【自主レポート】

第38回地方自治研究全国集会
第7分科会 福祉、環境、農業…地域の宝を探し出せ

 京田辺市では、特産品の産地維持の目的で取り組んできた「農家養成塾」の修了者に「福祉施設」が含まれ、農水省「ディスカバー農山漁村の宝」や「ノウフクJAS」第1号事業者の認証を受けました。京田辺市の地域づくりにつなげていくため、「農福観地域づくり協議会」に積極的にかかわり、農業がたんに主要な産業の一つではなく、地域社会のなかで果たすさまざまな可能性を見据えながら取り組んでいます。



農業の新たな役割

 

京都府本部/京田辺市職員組合 伊藤 臣亮

1. 京田辺市について

 京田辺市は、京都府南部に位置し、大阪府・奈良県との府県境に位置しています。
 かつては、綴喜郡田辺町として、水稲や茶などの生産が行われる農村地域でしたが、昭和40年代半ばからまちの北西部の丘陵部で大規模な住宅開発が行われ、急速に人口が増加するようになりました。1986年には同志社大学・同志社女子大学の田辺キャンパスが整備され、学生の人口が増加し、1987年には関西文化学術研究都市建設促進法が施行され、町の南半分が学研都市となりました。
 その後も、鉄道を利用して京都、大阪、奈良といった都市部に30分前後で行くことができるなど、交通利便性に恵まれていたこともあり、ベッドタウンとして、1995年には人口が5万人を超え、1997年には市制が施行され、京田辺市となりました。その後も高速道路の整備などさらに利便性が向上し、子育て世代層を中心に人口増加が続き、2019年には、人口が7万人を超えました。
 本市のめざすべき都市像は、1984年の「田辺町総合計画」から今日の「第4次総合計画」まで30年以上にわたり、一貫して『緑豊かで健康な文化田園都市』としています。
 このように、都市的な利便性・快適性と緑豊かな田園環境の両立が本市の大きな特徴です。都市的な面では、学研都市エリアの開発、新名神高速道路の全面開通による道路交通アクセスの向上、さらには北陸新幹線の延伸にともなう新駅の設置が決定されるなど、今後もいっそうの進展が期待されます。また、緑と田園都市を構成する農業においても、水稲や茶、ナスなどの生産に加え、近年では施設野菜の生産などが進み、大規模消費地に近い(都市近郊型)という好条件を生かした農業が行われています。しかし、他のまちと同様、本市においても高齢化にともなう農業従事者の減少が急速に進みつつあり、担い手の確保は大きな課題となっています。

2. 京田辺市の農業

 本市の耕地面積は約788ヘクタールあります。農地は木津川沿いの平地部に広がる水田が中心で、玉露やてん茶(=抹茶の原料)を生産する茶園も、主にこの地域に存在しています。また、西側の丘陵地には、水田のほかタケノコを産出する竹林も点在しています。2015年の販売農家数は557戸ですが、6割以上が第2種兼業農家であり、その多くは1ヘクタール未満の農地で水稲生産をされています。
 特産品としては、日本茶・宇治茶の最高峰である高級「玉露」の生産地で、全国、関西および京都府の茶品評会等で、農林水産大臣賞を獲得しています。また、高品質のてん茶の生産も盛んに行われるなど、茶は本市の農業を特色づける重要な作物です。このほか、タケノコ、ナス、エビイモをはじめキュウリなどの生産も行われています。なかでも1960年代に本格的な生産が始まった夏秋ナスは、品種の統一や興戸方式と呼ばれる独自の栽培技術の導入、さらにはJA京都やましろによる安定した出荷体制の整備などにより、「田辺茄子」として市場評価を確立し、1980年代前半には栽培戸数約160戸、販売金額は5億円を超える府内でも有数の産地となり、当時の田辺町の農業を代表する特産品となりました。
 しかし、都市として開発が進むなか、住宅開発にともなう農地の減少や、兼業化や担い手の高齢化などにともなう農家戸数の減少により、ナスの生産量は次第に減少し、現在では栽培戸数、栽培面積ともに最盛期の半分以下となり、高品質なナスの安定出荷を求める市場の期待に応えることが難しくなってきました。
 このため、本市では独自の支援策を講じるなどJAと連携しながら、新たな生産者の確保に取り組みましたが、困難な状況でした。

