【要請レポート】

みらい農業政策・PARTⅡ

神奈川県本部/農ネット

 私たち自治体農ネットワークは、1994年に始めて農業政策提案を行いました。それまで、農協、消費者団体、財界からと農業政策提案が相次いでいましたが、自治体現場からの総合的な政策は一度も提案されたことはありませんでした。その後、新しい農業基本法が制定され環境保全・地域循環型農業の推進といった私たちの基調や食の安全といったテーマも国や多くの自治体で取り入れられるようになってきました。その一方、自給率の低下に歯止めがかからず、担い手不足や遊休農地の増に有効な対策が講じられるにいたっていません。グローバルゼイションの波も強まるばかりです。地産地消、デ・カップリングといった新しいテーマも登場しました。市町村合併や自治体財政ひっ迫の深刻化といった変化もあります。株式会社の農業参入問題も浮上しました。普及事業や農業委員会の見直しもありました。ここらあたりでもう一度総合的な農業政策を手直しまとめる必要があると考えました。①いまこそライフスタイルの転換を―ファーストスタイルからスロースタイルへ。②地方でも都会でも農は暮らしの必需品。③農は1億2千万人の社会的共通資本。④農は地域のへそで、地域デザイン・農は街づくりの基本が基調です。以下は提案の基本的考え方の骨子です。

1. 食の安心/ファーストスタイルからスロースタイルへ

(1) グローバリズムからグローカリズムへ、「尊農攘夷」による国際連帯を
  ① 「食料主権」を国際ルールに
    1999年のシアトル以来、「食料は人権である」という「食料主権」を求める声が心あるNGOの間から高まっています。「自国の食料を自国で生産する原則と食料の価格競争や農業破壊をもたらす自由貿易から食料をはずせ」は、今や有力な国際世論となりつつあります。
  ② 地域に固有の食物と食文化を尊重しあおう
    地域には独特の食物と食文化があります。アジア・モンスーン地帯では何千年も前から米が、ヨーロッパでは小麦が「適作作物」として栽培され、それぞれに適した料理法や食べ方が生まれ、人々はそれを享受することで健康に暮らしてきました。
  ③ スローフード運動に学ぼう
    WTO流の「食と農の画一化(グローバリズム)」に対して、地域の多様性に根ざした「農と食の対抗運動」が興りつつあります。それを私たちはグローカリズム(地域の食と農の自主性に根ざした国際連帯)と呼びたいと思います。イタリアのスローフード運動、アメリカのCSA運動、日本では地産地消運動が育っています。
  ④ 「尊農」の国際連帯=グローカリズムの輪をひろげよう
    2003年のメキシコとのFTA交渉が挫折した原因が農産物にあったため小泉首相は日本の現状を「農業鎖国」と批判しました。すでに食料の六割以上を輸入している現実を「鎖国」といい、さらなる「開国(農産物輸入)」を促す小泉改革とは、日本人の食文化の破壊、日本の破滅に他なりません。「開国」に対し、あえて「尊農」の旗を掲げましょう。

(2) 食の安心は畑と田んぼの安心から
  ① 食の安心は食卓と畑をつなぐことから
    2004年5月の読売新聞世論調査では、食の安全に79%が不安を感じています。BSE(牛海綿状脳症)や遺伝子組み換え食品の混入、相次いだ食品偽装表示問題などが原因です。これを契機に、地産地消を基本に、食べる人と作る人の顔の見える関係を築いていくことが「食の安全」につながるということが、少しずつ理解されてきました。
  ② 食生活を特定の国に依存することはやめましょう
    私たちの食生活が大きく海外に、それもある特定の国や地域に偏って依存しており、そのことが私たちの「食の安全と安心」を危ういものしています。そのことが証明されたのが2004年に勃発した「牛丼パニック」でした。
  ③ いのちと健康は食べることから
    最近、日本でも成人病が増大、肥満も増えています。70年代以降に生まれた人の約90%がアレルギー体質という研究も報告されています。これは、ファーストフード的食生活に、過剰な無菌化・抗菌化社会が原因といわれています。今こそ健康のため「食い改め」ましょう。
  ④ 有機等認証制度やHACCPには明と暗がある
    食への不安の中で有機等認証制度やHACCPが食品管理の有効な手法と高い評価を受けています。一方で、こうした仕組みが農業の画一化、工業化を推し進め、生産者が創意工夫した持続可能な農業生産を妨げたり、農村起業に制約を与えるという心配がされています。
  ⑤ 五感を磨き、賢く強い消費者になろう
    食生活の安心・安全を国や自治体、法律や制度に過剰な期待をかけることは誤りです。自らが五感を磨き賢く強い消費者になるよう不断の努力が大切です。

