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【自主レポート】
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札幌市政の改革と市民参加の実践的手法
~上田札幌市政誕生から1年間の取り組み~
北海道本部/札幌市役所職員組合・自治研推進委員会
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「1人の民間人として生活してきた者が、1万6千人からの大組織の中に入り、そして186万人の利益とは何ぞやということを問い続け、それを実現していくためには、大変な戸惑いと自分の身の処し方、一つひとつの判断がこれでいいのかということを常に問うていかなければならないという毎日でございました」上田文雄札幌市長が、今年6月の定例の記者会見で発言した、就任1年を振り返っての感想である。
昨年の統一自治体選挙で、全国的にもまれな首長再選挙という激戦を経て誕生した上田市長であるが、市役所内としては、44年間も続いた助役から市長へという「官」選首長の終焉ということもあり、単純には言い尽くされない動揺をもたらした。とりわけ、「市民がいきいきと活動できる、そんな当り前の札幌市政に」という当選前の出馬宣言は、これまでの仕きたりや、意識的・無意識的に形成されてきた庁内秩序の見直しを余儀なくされることから、庁内では様々な憶測と不安、そして戸惑いと警戒が渦巻いていたことは確かであった。
こうした状況の中で上田市長は、2度の選挙で訴えてきた公約の実現に向け、これまで庁内外を問わず、様々な市政改革案を発信してきた。ここでは、この1年間の改革の中で、新しい施政方針としての「さっぽろ元気ビジョン」策定の取り組みを中心に、市長が目指す改革のねらいとその手法、そして今後の課題と思われることについて検討してみた。
1. 市民参加手法の徹底した導入
「さっぽろ元気ビジョン」は、上田市長が選挙で訴えた公約をベースにした、札幌市の新たな施政方針として、①市民自治を推進するための仕組みづくり、②経済や環境、芸術文化など、今後のまちづくりの展開に当っての基本的方向、③「市民と共に考え、共に行動する」ことを目的とした市役所改革の3つを柱としたもので、就任して1ヵ月後の昨年7月に公表した。そして、これを実現するため、「市民自治」「まちづくり」「市役所改革」の3つからなる「さっぽろ元気プラン」の策定を進めているところである。
こうした新たなプランの策定に当っての従来との違いは、徹底した市民参加の仕組みづくりや、公募委員も含めた市民会議と庁内担当セクションとの意見交換などが導入されたことである。
たとえば、「まちづくりプラン」としての「札幌新まちづくり計画」を構成する「ビジョン編」が今年4月に、また「重点事業編」(素案)が8月に公表されたが、策定に当っての取り組みをみると、
① アンケートやインターネットを活用した市民からの意見募集を実施し、約2千件の声を集約するなど、計画素案策定前から広範な意見の聴取に努めた
② 10人の公募委員と14人の指名委員による「新まちづくり計画市民会議」を設置し、5回の全体会議開催と4つに分けた分科会でも4~5回ほどの議論を展開する中で、今年4月に「これからのまちづくりに大切な5つの視点」を柱とする提言書を提出した。
③ 庁内でも全庁的なプロジェクトを立ち上げ、計画素案の作成前から市民会議との意見交換を実施し、取りまとめた素案に対しても同会議からの意見を求めた上で、計画案の公表を行った。
④ 素案策定期間中に、さっぽろまちづくりトークの実施や、市長自身による市民との直接対話としてのタウンミーティングなどにより、市民の生の声の聴取に努めた。
⑤ 「重点事業ビジョン」の素案公表に伴い、パブリックコメントを実施し、市民の意見を考慮するとともに、それら意見に対する市の考え方を公表する仕組みをつくった。
「ビジョン編」については、まちづくりの理念や指針を示すものとして、前述の公募委員や有識者などからなる市民会議の提言を受けて策定されたものである。また。「重点事業編」は、「ビジョン編」で定める課題などに基づいて、今後3年間に重点的に実施する事業を計画化したもので、全庁的なプロジェクトにより策定されたものである。
このような市民参加の手法は、分権化における自治体改革の流れで取り組まれていることではあるが、札幌におけるこうした仕組みは、市民と行政(職員)による「協働」の仕掛けを、一気に形成したとも言えるものである。
2. 市民参加による市役所改革
7人の立候補があった昨年4月の札幌市長選で、各候補が一致して訴えていたのが、「市役所改革」であった。もちろん、候補の支持母体により、改革の中身も変わっているのだが、それにしても、7人から一斉に改革を投げかけられた札幌市役所としては、従来の姿勢を大きく変えざるを得ない状況に追い込まれたことは事実である。