表1 主な農産物の生産量と出荷額
単位:t(出荷量)、百万円(出荷額) (端数四捨五入)

 

なす

てん茶

玉露

えび芋

出荷量

出荷額

出荷量

出荷額

出荷量

出荷額

出荷量

出荷額

出荷量

出荷額

2008

202

0

850

198

9

88

3

56

44

25

2009

210

0

756

180

9

87

3

61

48

24

2010

196

0

739

185

9

88

3

44

33

19

2011

235

53

670

204

8

76

2

35

38

27

2012

279

67

697

168

10

96

2

38

34

24

2013

250

57

667

179

10

86

2

30

50

40

2014

254

50

674

189

11

95

2

31

53

27

2015

366

76

553

173

13

128

2

28

44

30

2016

413

76

727

194

12

106

2

33

51

29

2017

398

90

673

145

10

92

1

29

37

31

2018

283

65

548

118

11

108

2

35

32

33

※JA出荷資料

3. 担い手の育成の取り組み

 担い手育成には、技術習得から農地確保、資材準備等初期投資など栽培開始までの一連の支援が必要であるため、普及センターの提案により、JA、京田辺市、山城広域振興局、普及センターで構成する「京田辺市農業技術者協議会」による支援体制とともに、JAとその生産者で組織する京田辺茄子園芸部会が主体的に参画する、「田辺ナス農家養成塾」の取り組みが2010年から始まりました。これは、『新たにナス生産を開始しようとする人に対して、栽培技術を習得できるよう、農業改良普及員と現役の生産者が講師となり、うね立てから出荷までの実習と座学を行う事業』です。
 この塾の特徴は、年初に入塾希望者を募集し、1年を通じて農地での実習と生産や収穫等のそれぞれの段階に合わせた座学を行うだけでなく、新規就農者を訓練生に、訓練農地を確保し、篤農家を指導農家として、マンツーマンで1年間農業基礎技術、地域の行事参加、農家生活を学べるインターンシップ制度を創設し、期間中に地元農家の信頼を獲得し、優良農地が確保しやすい環境づくりにつなげるなど、一貫した支援体制をとっていることにあります。
 実習は、実際に出荷されている茄子園芸部会のベテラン部会員の農地で行い、栽培管理の実習や講師も担当しています。また、農業改良普及センターも座学の講師として、作業内容予習・復習等の講義を担当するとともに、現地指導も実施し、JAは、日程調整や会場設定、実習時に使用する資材の準備、広報誌による塾生募集を担当しています。さらに、市は新規にナスを栽培する農家のために、農機具や資材購入への助成を行う「ナス農家育成事業」に加えて、塾運営を支援する「特産物担い手育成事業」を新たに行いました。
 入塾した人は、新たにナス栽培に取り組みたいという既存農業者、企業等の定年退職を契機に本格的に農業に取り組みたいという人、さらには新規就農希望者などさまざまですが、2010年から現在までの修了者は約60人、うち6人が新規就農者で、修了者の多くが実際にナス栽培に携るという成果をあげています。
 また、こうした農家養成塾の取り組みが進む一方で、農家にとっては収穫時の選別や箱詰めなど出荷作業が引き続き大きな負担となっていたことから、JAでは新たにナスの選果場を整備し、2016年5月に稼働、近隣市町で生産されるナスも含めて「京都田辺茄子」として出荷を開始しました。こうした一連の取り組みにより、本市のナス生産は減少に歯止めがかかり、今後の生産拡大への期待も高まっています。
 このナスの生産振興を目標に始まった農家養成塾事業は、その後、ナス以外の作物でも行われ、2012年からは「えびいも農家養成塾」も開設されました。エビイモはブランド京野菜として知られており、主に京都府南部の山城地域で生産され、京田辺も指定産地の一つとなっていますが、ここでも担い手の高齢化や減少が課題でした。一方、京都府では生物資源研究センターが、早生で収量の多い新品種「京都えびいも2号」を開発し、2011年度には京田辺市内の展示ほ場で、各種調査を目的とした栽培と合わせて、種芋の増殖も行われました。農家養成塾の取り組みはこのタイミングに合わせて開始され、現在までの修了者は60人となっています。

