【要請レポート】
県立病院としての責務と地域医療の発展
群馬県本部/群馬県職労 白井 桂子
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1. はじめに
群馬県は4つの県立病院を持っています。心臓血管センター、がんセンター、精神医療センター、小児医療センターです。いずれの病院も、高度専門医療や、いわゆる不採算部分を担う病院として機能しています。
2. 専門病院としての県立病院
県立病院が地域の医療を担うために全国的に設立された昭和30年代とは違い、比較的遠い病院でも交通手段が確保され、通院ができるようになったことなどから、患者サイドにしてみれば、県立病院の受診は選択肢の一つであるといえます。
しかし、一般の総合病院と大きく違うところは、病院の名称に専門性を大きく出している訳ですから、その分野において各県立4病院は県内病院のリーダー的役割を担っていかなければなりません。患者さんにとってみれば「選択肢の一つ」であったとしても、そこで提供される医療は高度専門医療でなければならないし、受けられる患者サービスも一流でなければなりません。
また、専門病院として機能しているため、重症な患者さんが集まってきます。重症患者は群馬県民のみならず、近隣県や遠くの県からも受診します。
3. 少子化の中での小児医療センターの役割
県立病院には病院経営的に不採算であるとしても、必要な医療を提供する責務があります。
これから整備されようとしている小児医療センターの周産期病棟は、ハイリスク妊婦のみならず、ハイリスク胎児にも対応することが望まれます。しかし、一般的にこの部分は非常に採算が取れないと言われています。結婚年齢が高くなっていることだけが原因ではありませんが、高齢のためのハイリスク妊婦の増加が見込まれます。少子化対策の一環としての周産期部門の整備が望まれるのは必至です。
しかし、この部分での不採算性は火を見るより明らかです。まず、小児科は手間はかかりますが、採算は取れません。採血一つをとっても、大人なら、イヤだと思っても採血をされるために黙って腕を差し出すと思いますが、小児はそうはいきません。採血を行う医師のほかに、安全に採血を行うために当該の患者さんを固定するスタッフが必要です。場合によっては、5人くらいのスタッフが必要である場合もあります。また、小児は薬品などの使用量が極めて少ないため、薬価は少ないかもしれませんが、微量を正確に計らなければならなかったり、錠剤はすりつぶさなければ飲めなかったりと、手間が非常にかかります。職員が一般病院より多く必要になります。
現在日本は少子化に非常な危機感を持っています。群馬県の合計特殊出生率は全国平均よりは若干高い1.42(平成13年)でしたが、この数字は徐々に下がってきています。子供が少なくなるのだから、「小児専門病院は不要になるのでは」というとそうではなく、逆に少ない子供を大切に育てなければならないという需要が新たに出てくることになります。少子化を食い止める施策の一つに小児医療センターの充実は不可欠です。
4. メンタルヘルスと精神医療センターの役割
メンタルヘルスの問題は国全体で議論されています。失業、過労などの個々の環境の変化について行けなかったり、孤独孤立など精神的な不安を感じ、自殺に追い込まれる人が激増しているということです。厚労省精神保健福祉課は「うつ病患者の4分の3が医療機関にかかっていないというデータもある」と言います。そういう意味で、精神医療の担う責任は極めて高いと言えます。
また、精神障害者の社会復帰、地域復帰へという援助が重要とされ、国の方針と相まって、精神科の外来や訪問看護、PSW(精神保健福祉士)等が極めて重要な任務を負っています。日本の入院治療している精神疾患患者は諸外国より入院期間が極めて長いとされています。しかし、今まで患者としての人生しか歩いていなかった患者さんを社会復帰させるのは極めて困難と言わざるを得ません。また、社会復帰できてもその患者さんの生活は不安定ですし、外来通院などのフォローもしっかり行っていかなければなりません。また、その患者さんが地域に住民として認めてもらえるようなフォローも重要になります。
精神医療センターでは、入院患者の社会復帰の訓練はもちろんのこと、社会復帰のための様々な取り組みを行っています。ここには、民間病院では引き受けられない重症な精神疾患患者も多く入院しています。一方、これだけ「心の健康」について重要だと言われているにもかかわらず、未だに日本では精神医療や精神疾患患者に強い偏見があります。例えば、触法患者に対し、煽りとも思えるマスコミ報道は、社会復帰をしようと治療している患者さんも巻き込んで、国民全体に精神疾患患者に対する偏見を増幅させています。「心の病」に罹患する可能性は誰にでもあると、誰もが理解するところですが、他方では人権侵害と思われるような報道があたかも、一般論のように浸透していくことは極めて恐ろしいことです。
