【要請レポート】

住民基本台帳ネットワークシステムに対する取り組み

大阪府本部/大阪市職員労働組合

1. はじめに

 大阪市職員労働組合(以下、大阪市職)は、自治体のコンピュータ利用、とりわけ住民基本台帳事務(以下、住基)のコンピュータ化に対しては、70年代からの取り組み経過と重たい議論経過を持っており、73年には市当局の住基オンライン化提案を「白紙撤回」させてきた。
 その後、急速な情報化の進展、とりわけ行政業務のコンピュータ化が進む中、87年には住基のコンピュータ化を行いたいとする「区役所窓口事務の機械化」提案が行われ、臨時大会を開催するなど組織をあげての議論を行い、人員削減・各区のオンライン化を行わない等の「10項目条件」を、導入する際の前提条件として労使確認を行い、導入について判断してきた。
 また、94年に行政業務の情報化を行う10年計画として「大阪市情報化計画」の策定に関わって、この計画の中に、住基の24区のオンライン化が掲げられており、労使確認事項である「10項目条件」の「全区のオンライン化については行わないこと」に抵触することから、多くの議論を行い、「情報化に対する基本認識」と「新10項目条件」を確立し、個々のシステム開発などに対して、職場における十分な検証と労使合意を行うことを基本として情報化計画の策定について判断を行ってきた。そして、住民管理強化につながる側面について警戒を行いつつ、個々のシステムごとに主体的検討と判断を行ってきている。
 さらに、個人情報保護の重要性にも着目し、対市申し入れなど組合としての取り組みを強める中で、市側に対し「大阪市個人情報保護条例」の制定(95年10月施行)や「大阪市電子計算機処理に係る住民基本台帳等の目的外利用要領」の整備(94年11月)を図らせてきた。
 こうした取り組みの背景には、行政業務のコンピュータ化が、業務内容の変化や労働疎外など職場での労働条件に関わり合理化につながることと、行政が保管・管理する住民の情報をコンピュータ化した場合、住民支配や管理強化につながることの両面があげられる。
 そうした中、97年6月当時の自治省から「住基法改正試案」が公表され、全国ネットワーク構築が構想されていたことから、以降、住民基本台帳ネットワークシステム(以下、住基ネット)の確立に対する大阪市職の取り組みがはじまった。

2. 改正住基法成立までの取り組み

(1) 住基法改正案は、98年3月国会上程され、当時の自民党・自由党・公明党の賛成多数で可決・成立し、99年8月に公布された。
 法施行については、ネットワークの実質的な構築が必要な第一次稼働については、法公布後3年(2002年8月)以内とされ、広域交付や住基カード発行については5年以内とされたところである。
(2) 大阪市職は、この住基ネットワーク構想が公表されて以降、改正法案とりわけネットワーク構想に対して、国民総背番号制へつながりかねないことや、個人情報の漏洩事件が相次ぐ中で個人情報保護の観点からの社会的合意形成が必要であり、また、法案の内容とりわけ業務内容に関わって未解明な事項が多く存在することから、安易な法案成立を許さない立場で、自治労本部に対して方針の具体化や取り組みについて要請を行うとともに、国会審議入り後は、拙速な法案成立に反対する立場から、衆・参両議長宛ての打電行動やターミナルビラ行動などに取り組んできた。
   さらに、99年7月には、「住基法改正案の徹底審議と包括的個人情報保護法の早期成立を求めて」をスローガンに、「99市職情報化講演集会」を開催し、取り組みを強化していくことの確認を行ってきた。
(3) しかし、改正案については、多くの不安や疑問が出されていたにもかかわらず強行的に採決がされ成立した。また、法制立の際「施行に当たっては、政府は、個人情報の保護に万全を期するため、速やかに所要の措置を講ずる」と付則が修正されるとともに、当時の小渕首相は「個人情報保護法の成立が稼働の前提条件」と国会答弁を行った。

3. 住基ネットについて

 住基ネットについては、すべての国民に10桁のコードを付与し、そのコードと氏名、性別、生年月日、住所の4情報の全国ネットワークを構築し、16省庁92業務(その後利用業務は拡大されている)で本人確認に利用しようとするもので、あわせて希望者には住基カード(ICカード)の導入、住民票写しの広域交付、異動手続きの「簡素化」等が行えるとされた。
 したがって、住基ネットの構築に対しては、行政が保管・管理する住民情報、とりわけすべての国民に強制的にコード番号を付け、国が利用できることとなることから、国家による住民支配や管理強化につながるものであり、多くの反対や不安の声が広がるのは当然であり、大阪市職も同様の認識を持っていた。

