【自主レポート】

中山間地域の活性化戦術に関する一考察
~スローライフの見直しとグリーンツーリズムへの
取り組みによる「田舎」の復権~

福井県本部/今立町職員組合 篠原 敏一

1. はじめに

 最近、「スローライフ」なる言葉をよく耳にするようになった。もとは"ファーストフード"に対する"スローフード"という言葉から、その概念を食事だけでなく生活全体に広げたもののようである。スローフード運動は、1989年にイタリア北部のブラという小さな町で生まれ、またたく間に全世界へ広まったもので、日本でも1999年4月に日本スローフード協会が設立されている。単なるファーストフードの排斥運動ではなく、マニュアル化された(同じ味)(安価で効率的)(調理時間が短い)食事ばかりを食べ続けることによる(没個性)(健全な成長の阻害)(繊細な感覚の欠如)への警鐘を鳴らすものであり、地場産の良い素材に、たっぷりの手間暇をかけて作った、昔からその地域や家庭に伝わる料理(味)を、家族や親しい人達と一緒に和やかな雰囲気の中で食することにより、豊かな人間関係や家族の絆が育まれるとの思想である。つまり「スローライフ」とは、人の心や物を大切にし、伝統ある文化や生活に触れながら、心も体もゆったりとした暮らしをしようという思想と考えられる。
 また、近代化・都市化による生活価値観の多様化や物の豊かさよりも、心の豊かさを求めるライフスタイルが広がる中で、緑豊かな地域に自ら出掛けていき、その自然や文化、人々との交流を楽しむ滞在型の余暇活動、つまりは「グリーンツーリズム」へのニーズが高まっている。
 この2つのキーワードから導き出されるものを考えると、「田舎」への注目と期待の高まりが見えてくる。高度経済成長の流れの中、ひたすら前を向いて走り続けてきた人々の目が、癒しの空間を求めて「田舎」へ向けられているのである。いわゆる農村地域であっても、比較的平坦な田園地帯ではなく、左右を山に囲まれた谷あいなど傾斜のある農村部を中山間地域と呼んでいる。高齢化や後継者不足に悩み、都市化の波に取り残された感のある中山間地域の巻き返しを図る時期が到来した今、安易な都市化ではなく地域素材、特に農村部とは切っても切れない農業関連のアイテムを活かした活性化の手がかりとなる方策がないか検討した。

2. 中山間地域はいかにして守られるか

 生活の近代化と利便性を追及した都市部にはなく、農村部、特に中山間地域にあるものとは何か。いまさら論ずるまでもなく、豊かな自然(作られたものではない。但し必要に応じて適当な管理を施したものを含む。)と田舎の風景がある。清流と心地よい風、鳥や虫の声、森林、棚田の法面、色づく稲穂やたわわに実った作物、そしてこれらが一体となった景色も同様であり、疲れを癒すマイナスイオンを発するともいわれる。建築物でいえば、かやぶき屋根こそ減少したが、純和風の大きな民家、土壁の蔵、鎮守の森に囲まれた神社、木の橋、水車小屋、等々。農地に目をやれば、斜面に張り付くように作られた棚田や段々畑、果樹園、土水路、そして未だに残る野焼きの風習。枚挙に暇がないが、何より肝心なものがある。これらの全てを、代々守ってきた地域住民の存在である。
 明治民法下では、家督・家業・家産は長子相続が当然であり、第二子以降にも田畑を分け与えると、いわゆる田分け者(=たわけ者)と罵られたそうである。あくまで一般論であるが、長男は堅実で慎重といわれ、守りに入ることが多いといわれるらしいから、農村部において家や田畑を守っていくのに適していたということだろう。一方では、生きていくため都市部に出て一大勝負をかける必要に迫られた次男坊達と違い、冒険を避け思い切った勝負をしなかったことにより、発展の機会を逃してきたともいえるらしい。ともあれ、都市部の住民が憧れる、こうした環境が守られたのは、地域に残った住民の力である。
 しかしながら農村部、とりわけ中山間地域においても、近代化と無縁であった訳ではない。農林業や家業だけでは家計が苦しくなり、生活維持のために仕方なく農地や林地を手放したり、都市部に働きに出ることを余儀なくされたりした結果、人口流出による過疎化や土地の荒廃が進み、地域の存続に関して深刻な事態を迎えているのも事実である。
 特に、農地の荒廃は環境保全や災害防止に関しても影響があり、農林水産省では、農地の保全のために平成12年度より中山間地域等直接支払制度を実施し、集落ぐるみあるいは個人で一定規模の農地を維持管理し、耕作放棄を防止する取り組みに対して交付金を支払っている。今立町においても現在7集落で協定が締結され、約16haの農地について実施されている。元々ドイツの制度を手本として導入されたものらしいが、ドイツでは農家の収入のおよそ半分がこの制度による交付金で、専業でも生活できる水準であるのに対し、日本のそれは平坦地とのコスト差の8割を補填するものであり、国の事情が違うので安易に比較は出来ないが、専業でやって行くには厳しいようである。ただし、制度の実施により確実に耕作放棄の防止等、成果は出ているとのことである。
 その他、過疎地への対策等、いろいろな補助制度も実施されているが、活性化どころか現状維持も厳しいというのが現実のようである。

