【自主レポート】

北海道における地域通貨の取り組み
~これまでの総括と新しい芽への期待~

北海道本部/(社)北海道地方自治研究所・研究員 正木 浩司

1. 「地域通貨ブーム」の現状、意義、課題

(1) 地域通貨の概略
   1990年代の後半から今日に至るまで、日本各地、世界各国で「地域通貨」が爆発的に増加し続けている。日本国内では200~300、全世界では3,000の地域通貨システムが存在すると言われ、構想中のものも含め、なお増加傾向にある。「地域通貨ブーム」と称される所以である。
   地域通貨の「地域」には三種類の意味がある。1つは、文字通りの「地域」で、一定の範囲内の地域やコミュニティ内でのみ通用するもの。2つは、ヴァーチャル・コミュニティとでも称すべきコンピューター空間でやりとりされるもの。3つは、福祉、環境、まちづくりなど、各種テーマに使用目的が特化された通貨である。いずれにせよ、地域通貨とは、使用可能な範囲や分野に何らかの限定が入っている通貨として総括されよう。
   地域通貨は、確かに通貨の一種には違いないが、円やドルといった法定通貨とは機能や目的が全く異なる。地域通貨に期待される機能・目的は、①「地域コミュニティの再構築・強化」、②「地域経済の自立・活性化」、③「市場に乗らない多様な労働形態の評価」、④「法定通貨の運用理念に対するアンチテーゼの提示・補完」などに類型化されよう。ただし、現存する事例を見ると、ベースは概ね①と②のタイプに大別され、どちらかをベースとしつつも、各類型が純粋に志向されることはほとんどなく、いくつかの類型が複合的にそれぞれの地域通貨の形をつくり、独自性を出している。
   取引形態は大きく分けて3つある。すなわち、①「紙幣発行方式」、②「通帳記入方式」、③「インターネットやICカードを通じた電子決済方式」の3つであり、それぞれに特徴、長所・短所が異なっている。これも各取引形態の中から1つを選択する場合に加え、複数の方式を併用するケースも少なからず見られる。最初は単一の方式で始めたとしても、自らの実践の積み重ね、他団体の取り組みの進展、団体間の情報交換などが行われる中で、各方式の特性や長所・短所等が実践者に把握されていき、徐々に複数の方式を併用するようになるケースが多い。

(2) 道内各地の取り組み状況
   北海道における地域通貨の取り組みは、全国的な「地域通貨ブーム」の流れと軌を一にしている。従って、道内各地で様々な地域通貨が生まれてくる時期は1990年代末期からであり、99年に始まった下川町の『LETS Fore』を皮切りに、2000年からは『ガバチョ』(札幌市)、『ガル』(苫小牧市ほか)、『クリン』(栗山町)などの開始と続き、以降、年々増加している。
   道内の地域通貨の数は、2004年現在、本格稼働中のもの、稼働実験中のもの、構想中のもの、稼働実験のみで終わったもの、構想のみで終わったもの、停止しているもの、全て合わせて40程度に上る。各種イベントで試験的に運用されたものまで含めれば、さらにその数はふくれ上がる。地域別で見れば、網走管内および胆振東部の各市町村で特に活発に実践されているように見える。
   運営主体の類型としては、各種任意団体(自然保護団体、ボランティア団体、まちづくり有志団体など)、NPO法人、自治体行政、自治会・町内会、商店街、商工会、その他(大学内のサークルなど)が見られる。
   導入目的の類型は、コミュニティ活性化型、地域福祉型、地域経済活性化型のいずれかを基本型として選択しつつも、実践を積み重ねていく中で、選択しなかった類型の要素も吸収し、結果的に複合型となるケースが多い。また、道民の環境保全への意識との関係は定かではないが、副次的に環境への配慮を盛り込んだ地域通貨も少なからず見受けられる。

