【自主レポート】

第38回地方自治研究全国集会
第8分科会 青森から「食」の未来を考える

 日本は健康寿命が世界一の長寿社会を迎えています。人生100年時代といわれる長い期間をより健康で充実したものにするために「食べること」は欠かせません。とりわけ、乳児が初めて口にする「離乳食」は、単に母乳やミルクからの卒業を意味するものではなく、顎や歯、消化機能、味覚などを発達させ、発育や体づくりの基礎となる人生において重要な過程となります。調理員が離乳食を通じた新たな行政サービスを提言します。



調理員がJICHIKENをやってみた
―― 地域や世代をつなげる離乳食の可能性 ――

新潟県本部/上越市職員労働組合 大久保浩美

1. はじめに

 上越市は、新潟県の南西部、日本海に面して位置し、北は柏崎市、南は妙高市、長野県飯山市、東は十日町市、西は糸魚川市に隣接しています。海、山、大地に囲まれ、四季折々の豊かな自然に恵まれた上越市にはおいしい食材がたくさんあります。
 北前船が就航した江戸時代には、高田藩の外港として、また信濃への玄関口として、各地の港から運ばれてきた塩や砂糖、茶、塩魚、染料である藍玉、焼き物、着物などを城下町高田や頸城郡内、信濃へ運び出すための受入港として、また、高田平野や周辺の山間部と信濃の産物である米や大豆、小豆、麦などの積出港としても賑わい、この地域の発展を支えました。
 また、上越市には長い歴史と固有の気候風土の中で、人々が知恵を重ね合わせ、培ってきた個性的な文化が数多くあります。豊かな農水産物と湿度の高い気候を生かした多彩な発酵食品がその一例で、産業や食文化として現代に継承されています。
 上越市に勤務する調理員は、学校や保育園に配置され、毎日、児童や生徒のおなかを満たすべく安全・安心な給食を提供するとともに、生涯にわたり心身ともに健康で充実した生活を送れるよう食育活動を支援しています。
 私たち調理員がJICHIKENを通じて、また離乳食を通じて、地域住民に対して何ができるか、地域をつなげる役割を担えるのか、そこから何を学び、私たちはどう行動していくのか、食がもつ本質や可能性を追ってみることにしました。難しいことを考えていたら、お腹が減りました。まずは、なんでもやってみることにしました。

2. とりあえず、なんでもやってみた

(1) 現業フェア
 上越市では、2006年から学校給食調理員部会が中心となり、給食フェアを毎年、開催していました。当時、教育委員会では民間委託の議論が開始され、正規調理員の必要性や有益性を広く市民にアピールするための1つのアクションとして、給食メニューのひとくち試食や食育活動の展示、衛生管理の紹介、講演会などを行ってきました。
 2016年から保育園調理員や用務員、育成士など、現業職全体で取り組むことを確認し、名称を「現業フェア」に変更しました。地域の現場で直接公共サービスを提供する立場の自治体職員である現業職員が、地域に期待される役割を果たせる仕事を実現するため、地域ニーズを把握して仕事を創造することをめざし、これまでの取り組みに加え、離乳食の展示や相談、木片を使用したコマやプレートの制作、暮らしの中の各種結び方実演などを行いました。
 毎回、大勢の市民が来場され、現業職の認知度の向上が図られています。

▲相談コーナーにはスタッフへ駆け寄り、相談する母親らが多数みられた(右上)
▲子どもに人気の豆つかみゲーム(左下)

(2) 公民館事業とコラボ
 2018年12月、市教育委員会主催の「かんたん離乳食入門講座」が開催され、保育園調理員4人が講師となり、大人の食事を作りながら、同じ材料で簡単においしく作れる離乳食の作り方を参加者に助言しました。講師の4人は普段、保育園で給食調理業務に従事していますが、この日は教育委員会からの派遣依頼に応える形で、職務として講座に携わりました。当日は、離乳期の子どもを育てる母親など13人が参加しました。
 初めて子をもつ保護者にとって離乳食は分からないことばかりです。例えば、食べる適量がわからない、食べさせてよいものがわからない、離乳食の作り方がわからない……。市販のベビーフードに頼ってしまう保護者も少なくありません。
 4人の調理員は、参加者の調理作業をサポートするとともに、普段の離乳食に関する悩みや不安に対し、母親、そして調理員として適切かつ丁寧にアドバイスしました。調理後、参加者は自分の子どもに人参やじゃがいもをスプーンでつぶしながら食べさせていました。
 参加者からは、「市が実施している離乳食相談会とセットで開催してはどうか」、「友人に紹介したい、他の地域でも開催してほしい」などの意見や要望、「調理実習を兼ねた今回のような講座は初めての体験で、大変参考になった」、「久しぶりに外出して、同じ悩みをもつ保護者と出会い、話すことで、育児に対する意欲が増した」、「離乳食の作り方をもっと知りたい、学びたい」など、喜びの声が寄せられました。
 この事業はその後、地元の新聞や放送局で紹介されました。

