【自主レポート】
自閉症・発達障害支援センターの役割からみる
新しい時代の「公(おおやけ)」 |
三重県本部/三重県職員労働組合
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1. はじめに
三重県自閉症・発達障害支援センターはH15年1月に1部事業を開始し、同年4月より3施設が協働して本格的に支援事業をスタートさせた。県立小児心療センター「あすなろ学園」へ支援センター事業が附置され「社会福祉法人檜の里・あさけ学園」と「社会福祉法人おおすぎ・れんげの里」が県より事業の一部を委託され、地域分散型で公と民の協働で支援事業を実施している。このような事業形態は全国的にもはじめてで、三重県方式とも言える。
2. 年齢や問題行動別の支援について
(1) 乳幼児期の相談について
市町村が実施する1歳半・3歳児健診で多動やことばの遅れなど発達障害が指摘されたが、専門機関に行くことなく、支援センターに相談に来られる方も多い。そのような場合は、支援センターで、発達テストを実施して専門機関の受診・治療・療育につないでいく。親への援助、保育園・幼稚園など保育の中での対応については連携して継続的な支援をしていく。
三重県における早期発見・早期治療のシステムづくりを、あすなろ学園が、自閉症・発達障害地域連携事業として、(1996年から保育士トレーニング事業)(1997年から広汎性発達障害児の早期発見・早期療育(治療)モデルシステム事業)を進めてきた成果が基礎となっており三重県自閉症・発達障害支援センターは全国的にみても充実した支援体制がとれる。さらに全市町村に発達障害児の為の早期発見・早期療育のシステムが充実していくことをめざし、今年度より人材育成事業をあすなろ学園から引き継いで実施している。
(2) 学齢期の相談について
1歳半・3歳児健診においてチェックがされながらも家族や保育園・幼稚園の適切な対応により大きな問題行動とならなかった子どもやアスペルガー症候群や高機能自閉症のいわゆる軽度発達障害の子どもの多くは、普通学級に入級となる。そうした子どもは、周りの状況が理解できなかったり、先生の指導が理解できずに授業に集中できない、学習が遅れる、そのため他児へのちょっかい、教室から飛び出すなど、教師側からみていわゆる問題行動が生じてくる。このような子どもの指導方法について学校や家族から相談が入る。この相談の入り方はさまざまである。それぞれに独自で互いに対応についての不満や主張として相談に見える場合は、どこから調整していくかが鍵となる。
家族と学校の協力体制がとれている場合は問題解決が早く、そして当事者にとってよい環境作りができ早期に適応可能となっていく。
障害が重軽度にかかわらず、就学までに専門機関で適切な診断や指導を受け、入学後も良好な、環境が配慮された場合は学校適応も概ね順調である。問題行動が起これば連携して対応できるため、教師や家族を攻めたり苦しめたりしなくてすむ。
現在教育場面で推進されている特別支援教育の充実が望まれる。
(3) 教育終了後の相談について
① 義務教育終了後の生活について
広汎性発達障害(以下PDD)の人たちの、社会参加には義務教育の中でソーシャルスキルの獲得が重要となる。就業に向けて高校、大学、各種学校へ進学することを考える。PDDの中でも知的障害の伴わない人たちには一般の高校、大学、各種専門学校に進学するが、知的障害が伴っている人の多くは通う場所を見つけるのは難しい。肢体・知的障害者の養護学校に高等部はあるがPDDのための高等部はほとんどない。
思春期・青年期の真っ只中にいる軽度発達障害児の相談を受ける中で感じることは、彼らの居場所や彼らの力が発揮できる場がない、彼らが自分の力を確認できる場所・活動の場所、居場所づくりが急務となってきている。
② 就労相談について
すでに療育手帳を持っていて、養護学校を卒業して福祉工場や通所授産所に通っていたが本人の状態の変化や環境の変化によって適応できなくなる相談がある。この人たちの支援は、福祉施設・市町村・県と連携して対応する。特に、三重県が実施しているコーディネーター事業(障害児者地域療育等支援事業・H5年開始)が充実されて、地域福祉圏ごとに根ざした活動があり、各コーディネーターさんとの連携した支援ができることは支援センターにとってありがたい。しかし就労の問題は難しい問題を抱えたままである。
2~3歳ごろ少し言葉の遅れがあり専門機関を受診したが、そのまま療育など受けずにきた人、未受診のまま小学校・中学校・高校(大学卒業した人もいる)と普通に終了し、就労したが続かず(1ヶ月から6ヶ月の期間が多い)離職して家庭に閉じこもっているアスペルガー障害や高機能自閉症の人たちが就労相談にみえる。この人たちの多くは、仕事ができないというのではなく、休み時間のすごし方や仲間との関係で混乱を起こし離職した人が大半である。