(3) 道内の事例に見る地域通貨の新しい芽
   多様な地域通貨の実践が法的に阻害されがちな日本にあって、どう地域通貨の独自性を出していくか。地域通貨が関わる新しい取り組みとして、道内各地の事例を引き合いに出しながら、以下に4つの動きを紹介したい。
  ① 新しいコミュニティの形成
    道内では現在、道および市町村によって就農支援が推進され、新たな農業の担い手を道外からも求める気運がある。背景に第一次産業全般の後継者不足問題があるのは言うまでもない。
    就農支援が進められる中で、道内外からの移住者が集まり、新たなコミュニティをつくる場合、日常生活におけるコミュニケーション・サポート・ツールがあれば、住民間の連帯はよりスムーズに進むはずである。ここにそのツールとして地域通貨を導入する意義が生じる。
    上記の趣旨を実践する事例として、長万部町の「NPO法人おしゃまんべ夢倶楽部・ありがとうの会」の運営する地域通貨『ありがとう券』の取り組みに注目したい。同法人の活動は多彩で、無農薬・天然栽培を実践する農業者たちのコミュニティ「ボチボチ村」の支援活動では、やはり同法人の「ありがとうの会」が運営する地域通貨『ありがとう券』を導入し、コミュニケーション・ツールとして利用されている。日常的な労力交換のほか、会員間の同意があれば農産物等の売買にも利用できるという。
    新たなコミュニティの住民のために、コミュニケーション・ツールとして地域通貨が活用される状況は、新規就農者のコミュニティに限らず、移住者の多い分譲地、別荘地などでも広く想定されうる。
    例えば、町外からの移住者が住民の大半を占める、厚真町ルーラルビレッジ地区の地域通貨『ルー』は、流通範囲を無闇に地区外に広げず、着実に同地区の住民間のコミュニケーション・ツールとして活用されてきた。すでに稼働開始から3年を経て、同地区内にある世帯のうち約4分の3までが『ルー』に会員登録しており、日常的な住民同士のサービス交換のほか、年中行事となっているフリーマーケットでの活用など、運営は軌道に乗っている。
  ② 教育への応用
    教育との関連で見ると、地域教育のカリキュラムの中で地域通貨を採用する学校が現れている。
    黒松内町の中ノ川小・中学校では、黒松内町社会福祉協議会などとの共同で、「地域とつくるなかなかタイム」事業を行い、その中で地域通貨『ブナ~ン』を活用している。同事業は、主に地域社会の訪問を通じた地域学習であり、子どもたちは、地域の生活空間へと直に足を運び、教科書では教わることのないものを地域に暮らす人々から学び取っていく。地域通貨『ブナ~ン』は、子どもたちが地域の人々から何かを教わった場合、それに対する感謝の印として渡された。報告には、例えば、編み物などの技術を学んだ児童、体の不自由な高齢者の簡単な身の回りの世話をした児童の姿が描かれている。
    遠軽町にある北海道遠軽郁凌高等学校でも、まだ構想段階で具体化はしていないものの、地域通貨を授業に活用する方向で、教師たちの間で議論が行われているという。一説にはボランティア学習の一環とも言われる。
    地域通貨導入の最終的な目標としては、「地域の人的資源の育成機能」および「地域の物的資源の涵養機能」を担うことが望ましい。現行世代の地域通貨の多くは「未利用資源の活用機能」のレベルに止まっているが、能動的に地域の発展に貢献していくことが期待される。教育に何らかの形で関わっていくことにより、地域通貨は「地域の人的資源の育成機能」を担うポジションを得られよう。
  ③ 「市町村地域福祉計画」に盛り込む動き
    「社会福祉法」の2003年4月施行分が施行されたことを受け、全国の市町村で現在、「市町村地域福祉計画」の策定が進められている。
    「市町村地域福祉計画」は、その策定に当たっては、住民や関係事業者にもパブリック・コメントを求める規定の上に成り立っている。地域通貨への関心が高い住民や事業者が計画策定に参画することで、市町村レベルの社会福祉の場面に、他の福祉政策との有機的な連関の中で、地域通貨が公式に登場してくる可能性がある。
    すでに黒松内町では、地域通貨『ブナ~ン』のコアメンバーの一人が町の保健福祉課の職員として地域福祉計画の策定の中心を担っていることもあり、『ブナ~ン』を計画に盛り込む方向で議論を開始している。
    また、「財団法人さわやか福祉財団」は、全国各地に散らばってそれぞれ活動している財団公認のインストラクター「さわやかインストラクター」たちに、地域福祉計画の策定に積極的に参画し、地域通貨の導入を進めていくことを求めているという。
