【自主レポート】

第38回地方自治研究全国集会
第7分科会 福祉、環境、農業…地域の宝を探し出せ

 2015年に空家等対策の推進に関する特別措置法が施行され、空き家に関する施策が全国で加速度的に展開されていきました。この施策展開により、多くの空き家問題が解決にむかい、地域社会における良好な住環境の保持に寄与されたところです。しかし、その一方、従来型の空き家対策ではなかなか解決に結びつかないほどの根深い問題が浮き彫りになってきました。自治体が直面する空き家対策の次の一手について提言します。



空き家対策の次の一手
―― 所有者意識の転換が、眠った空き家を動かす ――

広島県本部/自治労はつかいちユニオン 広田 直樹
北野 寿枝

1. はじめに

(1) 廿日市市の紹介
 廿日市市は広島県の西部に位置し、人口は117,189人(2020年2月現在)です。南は世界文化遺産の厳島神社がある宮島を有し、海水浴などのマリンスポーツが楽しめ、北は日本最南端の豪雪地帯に指定されるほどの多雪地域であり、スキーなどのウィンタースポーツが楽しめます。これらの特徴は、市域が南北に長いことによるもので、四季折々の豊かな風景を見ることができます。

(2) 廿日市市の空き家概要
 2018年に実施された総務省の住宅・土地統計調査では、全国の空き家戸数は約848万戸と推計され、空き家率は約13.6%となっています。廿日市市の空き家戸数は約6,750戸、空き家率は約12.6%であり、全国平均より少し低い数値です。しかし、沿岸部の市街地を除く中山間地域における空き家率は約17.5%と、全国平均を大きく上回っており、これら中山間地域を対象とした空き家対策が喫緊の課題となっています。

2. これまでの空き家対策

(1) 国による法的整備
 近年話題になることが多い空き家問題ですが、この問題は突如沸き起こったものではなく、長年にわたって行政を悩ませ続けてきた問題です。2015年に空家等対策の推進に関する特別措置法(以下、空家特措法という。)が施行される以前は、建築基準法に規定される保安上危険な建築物への措置条文を根拠として、所有者に対して指導などを実施してきた経緯があります。しかし、所有者に関する戸籍や税務情報などの取得も難しく、所有者へ空き家が危険となっているという事実を伝えることすら困難な状態でした。そのような状況の中、前述の空家特措法が施行されたことにより、空き家所有者に関する情報の円滑な収集、強いペナルティーを伴った法的措置が可能となり、全国的に空き家問題に関する各種施策が飛躍的に推進されることとなりました。

(2) 廿日市市の取り組み
 廿日市市においても空家特措法の施行を期に、2016年度に組織改変がなされ、空き家に関する施策を主に分掌する専門の係が新設されました。ここから廿日市市の空き家とのたたかいが本格的にはじまるのです。