3. 中山間地域に元気とやる気を起こさせるには

 中山間地域を活かすも殺すも地域住民次第であるならば、活性化に係る方策はどうなるのか。ここでのキーワードは「元気」と「やる気」である。某人気歌手のコンサートでは、終盤になると必ずこのトークになるが、彼曰く、「元気とやる気は、人間の持っている"気"の中で、使えば使うほど増えるもの」だそうである。
 最初のキーワード「元気」はどうか。中山間地域が抱える問題として、高齢化と後継者不足を挙げた。例外はあるとしても、やはり人口、特に若者がいないと一般的に活気がなくなるのは自然の道理である。若者は都会に憧れるからといっても、中山間地域で都市化を進めるにも経済的地形的に限界がある。結果、活性化は図れず本当は出たくない者まで職を求めて出て行く悪循環を起こす。元気を出そうとする環境にはなかなかならない。
 では、次のキーワード「やる気」はどうか。元気のないところでやる気を出しても空回りするのが関の山であるが、現状打破を目指して立ち上がる者が出たとする。地域内で賛同者を求めようとしても、相手がいないのだからやる気を使うことができない。たとえ少数でも、賛同者(=仲間)がいるとやる気は増えるが、元来保守的な(と、いわれる)農村部の跡取りである。その道のりは険しいと思われる。
 さて、それではどうしたらいいのか。1つは、持っている素材をアピールすることである。冒頭で、「スローライフ」という思想について述べたが、都市部の住民にとって、中山間地域の住民が日々実践している生活こそが「スローライフ」そのものである。諸外国では、バカンスと称してリゾート地での長期休暇を楽しむのが一般的である。勿論日本人も例外ではないが、それ以外に田舎への「帰省」という習慣がある。都市部の住民も、2世や3世になると田舎のない人が出てくるが、先祖代々田舎を持っていた日本人である。潜在的欲求は捨てられまい。そこで、田舎を求める人に田舎を提供するのである。好みや理想はあるだろうが、一度来てしまえばそこを田舎と認識するのに時間はかからないだろう。しかし、ただ来いといってもなかなか来られないものである。そこで2つ目に、来た人がする仕事(労働)を作るのである。例えば、農作業の人手を募集する。応募してきた人の滞在場所を労働の対価として提供するのである。豊かな自然の中で農作業を通して地域住民と交流する「グリーンツーリズム」が実践される。人がいて、交流があれば、活気が生まれる。元気もやる気も出てくるのである。