    地域福祉計画への地域通貨の盛り込みを強制する気は毛頭ないが、地域の住民が地域福祉を支える仕組みの1つとして地域通貨の導入を欲した場合、市町村地域福祉計画にあるパブリック・コメント制度は、その導入を実現する際に有効な窓口となろう。地域通貨はその柔軟さ、非市場性ゆえ、公的な福祉政策には手の届かないようなサービスの隙間を埋めていく機能が期待できる。
  ④ コミュニティ・ファイナンスの方策の一つとして活用
    コミュニティ・ファイナンスは、「地域や自治体における資金の融通」方策の総称である。その手法としては、(ア)法的規制による地域への再投資、(イ)コミュニティ・バンク、(ウ)コミュニティ・ファンド、(エ)コミュニティ・ボンド、(オ)コミュニティ組合、(カ)公益信託、(キ)寄付などがある。ここに地域通貨を含めるか否かは、研究者の間でも見解の分かれるところだが、地域通貨も「地域にお金を回すにはどうするべきか」という発想を根本で共有していることを踏まえ、ここでは含めて考える。
    留辺蘂町は、2002年度から03年度にかけて、2つの革新的なコミュニティ・ファイナンスの取り組みを提案した。すなわち、「地域通貨特区」構想、「愛町債」構想の2つである。前者は、町外(主に北見市)への購買力の流出により「シャッター商店街」化しつつある町内の商店街の活性化を図るために、特定金融機関での換金および登録事業者間での複数回流通が可能な地域通貨を町が発行する構想。後者は、町内の知的障害者施設「るべしべ光星苑」の移転改築費の一部を、町民から集め、ゼロ金利で償還する住民参加型ミニ市場公募債の発行構想である。双方とも、国の反対にあって当初の計画は変更を余儀なくされたにせよ、今日、その基本的な理念は実行に移されている。
    上記の留辺蘂町による2つの取り組みと同様の内容が、意外なところで提案されている。北海道は目下、「道州制特区」構想の議論の真っ只中にあり、行政機関のみならず、民間からも独自の提案が出され始めているが、(社)北海道未来総合研究所(未来総研)の検討チーム「道州制道民臨調」は、『道州制移行への提言-危機に立つ日本と北海道・再生に向けて-』(04年3月)をまとめ、規制緩和政策の項目として、「地域通貨『北海道マネー』の自由発行」および「無利子起債の発行許可」を挙げている。
    また、法定外目的税の徴収と地域通貨の発行を組み合わせる構想もある。「阿寒湖温泉活性化戦略会議」は、『阿寒湖温泉再生プラン2010<阿寒湖温泉活性化基本計画>』(2002年3月)の中で、阿寒湖温泉を訪れた観光客から、観光振興の財源確保を目的とする法定外目的税を徴収するのと引き替えに、町内の商店街に使用対象を限定した地域通貨を発行し、町内経済の活性化、住民のホスピタリティの向上等を促進させるという案を提示している。
    先述のコミュニティ・ファイナンスの諸方策は、(ア)貨幣発行形態、(イ)銀行形態に大別される。日本では従前、後者が多く活用されてきている半面、前者が活発に用いられていた時代を見出そうとするならば、恐らく江戸期の「藩札」まで遡る必要がある。しかし最近は、「地域通貨ブーム」の中で前者の再評価の気運が高まり、留辺蘂町などのように、双方を併用する例も出てきている。また、阿寒湖温泉活性化会議の構想のように、地域の特性を活かしながら、税と貨幣発行を有機的に組み合わせるアイデアも現れ始めている。

(4) まちづくりのツールとして期待したいこと
   地域通貨をまちづくりのツールとして活用するとき、①「テーマ性」と②「敷居の低さ」という2つの特性には特段の期待が持てる。
   冒頭でも触れたように、地域通貨には特定のテーマが設定されている。具体的には、福祉・ボランティアの強化、地域経済活性化、環境への配慮、地域教育の充実など。これらのテーマを設定された地域通貨をまちづくりのツールに活用するとき、各テーマをまちづくりの原理に媒介する機能が期待できる。
   また、地域通貨は、例えば従前からある福祉活動、環境保護運動、ボランティア活動などに比べれば、そういった経験のない一般市民が参加しやすいイメージがある。この「敷居の低さ」という特性により、老若男女あらゆる年代を巻き込んで、多くの住民をまちづくりに主体的に参加させるツールにもなろう。
   以上を言い換えれば、①「媒介性」と②「動員性」とでもなろうか。あくまでも住民個人の主体性を最優先することを念押ししながら、その上でこの2点を、地域通貨がまちづくりへ活用されるときに得られる効能として期待を込めて挙げたい。