① ソフト対策
 ア 空き家バンク制度の運用
【図1】空き家バンク制度体系図
  ソフト対策としてまず取り組んだのが、全国的にも広まりを見せている「空き家バンク制度」【図1】の強化です。空き家であっても駅の近くや利便性の高い地域であれば、一般の不動産業者を通じて、売却することは難しいことではありません。しかし、中山間地域などの利便性の低い地域に立地する空き家は、そもそも不動産業者が扱うことを嫌い、所有者が相談をしても業者に匙を投げられるケースも多々あるのが現状です。しかし、全国の移住希望者の中には自然に囲まれた環境や、田畑付きの物件、古民家など、田舎暮らしを希望する人も多く存在し、中山間地域の空き家のニーズは少なからずあるのです。そこで、一般の不動産事業者が扱わない・扱いたがらない空き家を、行政がマッチングし、「売りたい・貸したい人(空き家の所有者)」と「買いたい・借りたい人(移住希望者)」とを繋げるのが、空き家バンク制度です。
  廿日市市では、空き家バンク制度を開設してから、今までに30件ほどのマッチングの成果があります。呼び込んだ世帯数は決して多くはありませんが、高齢化の進む中山間地域に若い世帯が住むという「0」を「1」にする取り組みは、地域のにぎわい増進、次なる移住者発掘、企業の進出などの大きな波及効果が期待できると考えています。
  実際に、テレワークやサテライトオフィスの広まりなどから、今までは見向きもされなかった中山間地域に興味を持つ人や企業も増えはじめています。大きな成果が得られるのはもう少し先ではありますが、すでに一定の成果を残している取り組みであると考えています。
 イ 空き家活用支援補助金の拡充
  また、空き家バンクの登録物件数を増やすべく、補助金制度も拡充させました。中山間地域をはじめとする市街化区域外に位置する空き家バンク登録物件を対象とし、相続等の手続きにかかる費用、家財整理等不要品の処分費、改修費、自己改修材料費と区分を設け、1物件につき最大100万円の補助が受けられるという内容です。
  補助の対象となる地域や、空き家の所有者に対し、積極的に制度を案内し空き家バンク登録を促す等の周知に努めた結果、補助金の申請件数も大幅に増加し、空き家バンク制度開設当初の数年は年間の登録件数が10件未満だったところが、2019年度は26件と登録物件数は確実に増加傾向にあります。
② ハード対策
【表1】建物の危険度の判定結果
(戸)
 ア 空き家の全数調査
  ハード対策としての取り組みですが、2015年に戸建て住宅を対象とした全数調査を実施し、そもそも市内にどれほど空き家が存在するか確認し、その上で危険な空き家数を把握することとしました。把握した空き家については、危険度を「大」、「中」、「小」、「なし」の4段階で判定し、優先順位を大まかにつけることによって、その後の行政指導を円滑に進める狙いがあります。
  その結果、廿日市市における空き家総数は1,291件あり、そのうち、早急な対応が必要であろう危険度が「大」または「中」の空き家は132件あることが判明しました。【表1】
  ところで、2.-(1)の項目でも少し触れましたが、保安上危険な空き家へ有効な行政指導が可能となったのが、空家特措法が施行された2015年のタイミングです。上記の危険度が「大」または「中」の132件の空き家や、今まで地元住民から幾度となく苦情が寄せられているにもかかわらず塩漬けになっていた空き家などへの対応を一気に迫られることとなりました。このことは廿日市市に限ったことではなく、全国の自治体が一斉に手探り状態からの危険空き家対応を余儀なくされたのです。
  とくに空家特措法施行から約2年間は、危険空き家に対する標準的な事務フローが構築されていないため、県や県内他市町の担当部局と情報共有をはかりながら、さまざまなケースへの実績を少しずつ積んできました。
 イ 略式代執行による解体
  危険度の高い空き家の中には、20~30年以上空き家状態が続き、継続的に地元住民から苦情が寄せられ続けていたものもいくつかありました。すでに所有者が亡くなっているにもかかわらず、長年、相続整理がなされなかったため、相続人が多数存在するケースや、相続人全員が相続放棄をしているケースなどもありました。相続人全員が相続放棄をした場合、所有者が存在しない空き家は民法上、法人(一般に、会社のように法律上人格を認められ、権利・義務の主体として資格を与えられたもの)となります。法人になってしまうと誰も維持管理などしないため、その多くは朽ち果てていく道しかありませんが、倒壊などにより第三者への危険の恐れがあるとなると話は別です。
【図2】略式代執行の様子
  空家特措法では、これら第三者へ悪影響がある所有者不在の危険空き家に対して、行政代執行法に基づかない簡略な手法での代執行が規定されています。それが空家特措法第14条に規定される略式代執行です。そして廿日市市においては、相続人全員の相続放棄がされた危険空き家に対して、2019年4月に当該手法による解体の代執行を実施しました。【図2】
  これらハードとソフトの両面からの施策取り組みの成果もあり、廿日市市に空き家対応専門の係が出来て約4年が経った今、危険度が「大」または「中」の空き家数は当初の約半分の数にまで減ってきています。

3. 空き家施策の転換

(1) ただの対症療法ではダメ
 空家特措法が施行され、ハードとソフトの両面からさまざまな空き家対策を講じ、一定の成果を残してはいますが、どの施策も空き家問題を根本から解決へと結びつけるものはありませんでした。言ってみれば、今ある空き家に対して、対症療法的な施策を展開してきたにすぎません。
 空家特措法が施行され、担当者が何十年も塩漬けにされてきた危険空き家の対応や新しい施策の調整・整理などに多くの時間を割かれたことなども、なかなか次の施策のステップに進めなかった要因の一つではあります。しかし今後は、空き家問題の根幹にアプローチする施策立案ができるかどうかが、空き家問題に対して「成功する自治体」になるか、「失敗する自治体」になるかの分岐点と考えています。