4. 住基ネット(第一次)稼働までの取り組み

(1) 住基ネットの稼働予定が2002年8月と定められたことから、自治体に発生する課題の解明や対策など、自治体に対する取り組みが必要となってきた。
(2) 大阪市職は、99年11月市当局への申し入れを行い、住民管理の強化につなげない観点から既存住基システムのアクセス権限強化やデータ管理の一層の強化、引き続く住基データの2次利用の厳格な取り扱いと、改正住基法に伴う業務解明などにかかる市側の基本姿勢を質すとともに、住基法改正にあたって7点の取り組み要請を行った。
(3) その要請を受け、大阪市は2000年8月「住民基本台帳法にかかる個人情報保護策の充実に関する要望書」を政令指定都市間で取りまとめ、自治大臣に提出した。
(4) 2001年7月市当局から、法施行まで1年となった段階でも詳細内容を規定した政省令等が制定されていない中で、「具体の対応を開始するギリギリの時点に至っている」として住基ネットのシステム開発の協議要請があった。
   大阪市職は、「法制立という状況下で、市としての行政責任として法に基づく業務対応が避けられないことは一定理解するが、①住基法の再改正(住基ネットの凍結)に向け取り組む、②OECDプライバシー基準を満たした個人情報保護法の成立と情報基本権の確立に向け取り組みを進める、③国等における議論や開発状況によっては開発の凍結や延期も想定した慎重な開発検討を求める」との見解と取り組みについて機関会議での確認を行い、その内容で対市交渉を行ってきた。
(5) 施行日(2002年8月5日)が迫る中で、2002年6月、市当局から「住基ネット(一次サービス分)への対応について」が組合に示された。
   法施行日までに個人情報保護法の成立が困難となった状況や「住基ネット凍結法案」が国会に提出されようとする状況、さらに地方議会から実施延期を求める意見書・決議案の採択がある中で、大阪市職は、機関会議での議論確認内容に基づき、2002年7月の対市交渉の場で、「①8月5日の住基ネットの稼働延期を国に要請すること、②自己情報コントロール権の確立をはじめ、民間を含む包括的な包括的な個人情報保護法の制定を国に要請すること」を求めるとともに、市の対応については、「①本人確認情報の漏洩や目的外の利用等が判明した場合は、速やかに市としてのネットワークへの情報提供等接続を停止すること、②外部からの不正な接続や侵入の兆候が認められる場合には、速やかに市としてのネットワークへの情報提供等接続を停止すること、③市民への周知に関して、市民混乱・職場混乱を来たさぬよう責任ある対応を図ること」を前提とし、提案について判断を行ってきた。
(6) 大阪市職は、取り組み方針に基づき、自治労大阪府本部への要請も行い、大阪府への要請も行った。また、8月5日全国一斉稼働に反対し稼働延期・凍結を求め、緊急抗議電の取り組みや数回にわたって開催された「8・5稼働延期を求める国民集会」などに積極的に参加してきた。
   また、大阪市は、対市交渉での大阪市職からの要請を受け、2002年7月30日「稼働について、各方面から延期要請が出されている状況を踏まえ、住民の理解が得られるよう、最大限の取り組みをお願いしたい」とする総務省への要請を行うとともに、「重大な事態が生じた場合は、市長の指示に基づきネットワークへの情報提供を停止する」ことなどを盛り込んだ市独自の「セキュリティ対策要綱」「セキュリティ対策要領」を策定した。

5. 第一次稼働後の取り組み

(1) 住基ネットに対しては、防衛庁のリスト作成問題の発覚や個人情報保護対策やセキュリティ対策に疑念を抱く声が大きくなり、ネットワークからの離脱や選択制を採用する自治体も現れた。
(2) 大阪市職は、第一次稼働後も、住基ネットに反対する広範な市民団体と連携し、住基ネットの中止と自己情報コントロール権に基づく個人情報保護法の制定を求めて全組合員を対象とした署名に取り組むとともに、国会集会など各種集会に参加してきた。