(3) 食育・農育からいのち・環境・平和の大切さがわかる
  ① 子供たちの健康が危ない
    明治の教育制度の議論の際、食育も知育・体育・徳育などと並んで検討されましたが、ことさら学校で教えなくても日常の中で誰もが学べるとして科目にはなりませんでした。最近「食育」が改めて注目を浴びているのは食生活に起因した子どもの健康悪化問題があります。
  ② 学校給食を「食育」の生きた教材に
    学校給食に地場の食材を使う取り組みが広がっています。その一方で、コスト重視により教育の一環としての学校給食を否定する動きも顕著です。直営・自校方式による安心の学校給食を広げましょう。また、「総合学習」や修学旅行で農育を取り入れる試みも始まっています。
  ③ 「食育」と「農育」をつなげよう
    正しい食生活を取り戻すには、食卓と田んぼ・畑がつながっていることを理解し体感する必要があります。生産者と消費者の連携、農水省、自治体、JA、生協,食品・流通関連企業の連携による「食育」と「農育」の連携の輪を広げていきましょう。
  ④ 「食育」「農育」は職場と世代を超えて
    子供たちが改めて「食育」「農育」が必要なほど健康な心身を失いつつあるのは、「食」と「農」をないがしろにしてきた大人たちの責任です。「食育」「農育」は学校に限定されるべきではありません。家庭はもちろん職場でも世代を超えて展開されなけれなりません。

(4) 農村と都市の交流の活性化
  ① 中山間地域からのメッセージ「都市は農的環境のめぐみで支えられている」
    農業は食料の供給だけではなく、緑の保全・大気の浄化・水源のかん養・災害の防止など、多面的・公益的機能をもっています。川下(都市)の生活は、川上(中山間地)の農的環境が培っためぐみによって支えられているのです。
  ② 都市からのメッセージ「都市でも農にあこがれる人が増えてきた」
    今、都市では市民農園や体験農園に中高年を中心に人気が高まっています。都市の中の貴重な里山を守るボランティアや地域の援農システムにも多くの人が集まってきます。農体験をとおして農の多様な価値を知り感動したり癒される人が増えてきているのです。
  ③ 都市と農村の交流・対流によって、農的環境の価値を共有しよう
    これからの日本の農業は、川上と川下の相互理解を深めて共有・共同財産として、共生する立場で守り育てる認識が大切です。水道水源や森林整備など川下から川上への自治体の連携や市民参加のサポートシステムを多様に多彩に演出しましょう。

2. 地域循環型社会の実現は農からスタート

(1) 農業の自然循環機能を活用
  ① 環境負荷の高い農業からの反省・脱却を
    本来「循環型」の産業であった農業、こうした環境破壊に加担する農のあり方に対して反省がはじまっています。化石エネルギーや農薬を大量に投入して効率よく生産性を上げようとする近代農業は、地球温暖化の元凶のひとつといわれています。
  ② 農業のもつ古くて新しい地域循環機能を現代に生かそう
    かって、農家の生活・農業の仕組み自体が資源循環型システムを形成していました。農村単位で資源→生産→消費→排出→資源が見事に連鎖し循環型の社会を形成していたのです。今こそ農業のもつ古くて新しい地域循環機能を現代に生かして行く必要があります。

(2) 国内自給率の向上は地域・生活圏自給の向上から
  ① 食料を外国からいつまでも確実に確保できるとは限らない
    世界の食糧はますますひっ迫しています。日本がお金にまかせ世界中から食料を買いあさる行為は許されなくなっています。一つは、第三世界の農業の自立と食料の確保を困難にするからです。二つは、中国など近代化をめざす国々が自給政策を放棄し始めていることです。
  ② アメリカや穀物メジャーからの「餌付け」から脱し日本食を見直そう
    農水省は食料自給率目標を10年後には45%にすると設定しましたが、低落傾向に歯止めがかかりません。カロリーベースで40%、穀物では28%、世界の先進国では最下位です。そんな食生活を「食い」改め、地産地消で自給率を上げましょう。美しい水田風景はそこで作られたコメを食べることによって維持されるのです。