市長は就任後直ちに、機構改革により市役所改革推進室を設置したが、上田市長の手法は、これに留まらず、まちづくり計画と同様、市民参加による市役所改革を目指したことである。前述のとおり、「さっぽろ元気ビジョン」に掲げた「市役所改革プラン」を策定するため、昨年11月に公募委員10人と指名委員5人の構成による「市役所改革市民会議」が立ち上げられている。同会議では、①市民サービスの改革、②コミュニケーションの改革、③市役所経営資源の改革、④業務システムの改革の4つをテーマに議論を深めているが、今年3月に「市役所改革に向けたキックオフアクション」と題した第1回提言を提出した。
この提言では、当初の予定になかった緊急性を含んだもので、「この会議自体が真剣に議論を重ねつつあること、さらには活力を持って動いていることを、まず市役所職員にお知らせし、行動に繋げてもらわなければ、市役所改革市民会議は鮮度の低い報告書をまとめることになると危惧した」こと、「市役所改革市民会議あるいは市民と市役所の関係を、変革の行動とその評価に裏打ちされた、動的・有機的なものにしたい」という考えに基づいてまとめられたものである。
これを受け庁内では、直ちに副市長を統括責任者とする「サービスアップ行動計画」をまとめ、①すぐ全庁的に取り組むもの、②横断的なプロジェクトで検討を進めるもの、③各局区が主体的に取り組むもの、に分けてすべての職場に取り組みを実行するよう通知した。このうち、すぐに取り組むものとしては「(ア)市民へのあいさつ・声かけの徹底、電話応対など接遇の改善」「(イ)区役所等窓口サービスアップの取り組み」「(ウ)名札の着用」「(エ)朝礼の実施」「(オ)接遇マニュアルの作成」「(カ)ポスターの掲示など、この取り組みの市民・庁内への周知」があげられている。
これに対する職員の受け止め方は、名札の着用や声かけなどと言った表面的な取り繕いではなく、市の業務のあり方などもっと本質的なところを市民は求めているのではないかという意見が多く出された。こうした多くに職員が抱いている考えは、市民会議の委員にも多少の違いはあるとしても、抜本的な改革を目指そうという点では共通している部分が多く見受けられる。
例えば、今年4月に出された第2回提言書の中で、「委員所感~各委員から『これだけは言っておきたいこと』」にも収録されているが、「…一番印象深かったのは、今までの組織のあり方を変えていきたいと願う職員がいて、今回の市民会議には、『改革』というよりも『革命』を起こすぐらいの気概で臨んでほしいと言われたことでした」また、他の委員からは「…窓口応対・受け答えが悪く不快な思いをしたなどの苦情をよく耳にしますが、ある意味、お互いの言い分を聞いてみると、意思の疎通ができていない…、…その場面に出くわした職員が誤解を解くことが出来ないという今の市役所内部のしくみにも問題があるようです」という指摘も出されている。また、市民会議議長の「市役所に最も欠落しているのは、やると決めたら強い思いを持ってやり抜き、それを評価し改善するという『徹底した組織風土』だと感じている…」という発言こそが、市役所がこの間抱えてきた問題の本質を語っているのではないだろうか。
こうした市民参加の手法を用いた市役所改革プランは、市民会議からの最終提言が今年9月に出され、その実行計画案も先の新まちづくり計画同様に庁内検討の後、9月下旬に公表し、パブリックコメントによる市民意見の募集後、最終決定する段取りとなっている。
3. 職場の受け止め方
上田市長による、市民参加の手法を多用した業務の進め方や市役所改革の取り組みを簡単に振り返ってみたが、こうした市長の改革路線に対し、職場の組合員がどのように受け止めているのか、職員組合として組合員に対するアンケートの実施など、系統的な調査活動が求められているところである。
したがって、現時点における職場の状況把握については極めて限定せざるを得ないが、現場職員から出されている思いをいくつかまとめてみた。
まず、さっぽろ元気ビションや本稿でも取り上げた「新まちづくり計画」案の策定作業に、庁内の職員がこれにどれだけ関わりを持ったのかについては、例えば従来の5年計画案づくりと何ら変わらなかったのではないだろうか。しかし一方では、市長が替わったことにより、策定に当っての各種会議の内容は、かなりの熱が入ったものと思われる。
本来、こうした計画づくりに職員がどれだけ参画できるかについては、自ずと限界はある。こうしたことから、庁内の風通しをよくするため、職員用のウェブシステムの活用や庁内イントラネットを活用した状況報告などがとられている。しかし、これらは、どうしても事後報告が主体となり、また相手の顔が見えないという問題を抱えている。したがって、局(区)・部・課という従来のラインも生かしつつ、職員による意見表明できる機会の場づくりの検討が求められている気がする。