(2) 予防措置こそが本質
【図3】
 廿日市市においても、長年放置された空き家を空き家バンクに登録したり、第三者に危険を及ぼす可能性のある空き家に解体補助制度をつくったりと、当初は対症療法的な施策を展開してきました。
 しかし、いくらこのような施策を打ったとしても、増え続ける空き家の前では焼け石に水です。なんとかして、この増え続ける空き家とのイタチごっこを断ち切る必要があります。
 そこで、今までの「空き家が問題になったから、何かしよう」という考え方ではなく、「問題が起こらないよう、放置されて空き家になってしまう家の数を減らそう」という考え方に力点を置き、施策の方向性を「対症療法的な施策」から「予防措置的な施策」へと転換することとしました。【図3】
 今まで人が住んでいた住宅が空き家となってしまう状況はさまざまですが、廿日市市内で実施したアンケート調査などを分析すると、空き家となるタイミングは例えば、次のような例があげられます。【図4】
① 両親の老人ホーム入所
② 介護などのために両親と同居
③ 両親の他界による相続
④ 転勤による引っ越し
⑤ ライフステージの変化による住み替え
【図4】空き家となる主なタイミング
 これらのことは、誰にでも起こりうることであり、住宅を所有しているすべての人が空き家の所有者になる可能性があります。
 「活用される空き家」と「放置される空き家」の分かれ道は、これらのことが起こった時に、問題を先延ばしにせず、当事者意識を持って行動が取れるかどうかにかかっています。







4. 空き家施策の次の一手

 将来的に考えれば、すべての人が空き家問題に関わる可能性があることから、長期的に全世代にむけた取り組みが必要となります。ここでは、その中でも短中期的な成果が期待できるであろう「住宅を所有している高齢者」を主なターゲットにした施策を紹介します。

(1) エンディングノート講座
【図5】
目的:終活を考える過程で、住んでいる住宅の今後についても考えてもらい、放置される空き家の発生を抑止します。
内容:空き家が放置されてしまう大きな原因の一つに、亡くなった空き家所有者とその相続人が、生前に住宅や家財について十分話をしていないことがあげられます。亡くなった所有者の意向や意志を何も聞かされていない相続人は、売却判断や家財処分の方法などに悩んでしまい、問題を先延ばしにしてしまうことがしばしばあります。その期間が短ければいいのですが、何十年と放置されたり、相続人が亡くなって、さらに次の世代に相続されるようなことになってしまうと、誰も手をつけられなくなってしまいます。そうならないためには、住んでいる住宅や家財の処分について、相続人となる人に意志を伝えなければなりません。そのツールの一つとして、エンディングノートの活用が注目されています。
 エンディングノートとは終活ノートとも呼ばれ、終末期医療や葬儀の希望、財産の相続・処分などについて、遺された人や自分の人生の振り返りのために、生前に書いておくものです。廿日市市ではエンディングノートを作成し、無料で配布するとともに、2018年度から専門家によるエンディングノートを使った終活講座を各地域で開催しています。【図5】
 全国の自治体においても、空き家対策部局が「終活」に関する取り組みを実施しているところはごくわずかです。一見、空き家対策とはまったく関係のない活動ですが、市民に早い段階から、住宅の今後について考えてもらうということは、放置される空き家の減少に結びつく取り組みだと考えています。



(2) 廿日市市空家等対策協力事業者情報提供制度
目的:「空き家の相談先が分からないから、放っとこう」という人を減らします。
内容:空き家を所有することとなった方が一番困ってしまうのは、「相談先が分からない」ということです。「庭の草木を手入れしたいけど、業者がわからない。」、「空き家を修繕・解体したいけど、業者がわからない。」、「売却したいけど、業者がわからない。」という相談を行政が受けた場合、どういう答えが返ってくるでしょうか?おそらく「特定の民間業者を行政から紹介はできません。」という回答ではないでしょうか。この言葉がきっかけで、空き家所有者は「分からないから、放っとこう」となってしまうのです。
【図6】
 もちろん、廿日市市においても担当者判断で特定の民間事業者を紹介するわけにはいきません。そこで、2018年度に「廿日市市空家等対策協力事業者情報提供制度」を創設しました。【図6】
 この制度は、空き家に関する業務を「相続登記」や「リフォーム」など13項目掲げ、事前に登録している空き家協力事業者がどの業務を実施できるのかを一覧にし、空き家所有者へ情報提供するというものです。
 空き家所有者にとって、「ここに相談すれば解決に繋がるのだ。」ということは精神的にとても大きな力となります。行動を起こしやすい、気持ちを変えやすい環境を、行政が整備することが最も大切なことと考えています。この制度を創設してからは、どうしたらいいか困っている空き家所有者に対して、市が具体的な相談先のアドバイスを行えると共に、業者への依頼後の状況も把握できることから、そのまま空き家が放置されてしまうのを抑止することができています。