(3) 農・林・漁業が元気であれば地域・流域も豊かに
  ① 森林の公益的機能価値を計量すると39兆円
    森林の公益的機能は林野庁の試算では39兆円と算出され、木材を始め、生物多様性や地球環境保全、土砂災害・土壌保全、水源涵養、快適環境形成、保健・レクレェーションおよび文化機能と多様な機能を発揮しています。この社会的共通資本としての森林を、市場では計算されない「緑のダム」など内在する価値を恵みとして計量し、公的・社会的負担する仕組みづくりと、その合意形成をまず地域からそして国全体へ進めていく必要があります。
  ② 流域・生活圏から農・林・漁業の連携を進めよう
    日本の漁獲量も低下の一途です。漁業の担い手も25万人まで減少してきています。
その分、輸入量は高まっていますが、近年、国連海洋法条約により競争的・資源略奪的漁場利用から協調的共同管理型漁業への転換が始まっています。「山が豊かであれば海も豊か」。山・川・水田・海といった水循環を一体化した施策が求められています。

3. 百姓仕事が自然を支える

(1) 自然は農が生産してきた
  ① カネにならない自然環境のかけがいのない価値が見えてきた
    田んぼの価値(農業の価値と)は、そこで生産される米の価値で評価されてきました。だから、多収や品質が重視されてきたのです。しかしここにきて、田んぼが生み出すメダカや赤トンボの価値、カネにならない自然環境の価値が評価されるようになってきました。しかし、米の価値と自然の価値は農の両面です。このことを百姓自身も表現してきませんでした。
  ② 多面的機能が論じられ始めた背景には多面的機能喪失の危機がある
    食料・農業・農村基本法施行以降、農業の多面的機能に注目する人が増えてきました。その背景に、(ア)多面的機能が衰え、危機に瀕してきた。次に、(イ)そうした機能まで持ち出さないと、カネになる農業生産だけでは、農業が維持できなくなった事情があります。

(2) 生物多様性が食の安全を支える
  ① 百姓の本音を聞いてほしい
    「メダカやトンボや彼岸花ではメシは食えない」という百姓の言葉には、「ほんとうはな、トンボやメダカや彼岸花の価値は、オレたち百姓が一番よくわかっているんだ。しかし、この価値を評価する社会のしくみはどこにもないじゃないか。それなのに、メダカやホタルや彼岸花を大切にしましょうなどと、外部から言われるから、それじゃそれでメシを食えるしくみをつくってくれ、と言いたくもなるんだよ」
  ② 食べ物と自然、百姓仕事はつながっている
    ごはんが盛られた茶碗3杯と秋アカネ1匹が「=」で結んだ絵を見て、ある人が「この絵の意味がわからない」とつぶやいた。食べ物とは自然との関係と、その間に百姓仕事があることを理解できなかったのです。しかし、「生き物調査」の広がりなどで、田んぼの中で稲と同時に赤トンボやメダカが育、こうした認識からの新しい「自然保護」運動が広がっています。

(3) 安全・共生・持続する技術
  ① 減収の技術の提案
    コメ以外のカネにならないモノを評価「減収の技術」を提案します。(ア)コメは減るけど、コメ以外の生産が増えればいい。(イ)コメの生産は減るけど、所得が増えればよい。(ウ)増収よりも減収のほうが、豊かな精神状態になればよい(減収技術の(ウ)原則)。例えば、メダカを育てる技術と労働を環境デ・カップリングとして助成するのです。
  ② 「生産」の概念、定義を変えよう
    日本人は、コメも赤トンボも、涼しい風も彼岸花の風景も“めぐみ”だと感じている。そこで「生産」の概念を大きく転換しよう。トンボもメダカも涼しい風も畦の花も棚田の風景も「生産物」と考えるのである。