精神医療センターは、県民、国民の精神疾患患者に対する理解への施策についてもリーダー的役割が非常に求められるところです。
5. 最先端のがん医療を担うがんセンター
医療の進歩はまさに日進月歩です。3年前まで治らなかった疾患の治療法や薬が開発されていたりすることは珍しくありません。また、医療技術のみならず、医療器械の進歩も著しいものがあります。
「がん」を告知された場合、誰でも「死」を予感しますが、それでも最近では医療の進歩で、「不治の病」という印象がやや薄れてきた感があります。そこには、まさにがんに冒された臓器や細胞のみならず、遺伝子にまで目を向けた著しい医療の進歩があります。また、ITの進歩により患者サイドも情報を正確に迅速にインターネットなどで得ることができるようになりました。自分の病気のことを詳細に調べ、医療スタッフよりも情報を多く得ている患者さんも少なくありません。このような意識の高い患者さんのニーズを満たすことや、質の高いインフォームドコンセプトを行うことは、がんのような「死に直結」というイメージの疾患には特に必要であると言えます。
がんセンターでは、最先端の医療を行うことはもとより、不幸にして不治の病になった患者さんの緩和ケア、患者家族を含めた終末期のケアに、また最新情報を常に患者さんに提供できるよう積極的に取り組んでいます。このような最先端の医療やケアを行うためには、職員自身の研鑽が常に必要です。「がん」が日本人死亡原因のトップになってから久しいものがあります。患者さんやその家族の方と共に「がん」と向き合い、「がん」と戦う、質の極めて高い医療を目指して、がんセンターもまた県立病院としての大きな責務を担っています。
6. 心臓疾患の最先端医療を目指して
大人の心臓疾患は突然の症状で発症することがあります。その前に例えば、肥満や高血圧などが先行する場合も多いですが自分だけは大丈夫といった根拠のない考えがあることが多いようです。運悪く、悪性不整脈や、劇症型心筋症など劇的に発症してしまう場合もあります。そして突然の発症の心臓疾患は緊急性が極めて高いことが多く、一刻一秒を争います。
心臓血管センターでは、24時間緊急の心疾患患者に対応するため、当直体制を医師のみならず検査課・放射線課のスタッフも行っています。また、緊急手術の対応にも迅速に行えるように、手術室スタッフも夜勤を行っています。患者さんによっては県の防災ヘリコプターを使って移送することもできます。
また、心臓リハビリや栄養指導など幅広く患者さんをトータルに指導を行っています。突然の心臓疾患の発症のように見えて、実はその原因は生活習慣病であったという患者さんが多いことも事実です。患者さんがよりよい生活を送れるような、患者さんの家族を含めた指導も個別にきめ細かく提供しています。
7. 県立病院の課題
質の高い医療サービスのためには、人材は極めて重要な問題です。どんなに優れた医療器械でもそれを扱って患者さんを「看る」のは「人」であることを忘れてはなりません。2002年に知事の一声で、県立4病院は地方公営企業法全部適用になりました。それまでの4病院全体の累積赤字額は50億円あまりで、不採算部分の医療を担うとはいえ莫大な赤字を抱えています。公営企業になることで、病院に企業性を持たせ、赤字部分を少しでも打開できればとの思いがあったのかもしれませんが、それにしても突然の方向転換でした。
県立病院は企業体になり、赤字を減らす経営努力をする一方では、県立病院としての責務を果たすために不採算部分を担っていくという、相反することを行わなくてはなりません。そのために、病院職員にしわ寄せがいくことはさけなければなりません。
県立病院は誰のためにあるのでしょうか。少なくとも知事や病院管理者のためにあるのではありません。目先の利益や採算性だけをとらえた経営は行ってはならないはずです。
8. 「愛県債」への提言
前述したように不採算部分を担う県立病院は、お金も人材も重要な問題です。医療器械は高額であると誰もが知っているところです。また、古い医療器械を使用していたため、疾患を見過ごした等ということはあってはならないことです。群馬県では、県民の県行政に対する参加、日本一の病院作りのために「愛県債」を発行しています。この「愛県債」は、平成14年に全国に先駆けて発行された「ミニ公募債」で、これ以降全国に波及しました。
9. 群馬県のミニ公募債「愛県債」
愛県債は平成14年3月に発行総額10億円で売り出されました。購入者は1026人、平均購入金額は97万円でした。一人上限100万円であることを考えれば、ほとんどの人が上限の購入を行ったと考えることができます。
「愛県債」は、病院の施設整備に使用される目的で発行されています。さらに30億円追加発行され、愛県債全体では100億円に達する予定です。しかしこれは、「愛県債」という名の「借金」には違いありませんし、県民に理解を得た上で、納得のいく使い方をされなければなりません。病院の赤字がこれだけ注目されている中で、さらに100億円の借金を負うことに対し、漠然とした不安を感じます。県立病院の整備のために使われるという愛県債ですが、今後次のようなことをはっきり知らしめる必要があると考えます。