(3) 家財お片付け講座
目的:地域単位で家財整理の実態を知ってもらう講座を開催し、いざという時の着手や相談を円滑に進められる土台を整えます。
内容:家財整理と聞いて、「ただ捨てるだけでしょ?」と思われる方も多いと思いますが、実際は「何をどこまで捨ててよいのか。」ということに悩まれ、そのまま空き家とともに放置してしまう方が大勢いらっしゃいます。
 廿日市市では2019年度、吉和地域において、家財整理の専門家の指導のもと、地域住民が参加する空き家の片付けワークショップを実施しました。無理に捨てていくのではなく、故人や相続人の考えや思いを整理していくことに主眼を置いているのが特徴です。また、家財が整理されると、空き家処分へのハードルがぐっと下がり、その後の活用にも弾みがつきやすくなる傾向にあります。
 さらに、この講座に地域住民にも参加し、実体験をもって家財整理の難しさ、大変さを感じてもらうことも大切なポイントです。家財整理の実態を知ってもらうことはもちろんですが、空き家問題を地域の問題として認識してもらい、空き家発生の抑止をはかるねらいがあります。

(4) 空き家を売ったひと×買ったひとの対談
目的:元空き家所有者と移住者が抱いた不安、悩み、本音を対談形式で地元住民と共有することで、眠った空き家の活用を促します。
内容:2008年度に空き家バンクをはじめてから、廿日市市では多くの空き家所有者と移住者をマッチングしてきました。しかし、点と点をつなぐ取り組みはしてきましたが、それぞれの点が面となって地域に波及させる取り組みにまでは昇華できていませんでした。
 つまり、空き家所有者と移住者の売買契約を見届けたら、市は手を引いていたので、その後、移住者が地域でどのような暮らしをしているのかなどを把握していませんでした。もちろん、その空き家が市の空き家バンクによって成約したという事実を知る地元住民の方も限られた人だけだったのだと思います。
【図7】トークセッションの様子
 そこで、空き家バンクによって成約した1つの事例をピックアップし、元空き家所有者と移住者が抱いた双方の「不安」、「悩み」、「本音」などを対談形式で聞いていくトークセッションを地元で開催する取り組みをはじめました。【図7】
 トークセッションの成果として、地域住民の方々には、空き家を持つことの気持ちと移住者の気持ちの双方を十分理解いただけたとともに、移住者を受け入れるということに対する思いも馳せてもらえたと考えています。
 空き家バンクに登録するにしても、空き家を利用するにしても、それぞれが多くのハードルを乗り越える必要があります。トークセッションを通じて、ハードルを共通認識することができましたので、次はこのハードルを少しでも小さくする取り組みが、行政にも地域にも求められています。

5. 空き家問題のこの先

(1) さらなる課題
 これまで、空き家に関わる問題に対して、ソフトとハードの両面から、所有者や地元住民等の気持ちを変えるために廿日市市が実施している施策を紹介してきました。
 しかし、全国的に人口減少局面に転じている状況の中、いくら空き家所有者の気持ちを変えたとしても、交通アクセスが悪い地域などでは空き家が爆発的に増えていってしまうことは容易に想像がつきます。今は全国の自治体が移住者に頼った地域活性化競争を繰り広げていますが、広く薄い移住施策が機能しなくなる日はそう遠くないと考えます。
 廿日市市においても、2019年に都市再生特別措置法に基づく立地適性化計画を策定しました。計画において「居住誘導区域」を設定しており、将来的に住民が居住する地域をコンパクトに集約し、インフラ整備等を効率化する狙いがあります。
 低密度で住宅が点在する山あいの集落などはこの居住誘導区域には指定されていないのですが、中山間地域振興という視点から、こういった集落への移住を、市がバックアップしているという側面もあります。相反する施策が混在しているのです。

(2) これからの空き家の展望
 全国には、居住誘導区域の区域外からの移住を推奨し、区域外の空き家の除却を進める方針を定めた自治体も存在します。廿日市市においても、スムーズな施策方針転換に模索しているところで、地域住民との折り合いをつけながら、優先順位をつけた空き家施策の展開が求められています。