4. 農地・集落・農村を守る

(1) 農村集落機能を活性化し遊休地対策を進め農村の元気を取り戻す
  ① 持続的な農村づくりのための財源を確保しよう
    財源をめぐって新たな都市 VS 農村という対立構造を生じています。改めて農業・農村の多面的・公益的機能を都市住民にアピールし、直接払いのみならず国民合意を得やすい多様な農村財源支援システムを考えていく必要があります。
  ② 地域ごとに定住策を講じよう
    農村の多くで過疎化に歯止めがかかりません。農村の社会的セーフティネットを再整備し、安心して子育てができ高齢者が暮らせる農村にしていく必要があります。過疎地に定住する人に所得保障をする仕組みも考えましょう。これからは都市部でも人口減少現象が生じます。ならば、無理に増やす人口減を前提とした村づくりという発想転換も必要です。
  ③ 過疎地だからこそ自治体・農協職員の大事な出番がある
    農村では、これまで社会的セーフティネット機能の多くを集落共同体がタダでおおらかに担ってきました。それが壊れつつある今、今度は役所や農協がその代わりを果すのです。過疎地だからこそ人を減らすのではなく人的資源を確保するという逆転の発想が必要なのです。
  ④ 農村の潜在力を発掘しよう。農村ルネッサンスに取り組もう
    アグレッシブな対応策も必要です。例えば、「一村一農場」「村全体で一枚の田んぼ」といった発想で担い手不足や遊休地対策に取り組む。グリーンツーリズムや棚田・里山景観を村外住民と協働で守ることをとおし村起こしはかる。農村生活のノウハウを活用して起業を進める。公共事業に頼らず自前で土地改良を行うなど様々な活性化の取り組み事例があります。
  ⑤ 農業特区は農村活性化の一つのツール
    「自治体や農協以外に市民農園の開設を拡大する」「農地法3条の下限面積に緩和」「農地法3条賃借権取得の緩和」「農業生産法人の関連事業の規制緩和」に集約されますが、実態は明暗いろいろです。大事なことは、特区は農村活性化のツールであって、規制緩和が目的ではないということです。ここを見失うと新たな農村改廃を生みだす心配があります。

(2) 中山間地は国民みんなのたからもの
  ① 中山間地は国土面積の約70%、国民全体の問題だ
    中山間地は国土の面積の68,6%,市町村数の55,2%を占め、日本農業におけるシェアも耕地面積42%,農家人口の40%、農業従事者数の43%、農業総生産額の32%と大きなウエイトを占めています。中山間地問題は国民みんなで考える問題です。
  ② 中山間地の多面的公益的機能は国民全体の共有財産です
    中山間地は、食料を生産するだけでなく地域住民の生活が営まれる場であり、また、その自然は国土の保全、水源涵養、大気の浄化、景観・生態系の維持、人間性回復の場といった平場にはない多面的公益的機能を有しています。国民全体の大切な共有財産なのです。
  ③ 中山間地で必要なのは「産業政策」ではなく「地域政策」だ
    中山間の活性化・定住化のコンセプトは「都会的暮らしに阿(おもね)る」のではなく「農山村らしさを大切にする」ことにあると思います。「ないものねだり」をするではなく「あるものに価値を見いだし活かす」ことです。そして、人が足りない分はコモンズとしての共同的な地域管理の再生が必要となっています。グリーンツーリズムはエコロジカルな社会への関心を高めることもつながります。エコツーリズムとして整える必要があります。

(3) 都市農業は農業理解の最前線
  ① 多様な価値観と「混在化」が進む中での都市農業
    1992年の「生産緑地法」の改正以来、市街化区域内の農地の減少は加速しています。農業振興地域でさえ、農地は安価な開発予備地として公共事業から狙われがちです。都市内農地を残すには小規模でも逆線引きが可能に基準を緩和するなど積極的な保全策が必要です。
  ② 年々高まる農業への関心と、農的暮らしへのあこがれ
    都市では、食の安全、食育・農育、ガーデニングブーム、様々なスタイルの市民農園の登場、里山ブームなど“農”への関心が年を追うごとに高まっています。都市住民と農家との連携・共生の道を探るチャンスです。新たな担い手参入すら展望できるようになりました。
  ③ 都市農業は生産者と消費者の最大の接点、このステージをどんどん活かそう
    都市の農地は、消費者が日常生活の中で直接見たり聞いたりできる生産者と消費者の最大の接点であり、日本農業の最前線ともいえます。そのためにも、市民農園など、市民が土と親しみ、農業への理解を深める場をどんどん増やしましょう。そのための法的整備(農地法3条の緩和と相続税納税猶予対象地の拡大等)や農業特区の活用を進めましょう。