また、こうした新たな施政の展開を進めていく場合、地域の状況を的確に捉えているはずの区役所の姿が、一連の庁内議論経過の中でも見えてこなかったことも、今後の課題ではないだろうか。市長も、昨年の就任後直ちに、「連絡所の機能転換プロジェクト」と「区における庁内分権特区プロジェクト」を庁内に設け、その改革についての検討を求めてきた。連絡所の方は、今年4月から名称を「まちづくりセンター」と改称し、業務のあり方や町内会など地域団体との関係についても整理されつつあるが、区の方についてはまだ報告が出されていない現状である。
区への分権については、現行の区役所が単に市の出先機関として存在するのではなく、それぞれの区の特性を生かしたまちづくりを企画・推進し、また区内の各行政機関に対する連絡調整機能を持たせること、そのためには、本庁の各局が有する機能の分権化するなど、これまでの市職自治研活動の中でも主張してきたところであるが、こうした機能を区役所が持つことによって、市民が行政に参加するシステムが一段と豊富化されるものと思われることから、早期の検討が求められている。
4. 改革論に求められているもの
市役所改革の必要性については、職員自身が自らの業務を通して肌で感じているものと思われる。現在社会の傾向として、何事に対しても完ぺき性を求める風潮が濃くなったと感じる機会が多くある。ある意味、納税意識も高揚してきた中で、役所に対する要望が高まるのは当然とも言える。また、職員の側としても事前に用意されたマニュアルに頼りすぎる傾向にあることも否めない。しかし、いま分権化や行財政改革が叫ばれる中で求められるのは、市民が市政に参加することにより、市民が自立して行うことと、行政がもっぱら取り組む事業を区分けすることではないだろうか。そのためには、お互いの風通しを良くする手法を、とりわけ行政の側が考えていかなければならず、ひいては職員全体としての意識改革が求められるものである。
市長は、この行動計画実施に当り、庁内イントラを通じ職員に対するメッセージを出したが、この中で、あいさつや親切な応対が、市民にも信頼感が育ち、連帯感やパワーが生まれるということを強調し、市民自治を進める上でも、今後の改革を行っていくためにも、サービスアップ行動計画を、市民の目に見える形で取り組んで行こうと呼びかけている。
この問題については、名札の着用など職員組合でも議論を重ねてきたところである。とくに、組合機関紙と通し、執行部の考えと職場の声、さらには市民の声なども掲載し、市役所を改革するためには何が必要なのか、共に考えてきたところである。
5. 今後の課題
市長就任1年を経て実施した北海道新聞の世論調査で、「市長が代わったことで市政は変わったか」という質問に対し「感じる」と答えた市民は3人に1人で、残りは「まだ感じていない」ということが報道された。これが多いか少ないかについては、議論の分かれるところだと思う。この1年間で手がけてきた改革が、十分な成果を発揮していないと思えば、この数字は非常に少ないものと思える。また、様々な改革に着手してきたが、成果が発揮するのはこれからだと思えば、非常に高い数字ということになる。市民が、上田市長に最も期待しているのは、市役所の改革であることは間違いないが、「市民自治が息づくまちづくり」を掲げた市民参加の手法が、庁内外問わずどれだけ浸透していくのかは、これからの課題といえる。
とりわけ、こうした手法が確立されたとしても、本来の位置付けや実行方法によっては、市政運営上の単なる手続きとしての仕組みになりかねない。そうしないためにも、1つには「議論の場」を広めていくこと、市民が何を求めどのような考えを持っているのかを議論できる仕掛づくりを、市民と行政が常に意識していくことだと思われる。
2つ目には、市政を運営する上での優先すべき視点をどこに置くのかである。市長は、就任直後、住基ネットワークの稼動について市民の個人情報を守る責任者として、その運営に疑問を表明してきた。また、国歌・国旗問題やイラク派兵に関する一連の言動も、市民生活の安定を最優先したものである。こうした発言の背景にある人権や平和という視点が、どれだけこうした議論の前提となり得るか。民主主義が根付いた札幌市政の確立に向け、欠かせない課題でもある。
一連の地方財政改革に絡みで問題となっている財源不足は、札幌市でも全庁挙げた「事務事業の総点検」が求められ、市民に対しても敬老パスのあり方などについて幅広い議論を展開しているところであるが、市長の訴えが軌道を逸しないためにも、札幌市職自治研推進委員会としては、今後とも上田市政を支える立場から、組合員間での幅広い議論を展開する中で、市政改革の一翼を担って行きたいと考えているところである。
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