▲この講座は、地元で注目を集め、新聞や放送局を通じて広く周知された

(3) 保育士や保健師らとコラボ(MOGMOGプロジェクト)
 上記の「かんたん離乳食入門講座」終了後、保育課長にこの講座の必要性を訴え、保育課主催の講座の開催を求めたところ、保育課長から「保育園に通っていない乳児やその保護者の離乳食の支援について、調理員が業務として行う必要はない」と拒否されました。講座の参加者から次回開催を希望する声があったことから、この事業を組合の自治研活動として位置づけ、継続を決断しました。さらに、事業を継続するに当たり、保育士や保健師らと手を組み、離乳食を調理するだけでなく、離乳期の子どもを育てるパパ・ママの悩みや不安を聞き、助言などを行う子育て全般に関わる「MOGMOGプロジェクト」を発足し、新たな行政サービスを創造する取り組みをスタートしました。このことは、希薄になりがちな組合員同士の交流や、組合活動の活性化につなげる大きな影響を及ぼしました。
 上越市は、保育課、こども課、健康づくり推進課、学校教育課など、子育てに関わる部署が多くあり、(悪い意味で)それぞれが独自の政策や事業を進めており、横の連携が取れていない現状にあります。その横の連携が機能的に進められるのは、まさに組合活動であり、そのことが保護者らの満足度を向上させると確信していました。例えば、健康づくり推進課が行っている乳幼児健康診査の中で、離乳食の作り方や子育て全般の知識を学ぶ機会があります。しかしながら、これは資料を通じた座学にしかすぎず、実践を伴うものではありません。そこで、私たちはこの「MOGMOGプロジェクト」で、「より実践的に、より保護者の気持ちになって」を合言葉に、それぞれのプロフェッショナルである調理員、保育士、保健師、栄養士が一堂に会する講座で、切り方、煮方、使用する道具などの工夫、食べるときの姿勢や声掛け、個人に合わせた栄養の取り方などを伝えるとともに、子育て中の保護者の気持ちや不安に寄り添うことを最大の目標として進めることとしました。また、栄養面も大事ですが、離乳食は食べることを覚え、慣れていくためのトレーニングであることや、決まりどおりにならなくても良いこと、簡単に作れることなどを伝え、育児の負担を減らすための手助けをしたい……そんな気持ちを前面に出し、MOGMOGプロジェクトを始動しました。
① 第1回MOGMOGプロジェクト(2019年7月13日)
 初回は、市内の高田公園オーレンプラザで開催し、11人の母親らが参加しました。当日は離乳食を作る参加者のテーブルに調理員が付き、アドバイスする形で和やかにスタートしました。野菜の大きさや初めて食べる食材の工夫、試食の時間には、食事の時間の工夫や声がけ、好き嫌いで困っている、食が細いのでは、など様々な質問に保育士と調理員が丁寧に答えました。それ以外にもお父さん同士の交流や、お母さん達の情報交換などもみられました。講座について参加者から「また参加して学びたい」との声をいただき、参加スタッフも次への意欲が湧いてきました。

▲保護者同士で談笑する場面も見られました(左下)、完成した離乳食(右下)

② 第2回MOGMOGプロジェクト(2019年12月1日)
 第2回は、市内の春日謙信交流館で開催。11人の母親らが参加し、離乳食の基礎知識と作り方を学びました。
 講座のはじめに執行委員の保健師が離乳食づくりの基本とポイントを解説しました。初期、中期、後期、完了期ごとの子どもの口の動きや発育状況などを解説し、「離乳食は、栄養面も大事だが、口の発達に合わせた食べ物を摂ることで、顎や歯の発達を助け、発音にも影響してくる。」と語りました。
 その後、調理室に場所を移し、調理スタッフの解説を交えながら、母親らが自ら調理を実践。調理したメニューは、ポトフと豆腐のお好み焼きの2品で、食材の固さや火の通り加減などの感触をつかみつつ、それぞれの子どもの発育に合わせた離乳食が完成しました。完成したメニューをみんなで試食する最中、執行委員の保育士が、参加者から子育て中の不安などを聞いていました。子どもや母親、スタッフらの笑顔あふれる講座で、帰り際、参加者から「次回あったら、必ず参加します」、「友達に紹介します」など賞賛の声が寄せられました。