5. 担い手を育てる。受け入れる

(1) 世襲から多様な担い手育成へ
  ① いろんなタイプの農の担い手希望者が増えている
    リストラや雇用への不安、環境問題への意識等からUターンだけでなくIターン、Jターンなど出身地や農家子弟に関わらず、農村に帰ってきたり、やって来たりする人々も増えています。また、定年帰農という言葉も生まれています。
  ② 地域・農協・自治体で新たな農の担い手を積極的に受け入れよう
    新たな“担い手”を確保育成するためには、農村自身がより開放的になり、制度だけでなく精神的な受け入れ態勢を整えることが重要です。また、農外からの新規就農者が自立できるための研修や応援体制の整備、農地取得に関する法整備も重要な課題です。
  ③ 株式会社の参入問題論議は、.恐れず・あせらず・ていねいに
    農の担い手が絶対的に足りず、農家サイドからもニーズがある以上この議論は避けては通れません。しかし、整理しておくべき課題があります。まず、世界でも珍しい「耕作者主義」、その総括が必要です。次に、収益とコストを第一義とする株式会社が「いのち産業」農業に参入することの懸念です。そして、農地としての継続性が保たれるのか心配です。日本の法律体系で違反転用を厳しく制限できるのか納得のいく具体的対応策が示されるべきです。

(2) 農村でも男女共同参画社会を実現しよう
  ① 女性は農業就業人口の6割、数ではすでに主役
    「食料・農業・農村基本法」第26条に「女性の農業経営における役割を適正に評価するとともに、女性が自らの意志によって農業経営及びこれに関連する活動に参画する機会を確保するための環境整備を推進する」ことが示され、農水省により「農山漁村男女共同参画推進指針」が策定されるなど、農村での男女共生社会を目指す条件整備は確実に進んでいます。
  ② まだまだ制約のある女性の政策決定の場=表舞台への登場
    しかし、現実的には農家の《嫁》の地位は相変わらず低く、家事・育児・介護といったいわゆるアンペイドワークの多くを担わされています。また、経営における決定権、農業面、家庭内に労働に対する正当な評価や報酬が確保されてない例も見られます。
  ③ 女性参画の仕組みづくりをどんどん進めよう。家族経営協定の締結を広げよう
    近年は、地域資源を活かした起業やスローフード運動など農村女性の活躍が目立ちます。さらに農協理事や農業委員など方針決定の場に女性農業者が参画できる仕掛けが必要です。そして、家庭内経営参画を進めるためにも、仕事の役割や責任の分担、労働報酬、休日等を明確にする一つの手法として、家族経営協定の締結を積極的に進めていくことが重要です。

(3) 高齢者パワーは現役力
  ① 「100万人ふるさと回帰運動」を広げよう
    農家人口に占める65歳以上の老人の割合は3割近くを占めています。まだまだ元気な高齢者が町にあふれています。農外でも市民農園、援農、田舎暮らしなど農業への関心を示す人が増えています。そんな中、連合と全国農協中央会がタイアップして「100万人ふるさと回帰運動」が提唱されました。
  ② 「団塊世代パワー」を活用しよう
    農水省がサラリーマンを対象に「農のある暮らし」についてアンケートを実施したところ、「農村に移り住みたいと思う」人が4割、「農業をしてみたいと思う」人が3割もいたのです。このようなマインドの高い高齢者パワーを農業に向けましょう。そのためにも、団塊世代の定年前に農村部の受け入れ態勢や研修制度、資金制度などの整備をすることが急務です。
  ③ 高齢者は地域の匠、その知識と技術を継承する場面とシステムを
    地域には現役を引退した高齢者が大勢います。まだまだ元気な彼らの、知恵と経験を有効に活用していく事も重要な事です。その農や生活の知恵、伝承文化等を、子供や新規参入者などに伝える場を作りましょう。高齢者の新たな生きがいのステージにもなります。