表2 栽培農家養成塾修了者の数
単位: 人

なす塾

えびいも塾

2010

 5

 (-)

2011

 6

 (-)

2012

 8

 (2)

 8

 (1)

2013

 7

 (2)

 8

 (2)

2014

 6

 (3)

13

 (3)

2015

 7

 (3)

 9

 (3)

2016

 7

 (2)

 6

 (2)

2017

 4

 (2)

 4

 (2)

2018

 5

 (3)

12

 (3)

2019

 

 

 

 

2020

 

 

 

 

合 計

55

(17)

60

(16)

※( )は、 福祉施設の参加者数

4. 農業振興の可能性

 特産品の産地維持の目的で取り組んできた農家養成塾は、農業のもつ新たな可能性を見つけることができました。
 「ナス農家養成塾」および「えびいも農家養成塾」の修了者には、「福祉施設」が含まれています。これは、市の中心部の、元農業研究所の跡地を利用して、聴覚障害者の就労支援事業を展開している山城就労支援事業所「さんさん山城」の関係者の方々です。この事業所では、開所当初から、茶の苗木の育成など、農業分野での就労促進に積極的に取り組まれ、農家養成塾をきっかけに、ナスやエビイモなど野菜生産等による、いわゆる農福連携の取り組み強化に乗り出されています。塾を修了した職員の指導のもとで、聴覚に障害をもつ方にとどまらず、障害をもつさまざまな方が農業生産に関わっており、ナスやエビイモはもちろんのこと、万願寺トウガラシやお茶などさまざまな作物を生産されています。
 また、農水省「ディスカバー農山漁村(むら)の宝」に選定され、農水省が制定した新たなJAS規格となる「ノウフクJAS」第1号事業者の認証を受けておられます。
 事業所では、収穫した農産物の加工や販売、ランチなども手がけられており、これらの取り組みを含め、障害者の自立促進、さらには地産地消など多くの効果が期待されます。
 農福連携については、本市としても農業の担い手対策や障害者の生きがいづくりと自立促進、さらには農を通じた多くの市民の交流促進などを進めるうえで重要な施策として注目しており、現在「さんさん山城」の隣接地に、農福連携をテーマとした約2.4ヘクタールの公園整備に着手しています。
 また、2019年に設立された本市内にある、農業・農産加工品、商工業、福祉事業所、伝統行事、観光名所などの固有の資源が連携した取り組みによって、その交流人口の増加をめざすことで、京田辺市の地域づくりにつなげていくことをめざす「農福観地域づくり協議会」にも、京都府とともに積極的にかかわってきました。
 一方、京都府でも、2017年に府庁内に「きょうと農福連携センター」が立ち上げられ、京都ならではの共生社会づくりをめざす取り組みが開始されており、「さんさん山城」はこの事業のサテライト拠点として位置づけられ、府との合同イベントなども実施されています。
 都市化の進む本市において、農業は農産物の生産や関連産業などの経済効果にとどまらず、都市農業のもつ多面的な役割である市民生活に、潤いや生きがいをもたらす大切な産業です。そしてこれらを進めていくうえで、府やJAなどとの連携は欠くことのできないものとなっています。
 2015年には、本市内の玉露茶園を含め、府南部の茶園の歴史景観が日本遺産として登録されました。京都府では府南部振興のキーワードとして「お茶の京都」を掲げ、市町村と共に茶の生産振興と、茶園の広がる独特の農村空間や各地に点在する歴史遺産を活用した観光振興の一体的な推進の強化が図られています。
 今後も、農業がたんに主要な産業の一つというだけでなく、福祉や観光振興などと関連し、地域社会のなかで果たすさまざまな可能性を見据え、府や関係団体と密接に連携し、新たな技術やノウハウなどの資源を最大限に活用した農業生産振興にとどまらず、農業を軸とした地域づくりの取り組みにつなげていきたいと考えています。