10. 県民に分かりやすい、解説を
平成15年6月8日の「よく分かる県立病院展」では、具体的な医療機器とその使い道をパネルにし、医師、薬剤師などのコメントを載せ、比較的分かりやすく解説していました。医療機器は値段が高いということは、誰でも知っていることですが、具体的金額をもう少し大きな文字で示した方が、さらに関心が高まるのではないかと思います。
また、医療器械は極めてわかりにくいものです。自分が患者となって関わりを持った医療器械については、理解できるものの、その他のものについては理解が及ばないことが多いと思います。そのために、具体的に「何の疾患に使う機械」「診断、あるいは治療に使う機械」等を愛県債購入者、即ち県民に明らかに示すべきです。
11. 具体的な情報の公開を
患者さんは、その疾患になったときに改めて自分の疾患に興味を持ち、医療の進歩に驚かされます。そのときのために今から病院の施設を整備しておく必要は誰もが理解するところです。「愛県債の集い」などは定期的に開催し、購入者に感謝すると共に、その医療器械を購入したことで、何人の命が救えた、何人の人の治療ができた、今まで治療ができなかった患者の治療ができるようになった、外来待ち時間が減った等の具体的な情報開示も必要です。
12. 事前の情報提供で、県民の理解を得る努力を
これから、年内にも30億円の愛県債の追加募集がある予定ですが、購入者にとって「県立病院の何に使用されるのか」に付いては非常に関心が高いと思われます。病院決算が赤字であることは新聞等で報道されているところです。もし、病院が「株式会社」であるならば、「赤字の企業の株」は購入しません。「愛県債の乱発」等と思われないためにも使い道を「日本一の病院作り」という曖昧なものでくくるのではなく、「日本一の病院になるための○○の購入」とし、その経済効果、患者への還元等を明らかにすべきでしょう。
また、前回1.25億円分が売れ残り、地方銀行が買い取った経緯があります。なぜ売れ残ったのかの分析は充分行い、理解を得なければ今後も予定数に満たないことが考えられます。
新しい施設の計画、医療器械を購入するのはある程度病院に任されているのでしょうが、「こんなものを買ったのか」「建物ばかり立派だ」等と思われないためにも、有効な使い方をすることは当たり前ですが、常にチェックを入れていかなければなりません。
13. 「愛県債」は「借金」であることを常に念頭に置く
愛県債は所詮、借金です。5年後、固定金利の利息を付けて、購入者にはお返ししなければなりません。病院は現在大きな赤字を抱えています。このところで、「漠然とした大きな不安」を感じざるを得ません。
例えば、償還金の積み立てはどこが行っているのか、県全体に財源不足が言われ続けているが、そのあたりは大丈夫なのかなどです。最初に公募した分の10億円の愛県債の金利だけでも、1年で660万円つきます。愛県債はトータル100億円に達する予定ですが、その償還金は本当に万全で、安全なのか。そのあたりのことも「「ミニ公募債」であり、安全だ」とひとくくりにするのではなく、きちんと債権者に説明をする必要がありそうです。
「愛県債」は、借金です。打ち出の小槌ではありません。トータルで100億円の「愛県債」の発行後の群馬県財政計画、病院財政計画はどうなっているのか、身近で重要な問題です。
14. 最後に
全国の病院は今、危機的状況です。その中でも、いわゆる自治体病院は収入の10%以上は地方公共団体の一般会計からの繰入金で、現在の地方財政の危機がそのまま病院を直撃しているからです。
このような状況の中、各都道府県で、民間病院と県立病院の共同や、公立病院の民間移譲や公設民営化の検討がされているところであると思われます。
群馬県の状況も、ほかの県とほぼ同じと考えられます。しかし、県立4病院はどれも県民サービスの最先端を担い、高度専門医療を行っているところです。病院がつぶれれば一番困るのは患者さんです。また、100億円も県民から愛県債という名の借金をしている訳ですから、経営が行き詰まったとして投げ出すわけにもいきません。
「日本一の病院」をつくるため、「愛県債」を発行しました。しかし、「日本一の病院」と決めてくれるのは誰でしょうか。少なくとも外見や医療器械が立派だけでは誰もそういう評価はしません。患者さん一人一人の評価が「日本一」かそうでないかを決めるのです。それは、人間と人間とのふれあいの中から生まれてくるものではないでしょうか。
今後は今まで以上に地域の県民、病院の独自性、患者のニーズ等を踏まえた病院経営を考えていかなければなりません。
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