6. 総論/農政を変える。農業が変わる

(1) アグリミニマムとアグリチェックで農的環境を守り、育て、再生させよう
   農業は農産物の供給によって、私たちに“いのちの糧”をもたらしています。同時に,農業生産そのものが快適な緑地空間をつくりだし、地域の暮らしの中に憩いと安らぎを提供しています。また、農業活動の一環としての山林や農地、河川やため池の管理等を通して、生き物を育て、緑の保全・大気や水の浄化・水源の涵養・災害の防止と自然環境を維持・保全する能力を育んできました。そして、人の生活・文化・歴史を育んできたのです。
   私たちは、このように、農業の営みが産み出し育ててきた、地域の人のいのちと暮らしを持続可能にしていく環境のことを「農的環境」と呼んでいます。そして、地域に最低限確保したい農的環境のことをアグリミニマム、地域の農的環境度を量るとことをアグリチェック(地域の健康診断)と呼んでいます。そして、私たちは、アグリミニマムが街づくりや地域デザインの基本であってほしいと考えています。いまこそ、「カネ・モノ」ではなく「いのち・環境」を価値基準とした社会への転換が求められています。そのキーワードは農業です。

(2) 地産地消で地域を活性化
   高度成長時代の大量生産・大量流通・大量消費のシステムの中で、農産物の生産・流通・消費の画一化がはじまったのです。今、こうした流れに対抗する運動がはじまっています。「地場でとれたものを地場で消費する」という地産地消運動への取り組みです。この動きは、10数年前から自然発生的にはじまりました。こうした地産地消の運動の輪を大きく確実に広げ、地域の活力を取り戻していきましょう。

(3) 日本型環境デ・カップリングで農の再生を
  ① 効率やカネだけを求める「狭く、浅く、短い仕事」ではなく、人間が自然に働きかけて、“めぐみ”を引き出す「広く、深く、遠い仕事」を支援する政策が必要です。
  ② カネになる「生産性」を価値観の中心に据えない。食べものは自然と、地域と結びついています。その一切を引き受けるためにも、百姓仕事の役割を評価し直します。
  ③ 経済性だけでは、永い眼で見た場合、人間の基盤も危うくなります。人間のためだけでなく生きとし生けるものを大切にします。それが「循環」を意識し守ることになり、大切なものの「持続」につながるのです。

(4) 農家との協働で分権型自治体農政の展開を
  ① 農業委員会を変えよう/転用委員会から農業・農地の番人に
   「農地の番人」としての役割は以前に増して重要となっています。また、現下の農家の減少、農地の荒廃、担い手の確保といった重要課題に的確に対応できるように法制度の整備が必要になっています。規制緩和が進むほど違反転用指導は従来以上の強い権限が必要です。
  ② 市町村農林職場を変えよう/地域・街づくりのコーディネーターに
    農業系の専門職が存在する市町村は非常に少ない現状にあります。農政セクションの職員は農家対応はもちろん、これからは地域・街づくりのコーディネーター役を求められます。地元との信頼関係を培うためにも、異動を2~3年で繰り返してはダメです。
  ③ 普及所を変えよう/画一から多様へ。指導から協同、パートナーへ
    普及事業はこれまで、行政や農業団体、農家との信頼関係を持って技術・経営指導、青年農業者・農村女性活動、地域づくりなどに取り組み大きな成果をあげてきました。そして、今、農業改良助長法の改正が行われ、農業改良普及制度は大きな転換期を迎えています。また、食の安全や循環型社会への対応を強く求められるようになってきました。情報も氾濫気味です。これからは農家ニーズを常に先取りし整理をして技術や情報を提供することが大切です。もちろん、農家と直接ていねいに対面することが普及の原点であることには変わりありません。
  ④ 農林試験場を変えよう/あくまでも現場主義
    全国の自治体には稲作や野菜、果樹、花卉、畜産、飼料作物、養鶏、養蚕、林業、林産など、多くの農林関係試験場があります。これからは地域政策や農業の価値をも研究の対象化、例えば、その地域の「農業の多面的機能」を科学的に数値として裏付けしてみましょう。

(5) 新農学のすすめ
   日本農業衰退の元凶の一つに、「農」がもつ「多様性」を「画一性」に置き換え続けてきた現在の農学にあります。そして、今,農業を工業と同じとみなすグローバリズムによって追い詰められています。今こそ、新しい地域の多様性を認め合う国際的なネットワークとしてのグローカリズムに立脚した農学を打ち立てましょう。それは、実学であり哲学でもある、そして、地元学、総合生活学としての農学、私たちが人間らしく生きて行くためのモノとココロの両面でよりどころとなる根本体系でなければなりません。