【自主レポート】

地域医療を考える
~これからの公立病院の役割~

福岡県本部/福岡県職労・自治研部長 松添 克彦

1. 提言にあたって 

 私たちは、「医療、とりわけ公的医療の問題は、医療サービスの消費者である患者の目線や地域の医療に対するニーズに沿って検討することが重要である」と考えてきた。
 しかし福岡県における県立病院の民営化方針は、医療供給サイド側から発想されたものであり、患者や地域のニーズからの視点が軽視されている。そのために、県立病院が本来担うべき使命に触れず、県立病院の発揮している機能が弱く経営面も問題が多いという現状から、いきなり民営化を結論づけるという本末転倒の論理となっている。
 私たちも県立病院の現状に関しては、極めて不十分であり改革すべき課題を多く抱えているとの認識を持っており、県立病院が患者や地域のニーズに沿って果たすべき役割はますます多様化していく中で、経営管理体制の改革や「患者に優しく豊かな医療」の実現をめざす職員の一層の意識改革が必要であると考える。そのような視点に立って、地域医療を考え、これからの公立病院の役割について(財)福岡県地方自治研究所と連携して「公的医療のあり方検討委員会」を設置し、提言として取りまとめ、2003年9月福岡県知事へ提出を行い内外へ発表したものである。

2. 提言に至った若干の経過

 福岡県の県立病院改革では、第一次県立病院改革計画(1993年度~1997年度)は、黒木病院の廃止を含む病床の縮小や、非診療部門における民間委託などによる職員削減等が行われた。しかし、機能面ではその場しのぎの見直しにとどまったため、改革の途中での方向転換を余儀なくされた。
 第二次県立病院改革計画(1998年度~2002年度)は、診療機能を強化することを重視した改革が進められたものの、県の医療行政としての位置付けが不明確なままとなり、また、県立病院課と各病院との連携が取れておらず機能強化も「絵に描いた餅」に終わっている。さらに、第一次改革と同様にマネージメント部門の抜本的な改革を行っていないため、改革計画は完全に破綻しているものといえる。
 このような中、福岡県は2001年5月17日、行政改革審議会を発足させ、審議会のなかに「組織・システム改革小委員会」とは別個に病院経営の専門家だけによる「県立病院改革小委員会」を設置し、同年9月には小委員会中間報告、11月には行革審第一次答申、2002年2月には第一次行革大綱を発表した。
 このような動きに対し、2002年4月には県立5病院の地域毎に、「県立病院の存続を求める会」が設置され、存続に向け請願署名活動が展開され、6月県議会に244,042人・58団体もの請願署名が提出された。
 2003年8月9日、県立病院改革小委員会は最終報告を行い、第三次福岡県行政改革審議会は「第二次答申(案)」として決定し、同日公表した。その内容は、「太宰府病院は公設民営、その他4病院は移譲」というものであった。その後、パブリックコメントを経て「福岡県第二次答申」として決定し、同年9月18日、麻生知事に答申した。
 麻生知事は「1年をかけて県民の意見も聞きながら方針を策定する」として、県立病院が存在する5地域で県主催の地域医療シンポジウムを開催するとともに、総括的に全県を対象にした地域医療シンポジウムを福岡市で開催した。それぞれの地域シンポや全体シンポでは、多数の意見陳述人や参加した住民から、県立病院の存続を訴える声やその充実を求める意見・要望が多数寄せられた。
 しかし、2003年6月県議会においては、5病院とも民営化することを明らかにし、2003年10月には、私たちが提言を行ったにもかかわらず「2005年春を目途に太宰府病院については公設民営化、朝倉・遠賀病院は移譲、柳川・嘉穂病院は先行する3病院の状況を見ながら実施時期を判断する」とする「県立病院改革計画」を策定した。
 現在、2005年春に予定されている民間移譲・公設民営化に向けて、医療の引き継ぎや職員の派遣・受け入れなど準備が進められているところである。

3. どのような論点で提言を行ったか

(1) 医療保障と医療供給体制の確保
   医療供給体制の位置付けについて「社会保険・公的扶助・社会福祉・老人保健と社会保障」「保険者などの給付義務と現行制度」の観点から整理し問題点を明らかにした。
   次に、現在の日本の医療制度の基底にある「自由開業医制度」について歴史的経緯をひもとき、社会保障医療が地域の偏在に拍車をかけたことを指摘し、医療供給体制の整備や体系化の矛盾が医療行政上の根本的な課題であることを浮き彫りにした。

(2) 医療法と地域での医療計画
   1985年の医療法改正後の県の対応は、医療政策を「放置」してきた結果、ニーズに合わせて医療供給体制を適正に配置するという観点から県立病院を捉えるのではなく、「経営・財政」の観点からのみ光を当てて民営化に突き進んでいることを明確にした。
   特に、県の「医療計画」公示後の病院数や病床数の推移にスポットを当て、平成7年以降の開設・廃止・休止・再開について統計に基づき分析を行った。

(3) 答申の内容とその軸になっている論理性について
   行革審答申について、行革審議会委員の構成が病院経営に携わってきたメンバーだけの偏った構成で問題があり、民営化の結論ありきで提供する側からの一方的な医療弱者切り捨てであることを指摘した。
   そのうえで、答申に記載された項目毎に内容を分析し問題点を明らかにし、私たちの主張を訴えた。
   また、答申全体の軸となっている論点の流れが以下のようになっていることを整理した。
  ① 県内の医療環境は整備されている。県立病院は重要な役割や位置づけがされていない。
  ② 県立病院に求められる役割は高いレベルである。
  ③ 県立病院には構造的問題があり、マネージメントができず、経営管理が有効に機能しない体質となっている。
  ④ 財務の視点から見て経営は危機的である⑤そのため、「改善」から「改革」への方向転換が必要である。
   それに対し論理性の問題点として、これまでの県行政の「放置」や県立病院の役割や位置づけを明確にしてこなかったにもかかわらず、意図的にハードルを高くするなど「民営化ありき」の論理性を明らかにした。

