蘭高等技術専門学院の直面する課題

(1) 各訓練科の課題
 近年の経済状況から、応募状況や入学率とも順調に推移しているが、入学者のほとんどは離転職者であり、学生の年齢層も中高年層を含んだものとなっている。中長期構想のなかで、2年制の訓練を主体とした若年技能者の育成を推進しようとしているなかで新規学卒者の割合が低いこととともに、今後も少子化による影響で新規学卒者の増加が期待できない状況にある。

(2) 施設面の課題
 室蘭高等技術専門学院は一番古い施設で1970年取得、一番新しい施設で1987年取得と老朽化している。

(3) セーフティネット面の課題
 室蘭高等技術専門学院は、地域のセーフティネットとしての役割を果たしてきたが、失業状態にある中高年層の職業訓練をどうするのかという問題がある。中長期構想で若年者訓練にシフトした場合、現在の受講科目を希望する人達に機動訓練にて代替えすることはできない。なぜなら、室蘭高等技術専門学院の訓練科目は民間専修学校等に存在しない科目である。よって、施設は学院を利用せざるをえない。日中は施設内訓練で使用していることから夜間訓練となる。次に、講師の関係だが現在の定数管理では学院から機動訓練に対応する人的余裕はない。このように、地域のセーフティネット面からも問題を抱えている。
 また、能力開発総合センターが道策定の「能力開発総合センター整備基本計画」において総合的な能力開発サービスの推進、訓練の充実・強化、一貫した就職支援とフォローアップを、求められる役割としているが、委託訓練が増大しているなかで執行体制に大きな問題を抱えている状況にある。

(4) その他の課題
 全道の高等技術専門学院は、国の動向や道の「公共施設評価」及び「北海道市場化テスト」の検討状況により、高等技術専門学院のあり方が大きく変化する要素を含んでいる。

5. 室蘭高等技術専門学院の取り組み

(1) 取り組みの経緯
 道が策定する中長期計画においては、室蘭高等技術専門学院として多くの問題点や課題を含んでいるが、施設内訓練は「将来、企業の基幹技能者を担う若年者の人材育成」という前提に基づき、訓練課程・定員・科目の配置の見直しを強行されてきた経緯にある。道の「ものづくり人材育成事業」の一環として、北海道のものづくり産業の発展力を強化するため、将来の担い手となる小学生に対してものづくり体験の機会を提供し、ものづくりに関する意識の醸成を図るために「ものづくり体験会」を実施した。

(2) ものづくり体験会の内容
① 日 時
  2010年8月3日(火)9:30~12:00
② 場 所
  北海道立室蘭高等技術専門学院 実習場
③ 製作内容
 ・ウィンドチャイム(5年生以上)定員20人
  細い金属パイプを数本長さを変えて切断し、それぞれのパイプの上端に穴を開け糸でパイプを吊り下げて完成させる。

 ・ネームプレートボックス(5年生以上)定員20人
  薄銅板を箱にし表面を先のとがった豆ハンマーで打ち、自分の名前を浮き出してボックスを製作する。

 ・ペン立て(5年生以上)定員10人
  銅管(40φ又は50φ)の廻りにドリルで穴をあけて模様を付け、台座にハンダで固定したペン立てを製作する。

 ・本格輪島塗「箸」(1年生以上)定員20人
  色の異なった漆を何回も塗り重ねた箸を削って、美しい模様を出して製作する。

 ④ 参加人数
  参加学生 41人  引率他 30人  合計71人
 ・ウインドチャイム(機械科)    学生8人 引率他13人
 ・ネームプレートボックス(溶接科) 学生12人 引率他2人
 ・ペン立て(配管科)        学生3人 引率他0人
 ・輪島塗箸(塗装科)        学生18人 引率他15人

(3) 体験会アンケートの結果
① 小学生用アンケートの結果
  小学生用アンケートは、参加者全員(41人)から回収した。参加者全員がものづくりの楽しさをたくさん感じたと回答し、夏休み期間中の開催や体験会の時間(2時間30分)についても適切であるとの回答であった。
  また、88%の参加者がまた参加したいとの感想を持ち、ものづくりの楽しさを伝えられた反面、室蘭に学院が開設してから63年の年月が経過しているが、今回の参加者の78%が室蘭学院について初めて知ったことなどから広報面に課題があることが判明した。
② 引率者用アンケートの結果
  引率者用アンケート(親他)は、参加者30人中21人から回収した。回答者の全員が楽しめたと回答し、夏休み期間中開催や体験会の時間(2時間30分)についても適切であるとの回答であった。
  また、回答者全員がまた参加したいとの感想を持ち、ものづくりの楽しさを伝えられた。回答者の81%が室蘭学院について知っていたことなど、小学生用アンケートと正反対の結果となった。
  なお、その他の意見として中学生用の体験会を実施して欲しい、専門的な体験ができた、学院を知るよい機会となった、今後も継続して欲しいなど好意的な意見が多かった。

6. おわりに

 現在の北海道の雇用情勢は、緩やかな持ち直しの動きが見られるが依然として厳しい状況にある。職業訓練は雇用のセーフティネットとしての役割を担っている一方、少子高齢化社会の到来による若年労働者層の育成という二面性を兼ね備えている。
 高等技術専門学院が実施する職業訓練は、ものづくり分野に特化したなかで展開されている。実施する訓練科目は、民間教育訓練機関では、施設・設備にコストがかかる等の理由から新規参入が厳しい分野である。訓練の実施可能性を考えると公共訓練でなければ出来ない。
 室蘭高等技術専門学院においては、「ものづくり体験会」の実施により、ものづくりの持つ可能性について再認識した。しかし、若年者層主体の職業訓練に転換するとなると、ハード面の整備がなされなければ学院の応募・入学率の向上は厳しいだろう。さらに、ものづくりの大切さやおもしろさを伝えることによる、意識形成醸成には長期的スパンにたち実践する必要がある。また、雇用セーフティネット面を考えると民間教育訓練機関では代替えがきかないなかで、現在の訓練科目の志望ニーズを有する中高年齢者の職業訓練をどうするのかという問題がある。なお、能力開発総合センターで、訓練企画や実際の職業訓練を実施するとなると機構上の整備とともに定数の増員が必要となる。これらのことを総合的に考えると、1年制訓練からの転換には施設整備と能力開発総合センターの拡充が必要不可欠なことが明らかだ。
 職業訓練の重要性や大切さが、これだけ叫ばれている時代だからこそ機構議論や財政的議論偏重によることなく、現場段階からの公共職業訓練をどうするのかというアプローチが求められている。潜在的ニーズは高く、公的機関の果たす役割や期待が大きいなかで、本当に地域の求める職業訓練のあり方について今後も考えていきたい。誰もが平等に、安心して職業訓練を受ける権利を守るために。