▲離乳食の基本とポイントを聞く参加者。保育士の母親らも複数参加(左上)
▲初期、中期等のにんじんと大根の固さを実際に手でつかんで感覚を養う(左下)
▲お母さんの作った離乳食を頬張る女の子(中央下)

3. やってみて見えてきたこと

 離乳食講座を続けていく中で、普段、保育園で給食を提供する調理員における離乳食の考え方や作り方に差があることを感じました。そこで、保育課に相談し、離乳食づくりに携わる調理員の技術の均一化と質の向上を図るため、離乳食の指導に精通する栄養士を講師に迎え、複数人の調理員参加の下、自主研修会を実施しました。
 その後、市内全調理員による研修が必要だと感じ、改めて栄養士を講師に迎え、離乳食づくり全般に係る学習会を全調理員参加の下、実施しました。参加した調理員からは「これまで自分の知識や経験だけを頼りに離乳食を作っていた一方、調理法について疑問に思う部分もあった。例えば、初期、中期、後期、完了期の仕上がりの違いや根拠について理解が得られたので、その知識を基に今後の業務に励みたい」などの声があがりました。
 また、近年の核家族化、共働き、ワンオペ等を背景に、保護者らの調理技術が低下していることや、親等の世代からの技術や知識の伝承が行われていないこと、調理の単純化(市販品に頼ることやレパートリーの少なさ)が問題となっていることにも気が付きました。しかしながら、そこは親心が働くのか、わが子の初めて食べる食は、自分(保護者本人)で作りたいという気持ちが各講座の参加者から見え、行政が事業として取り組む必要性がそこにあるのではないかと感じました。実際、調理員等からの支援により離乳食を作る保護者の目や態度は徐々に変わり、自信がついてくる様子が見て取れました。さらに、講座に参加することで、同じ悩みを抱える保護者同士の交流や、その場に専門職がいることで不安が解消されるという効果もみられました。今後は、開催回数を増やすことはもとより、様々な地区で開催することで、離乳食に不安を抱えている多くの保護者に声がけや支援を行っていきます。




4. 未来ある子どもたちに向けて調理員がすべき行動

 私たちは、自身の仕事や行動が社会に対して、どのような役割を果たしているかを考えながら毎日の生活を送っているだろうか。目の前にある給食調理業務だけをやっていればよいのだろうか。
 保育園に通っている乳児の中にも思いどおりに離乳食が進められずに体の発達と合わない園児がいることから、まずは調理員が保育士からの相談を受けられるよう必要な知識や技術を身につけていく必要があります。また、講座に関わったスタッフ(調理員等)は、別の専門職から学び、それぞれの職場に戻って、学んだ知識を活かすこともできるでしょう。
 私たちは「食」の専門職であることを自覚し、職場だけにとどまらず、職場外での様々な出会い、学びを重ね、給食調理員という枠を超え、地域や世代に求められる人材となるよう今後も様々な取り組みを進めていきます。「こうしたらもっと良くなるのに」を言葉に出して行動を起こせば、誰かが救われます。前例がなければ作ってみればよい。

5. おわりに

 特別なことはやっていません。大切なことは、一歩踏み出す勇気です。近年、給食調理業務の民営化が後を絶ちません。当局から唐突に通知された単組もあると聞いたことがあります。そのような場合、県本部や地域住民、PTAなどの組織とタッグを組み、民営化反対の闘争に取り組むこともあるでしょう。もちろん、そのような取り組みも必要ですが、私たちがまずやるべきことは、当局に必要とされることではないでしょうか。日々の仕事はもちろんのこと、社会や地域住民が求めていること、当局が求めていることを把握し、形にすることで、はじめて公務員としての役割を果たすことができるのだと考えます。そして、そのことが安易な民営化通知を出させない最善の策ではないかと確信しています。ようやくここで、「自治研は自由だ」、「自治研にルールはない」の意味が分かってきたような気がします。最後までこのレポートを読んでくれた仲間に捧げたい、Let's try JICHIKEN