(4) 福岡県における状況
   福岡県における医療供給体制と医療計画の推移について、福岡県が作成した各種プランの中で「県立病院」がどのように描かれているのか、という視点からマスタープラン(「ふくおか新世紀計画」「ふくおか新世紀計画 実施計画」)や「福岡県高齢者保健福祉計画」に記載されている内容をチェックした。この中で改めて「答申」が単に県立病院の赤字だけに焦点を当てて検討されたかが浮き彫りになった。
   また、患者の立場から見た県立病院ということで、患者と病院の動向を把握するため、〔自足率:自地区内居住患者が居住地区内に所在する医療施設を利用した患者の割合〕〔依存率:自地区内居住患者が居住地区外に所在する医療施設を利用した患者の割合〕〔自給率:自地区内医療施設で受療した患者のうち自地区内に居住する患者の割合〕〔吸収率:自地区内医療施設で受療した患者のうち自地区外に居住する患者の割合〕から、各地域を「自地域完結型」「他地域依存型」「患者吸収型」「相互依存型」に分類し、その動向を分析した。
   その上で、経営主体の変化がもたらすことは、「行政が担っている様々なサービスと連携が可能なシステムをつぶすことは、『やる気の喪失』につながり、無気力な感覚=福岡県は衰退していく=を人々の心の中に育てるものである。」と結論づけた。

(5) 財務の視点から見た経営の現状と問題
   福岡県立5病院の現状について、財務の視点から見た場合には極めて厳しい点を指摘し、その点では行革審答申と大きな違いはないものの、答申との違いは、その財政状況を克服する方向にあるとした。その上で、職員側の意識改革とそれ以上の当局の責任を明確にした行政改革を短期集中的かつ中長期的に実施していくことで、民間に経営を移行することなく公立病院のメリットを発揮させることは可能であると結論づけ、具体的な改革の方向性について提言を行った。
   特に、「キュアからケアへ」をキーワードに、公立病院を核としながら県や都市の総合的な医療・保健・福祉政策の確立こそが求められていると結論づけた。
   さらに公的医療が、市場経済では賄えない社会的な安心と安全の基盤を作るという意味で、社会的共通資本を形成する事業として、税の投入を積極的に考えるべきだと提言を行った。

(6) 個別病院の分析(県立嘉穂病院を例に)
   県立5病院のうち嘉穂病院を例に取り上げ、地区医療計画など具体的な各種プランにおける記載内容の変化や地区医療圏の状況、患者の状況、財政状況等、病院の分析を行い、地域の課題や役割を整理しながら今後の嘉穂病院のあり方について提言を行った。

(7) 今後の県立病院のあり方
   公設民営化・移譲による影響について、「地域医療に与える影響」では医療供給体制の偏在に拍車がかかり、「市町村・県行政との連携への影響」では行政の縦割りが復権すると結論づけた。
   また、行政サービスとの連携では、公立病院にはその他の公的サービスと一体となったサービスを提供する役割を担わされており、「治療する病院」から「生活支援としての病院」とするため、単なる「病院」から脱却させ「県行政」の中に積極的に位置付け、各種サービスとリンクして行政の一部を担わせるような役割の転換が求められているとした。
   県立病院の有効活用が必要であり、住民と共につくる県立病院を、医療に限らず、幅広い観点から地域づくりを模索する拠点として「県立病院」を活用することを提言した。
   最後に、意識改革については、「医療供給体制」「住民」「患者」「福岡県」というレベルでそれぞれに意識の転換を行うべきであると提言を行った。

4. 提言の結論

 「公的医療のあり方検討委員会」の結論は、「県立病院の有する行政的機関としての機能を積極的にとらえ、各種の情報・サービスと連携した拠点として活性化する事が望まれる」というものとなった。県当局は、「太宰府病院の公設民営化、その他の4つの病院については移譲」という改革を実行した際に生じるであろう「県民に対する責任の重大性」を認識した上で、「公的医療のあり方検討委員会」の結論を尊重し、今後の県立病院のあり方を、「保健・医療・福祉の包括的サービスをベースとした幅広い生活上のニーズに対応できる拠点」の確立という観点から積極的に位置付けて実行に移すべきだと結論づけた。

5. まとめ

 残念ながらこの提言を提出してまもなく、福岡県当局は「県立病院改革計画」を策定し、5病院全て民営化することを決定した。しかし、「柳川・嘉穂の2病院については、先行する3病院の民営化の状況を見て判断する」となっており、当面2病院は存続させることができた。このことは、福岡県だけの問題ではないとの訴えに全国から支援の輪が拡がったことや、地域住民と連携して存続請願署名行動、住民集会など取り組んできた成果であると考える。
 また、この提言を作成していく中で、行革審答申とは別の角度から県立病院が抱える課題を浮き彫りにすることができ、新たな県立病院改革の方向性を提言することができたと考える。
 そのため、今後、この提言の趣旨を活かし、積極的に地域住民とともに地域ニーズにあった病院づくりを、地域づくりの拠点として「治療から生活支援のための行政機関」へ模索していくことが重要であると考える。そのことで、県立病院の位置づけを高め「質の高い地域公共サービス」の提供を行っていくことができると考える。