6. 第二次稼働に対する取り組み

(1) 広域交付や住基カード発行などを行う第二次稼働については、2003年8月25日と政令により規定された。大阪市職は、第二次稼働に関わっては、広域交付や異動処理などの業務が複雑かつ煩雑となることや、住基カードの発行が「常時携帯制度」につながる危険性を有していることなどの問題意識を持っていた。
(2) 2003年2月、市当局から、住基カードについて多目的利用は行わず、住基等法令に基づいたサービスに限って利用を行うとする「住基カードへの対応に係る基本的考え方」と、住基カード発行等にかかる基本的考え方を示した「住基カードへの対応について(案)」が提案された。
   大阪市職は、機関会議での議論確認内容に基づき、2003年3月対市交渉を行い、①住基カードは、住民管理強化につながりかねないことや個人情報保護の観点から慎重な検討を行うこと、②個人情報保護法の成立に向けた国への要請など市としての取り組み状況、③一部の自治体が離脱している状況、などについて市当局の認識を質すとともに、住基カードの対応にあたって、①住基カードの利用範囲を法に定める必要最小限度に留めること、②住基カードの利用範囲について今後も拡大を行わないこと、③個人情報保護及びデータセキュリティ対策に万全を期すこと、④住基カードの作成は直営で行うこと、を求め確認のうえ市当局提案について判断を行った。
(3) 第二次稼働の大阪市の対応については、2003年7月「住基ネットへの対応にかかる考え方について」と「住基ネット(二次サービス分)の運用について」が提案された。
   「対応にかかる考え方について」では、住民票写しの他市町村での交付するなど二次サービスを行った場合、①大阪市情報化計画の策定の際、労使で確認した「情報化に対する基本認識」の中でふれている「住民基本台帳事務は、大阪市として自己完結すること」に抵触せざるを得ないこと、②住民票写しの請求があった際、本人からの請求であっても使用目的等を確認してから交付している大阪市の対応について困難なケースが生じることなどが示された。また、「二次サービス分の運用について」では、現場段階での発生する業務内容等の解明が一定行われ、また、住基カードの対応についても、3月の対市交渉で確認した内容を遵守し、8月25日に運用したいとする内容であった。
   大阪市職は、機関会議での議論確認内容に基づき、2003年8月1日に対市交渉を行い、「大阪市として自己完結すること」との労使確認事項に抵触せざるを得ない市側提案については問題を持つものであり、この間の労使確認の重たさについて認識を再度問いただし、今回の事態に対する市側認識を明らかにさせるとともに、使用目的等の確認については、全国の市町村へ大阪市の取り組みについて要請を行うとの回答を引き出し、具体の取り扱い運用についての協議を行った。二次サービスについては、①希望者を基本とした対応であること、②個人情報保護法が不十分ながらも成立・公布していること、③行政責任としての業務対応は避けられないことは、一定理解せざるを得ないことから、8点にわたって市側認識を問いただしつつ、行政対応について判断を行ってきた。
   また、その際、大阪市職としては、住基ネットそのものに問題があることから、引き続き住基ネットの凍結に向けた法の「再改正」を求める取り組みを進めることを表明するとともに、市当局に対して「住民選択制」についての有効性などの検討を求めてきた。

7. おわりに

 住基ネットは、前述したように大阪市職にとって大変重たい議論経過に関わるものであり、取り組みや市当局の提案に対する判断を行うに当たっても、機関会議でも大変な議論を行ってきた。今回の課題で感じたことを若干述べてみたい。
 一つは、国の法律で規定された場合の自治体対応についてである。今回総務省は、離脱や選択制を行った自治体は「違法である」とか「認められない」の恫喝的な発言を繰り返したものの、提訴などは行っていない。地方分権の時代に突入し、住基法自体は自治事務であり住基ネットへの参加は自治体の自主判断とも言えるが、法律で規定されたことを自治体が拒否することは大変な決断(とくに首長判断)を要すると言える。それは、住基ネット参加を希望する住民から自治体が提訴されるかもしれないことも一因としてある。ただ、今回、離脱や選択制を行った自治体が現れたことは、地方分権時代での国と地方の関係に一石を投じたものとして評価できるのではないか。
 二つには、法案段階での取り組みの重要性である。今回の住基ネットは、多くの疑問や問題点が指摘されていた。住基ネット稼働に疑問をもつ国民は大多数であったし、国会においても凍結等に向けた法案なども提出され、市民団体を中心に反対行動も行われた。ただ、大阪市職も集会等に参加してきているが、労組の参加が極端に少なく、労組内での問題意識の共有化に欠けたのではないかと思う。とくに、自治労はこの課題について労働組合の先頭にたって取り組むべきであったのではないかと思う。
 三つには、このシステムの有効性の検証である。これだけの全国ネットワークを構築するとなれば、莫大な財政支出を伴っているはずだが、どの市町村でも住基カードの発行枚数は極端に少ない数字であり、かつ住民票の写し等の広域交付もほとんどない状況ではないか。また、業務上効率性が高まったとも思えず、むしろ事務処理が複雑化している。もう一度、全国的な住基ネットが必要であったのか有効性を検証し、システムそのものの是非について検証すべきではないか。
 最後に、大阪市職は、住基ネットの凍結に向けた法の「再改正」を求める立場であり、住基ネットの問題点などを訴えながら、引き続き取り組んでいきたい。