4. 具体的な方策

 中山間地域の活性化戦術の一案として、「スローライフ」を求める都市住民を「グリーンツーリズム」の企画により呼び込む方法を示した。主役は、いうまでもなく地域住民である。それでは、行政側のサポートを含めた具体的な方策について、今立町の実践事例を挙げながら考えてみる。
 まず浮かぶのは情報の発信と企画の提供である。情報の発信については、インターネットの普及による情報過多の時代であり、如何に魅力的な情報を提供できるかが重要である。全国的にニーズのあるジャンルであるから二番煎じであっても多少の効果は期待できるが、やはり目玉(特に他にないものや、付加価値、安価などの条件)があったほうがよい。地域特性を踏まえた企画を立ち上げることが重要である。ただし、あくまでも主役は地域住民であり、企画の押し付けや地域にそぐわない内容はやる気を削ぐことになるので慎むべきであると考える。今立町では、地元の認定農家やJA等と協議し、平成15年から田んぼのオーナー制度や農作物の収穫体験を実施しており、情報は町ホームページや報道機関を通じて全国に発信している。参加者は京阪神を中心に全国から集まってきている。
 なお、前述の"目玉"の作り方であるが、観光資源や伝統産業とのタイアップも有効である。今立町では千五百年の伝統を誇る越前和紙があり、織物も盛んである。里山の散策や農業体験の他に和紙の手漉き体験や工房見学、ランチョンマットやマフラー等の手織り体験をメニューとして立ち上げ、総合的な産業体験プログラムを提供することにより、リピーターの獲得も視野に入れた幅広い取り組みが可能となる。
 次に、規制緩和措置である。今立町は平成16年より、構造改革特区である「福井型エコ・グリーンツーリズム推進特区」の中で、農家民宿の開業促進に係る規制緩和地区に認定されており、現在のところ3件の農家が民宿への登録を表明している。具体的には、消防法の規制の中で民宿に義務付けられている「誘導灯」と「消防機関へ通報する火災報知設備」の設置がなくても、避難が容易であるなど条件を満たせば農家民宿の経営ができるとするものである。ただし、都市計画や建築基準、食品衛生法等の規制に係る申請が必要であり、場合によっては住居の増改築が必要となる等、申請者への経済的負担が生じることになるという課題がある。受け入れを表明している3件の農家は、あくまでも交流の中でのもてなしの一環として滞在場所を提供するというスタンスであり、副収入源としての認識は皆無であるので、余計な負担はかけたくない。現在は、交流会を含む飲食や、入浴については町有施設を利用してもらい、農家民宿では宿泊のみ行うということで調整中であり、県においては、今後更に農家民宿の経営に容易に取り組めるよう、更なる規制緩和の内容を検討している。
 最後に、主役となる地域住民の意識啓発である。最初の段階では、初対面の人を呼び込むことに及び腰になるものであるが、そこは豊富な自然の中で生活している地域住民である。一度受け入れてしまえば次からは家族同然の付き合いができるようになる。しかし、参加者側にも受け入れ農家側にも超えてはならない一線はあるものであり、これについては回数を重ねるにしたがってお互い理解しあうことを待たねばならないと思われる。
 なお、参加者の増加に伴い受け入れ農家の件数も増加させなければならない。受け入れ側の負担を考えると、1件あたり1~2家族程度に抑える必要があると考えられるからだ。理想的なのは、地域内の受け入れ農家の状況を見て賛同する農家が増えていくことであるが、活動の趣旨が地域に浸透してからでないと、最初に受け入れた農家の方が地域から浮いてしまう懸念があり、慎重な対応が必要と思われる。

5. おわりに

 今回の考察で、同僚から以前聞いた「行政はヘソの緒に徹すべし」という言葉を思い出した。活動初期における協力や援助は惜しみなく行い、道すじがついた時点で独立を促すということである。結局のところ活動の主役が地域住民であるということを考えれば、いつまでも面倒を見るのは活動に関する甘えを許し、更なる発展を阻害し、最後には消滅してしまう危惧があるということである。あとは、行政マンとしてではなく一個人として活動に参加し、協力すればよい。自分自身も地域住民の一員であるのだから。

【資料】 今立町におけるグリーンツーリズム関連事業取り組み状況

① 田んぼのオーナー制度(平成15年~)
  1区画100mを15,000円でオーナー登録。1人でも家族でも登録可能。農作業は、田植えと稲刈りの他、夏の草取りに参加してもらう。不作でも白米30kgを保証。農作業は有機農業研究会が全面サポートする。また、町内の中学校生徒が総合学習の一環として農作業に参加し、交流も行っている。来町時には季節に合わせ野菜の収穫体験が可能。
   参加者:平成15年度  8区画 計23名
       平成16年度  14区画 計28名
 ※同時体験プログラム
   野菜収穫体験(ミディトマト、里芋、その他季節の野菜)
   里山散策(山歩き、サンショウウオ探し)
   手漉き和紙、手織り体験
   そばオーナー
   米粉のパンや料理教室
   その他町内施設、イベント情報の提供
② 農家民宿(福井型エコ・グリーンツーリズム推進特区による認定)
   田んぼのオーナーや体験プログラム参加者の宿泊に対応
   現在3件の農家が受け入れ表明し、申請について検討中
③ 百姓塾
   地域住民の啓発プログラム
   人と資源を活かし、地域の元気を興すため、参加者を募り研修会等を開催
   平成16年3月に第1回開催、以降検討中