この人たちの支援は、まず障害(弱さ・苦手さ)の理解をしたうえで適切な対応が必要なため、心理テストを実施し医療機関・専門機関に診断にゆだねる。同時に家族が本人のコミュニケーションの問題やパニック・暴言・暴力・ひきこもりなどの行動が障害からきていることをいかに認識しているかということを聞き取る。しかし、この年齢にいたっても家族が本人の障害認識を持たないまま周りの対応のまずさだけを指摘する場合もある。
今、支援センターが抱える1番大きな課題は就労支援である。労働政策は国が担ってきている経過もあり、ハローワークや就労支援センターとの連携が必須である。しかし、障害者雇用についての方向や施策は法定雇用率遵守か否かに走り、雇用者側と就労者側が経済性・効率性ということで、相対立する形とったままである。しかも、障害者雇用といえば身体障害者を中心に考える傾向にある。今年度国の福祉政策分野で骨太方針に残ったのはこの就労支援関係だけであることを見るといかに問題が大きいかがわかる
次期臨時国会に提出されるであろう「発達障害者支援法」が成立され、各県において充実した施策がとられることを望む。
(4) 入院・入所を必要とする相談について
問題行動が重篤で家族や生活場所から離さなくてはならない、また本人の一時的保護が必要な相談がある。支援センターは何の権限ももっていない。医療・児童相談所・福祉事務所・各自治体福祉・地域コーディネーター・福祉施設などの協力を得て連携して対応することになる。三重県の支援センター各3施設は、あすなろ学園とあさけ学園の医療、あすなろ学園の入院治療、あさけ学園・れんげの里に自閉症・発達障害に特化した福祉施設を基幹施設をバックにもっている。支援センターが相談支援を実施するに当たり各施設が果たしてきた役割が大きく反映していることはいうまでもない。
(5) 社会福祉資源利用が必要な相談について
昨年度からの支援費制度導入は利用する側にたくさんの混乱を招いている。その内容については現在コーディネーター研究会において利用者アンケートが集約されているので報告を待ちたい。
これまで福祉支援を受けずにきた本人家族にはいろいろなケースがある。
① 制度を知らなかった。
② 対象とならないと認識していた
③ 障害を認識しても受け入れず拒否してきた
④ 障害を隠してきた
⑤ 家族の中で対応してきた
⑥ 申請したが対象とならなかった
⑦ 障害であることを知らなかった
これらの背景を抱えて相談に来られる方たちには個別に対応をして、必要な場合は理解を得て療育手帳などの取得をして支援が受けられるように援助する。
③と④の相談から考えてみる。PDD圏内のいずれかの疑いを持つが診断を受けなかった人、あるいは受けていても日常生活や保育園・学校場面において特に大きな問題はなくすごしてきている場合、親はできるだけ本人の障害について関係者に伝えたがらない。しかし、一般的な話かけや指示では理解しにくいなど、何らかの形で配慮がいるこのPDDの人たちにとってこの社会は暮らしにくいといえる。隠すということはよくないと理解しながらも話せない。このことは決して家族だけを攻められない社会背景があることは確かである。
本人の対応だけでなく、社会との摩擦で悩む本人・家族の相談に応えていかなければならない。そのためには家族会や同じ悩みを持つ人たちの活動などの支援も必要になる。日本自閉症協会三重県支部とは密に連携した取り組みを行っている。PDDの人たちが暮らしやすい社会はすべての人が暮らしやすい社会であることを広く伝えていきたい。
3. 新しい時代の「公」って?
自閉症等発達障害の相談機関が1箇所増えたという認識ではなく、本人や家族への相談は言うに及ばず、①地域で自閉症等発達障害児・者を支援している関係者の方々へのサポート、②地域資源を活用し、ニーズに応じた支援活動が展開できる支援ネットワークの構築、③直接支援も含めたライフステージに応じた支援の展開等を、三重県自閉症・発達障害支援センターとして機能を充実させていきたい。
支援センターの相談・支援業務をする中で見えてくる新しい時代の「公」とは、人はお互いに支えあいながら生活していることを、障害があるなしに関わらず、悩みや心配事を話せるような社会、そして、その解決に向けて社会そのものが担えるようになることだと考える。
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